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第三幕 蘇生術

「あっつ。あやうく火傷するところだったぜ」

男は、左手にふうふうと息を吐きかけ、熱を冷ます。そして、達騎を見ると、楽しげに口角を上げた。

その顔は、おもちゃを見つけた子供のようだった。

「見えないが、そばに誰かいるな?炎使いか?くくくっ、いいねぇ。楽しくなってきたぜ。やっぱ戦いはこうでなくっちゃな」

肩を震わせて笑う男を見ながら、達騎は小声で颯に聞いた。

「颯、ここに犯人の匂いはするか?」

颯は鼻をすんっと鳴らす。ほんの数秒の後、颯は言った。

「・・・いや、ここにはいないようだ」

「なら、鈴原の匂い、―気配でもいいがそれは?」

悠子とは颯も何度か会っているし、共闘したこともある。そして、颯の気配探知は達騎のそれを遥かに上回る。それを見越して尋ねると、颯がかぶりを振るような気配がした。

「彼女もこの建物の中にはいない。どうやら別の場所にいるようだ」

「・・・そうか。なら、ここで暴れても問題ないな」

あの男に背を向け、犯人を探すこともできたが、男を倒して口を割った方が早い。男の口ぶりから察するに、犯人は知恵が回るようだ。堂々と正面から突入するよりも、犯人の人となりを知っていた方が対策を立てやすい。

頭の中で冷静に分析していた達騎だが、あの男を一発殴らなければ気が済まなくなっている自分に気づいていた。犯人にいいように利用され、なおかつ、骨を折る大怪我を負った。誰かの助けを借りなくても、自分一人でできるという自負からだったが、それが全て裏目に出ている。

自業自得ではあったが、自身に対して湧きあがってくるこの怒りをどうにかしなければ、前に進めない。そんな気がした。

「颯、お前は鈴原を探せ。見つけ次第、安全な場所に避難させろ」

「分かった。悠子を避難させたら、すぐ戻る」

「あぁ。・・・頼む」

力強い颯の言葉に、達騎は小さく笑む。そして、颯に指示を出した。

「お前は『花飛炎』をあいつに向かって撃て。その後は俺がどうにかする」

「了解だ」

了承した颯が、息を吸う音が聞こえる。

花飛炎かひえん!!」

その言葉とともに、バスケットボールほどの大きさの赤い炎が六つ、空中に現れた。

そして、その炎は一直線にバッドの男の元へと放たれた。

「おりゃぁっ!!」

当たると思いきや、男はバッドを縦切りに振り、突風を起こすと炎の玉を吹き消した。

針緑草蛇しんりょくそうだ!!」

間髪入れず、達騎が槍を突き刺し、言霊を発した。

すると、槍の穂先と床の隙間から、数十メートルの長さのある雑草が何百本も現れた。雑草は丸太ほどの太さを持った束となり、蛇のようにうねりながら床と壁を走り、男に向かっていく。

「ていっ!!」

男の足元に後一歩届くというところで、男は風を起こし、草を薙ぎ払う。だが、厚さがあるため、深い切り込みが入っただけで弾き飛ばせはしなかった。

草開龍口そうかいりゅうこう!」

その隙を達騎は逃さなかった。

再び言霊を唱え、左手をがっと開き、力を込め、ぐっと握る。

すると、切り込みが生き物の顎のように大きく開き、男の体に盛大に噛みついた。

掴んでいたバットが手から離れ、明後日の方向に飛んでいく。

「ぐっ!」

男は抜け出そうともがくが、草は絡みついたまま離れない。そして、男は勢いよく壁に叩きつけられた。


バァンッ!!


