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第三十四幕 狭間

拓人に電話をしたその日の夜、母が寝たのを確認した悠子は、足音をたてないよう階段を降り、音をたてないようにドアを静かに閉め、自分専用の鍵でドアを閉めた。

 そして、一目散に、ある場所へと駆けた。


自宅から三十分ほどのところに、色あせた赤い鳥居がある。

奥に神々を祀る社があるわけではなく、ただ鳥居があるだけの場所だ。

この鳥居は、日本全国に存在する。そこが『狭間』の入り口だ。

 夜中の零時三十三分三十三秒。

その時間きっかりに鳥居の前にいると、『狭間』の入り口が現れ、『狭間』に入ることができる。

 どこにでもあるため、たまに、酔っ払いや家出をした子ら、夜遊びをしていた少年少女らが間違って『狭間』に入り込んでしまうこともあり、騒ぎになってしまうこともある。

 ただ、この鳥居は、人が現世と『狭間』を行き来するために使うもので、妖や妖の血を引く者達は、この鳥居がなくとも現世と『狭間』を行き来できると言われている。


悠子は鳥居の前に来ると、携帯電話のライトで、手首にはめた腕時計を照らした。時刻は、零時三十一分。

(あと、二分――)

悠子の汗ばんだ額に、生温かい風が当たり、前髪を揺らした。

そして、長針が三十三分をさした。

(・・・・・二十九、三十、三十一、三十二、三十三!)

心の中で数えた瞬間、鳥居が眩い光を放った。

 

 悠子は目を細め、右手をかざした。

すると、コンクリートブロックがあるだけだった鳥居の向こう側に、白く輝くビル群が見えた。そのビル群の周りには、緑の葉が生い茂った森が広がっている。

しかし、その光景は、湖に映る風景のように逆さになって見えていた。青空が悠子の足元にあり、綿菓子のような雲がぽかりと浮かんでいるのがわかる。

 『狭間』は現世と違い、位置が逆さまで、時間帯も違う。現世の夜中の零時が、『狭間』では昼の十二時なのだ。


(行こう――)

悠子は顔を上げ、力強く一歩を踏み出し、鳥居をくぐった。

「ひゃぁっ!」

しかし、次の瞬間、上下が逆転し、悠子は思わず悲鳴を上げた。悠子の足元には青空が、頭の上にはアスファルトが見える。

そして、勢いよく落ちた。

「あたっ!」

強かに背中を打ち、悠子の息が詰のまる。痛みを押し殺し、体を起こすと、悠子が通ったのと同じ赤い鳥居があった。

 逆さだと分かっていたが、体験するのとはまた感覚が違う。

(ズボン、穿いてきてよかった)

悠子は、片手を背中に持っていき、じんじんと痛む背中についた汚れを軽く払う。


「・・・大丈夫かい?」

横合いから突然声をかけられ、悠子は顔を向けた。

そこにいたのは、薄緑色の業務服を着た一つ目の男だった。手には、竹ぼうきを持っている。一つしかない目には、気遣いが滲んでいた。

「あ、はいっ。大丈夫です。お騒がせしましたっ」

どうやら見られていたらしい。羞恥に顔が熱くなるのを感じながら、悠子は言った。

すると、一つ目の男はまじまじと悠子を見て、竹ぼうきを持っていない手で自身の顎をさすり、感嘆するように呟いた。

「珍しいねえ。人が『狭間』(こっち)にくるのは」

ちょうどいいと悠子は思った。この人に白澤はくたくのことを聞いてみよう。

「あの、私、人、―妖を探しているんですが」

「ん?」

一つ目の男が悠子を見る。

「白澤という妖がどこにいるのか知っていますか?」

すると、男の一つの目がぱちりと一回だけ瞬く。その顔は、聞いたことがないというような表情を浮かべていた。

悠子が、内心落胆していると、一つ目の男が思い出したというように、「あぁ」と声を上げた。

「白澤?唐沢さんのことかい?」

「え。唐沢さん、ですか?」

どうやら、種族名よりも本人の名のほうが通りがいいらしい。

一つ目の男は、街路樹に覆われた歩道の向こうを、真っ直ぐに指さして言った。

「あの人なら、この通りを真っ直ぐに進んで、坂を上った先に住んでるよ。骨董屋をしているんだ。店の名前は、『森羅万象』」

「『森羅万象』・・・」

悠子は、店の名を呟くと、一つ目の男に頭を下げた。

「ありがとうございます。行ってみます」

悠子は、歩道を歩き出した。だが、気がせいて仕方がない。気が付けば、腕を振り、走り出していた。

 

