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第三十九幕 精霊王

木から降りた達騎は、立ち上がろうとするが、うまく力が入らず、地面に座り込んでしまった。

ならばと、風雲時雨を地面に突き刺し、支えにして立ち上がろうとしたが、足どころか手にも力が入らず、再び地面に座り込むことになった。

(ちっ。思ったより霊力を削ったか) 

女が発動させた術を破るため、言霊を放ったが、思った以上に霊力が削られたらしい。

右手を見れば、細かく震えが走っている。

 達騎は、右手に力を込め、どうにか震えを収めた。

そして、左手を地面に手をつき、目を閉じた。

大地の氣を感じ取った達騎は、自分の体に氣が流れ込むイメージを頭の中で描く。

しばらくして、地面に触れている左手から、湯のように温かな氣が入ってきた。

 それは、腕を通り、肩を抜け、達騎の体全体を温めた。

やがて、体が湯船に入った時のように温かくなると、達騎は左手を地面から離した。

 「ふぅ」

小さく息をつき、達騎は立ち上がった。

 もう風雲時雨も隠し紙も必要ない。言霊を呟き、槍を小さくした達騎は、ベルト部分に括り付けた隠し紙を慎重にはがし、背にしたリュックの中にその二つを入れようとした。

 「なぁっ!?」

達騎がリュックのチャックを開け、中身を見ると、紅色の錠をかけた、手のひらにのるほどの二つの小さな茶色のバッグと紅色の二つの鍵が紙のようにペラペラになっていた。

 二つの茶のバッグは、テントやカップラーメンなどのサバイバルグッズが入ったものと一週間分の衣類が入ったものだった。財布も貴重品も同じようにペラペラだった。

 「俺の全財産が・・・・」

がくりと肩を落とした達騎の頭に過ったのは、赤い槍の女の顔だった。

 「あの女・・・、ぜってー許さねえ」

ぎりっと歯噛みし、達騎は、あの女に会うことがあったら問答無用で倒すと心に決めた。

 技術も経験もあちらが上だ。まっとうに向かえば、今のように負けるだろう。

だからといって修行する時間はなく、力を貸してくれていた颯も瑠璃も、もういない。

知恵と工夫で切り開くしかないと腹をくくった。


 さて、いつまでもこうしてはいられない。

ひとまず、この林を抜け、食料を確保しなければ。鵺を追うのはその後だ。腹が減って取り逃がしたなんて洒落にならない。

 幸い、『唐沢達騎』の名で登録したカードはぎりぎり無事だった。

達騎は、リュックを背負い、街へ向かって歩き出した。

 