爆竹に似た音が工場に鳴り響く。

「ぐっ!!」

男は、痛みに耐えるようにきつく眉を寄せた。


「今だ、行け」

達騎は、颯に口早に告げる。

「気をつけろよ」

「あぁ」

去り際、颯の忠告に達騎は小さく頷いた。

大火球だいかきゅう!」

颯が言霊を放つ。空中に巨大な火の球が現れ、扉が破壊された。そして「作業場A」から颯の気配がなくなる。


颯が出て行ったのを背中に感じながら、達騎は槍を引き抜くと、壁に貼り付けられた男に近寄った。

「答えろ。この計画の首謀者は誰だ?」

すると、男は、はんっと鼻を鳴らした。

「俺が素直に言うと思うか?」

「だが、黙っている理由もないはずだ。お前はその首謀者を嫌っているようだからな」

達騎の言葉に、男の眉がぴくりと動く。

「何が目的だ?ガキの見張りとも言っていたが、他にも誰か攫ったのか?」

男は答えない。

痺れを切らした達騎は、左手で槍を持ち上げ、その穂先を男の首元に突きつけた。

「答えろ」

怒りを滲ませた声を発し、達騎は男を睨む。

「なぁ、鈴原悠子ってそんなに大事なのか?」

だが、男は、その視線も槍の穂先すら意に介さず、さも不思議だという表情で聞いてきた。

「はっ?」

唐突に話が逸れ、なおかつ、先ほどのぎらついた肉食獣のような表情ではなく、毒気のない男の様子に達騎は戸惑った。

「警察に任せときゃいいのに、わざわざ首突っ込んで怪我して。ま、やった俺が言うのも何だけど」

「・・・お前には関係ないだろ」

眉根を寄せ、達騎が呻く。何を言いたいんだ、こいつは。

「あ、そうか。親父さんを殺されちゃったから、目の前で誰かが死ぬのが怖いのか。知ってる人間が死にそうな目にあっているんだから、そりゃなおさらだな」

男の言葉に達騎は目を見開く。

「何で知ってる?」

唇が震えた。

「ん?だから言ったろ?あいつがお前のことを調べてたって。まぁ、俺はその内容を一方的に読ませられただけだけど」

「・・・なら、教えろ。その「あいつ」とは誰で、何のためにこんなまだるっこしいやり方をしたのか」

「・・・ヤダね」

しばらくして発した男の言葉に、達騎は青筋を立てた。

「貴様っ!」

怒りのままに槍の尖端を男に押し当てる。赤い血が流れると思いきや、男の首筋には、なぜか緑色の血が流れ出した。

達騎は驚き、思わず槍を引いた。

「お前、何だ?」

男は口元を上げ、ニッと笑った。

「俺に勝ったら、教えてやるよ」

言うやいやな、男の周りに自然なものではない、人為的な風が発生する。嫌な予感がした達騎は、大きく後ろに下がり、男から距離を取った。

巻き起こった風が、針緑草蛇しんりょくそうだを次々と切り刻んでいく。

「くっ!珠々飛弾しゅしゅひだん!!」

達騎が左手を表面にかざし、言霊を唱える。すると、小さな空気の塊が達騎の周囲に何百と現れ、男にあられのように降り注ぐ。

だが、男の起こした風でそれらも弾き飛ばされてしまう。

達騎は気づいた時には、目の前に男の顔があった。

「お前さぁ、右手、かばってるよな。もしかして折れた?」

次の瞬間、男は達騎の右腕を掴み、音をたてて達騎を放り投げた。

「っぎっ!!」

脳天を貫くような痛みに、達騎の意識がわずかに飛ぶ。揺らめく意識の片角で、壁が迫っていることに気付き、達騎は、風雲時雨を壁に向かって突き刺した。

鋭い衝撃が達騎の体に走ったが、達騎は決して風雲時雨を離さなかった。放り投げられた時に、機械の群れがすぐ真下にあることに気付いたからだ。

「くそっ」

額に脂汗を浮かべながら、風雲時雨を支柱にし、体を折り曲げるような格好で、達騎は壁に張り付いていた。

左手一本で体を支えているような状況は、右腕の痛みに耐えている達騎には酷だったが、意識を失えば、まっさかさまに落ちて高天原に行くことになってしまう。

「お前って、やっぱガキだよな」

慎重に振り向けば、男が周囲に風を纏わりつかせ、空中に浮いていた。

「相手の力量も図らず、感情だけで突っ走る。誰かを助けられるなんて本気で思っている。本物の馬鹿だ」

指を突きつけ、嘲るように男は笑う。

男の言うとおりだ。この状況が自業自得だということもよく分かっている。

(俺も鈴原あいつの事を笑えないな・・・)

