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第五十四幕 決着

延鷹の拳と陽燕の拳が、電流を散らし、勢いよくぶつかった。

陽燕は、翠雀のように折れた腕を見様見まねで繋ぎ留め、その拳に電流を込めている。だが、やはり怪我をしているのとしていないのとではわけが違う。

力が上手く入らず、延鷹の拳を弾き飛ばすことができない。体勢を崩せれば、足を払い、頭突きをかませると思ったのだが、そう都合よくはいかないらしい。

 互いの拳は拮抗し、押すことも引くこともできなくなっていた。

決定打が打てず、そうこうしている内に、棘と針の雨が降ってくる。

 陽燕は、戦う前に、沙矢に言われたことを思い出した。

あの黒い棘は触れると血が止まらなくなり、また、針は弱い毒を持ち、目の霞みや足元のふらつき、意識の混濁などが症状として現れる。

棘もそうだが、あの数の針では、いくら弱い毒といっても致命傷になりかねない。

陽燕は、一かバチかの賭けに出た。

 拳に溜めた電流と、全身に纏わせた電流を頭上の角へ移動させる。そして、角の先端に電流の玉をつくった。

同時に、拳に焼けるような痛みと焦げ付くような臭いを感じた。保護として、力として纏っていた電流全てを頭上に向かわせたのだ。防御もなにもしていない拳が傷つくのは当たり前だった。

だが、陽燕は構わなかった。腕や肩、拳に感じる痛みを無視し、頭に浮かんだ言葉を叫んだ。

龍雷昇りゅうらいしょう!!」

初めて使う技ではあったが、陽燕は躊躇うことなく口にした。記憶はなくとも体が覚えていたらしい。

その言葉を放った途端。電流の玉からいくつものいかずちが立ち上り、葉脈のように広がったかと思うと、何百という棘と毒針を弾き飛ばした。

 

拳を犠牲にしてくるとは思わなかったのだろう。延鷹の動きが、一瞬止まった。

 陽燕はそれを見逃さなかった。

(まずは、あいつだ!)

また、棘や針を出されてはたまらない。陽燕は、延鷹よりも先に、棘地蔵と流水を無力化しようと考えた。

電流を足に纏わせ、頭上にいる棘地蔵に向かって跳ぶ。

腕だけに電流を纏わせ、陽燕は、せり出している棘に電流を浴びせた。刹那、棘地蔵の体に貼りついた全ての棘が、根元から綺麗に折れ、砕け散った。

「ヨホッ!?」

驚きで目を見開く棘地蔵のつるりとした頭を踏み台にし、空中で一回転すると、踵落としをくらわす。

悲鳴を上げるひまもなく、棘地蔵は石畳へ叩きつけられた。

(次!)

踵落としをくらわせた体勢のまま、再び、足に電流を纏わせた陽燕は、流水の元へ飛んだ。

 流水は、その行動を察知していたらしく、余裕のある笑みを浮かべ、上空の陽燕に言霊を放った。

殺生せっしょう揚羽あげは

毒針が弓を引き絞った矢のように、陽燕に向かってくる。しかし、陽燕はこの針を迎え撃とうとは考えていなかった。

縮着しゅくちょく糸雷しらい

言霊を呟くと、足に纏う電流がまるでゴムのように伸び、石畳に貼りついた。

そして、空中の陽燕の体を石畳まで降ろしていく。その間、およそ三秒。

陽燕は、地面に着地したその足で、流水に向かって飛ぶように駆けていく。

「なっ!?」

上空からものの数秒で地面に降り立った陽燕に驚いたのか、流水は九本の尾を逆立て、口元をひくつかせた。

 その隙を見逃す陽燕ではなかった。

「くらえ!!」

流水の両肩を勢いよく掴むと、死なない程度に電流を流しこんだ。

「ろおおおおぉぉぉぉおおぉぉ!!」

奇妙な悲鳴を上げた流水は、白目を剥き、石畳に音をたてて倒れた。その姿は見るも無残、いや笑いが起きるかもしれない姿だった。

流れるような白の髪は、ちりちりに焦げたパンチパーマとなり、九本の尾のふわふわの毛は全て抜け、へたりきっていた。美麗な顔も煤で黒く汚れ、口元の紅は剥がれ落ちている。