 氣を辿り、街中へ戻ろうとした達騎だが、一時間経っても、そこへ続く道路が見えない。

むしろ、林の木々が濃くなっているような気がする。

「まさか、迷った・・・のか?」

呟き、目を細め、達騎は周囲の木々を見つめる。すると、何かがおかしいと感じた。

それは、勘のようなものだったが、試しに達騎は氣を探った。

すると、周辺の木々の発し方が全く同じだった。


普通は、同じ場所に植わっている木であろうと、氣の発し方は異なる。弱いもの、強いものと様々だ。

だから、全く同じというのはあり得ない。


いつまで経ってもここから出られないのは、この林にいる何者かの仕業に違いない。

達騎は賭けに出ることにした。


「あー、くそ。腹減った」

悪態をつきながら、地面に腰を下ろし、疲れたように頭を垂れた。

 無論、わざとだ。

その何者かは、自分を弱らせ、どうにかしようとしているのだ。

なら、弱っている振りをすれば、何かしら起こるに違いない。


顔を伏せ、ぐったりとした風を装っていると、しばらくして、木々とは違う気配が頭の上に漂っているのを感じ取った。

「しししししっ。うまそうな奴だ」

声からして男のようだ。奇妙な笑い声がやけに耳に触る。

「それじゃ、いただきまー」

その言葉が言い終わらぬうちに、達騎はバッと顔を上げた。

達騎の頭上にいたのは、褐色の肌に、濃い緑色の瞳と長い髪をもった男だった。

俗に美形と言われる顔立ちをしていたが、顎が裂けるほどに大きく口を開けた姿は、あまりにも滑稽だった。

 達騎は、裂けた顎を掴み、男を引きずり倒した。

「いだだだだだだだっ!!」

男が地面に突っ伏し、痛そうな声を上げる。

「お前、なんだ?」

達騎は掴む手を緩めず、男を見つめた。

「ほ、ほれは、ようへんです・・・!」

涙目になりながら、男が言った。顎を掴んでいるせいか、何を言っているのか聞き取れない。

「あ?」

達騎は顎を掴んだままの手を軸にして、男の背中に乗った。そして、手を離す。

「で、なんだって?」

「ぐえっ」と蛙が潰れたような声を上げる男を無視し、再度尋ねる。

「お、おれは葉扇ようせんです・・・!この林に住む木の精霊です・・・!」

「それで?なんで俺を食おうとした?」

逃げないよう、さらに、男―葉扇に体重をかける。

「く、食うっていうか、氣をちょっともらおうと思って・・・」

苦しそうな声を上げ、葉扇は言葉を続ける。

 精霊は、主に、太陽の光を自身の養分とする。そして、人間や獣の氣を吸うことは禁じられていた。

「ちょっとどころじゃねぇだろうが。それに、人の氣を吸うのはご法度のはずだ」

「この林、日の光があんまり入らないんですよ・・・。だから、仕方なく・・・」

「・・・・・」

泣きの入った葉扇の言葉に、達騎は片眉を上げ、空を仰いだ。

 雲ひとつない青空に、太陽が燦々と輝いている。

「見え透いた嘘つくんじゃねぇよ」

達騎は、葉扇の頭を手ではたいた。

「いたっ。本当ですって~」

目を潤ませる葉扇に、達騎は冷めた目を向けた。

「言い訳なら、精霊王の前で言うんだな」


精霊王とは、自然界に存在する精霊達の王だ。性別は関係なく、女性だろうと男性だろうと王と呼ばれる。

精霊達は、王を信頼し、崇めている。禁を犯した者に、裁きを下すのも精霊王だ。

(そういえば・・・)

精霊王のことで、達騎は思い出した。

精霊王には、火、水、風、土、光、全ての力を使える。また、周囲の時間より時の流れが速い異空間を作り出すことができる。経験を補うには、もってこいの逸材だ。

葉扇を突き出して頼めば、戦えるかもしれない。


達騎は、口角を上げると、葉扇の髪を引っ張った。

「おい。精霊王のところへ案内しろ」

「え、えぇ・・・!それはちょっと・・・」

途端に、青ざめた表情になる葉扇にかまわず、達騎は続けた。

「あ?別にいいだろ?お前は、人の氣なんて吸ってねぇんだから」

後半の台詞に力を込める。無論、葉扇を擁護しようなんて気は欠片もなかった。

「よし、行くぞー」

達騎は、葉扇の髪を持ったまま、立ち上がった。

「あだ、だだだだだっ!!ちょ、やめ、離して!もげる!っていうか、あんた、精霊王がどこにいるか知らないだろ!!」

「おー、だから、教えてくれ。教えてくれたら、離してやるよー」

叫ぶ葉扇に、棒読みで達騎は答えた。

「わ、わかった!わかったから、離してくれ!お願いしますー!!」

観念したように、葉扇が叫んだ。



 しぶしぶ離した達騎は、葉扇に連れられ、とある木の前へ来ていた。

その木は、林の木々の中でも、ひときわ大きく、立派だった。しかし、その中央には、大きな洞があった。

「この木の洞から精霊王のところへ行きます」

「おう」

達騎が頷く。


葉扇が洞へと入り、達騎もそれにならって続いていく。

通常、貫通してない限り、向こう側へ行くことはできない。だが、入ってしばらくして、青空の広がる開けた場所へ出た。

 そこは、今までいた林と同じ、木で囲まれた場所だったが、周囲の木々は太くどっしりとしていた。林と比べても、緑は濃く、土の匂いも強く感じられた。

まるで、木々と大地に包まれているようだった。

すると、目の前に、黒い鳥の面をつけた人間がたっていた。

群青色で、丈の長いひらひらとした衣服を身にまとっているため、男か女か判然としない。

「せ、精霊王様・・・」

おずおずと葉扇が頭を下げる。

「久しいな、葉扇」

鳥の面からくぐもった声がした。低さからいって、男のようだ。

「は、はいっ」

精霊王に言葉をかけられ、葉扇が上ずった声を上げる。

葉扇を一瞥した精霊王は、達騎の方を向いた。

「客人とは珍しいな」

達騎は片手を上げると、反対の手で葉扇の肩を掴み、精霊王に笑顔で言った。

「俺は、達騎。こいつに氣を食われそうになったんだ」


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