達騎は自嘲気味に笑う。

悠子は己の身を顧みず、誰かのために何かのために必死になる。それが放っとけなくて、周りが見えなくなる悠子のサポートすることもあった。

主観的に見ても、自分は冷静だと思っていたが、そうでもなかったらしい。

達騎は大きく息を吸った。

あばらが痛むが、関係ない。朦朧とする視界が少しだけはっきりする。

なら、このまま馬鹿なりにやってみよう。

達騎は、強く風雲時雨を握り締める。

(俺にはやることがある。ここで死ぬつもりはない)


達騎は、渾身の力を込め、左手で風雲時雨を引き抜いた。支えのない達騎の体は重力に従って落ちるが、達騎は構わず言霊を叫んだ。

走布伸糸そうふしんし!!」

すると、風雲時雨がゴムのように長く伸び、男の足首に巻きついた。

「ちっ!」

男が舌打ちをし、風雲時雨に向かって手をかざす。刹那、達騎が言霊を叫んだ。

爆剛ばくごう!」

圧縮された空気が達騎の足元に生まれ、次の瞬間、勢いよく発射される。

達騎の体は、男の目の前に躍り出た。

「くっ!」

片手で全体重を支えているため、左腕に相当の負荷がかかった。風雲時雨を離さないようにしっかりと握りしめ、折れた右腕で男の胸倉を勢いよく掴む。

男は右手をかざし、風をおこす。刃のような鋭い突風が達騎の体に食い込み、頬や服を斬り裂いたが、達騎は怯まなかった。

「はぁぁぁぁっ!!」

右腕から感じる、神経が焼きつくような痛みを怒りに変え、達騎は男に頭突きを見舞った。

「がっ!!」

男が声を上げ、その体がえび反りにのぞける。

(もういっちょ!!)

さらに男を追いこもうと、額にじんじんと鈍い痛みを感じながら、再び頭突きを開始する達騎の腹に、重い衝撃が走った。

「ぐっ!」

息を詰めるような衝撃の正体は、男の右足だった。

男は頭突きをされながらも、達騎に対する闘争心を失っていなかったのだ。

「がっ!」

次の瞬間、男の左足が達騎の首に直撃する。脳を直接揺さぶられるような感覚に耐えきれず、達騎は、右手はおろか左手さえも離してしまう。

(くそっ!)

霞む視界の中で、達騎は、男の口元に勝利を確信させるような笑みが浮かぶのを見る。

下へ下へと落ちていくのを感じながら、達騎は意識が沈んでいくのを止められなかった。すでに左手は痺れ、右手は痛みを通り越して感覚がない。

山魚狗やませみ・・・!」

飛んでいく意識を根性で繋ぎとめ、擦れた声で言霊を呟く。

浮遊の術である「山魚狗」で落ちていくスピードを緩めようとするが、痛みと疲労で思うように霊力が練れず、術は発動しなかった。

(くそっ!)

達騎は歯がみした。

このまま何もしなければ、確実に死が待っている。しかし、指一本動かせなかった。

(動け、動けよ・・・!)

逸る心とは裏腹に、体はピクリとも動かない。

(ちくしょう!こんなところで・・・!)

白く粉を被った機械の群れが徐々に近づいてくるのを感じながら、達騎は心の中で叫んだ。

(死んでたまるか―――!!)


その時だった。ふわりと、目の前に日だまりのような温かい氣を感じた。

(なっ――!)