神主の衣服は、ところどころ破け、膝や脛が丸見えとなっていた。

それを目の端に捉えながら、振り向いた陽燕は、背後にいたはずの延鷹がいないことに気付いた。

真横から殺気を感じ取り、左へ飛ぶと、脇腹を鋭い痛みが走った。

見れば、右の脇腹の肉が抉れている。

 顔を上げれば、鮫のように尖った延鷹の爪には肉片がこびりつき、手には、赤く血が滴っていた。

攻撃をしかけてきたその表情に、仲間を倒された焦りも怒りもなく、ただ、陽燕を鋭く見据えていた。

奥歯を噛み締め、陽燕は、痛みをやり過ごす。だが、尻込みしているひまはない。鼻の骨を折られているとはいえ、延鷹の手足は無傷だ。腕と肩の骨が折れている陽燕とは、その動きに雲泥の差がある。

長引けば、こちらが不利になる。

陽燕は、髪を二本引き抜き、両手に持った。そこへ電流を流しこむ。

「紙々流雷ししりゅうらい!!」

髪は鞭にようにしなり、電流を纏いながら延鷹へと向かう。

「っ!!」

延鷹は後ずさりながら、電流を纏った髪を避ける。その足先に髪が触れたのを確認した陽燕は、さらに電流を流しこむ。刹那、足先までしかなかった髪の先端に手の形をした青白い電流が現れ、延鷹の足首を掴んだ。

「でりゃあぁぁぁっ!!」

渾身の力を込めて、陽燕は延鷹を引っ張り上げた。

足場を崩された延鷹は、何もできずに背中から地面に叩きつけられる。

「はあぁぁぁっ!!」

髪を放り投げ、陽燕は真上から蹴りを放つ。

陽燕の力は、すでにからに近かった。沙矢に止められる前に、怒りに身を任せて大技を使ったことが大きい。また、棘地蔵と流水の攻撃を防いだ術も力の消費が激しかった。だが、それしか方法がなかった。今は、使えるものを使うしかない。

しかし、攻撃しようにも、腕がすでに使い物にならないため、使えるのは足だけだった。


陽燕の足先が延鷹の胸に刺さろうとした瞬間、脳を揺さぶるほどの衝撃が、陽燕を襲った。

「がぁッ!!」

体が痺れ、指先ひとつ動かない。左手首に奇妙な違和を感じ、目だけを向ければ、髪の毛のような黒い糸状のものが貼り付いている。そこから電流が流れ出ているのを陽燕は感じた。

 陽燕は失念していた。陽燕にもできるなら、延鷹も電流を流せるということを。

しかし、後悔しているひまはなかった。

動かなければ。この隙を延鷹が見逃すはずがない。

 動け、動け、動け、動け!!

頭の中で狂ったように念じ続けた。だが、体は動かず、延燕の鋭い爪が陽燕の首筋―頸動脈を目掛けて向かってくる。

「ちょっと待てー!!」

陽燕が、死を覚悟した瞬間、場違いなほどの大声が響き渡り、二人の間に青白い雷が落ちてきた。

「延鷹、勝手に殺すな!それは俺の得物だ!」

石畳に穴が開き、しゅうしゅうと煙が上がる。

声の方に目を向ければ、気絶させたはずの翠雀が、ぐったりとした沙矢の髪を掴んでいた。沙矢の顔は苦痛で歪んでいたが、動くこともできず、翠雀を睨んでいる。

「てめぇ・・・!!」

翠雀に対する怒りと、自分の不甲斐なさ、そして、沙矢が死ぬかもしれないという恐怖が頭の中を駆け巡る。

 沙矢を助けなければと心は急くが、体はやはり動かない。

「気絶していた奴が何を言う」

「うるせっ!油断させたんだよ!」

陽燕から目を逸らさず、延鷹は翠雀に向かって言い放つ。指摘され、うろたえながらも翠雀は叫んだ。

(ちくしょう!体さえ動けば!!)

陽燕は歯噛みする。このままでは、自分も沙矢も確実に死ぬ。

 腹の底から力を捻り出し、体を動かそうと全神経を集中させる。どうにか手は動いたが、捻り出した力は弱く、人差し指にわずかな電流が走っただけだった。

(くそっ!!どうする!?どうする!?)