歩道には、様々な妖が歩いていた。

さっき出会った男のような一つ目の少年、少女。龍の頭をもつ龍人。首の長いろくろ首のカップル。三つ又の尾をもつ化け猫の親子。髪の毛も肌も雪のように白い女性と男性。

 また、歩道と隣り合う車道には、車だけでなく、車体に炎をまとったタイヤをつけたワゴン車や巨大な狛犬が狐の姿をした獣人をのせて走っている。果ては、蛇のように低く飛びながら二、三人の妖をのせた龍もいた。

 歩道を駆ければ、妖達が不思議そうに悠子を見ている。その視線を感じながら、悠子は坂を上った。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ」

息を荒げながら、悠子は坂の天辺に着いた。

そこは、様々な店が並ぶ通りになっており、多くの妖達が行き来していた。

 悠子は、『森羅万象』という骨董屋を目指し、息を整えながら歩き出す。

そこには、ファッション、アクセサリー、家電、洋食、和食などの飲食店。現世と同じ店も多々あったが、なかには、『目玉屋』、『夢屋』など、見た事も聞いたこともない店もあり、さすが『狭間』だと妙に感心しながら、悠子は『森羅万象』を探した。

 

 やがて、店は終わり、閑静な住宅街が悠子の目の前に現れた。

「さっきの人は、ここだって言ってたんだけど・・・」

一通り見たが、それらしい名前も店も見当たらなかった。通り過ぎてしまったのだろうか。

道を引き返そうと、住宅街に背を向け、歩き出そうとしたその時、喫茶店とアクセサリーショップの間に、一人分しか入れなさそうな狭い路地があった。

 その路地は奥に続いているようで、空間のようなものが見てとれた。

なぜか、悠子はその路地が気になった。

 (行ってみよう――)

一歩、足を踏み出し、悠子は路地へと入っていった。


狭い路地を抜けると、開けた場所に出た。

青空が広がり、目の前には、蒲公英たんぽぽ、スミレ、秋桜コスモス向日葵ひまわり、百合、鈴蘭、薔薇など、春夏秋冬の花々が咲き乱れた空き地があった。

「すごい・・・」

美しい花園を目の当たりにして、悠子は当初の目的を一瞬、忘れそうになった。

その時だった。

花しかない空き地の中央が陽炎のように揺らぎ、藁葺屋根の日本家屋が現れた。

その家の入り口には、看板があり、こう書かれていた。

『森羅万象』と。


呆然と見ていた悠子だったが、目的を思い出し、花園の中をかき分け、『森羅万象』へ向かう。

すると、突如、引き戸が開き、中から一人の男が現れた。

年齢は、五十代ほどだろうか。背は低く、多少腹が出ている。ハンチング帽をかぶり、首には洒落た襟巻を緩く巻いていた。

「私に何か用かい?お嬢さん」

悠子を目にするや、男はそう尋ねてきた。

「あなたが唐沢さんですか?」

「いかにも」

堂々とした振る舞いに、悠子はこの人なら達騎を知っているのではないかという期待を強くした。

「私は鈿女の巫子です。あの・・・、草壁達騎という男の子をご存じですか?」

名を名乗ることも忘れ、悠子は言った。


言った瞬間、唐沢の目が大きく見開かれた。悠子は確信した。

「知っているんですね!なら、草壁くんは、自分の意志であなたの持っている忘却帳に名前を書いたんですね!」

「・・・・・」

唐沢は何も言わない。それを肯定とみなし、悠子はさらに言い募った。

「草壁くんは今、どこにいますか?知っているなら教えてください!彼は全部を捨てて、復讐に走ろうとしています!早く止めないと!!」

「・・・落ち着きなさい」

「お願いします!!早くしないと草壁くんが・・・!」

――人殺しになってしまう!!