突如現れた氣の正体に、達騎は目を大きく見開いた。

それは、悠子だった。白く半透明に透け、まるで鳥の羽根のようにふわふわと漂っている。

悠子は、達騎を見て一度目を瞬かせたが、すぐさま真剣な表情になり、達騎の左手を両手でぐっと掴むと、口を開いた。

繭籠封糸けんろうふうしさん

言霊がまるで山彦のように反響する。

すると、機械が敷き詰められている場所に、サッカーボールほどの大きさの何百もの繭玉が現れた。

ボスッ。

音をたてて、達騎の体が繭玉の中に沈む。

「ぐっ!」

繭玉をクッションにしてはいたが、衝撃は相当なものだった。体全体に鈍い痛みが走る。達騎は、奥歯を噛み締め、痛みに耐えた。

「はっ!命拾いしたな!だが、今度はそうはいかねぇぞ!」

男が額に血を流しつつ、真上から滑空してくる。

達騎は立ちあがろうとするが、力が上手く入らず、繭玉の中に沈んでしまう。

「おりゃあ!!」

男は手で空を薙ぎ払うしぐさをした。その瞬間、数十もの空気の刃が、達騎目掛けて襲いかかってきた。

「くっ!」

体力も霊力もぼろぼろの状態では、避けるのも難しかった。その時、悠子が達騎を守るように目の前に立った。

八重白蓮やえはくれん!〉

悠子が言霊を叫ぶ。すると、二人を囲むように八つの蓮の花が現れた。

蓮の花は盾となり、男が出した風の刃を全て弾いていく。

刃の強襲に耐えた刹那、悠子は力を失くしたように膝を落とし、座り込んだ。

「来いっ!風雲時雨!!」

悠子のその様子を目の端に捉えつつ、己の不甲斐なさに怒りを覚えながら、男の足から外され、床に突き刺さった風雲時雨を呼んだ。

達騎の声に反応し、風雲時雨はまるで生きているかのように床から抜け、達騎の左手に収まった。

「いっけぇぇぇ――!!」

達騎は、上半身を捻り、左腕を後方に逸らせ、男に向かって風雲時雨を放った。

風雲時雨は空を切り、その黒い刃先は男の右肩を貫いた。男は悲鳴を上げるひまもないまま、壁に盛大に突き刺さった。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ」

まるで1000メートルを疾走したような息苦しさに、達騎は思わず項垂れる。

「っ、鈴原!」

顔を上げ、悠子を呼ぶが、目の前にいたはずの彼女の姿はなかった。達騎は足をもつれさせなりながら、悠子がいた場所へ向かう。辿り着き、氣を探れば、日だまりに似た温かい氣が微かに残っていた。

確かに悠子はここにいたのだ。

なぜ幽体となって現れたのかは分からないが、消えたのなら体に戻ったということなのだろう。何事もなければいいのだが。

颯が探しているとはいえ、今だ有利なのは犯人側だ。急がなければならない。

達騎は拳を握りしめ、立ち上がった。そして、壁に突き刺さった男に近づいた。

槍は、男の右肩に刺さり、そこから緑色の血が流れ、床には小さな血だまりができていた。

急所は避けたつもりだ。だが、このままでは出血多量の危険がある。

「・・・釣船つりふね

霊力をひねり出し、達騎は言霊を呟く。

次の瞬間、槍―風雲時雨が男の肩から引き抜かれ、それは、男の体を覆うほどの黒い布に変化した。布は、まるで舞うように男の体に巻きつき、肩から流れ出る血を止めた。顔だけを出し、体全体を布で覆われた男は、まるで博物館に展示されたミイラのようだった。