悪態をつき、焦る陽燕を尻目に、翠雀の負け惜しみじみた声が響く。

「まだ、勝負はついてねえ!!女連れて、へらへらしてるこいつに負てたまるか!!おい、こいつはお前にやるから、そいつと交換しろ!!」

翠雀が沙矢を横目で見やると、陽燕の方に視線を向け、偉そうに言い放った。

そこに、聞いたことのない女の声が続いた。

「さっきから聞いてたけど、雷鬼らいきのくせに情けないわね、あんた」

翠雀の背後に、背が高く、長い巻き毛を垂らした女が立っていた。

白のワイシャツに、ネイビーのパンツスーツ。踵の高いヒールサンダルを履いていなければ、どこぞのキャリアウーマンのようにも見える。

 だが、翠雀に気配も悟られず、背中をとるなど、一般人ができることではない。

「雷鬼は、力を絶対としているけど、同時に負けた時は、潔く負けを認める。気持ちのいい性格の一族だって聞いてたのに。残念だわ。あんたみたいな屁理屈がいたんじゃ、上の人も大変よね」

「なんだとっ!こっ!!」

いきり立つ翠雀に対し、最後まで言葉を言わせることなく、女は、彼の尻に蹴りを放った。

目を丸くしたまま、翠雀が吹き飛ぶ。同時に、倒れ込みそうになった沙矢を女が支えた。

「いっ!?」

吹き飛んだ翠雀が陽燕に突っ込んでくる。歯の間から、陽燕は叫んだ。

 避けることもできず、陽燕は翠雀とぶつかり、強かに背中を打った。

「イテェな!何しやがるっ!!」

じりじりと痛みを感じながら、乗り上げている翠雀を突き飛ばし、陽燕は、女に向かって叫んだ。

 女は、片眉を上げると、ぴくりとも動かない翠雀を指さした。

蹴られた余波かぶつかった余韻か。どちらかは分からないが、それがまだ抜けていないらしい。

「体、動いたでしょ?チャンスじゃない?」

陽燕は、そういえばと思う。

 翠雀がぶつかってきたおかげか、痺れが抜けていた。完全とはいいがたいが、それでも動けるくらいにはなっていた。女が、なぜ動けないことに気づいたのか分からなかったが、今はそんなことはどうでもいい。

「何すんだっ!このアマっ!」

復活したのか、翠雀は顔を上げ、怒りの形相を浮かべる。その顔をわし掴みにすると、陽燕は躊躇いもせず、石畳に叩きつけた。

「ぶふっ!!」

奇妙な声を上げながら、翠雀は地面に突っ伏す。石畳が大きく割れ、体をぴくぴくと痙攣させながら、翠雀は動かなくなった。

 わし掴んだ手を支えにして、バネのように立ち上がると、陽燕は延鷹へ左手を伸ばした。

その行き先は、延鷹に残った右目だった。

 微弱な電流でも目に食らえば、ひとたまりもないだろう。強い電流を流せない陽燕にとって、最後の手段だった。

 第三者の出現に、予期せぬ反撃。

固まっていた延鷹も陽燕の行動に気付いたのか、再度、鋭い爪を向け、迫ってくる。

(怯むな!刺されるよりも早く!!)

スピードを落とさず、手に電流を纏わせ、延鷹の目に食らいついた。

 抉られた脇腹に爪が突き刺さる感触がする。

首を狙うより、怪我を負った場所を狙った方が合理的だと判断したのだろう。

 ぐりぐりと突き刺され、傷口を広げられるような感覚に、悶えそうになるのを必死にこらえる。ビリリと爪から電流が流れてくるのを微かに感じた。傷口から電流を流す気だ。

 だが、好都合だ。延鷹も迂闊に動けない。

「うおぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

痛みを力に変え、陽燕は叫び、延鷹の右目を潰す勢いで掴むと、電流を放った。

「ぐあぁぁっ!!」

幸い、延鷹が電流を流すよりも陽燕の方が早かったらしい。

 悲鳴を上げる延鷹の腹に、陽燕は鋭い蹴りを放った。

脇腹から爪が引き抜かれる。

 背後にある塀に叩きつけられた延鷹は、右目に火傷を負った頭を、がくりと落とし、気絶した。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」

荒く息を吐き、敵を無力化できたことに安堵しながら、陽燕は後ろを振り返る。

 沙矢の安否が気がかりだった。すぐに病院へ行かなければ。

 その時、聞き慣れた声が頭の上に降ってきた。

「沙矢さん!!陽燕さん!!」

顔を上げれば、巨大なふくろうの背に乗り、今にも泣きそうな顔をしながら身を乗り出す楓と、楓を抑えながら、心配そうな表情を浮かべた浩一の姿があった。


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