必死の形相で、悠子は唐沢を見た。

「落ち着きなさい」

悠子の肩に唐沢の手が触れる。

「君の気持ちはよくわかった。ここではなんだから、中に入ろう。私も聞きたいことがある」

「いえ、でも・・・」

今、ここで聞きたいと思ったが、唐沢の諭すような笑みに悠子は頷くしかなかった。


店の中に入ると、そこは骨董の山だった。

極彩色の壺、圧倒的な存在感を放つ刀、色褪せているが、金箔の装飾が美しい置時計、黒い瞳をこちらに向ける日本人形。

大小様々な骨董品が置かれている。

「さぁ、こっちだ」

唐沢に促され、骨董品が置かれた部屋の奥へ通された。

磨り硝子がはめられた引き戸を開けると、そこは、居間と台所が繋がった部屋になっていた。

「そこにかけてくれ。今、お茶を淹れよう」

居間のテーブルを片手で示し、唐沢は茶を淹れるために台所に向かってしまった。

仕方なく、悠子は椅子へ腰かけた。

しばらくして、唐沢が二人分のグラスを持って現れた。涼しげな竹色をした液体がグラスの中にあった。

「緑茶でよかったかな?」

「あ、ありがとうございます」

グラスを悠子の前に置き、自身もグラスを置いた唐沢は、悠子の向かいに座った。

「悪かったね。君の質問を遮ったりして」

「いえ・・・。あの、それで・・・」

縋るように唐沢を見る。

「あぁ。達騎は、確かに忘却帳に名前を書いたよ」

予想していたとはいえ、悠子は動揺した。

だが、動揺しても始まらない。

「それは・・・、やっぱり鵺を殺すためですか?」

動揺する気持ちを押し殺し、悠子は尋ねた。

唐沢が重々しく頷いた。

「あぁ、そうだ」

「・・・・・・」

悠子は、唇を噛み締めた。

達騎は、今までの記憶を、繋がりを捨ててでも、鵺を殺したいと思っているのだ。

 それほど、私たちの存在が邪魔だったのだろうか。

『止める』といった自分の想いさえ、重いものだったのだろうか。

「・・・草壁くんの居場所を知っていますか?」

「それを聞いてどうするつもりだい?」

「追いかけて、彼を止めます」

顔をぐっと上げ、悠子は力強く言った。

「全てを捨てて、復讐を選んだ男でもかい?」

唐沢に挑むような瞳を向けられたが、悠子は怯まなかった。

「私は、誓ったんです。草壁くんを何がなんでも止めようと。誰も復讐なんて望んでいない。それに、草壁くんが人殺しになるところなんて見たくありません。彼は、友達ですから」

すると、唐沢は頬を緩めた。

「・・・そうか」

そして、徐に頭を下げた。

「ありがとう」

「え・・・」

突然礼を言われ、悠子は戸惑う。唐沢は顔を上げ、言葉を続けた。

「私と達騎は四年の付き合いだ。鵺のことを調べてほしいと言われたのが始まりでね」

そして、唐沢は話し始めた。達騎との出会いを。


「私は骨董屋を営みながら、情報屋もやっていてね。現世にも狭間にも多少のパイプがある。最初は、距離をとっていたが、まだ、十三、四ほどの少年が目をぎらぎらさせていることが気になってね。つい、世話を焼いてしまったんだ。そして、達騎が父親の仇を打つために、鵺を探していることを知った。それを知った私は、何度か復讐をやめるようにいったが、あいつは一向に聞かなかった。『今、ここでやめたら、俺は自分を一生許せない』と言ってね。私も、最終的には折れてしまった。いや、私では止められないと、諦めてしまった。忘却帳を使うと言った時も反対したが、結局、達騎に押し切られてしまった。本当にあいつのことを思うなら、ぶん殴ってでも止めるべきだったのに。・・・本当にすまない」

再び、唐沢は頭を下げる。悠子は慌てた。

「あの、頭を上げてください!」

だが、唐沢は頭を上げなかった。

「私が言うことではないが。恥を承知で、君に頼みたい!達騎をどうか止めてくれ!」

体を震わせ、叫ぶ唐沢に、悠子は、本当に達騎のことを思っているのだと感じた。

「もちろんです。草壁くんは絶対に止めます。そして、ここに連れ戻してきます」

力強く頷くと、唐沢はようやく頭を上げた。その瞳には、微かに潤んでいた。

「ありがとう。本当にありがとう」

万感の思いを込めて、礼を言い、唐沢は鼻をすすった。

「あぁ、すまない。達騎の居場所だったね」

思い出したというように唐沢が口にする。

「はい」

悠子が頷く。

「出ていくとき、達騎は何も言わなかった。だが、見当はつく。鵺を見つけるには、氣を探るのが手っ取り早い。まずは、収監されていた刑務所に向かい、その氣を辿っているはずだ。だが、達騎の探知能力はそれほど高くはない。もし、鵺が雑踏に踏み込んでしまえば、分からなくなってしまうだろう。その場合、鵺の行方を追っている警察の動向を見ているはずだ」