達騎は、男の横に膝をつき、左手でその頬を叩いた。

「おい、起きろ」

何度が頬を叩くと、呻きながら、男が目を見開いた。

「お前に聞きたいことがあ・・・」

「いっててててぇぇぇぇ!!」

間髪いれず問いかけた達騎だったが、突如、男が上げた大声で言葉が掻き消される。

「いってぇ!!見てた時も痛そうだなって思ったけどこんなにいてぇのかよぉ!!これなら点滴のほうがまだまし・・・、いや、あれもいてぇけど!!くそっ、京の野郎、全部俺に押し付けやがって!」

大声を上げたかと思いきや、男は、言葉を湯水のごとく溢れださせる。達騎のことなど目に入っていない様子だ。

「おい・・・」

「何が、俺は疲れたから寝る、だ。後は任せるなんて、調子のいいこと言いやがって。全部自分でまいた種なんだから自分で何とかしろっての!!」

「おい・・・!」

「だいだい、いつも勝手なんだ、あいつは!!ちくしょー、こんな体じゃなきゃ一発ぶん殴ってやりたい!」

「・・・・」

達騎は膝を床から外し、立ち上がった。ぎりぎりと歯噛みする男の右肩に足をかけ、思い切り体重をかける。

「ぎぃやぁぁぁぁぁっっ!!」

男から悲鳴が上がった。しかし、それを無視し、達騎は男に問いかけた。

「ずいぶん楽しそうだが、その前に俺の質問に答えろ」

さらに体重をかけると、男は涙目になりながら叫んだ。

「言います!言いますから、この足をどけてください!お願いします――!!」


男の肩から足をどけ、達騎は問いかけた。

「まず、この件の首謀者は誰だ?」

「・・・珀っていう男だよ」

「姿かたちは?年は幾つだ?」

「銀色の長い髪を括ってる。年は、二十代後半くらいだと思う」

「どうして鈴原を攫った?」

「あんたをおびき出して、あんたの母親を誘い出すためさ」

「息子一人がいなくなったからって、そうのこのことやってくると思うか?」

達騎はじっと男を見つめる。男は、ははっと笑った。

「あんたが一番分かってるんじゃないのか?父親の事もある。息子が危険な目にあっているなんて知ったら、血相変えて飛んでくるんじゃないか?」

「・・・さぁな。・・・で、他にも攫った奴がいるのか?」

「あぁ、子供が四人―いや、五人いるかな」

「ガキどもを攫って何をしようとしてる?」

「蘇生術さ。子供を蘇らせたいんだと。」

「何?」

達騎は、男の口から出た言葉に目を見開いた。

―『蘇生術』―

その名の通り、死者を蘇らせる術だ。死者の魂を降ろし、死体またはそれになり替わる物を依り代として死者を復活させる。しかし、それは魂を死体に定着させただけで、動くまでには至らない。頭、手、足、心臓、目、鼻、口を動かすために、生きた七人の人間の精気が必要となる。

この術は、戦時中、多くの兵士が死に、その人材を確保するため、国が鈿女の巫子と猿田彦の巫子を使い、行わせたものだった。鈿女の巫子が兵士の魂を死体に降ろし、猿田彦の巫子が敵兵を捕え、精気を集め、死体兵が完成する。

前線の戦地では、死者と生者が入り乱れ、地獄絵図そのものだったという。

戦争が長引き、市街地に敵兵が入り込んだ時は、やむなく市民の精気を集め、死体兵を作ったという話もあった。

終戦後、それは禁術となり、門外不出の術として巫子達が封印した。ただ、その事実は負の歴史として、巫子達に受け継がれている。

達騎もそれを母から伝えられていたため、『蘇生術』の名は知っていた。

だが、本家で封印されている『蘇生術』を使える人間などいるはずがない。達騎は信じられないと首を振った。

「ありえない!できるわけがない!」

声を荒げる達騎に、男が淡々と告げた。

「それができるんだよ。俺がそうだからな」

「・・・は?」

男の言葉に、達騎は今度こそ絶句した。

「俺は、金子恭輔。病気持ちでガキの頃から入院ばかりしてた。死んだのは、二年前。冬の寒い日だった。風邪にかかっちまって、それが悪化してさ。だが、体―魂っていうのかこの場合―が、何かに引っ張られるように引き寄せられて、気づいたら、この体に入っていた。しかも、この体には先客がいた」

