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第四十八幕 妖革命軍

時は、少し遡る。


楓は、浩一と一緒に、人が行きかう大通りを歩いていた。

浩一のお気に入りのロックシンガー、タカシマススムのライブの帰りだった。

 誘拐未遂事件の時に、ライブに行くと言っていた浩一の言葉を楓は覚えていた。

タカシマススムがどんなシンガーなのか興味を持ったからでもあるが、好意をもつ浩一の事を知りたいと思い、楓から話を振ったのが切っ掛けだった。

 浩一がウォークマンに入れているタカシマススムの曲を聞けば、あまり馴染みのない曲調に最初こそ戸惑ったものの、力強い旋律と歌詞、そして甘くも渋い歌声に楓はすっかりはまってしまった。

 そして、夏休みに浩一からライブの誘いを受けたのだ。

当初は、歩と三人で行く予定だったのだが、バスケ部の助っ人を頼まれてしまい、急きょ、楓と浩一の二人で行くことになったのだ。

 「二人で楽しんでこいよ」と言われ、意味ありげに微笑む歩を見て、楓は、浩一に対する想いを見透かされていることに気づき、思わず顔を赤くさせた。


そして、当日。

楓は、想い人である浩一の隣で、ライブを楽しんだ。


 時刻は昼時。楓達が歩く『月会げっかい通り』は、歩行者天国になっているらしく、車道まで人が溢れかえっていた。中には、親子連れや手を繋ぐカップルの姿も見える。

 ライブの余韻がまだ体の中に残っているのを感じながら、楓は口を開いた。

「すごかったですね!ネットの動画やCDで聞くよりも迫力がありました!」

興奮さめやらぬ口調で、楓は続ける。

「ドラムやギターの音もそうですけど、ボーカルのタカシマさんの声がすばらしかったです!こう、突き刺さってくるみたいで!」

脇を閉め、両の拳をぎゅっと握ると、握隣を歩く浩一が嬉しそうに笑った。

「気に入ってくれてなによりだ」

その笑みに、はっと我に返った楓は、慌てて腕を下ろした。

「す、すいません。一人で舞い上がってしまって・・・」

タカシマススムも気に入ったが、隣に浩一がいるというだけでも、楓にとっては幸せだった。その気持ちが、余計に舞い上がり方に拍車をかけたのかもしれない。

頬が熱くなるのを感じながら、楓は浩一に軽く頭を下げる。

「いや。俺も初めてライブに来た時は、舞い上がってたよ。だから、その気持ちはよく分かる」

浩一は首を緩く振り、優しい笑みを浮かべた。

 その笑みに、さらに頬が熱くなるのを感じながら、楓は正面に顔を戻した。

「お、お昼、どうします?どこかで食べますか?」

「そうだな・・・。この辺りだとファミレスもあるけど、ちょっと路地に入ったところにうまいパスタの店があるんだ。ライブに来た時はいつも寄ってるんだけど、そこでもかまわないか?」

浩一が勧める店。楓は俄然興味が湧いた。大きく頷く。

「ええ、かまいません。なんていうお店なんですか?」

「『ラ・モンド』っていう店だ」

話を続けていると、溢れかえっていた人の波がザワザワとしだし、不意に流れが止まった。

前に進むことができなくなり、何事かと二人で顔を見合わせる。

すると、唐突に人波が二つに割れ、車道にもなっている煉瓦つくりの道路がはっきりと見えるようになった。

 その車道には、着物を着た、二本の尾をもつ二足歩行の鼠、青い肌に頭上に一本の角をもつ鬼、長い首をゆらゆらと揺らめかせるろくろ首、白い振袖を身に着け、雪のように白い銀の髪をした女性の雪霞せっか。そのほか、多くの妖達が列をなして現れた。ざっと五十人くらいはいるだろうか。彼らの手には、刀、槍、棍棒、弓、長刀、ナイフ、鎌、ボーガンなど様々な武器が握られていた。