「鵺の氣を探ると同時に、警察の動向も確認すれば、草壁くんを見つける可能性も高くなるというわけですね」

「そうだ」

唐沢が頷く。その時、悠子はふと思った。

「そういえば、忘却帳って、草壁くん本人と唐沢さんしか草壁くんの記憶がないんですよね?」

「ああ、そうだが?」

片眉を上げる唐沢。

「なら、鵺には草壁くんのお父さんを殺した記憶はあっても、草壁くんの記憶はないんですよね」

「うむ。そうなるな」

悠子は顔を俯かせた。

「・・・それでも、草壁くんは忘却帳を使ったんですね」

仇でさえ、自分のことを覚えていない。それでも、仇を打つ。

それほどまでに、達騎の憎しみは強いということか。悠子はなんだかやるせなかった。


「・・そういえば、君の名前をまだ聞いていなかったな」

唐沢の言葉に、悠子はハッとし、慌てて頭を下げた。

「すいません。私は、鈴原悠子といいます。草壁くんと同じ学校に通っています」

「鈴原悠子・・・。悠子と呼んでも?」

「あ、はい」

悠子は頷く。

「悠子、君は達騎と強い結びつきをもっているんだな。そうでなければ、忘却帳で消した達騎のことを思い出せるわけがない。それくらい忘却帳の力は強いからな」

感心したような唐沢の口調に、悠子は「え」と小さく声を上げる。

思い当たる節はあった。

「私の心界には、草壁くんの槍があるんです。少し前にある事件に巻き込まれて、その時に手渡してくれたんです。それが、多分、草壁くんのことを思い出すきっかけになったんだと思います」

唐沢は目を丸くし、それから納得したように頷いた。

「そうか。さすがの忘却帳も、魂のなかにあるものを消すことはできなかったか」

「そう、みたいです」

悠子も同意し、手に付けていなかったグラスに口をつけた。

冷たい緑茶に含まれるほどよい渋みと微かな甘さが、口の中に広がった。


「では、君の家まで送ろう。ここは昼だが、現世は夜中だ」

悠子が緑茶を飲み終え一息つくと、唐沢が椅子から立ち上がり、言った。

「いえ、そんな。大丈夫です」

悠子は驚き、首を振るが、唐沢は譲らなかった。

「頼む。君に、大変な役目を押し付けてしまうんだから、せめてこのくらいはさせてくれ。あぁ、それと」

そう言って、唐沢は居間の隅にある電話に近寄り、その隣に置かれたメモ用紙にペンを持って何かを書きつけた。

書き終えた唐沢は、メモ用紙を破ると、悠子に手渡した。

「何か困ったことがあったら、ここにかけるといい。私の電話番号とメールアドレスだ」

「・・・ありがとうございます」

まさか連絡先を教えてくれるとは思わず、悠子は内心驚きながらも、受け取った。


唐沢とともに家を出た悠子は、来た時と同じ赤い鳥居の前にいた。

「どこでも入り口は開けられるんだが、知っている場所の方が安心するだろう」

唐沢はそう言い、右手を鳥居の前にかざした。

すると、緑の木々が鬱蒼と茂っていた鳥居の向こう側に、コンクリートブロックに覆われた住宅街が見えた。そして、悠子達の足元には、星々が銀色に瞬く夜空があった。

唐沢は悠子の方を振り向き、言った。

「分かっているとは思うが、現世と『狭間』は、位置が反対だ。だから・・・」

そういうと、唐沢の体が白く光り始めた。

あまりの眩しさに、悠子が思わず腕を出し、光を遮った。

やがて、瞼の裏に強い光を感じなくなり、腕を下げれば、そこに、第三の目を持った、獅子のような頭に牛の下半身を持った白い獣の姿があった。そして、その首には包帯が巻かれていた。

「唐沢さん、その首・・・」

悠子が指さすと、唐沢が言った。

「あぁ・・・。達騎が忘却帳を書こうとした時、筆と忘却帳をひったくってね。三日間、説得しても気持ちを変えなかった奴だ。書こうとする時が、一番隙ができると思ってやったんだが。逆に返り討ちにあって、首に一撃加えられてね。医者がいうには、全治二週間だ」