信じられないと思いながら、達騎は男―恭輔の話に耳を傾けた。恭輔の表情は真剣で、嘘をついているようには見えなかったからだ。

一端、言葉を切った恭輔は、何かを思い出したかのように思い切り眉を顰めた。

鎌鼬かまいたちの京介。俺と同名の妖だ。珀は京介を蘇らせたかったようだが、失敗して、一緒に俺の魂も引っ張ってきちまった。それ以来、俺達は体を共有するようになった。京介は戦いが好きで、その匂いを嗅ぎつけたら、すぐに飛び出す。で、都合が悪くなったら、俺に押し付ける」

「・・・・」

話を聞きながら、達騎は先ほどの戦いを思い出す。

達騎が戦っていた男が鎌鼬だというなら、今まで男が起こしていた現象が理解できる。

鎌鼬は、風を操ることができる妖だ。その名の通り、鎌のような鋭い刃のような風を起こすことができる。

「つまり、あんたはその鎌鼬と体を共有してるってことか」

二重人格ならともかく、一つの体に魂が二つ入っているなどという非常識な事態に驚きつつ、達騎は納得するしかなかった。

「その体、死体ってわけでもなさそうだな」

達騎は恭輔を見る。頭突きをした時に、死体のような冷たさは微塵もなかった。

「あぁ。臓器が大緑蟲おおりょくちゅうでできてて、筋肉や皮膚は再復身さいふくしんって言う妖から取ったらしい。珀は、この体を傀儡くぐつと呼んでいた」

大緑蟲は、皮膚が半透明で臓器が緑色をした巨大な団子虫に似た妖で、常に土を食べている。彼らが食べ、排せつした土は栄養価が高く、大緑蟲がいる土地は肥沃で豊かな土壌になると言われている。話すことはなく、人間界に存在する昆虫に近い。

再復身は、鹿の形を模した肉の妖だ。体全体が筋肉で覆われ、目も鼻も耳もない。彼らの体は、切り離してもまるで蜥蜴の尾のように生えてくる。山奥に住み、人間や妖の存在に気付くと、すぐに逃げてしまう。

大緑蟲も再復身も文献で読んだことはあるが、実際に見たことはない。

この二つの妖を使う存在を達騎は知っていた。

傀儡くぐつ師』。

発祥は、戦国時代、敵を欺くため当主の死体を作るよう命じられた医師だという。

医師は人体に精通していたが、材料を集めることに苦心していた。人の死に触れ、霊力が高くなり、妖の存在を見ることができるようになった医師は、人よりも寿命があり、特異な能力を持つ妖で代用しようと考えた。その結果、完成したのが傀儡くぐつだった。

傀儡くぐつ師がその珀という奴だとして、分野の違う紋術や蘇生術を知っているのはおかしい。鬼討師や巫子の中に裏切り者がいるってことか?)

達騎は考える。

(いや、今はそれを詮索してる場合じゃない。整理すると、人質は鈴原を入れて、子供が五人。首謀者は珀という若い男。蘇生術を使って子供を蘇らせようとしている)

そこまで考えてから、達騎は「ん?」と首を傾げた。

蘇生術が使われ、傀儡が存在するということに頭が一杯だったが、今現在、子供を使い、傀儡を作り出そうとするには人数が足りない。だが、攫われた悠子、そして自身を含めるとちょうど七人になる。