妖達を見て、通りの脇に寄った人々がざわつき始める。中には、携帯やカメラで彼らを撮る者もいた。

「ねぇ、仮装大会なんてあった?」

「コスプレかぁ?それにしても、凝ってんな~」

「いや、あれ、本物じゃね?」

「本物!?すげ~!おれ、こんな一変に本物見たの初めてだ!」

騒ぎ出す人々の会話を聞きながら、楓はこの異様な光景に戸惑いを隠せないでいた。

 現世にも妖がいるとはいえ、こんな風に本来の姿を曝け出して外に出ることはない。

たいていは、隣人を驚かせることがないよう配慮して、人の姿に化けて暮らしているのだ。

 『狭間』の妖が旅行に来たか、現世に用があったと考えることもできるが、彼らの硬い表情がそれを打ち消していた。

 まるで、何かに挑むような顔で、彼らは歩を進めている。そこには、和やかな雰囲気も会話もない。


楓が様子を窺っていると、目の前に、音もなく陽燕と沙矢が現れた。

 驚き、目を瞬かせる。

二人は、緊迫した面持ちだった。

「陽燕さん、沙矢さん・・・!」

「何かあったのか?」

二人のただならない様子に、楓は不安を覚えた。浩一も何かを感じたらしく、二人の背に声をかける。


人々の好奇な視線に晒されながら、妖達は歩き続ける。と、徐に、一人の妖が進み出た。

灰色の着流しを身に着け、頭には一本の角を持った男の妖だった。角を覆う髪は、山吹に似た黄色で、左目は鋭い何かで切られたような大きな傷があったが、右の目は、山査子さんざしのような赤だった。

 妖は、口を大きく開け、通りに響く大声で叫んだ。

「我らは、妖革命軍あやかしかくめいぐん!!この現世を我々の手に取り戻すことを目的としている。今なお支配する人間達よ!我らを迎え入れてくれるなら、しもべとして仕えることを許そう。だが、拒否するならば、その場で切って捨てる!!」

その言葉が合図だったかのように、妖達は各々の得物を掲げ、意気揚々と声を上げた。

「そして、肩身の狭い思いをしている妖達よ。今こそ、我らの力を示し、この現世を我々の手に取り戻そう!!」

拳を振り上げ、熱弁する金髪の妖に、列を成した妖達は、「オォー!!」という興奮した叫び声を上げた。

 狂気じみた光をその瞳に宿す妖達を見て、楓は熱弁する妖の言葉が嘘でないと感じた。

周辺の人々も異様な雰囲気に呑まれ、その顔には戸惑いと微かな恐怖が見て取れた。

この状況で何かを言えば、どう転ぶか分からない緊張感に満ちていた。


 楓は、目の端に、砂煙が上がるのを見た。それは、妖達を包むように広がり、彼らの視界を覆った。

「みんな、逃げろ!!」

陽燕の声に、人々が一斉に駆けだす。だが、陽燕と沙矢は動かない。

「陽燕さん、沙矢さん!」

楓が叫ぶが、二人は動かなかった。

「行け!俺たちが時間を稼ぐ!」

「でもっ!」

二人の実力は、よく分かっていた。だが、五十人もの妖を相手にして無事に済むとは思えない。一緒に逃げた方がいいのではないか。だが、楓の思いを見透かしたかのように沙矢が言った。

「逃げても、袋叩きにされる!なら、ここで食い止めたほうがいい!」

「・・・っ!」

一歩も引く気をみせない二人に、楓は返す言葉がなかった。

「七海」

振り向けば、浩一が緊張した面持ちで、けれど強い視線を放っていた。

「信じるんだ。二人を。今、俺達にできることは、ここから逃げることだ」

不安を押し殺し、行動を促す浩一を見て、普段の楓なら状況を把握して、しっかりと頷いていただろう。

だが、幼い頃から家族のように接している陽燕と沙矢の鬼気迫る状況を前に、心が追い付いていなかった。

「早瀬さん・・・」

呆然と名を呼ぶことしかできない楓の手を、浩一が掴む。

「行くぞ!」

そして、人の波の中を走り出した。

頭では逃げなくてはいけないと分かっていたため、浩一に手をひかれるまま、楓は走った。それでも、心は二人に向かっていた。

思わず、楓は振り向く。

陽燕と沙矢の背が、歩を進めるにつれて、どんどん小さくなっていく。

このまま、二人に二度と会えなくなるかもしれない。嫌な予感が頭を過った。

それを振り払うかのように、楓は陽燕と沙矢の背に叫んだ。

「絶対、帰ってきてください!!」


「聞こえたか?」

「あぁ」

口角を上げ、陽燕が聞く。壁に視線を向けたまま、沙矢が頷く。

「うし!とっととやって、さっさと帰るぞ!!」

「言われなくとも!!」

力強く言い放つ陽燕に、沙矢が返しながら右手を真横に振り払う。

途端に、砂の壁は崩れ、妖達の姿を露わにした。

崩れた砂は、根のように瞬く間に広がり、五十人もの妖達を一気に捕えた。

雷刃雨らいじんう!!」

陽燕は、沙矢の術に囚われ、動けない妖達の頭に雷の雨を降らせた。


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