「じゃあ、最後まで止めようとしたんですね」

悠子は感じ入る。唐沢は最後まで諦めなかったのだと。しかし、唐沢は自嘲気味な声を上げた。

「だが、あいつは行ってしまった。結局、私は何もできなかった・・・」

「唐沢さん・・・」

何といっていいか分からず、悠子が唐沢を見た。すると、唐沢が悠子の方に顔を向け、振り切るように言った。

「・・・さぁ、私の背に乗りなさい」

「あ、はい。その、おじゃまします」

おずおずと悠子は獣の姿となった唐沢にまたがった。白い毛皮は光輝き、感触はまるでビロードのようだった。

「では、しっかり捕まっていろ。逆さになるからな」

「へ?」

その言葉が飲み込めないうちに、唐沢は音もなく浮かび上がり、地面すれすれのところでぐるりと反転した。

「う、わっ!」

悠子は慌てて、唐沢の胴体にしがみついた。

「では、行くぞ」

「は、はい・・・」

そのまま落ちやしないかと戦々恐々としながら、悠子は頷いた。

唐沢は、滑るように鳥居をくぐった。


思わず目を閉じた悠子は、緑の匂いのする涼やかな風から、ねっとりとした生温かい風に変わるのを感じ取った。

 目を開けると、星々の輝く夜の空を飛んでいた。下には、明かりの瞬く住宅街が見える。

「君の家はどこだい?」

「あの、鳥居から三十分ほどのところなんです。如月公園っていう公園が目の前にあるんですけど」

「なら、低めに飛ぼう。その公園があったら、教えてくれ」

「はい」


生暖かい風が、悠子の首筋を撫でる。

如月公園を探しながら、悠子はふと疑問に思ったことを口にした。

「でも、不思議ですね」

「何がだい?」

「妖達は、唐沢さんみたいにこっちに自由に来られます。けれど、妖がこっちに溢れることはない。それが不思議だなぁって」

すると、唐沢が目だけをこちらに向けた。

「いくら隣合っていても、自由に行き来できたとしても、私たちの故郷は『狭間』だからな。それに、小妖怪達が自由に行き来できないように監視もしている」

「そうなんですか・・・」

唐沢の言葉で、『狭間』に生きる妖達の想いを見た気がした。


しばらくして、見慣れた公園が姿を現した。

「あ、あそこが如月公園です」

「わかった」

唐沢は、音もたてずに降り立つ。

「ありがとうございました」

「悠子」

悠子が礼を言い、降りると、唐沢が悠子の名を呼んだ。

「君に達騎を頼むといったが、私も一緒に行こう。いくら巫子では成人扱いでも、君は学生だ。君になにかあったら、親御さんに申し訳がたたない」

唐沢さんの想いが痛いほど伝わってきたが、悠子は首を振った。

「ありがとうございます。でも、その気持ちだけで十分です。唐沢さんは首を早く治してください」

「しかし・・・!」

「私は、戦いに行くんじゃありません。草壁くんを止めにいくんです。大丈夫。もし、鵺に会ったり、危ない目に合いそうになったら、一目散に逃げますから。それに、困ったことがあったら、必ず伝えます」

目に力を込め、悠子が言うと、唐沢は押し黙った。やがて、しぶしぶというように唐沢が口を開いた。

「・・・わかった。くれぐれも無理はしないように」

「はい。今日は本当にありがとうございました」

悠子は頷き、頭を下げた。

そして、悠子は寝静まった自分の家へと向かった。


 鍵を開け、静かにドアの開け閉めをした悠子は、自分の部屋に入ると、唐沢からもらったメモ用紙を机の引き出しに入れ、パジャマに着替えた。

着替え終えた後、ベッドに上がり、布団の中に潜り込む。

枕に顔を埋めながら、悠子は思った。


達騎のことを思い出してから、大分時間がたっている。しかし、達騎を追いかけるなら、終業式を待っていられない。

先週の土曜日の時点では、達騎自身がいた。そして、記憶も当然あった。

仮に、次の日曜日に忘却帳を使ったとしたら、今日を入れて三日経っていることになる。

 追いかけるのは早いほうがいい。

新聞やテレビのニュースでは、鵺が捕まったという記事や報道がないことから、まだ警察が探しているのだろう。

ということは、達騎もまだ鵺を見つけられていないことになる。

 探すには早い方がいい。

けれど、父や母になんと言おう。無断で欠席するわけにもいかない。直や楓にも、本当のことは伝えられないが、休むことだけは伝えなければいけない。

 そんなことをぐるぐると考えながら、悠子は眠りに落ちていった。



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