その可能性に気付いた達騎は、はっとして恭輔を見た。

「まさか、俺や鈴原も傀儡の餌にするつもりなのか!?」

恭輔は、一瞬、目を瞬かせると納得したように、「あぁ」と頷いた。

「そういえばそうだなぁ。子供だけじゃ人数足りないもんな」

とぼけたように言う恭輔の言葉を左耳から右耳へ流し、左手で胸元の布を掴むと、顔を近づけた。

「おい、珀の所に案内しろ」

達騎の言葉に恭輔が目を剥き、ぶんぶんと音をたてるように首を振った。

「無理無理無理!そんなことしたら俺が殺される!」

「それならいいじゃねぇか。今度こそ高天原に行けるぜ。それに今の状況に不満があったんだろ?」

嫌がる恭輔を無視し、達騎は恭輔の頭の上へと移動し、布の端を左手で持った。

そして、恭輔をずりずりと音をたてて引きずりながら、扉のない出入り口へ向かって歩き出した。

「いや、いやいやいや!あれは勢いでいっただけで、今の状況が嫌なわけじゃ・・・!」

汗をかきながら、恭輔は必死に弁解しようとする。

「お前のことはどうでもいい。早く道を教えろ。引きずって歩くのも大変なんだぞ」

「だったら、このまま捨ててくれよ!道は教えるから!」

顔をくしゃくしゃにして、今にも泣きそうな恭輔に、達騎はにべのなく告げた。

「今の俺は満足に戦えない。お前なら人質になるだろうし、最悪、盾くらいにはなるだろう」

その言葉に恭輔は口をぽかんと開け、信じられないと言った顔で達騎を見た。

一拍置いて、悲鳴じみた声を上げる。

「マジか!?嘘だろ!?っていうか、巫子が怪我した奴を盾にするとか平気でいう!?」

「お前はこの誘拐事件の共犯者だ。情けをかけるつもりもない。役に立つなら使わせてもらう。・・・で、珀はどこにいる?この建物の中か?」

出入り口を抜け、廊下に出た達騎が、恭輔の方に顔を向けた。その時だった。

「ずいぶん楽しそうね」

女の声が聞こえ、達騎が振り返れば、そこには人ひとりがはいれるような黒い空間が広がっていた。そこから、長い髪を頭の上で一つに縛ったジーンズ姿の女が現れ、

廊下の床に足をつく。

刹那、女の背後から、赤茶色の髪をした男が飛び出してきた。

男は、達騎目掛けて突進し、手袋をした両手で鋭い突きを繰り出す。

達騎は咄嗟に左腕で突きを防ぐ。

「ぐっ!!」

鋭くも重い一撃を受け、達騎は思わず呻いた。間髪いれずに強烈なアッパーを顎に受ける。

目の前に火花が散るような感覚を感じながら、倒れまいと達騎は必死に足を踏ん張った。

「がっ!」

しかし、首に強烈な衝撃を感じ、達騎は前のめりに倒れ込んだ。

自分が倒れるドサッという音をどこか遠くに聞きながら、達騎は意識を失った。



「まったく、何を考えているのよ!」

恭輔を覆っている布を剥がしながら、女―朱里が怒りと呆れをない交ぜにした表情で恭輔を睨んだ。

「大きな音がすると思って鈴に視てもらったら、あんたが本館でドンパチやっているっていうし。しかも、草壁達騎と!こいつは儀式に必要だって知っているでしょうが!あんたの頭は鶏並みなの!?」

すると、恭輔は、心底嫌そうな顔で朱里を見た。

「俺だって止めたっての。けど、京の奴、問答無用に突っ走って、あげく気絶させられちまった。まっ、自業自得だな」

その言葉に、朱里は布を剥がす手を止め、恭輔の顔をまじまじと見つめた。

「・・・あら、恭輔なの?」

「おう」

バシッ。

すると、朱里はその左肩を思い切り叩いた。

「いってぇぇぇぇ―!!何しやがる!」

叫び声を上げ、睨みつける恭輔に朱里は鼻を鳴らした。

「京を止めるくらいしてみなさいよ。全く、肝心な時に役に立たない男ね」

「俺が京に勝てるわけないだろ!俺はただの人間で、あっちは戦いのエキスパートだ。出ないように引きとめたって、寝技かけられて気絶させられて終わりだよ」

「言い訳する男は見苦しいわよ」

「見苦しくて結構。それに、気づいたならもっと早く止めに来いよ!音が聞こえたってことは戦い始めの頃だろう?それにしては随分時間がかかったな?」

恭輔は、訝しげに朱里と仁を見る。

朱里は、恭輔から目を逸らし、小さく息をついた。

「珀が言ったのよ。草壁達騎はしぶといから、少しくらい痛めつけないと暴れ出すだろうって。京の実力なら問題ないから、しばらく放っておけって言ったのよ」

朱里の言葉に仁も頷く。

「・・・なるほど。上手く泳がされてたってわけか。京が聞いたら怒り狂うな」

恭輔は、神妙な顔で呟いた。

「京は今どうしてるの?」

「ぐーすか寝てるよ。全く、人の気も知らないで」

恭輔は肩をすくめる。

「・・・言わないでよ」

念を押すように言う朱里に、恭輔は言った。

「言うわけないだろ。珀に喧嘩売って、余計に寿命が縮むなんてごめんだ」

「寿命のこと、京は知っているんでしょ?」

「あぁ。でも、あいつのことだ。珀の操り人形になるくらいなら死んだ方がましだ、くらい言うだろうな。俺はごめんだけど」

京と恭輔の体は、二つの魂を宿しているために、すでに限界を迎えていた。顔にあるヒビのような痣はその証だった。寿命は半年と言われている。

恭輔は、子供の頃から病院に入り浸っていた。重い心臓の病で、何回も手術を繰り返し、学校にも数えるほどしか行けなかった。友達をつくることも、外で遊ぶこともできず、十九歳の若さで命を落としたのだ。

そして、何の因果か傀儡としてこの世に再び生を受けた。恭輔は嬉しかった。京介というケンカっぱやい男の魂と体を共有していても、生前できなかったことができるという喜びのほうが大きかった。自身が七人の人間の命を犠牲にして傀儡として蘇ったことを知った時は、かなり悩んだが、生きたいという気持ちが強く、七人の分まで生きようと決意した。

この計画に何も思わないわけではないが、京介がいるとはいえ、亡くなるまでの半年を一人で生きるのは辛かった。家族や友達にも看取られないまま死んだ生前を思い出すからだ。エゴだと分かっていても、珀とこの計画で出会えた朱里達と共にいたいと思ったのだ。


「ちょっと、これ、なかなか取れないんだけど」

再び、朱里が恭輔に巻かれた布を解こうとするが、なかなか解けない。仁も手伝うが、布を何度剥がしても、恭輔の体はなかなか現れなかった。

「もういいよ。引っ張ってくれりゃいいって」

恭輔が言うと、仁が言った。

「仕方がない。俺は草壁達騎を運ぶ。お前は恭輔を運んでくれ」

「分かったわ」

朱里は頷き、恭輔に巻かれた黒い布の端を掴む。だが、不意に朱里の手から布が消えた。

見れば、黒い布は恭輔の体からなくなり、その脇に黒い槍が転がっていた。

「よっと・・・」

自由になった恭輔は、立ち上がる。槍に貫かれた右肩は、緑の血がこびり付いていたが、皮膚一枚が切れただけのような小さな傷跡だけが残っていた。

「さすが、再復身の体ね。もう塞がってる」

感心する朱里に恭輔は首を振った。

「いや、これでも遅いほうだ」

「・・・・」

重い空気が辺りに漂うなか、達騎を担ぎあげた仁が言った。

「朱里、空間を」

「え、えぇ」

朱里は手をかざし、黒い空間を出現させる。

仁が先に入り、ついで恭輔がふらつきながら、最後に朱里が周囲を見回しながら中に入る。

そして、まるでファスナーを閉めるように空間の切れ目がなくなった。

後に残ったのは、夕闇の迫った廊下にぽつんと置かれた風雲時雨だけだった。


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