第百六十九幕 十二司
菫青から仕事を変えることを了承してもらい、加具土は部屋を出た。
仕事が変わるとは言え、今日までは今まで通り、給仕の仕事だ。
階段を下り、『カンナの間』へ向かおうと客室に繋がる廊下を歩いていると、薬籠を背負った千鳥が歩いているのに出くわした。
「あ・・・」
思わず声を上げれば、千鳥も加具土に気がついたらしく、煙管を口にくわえたまま、にっと笑った。二人は立ち止まり、向かい合う。
「・・・おかえりですか?」
「いや。ここに泊まる。あの患者、目が覚めるなり文机に向かおうとするから、思わず怒鳴っちまったよ。あれはとんだ仕事中毒者だね」
千鳥は困ったように肩をすくめてみせ、何かを思い出したのか「あぁ」と声を上げた。
「そうだ。忘れるところだったよ。これを料理長に渡しておくれ」
胸元に手を入れ、千鳥は一枚の紙切れを取り出すと、それを加具土に渡した。
紙切れには達筆な字で文字が書かれていた。
『沸騰させた水、食塩、砂糖、柑橘類を絞ったもの』。
それらの文字の隣には、分量も書かれ、最後に『しっかりかき混ぜる事』とまとめてあった。
「あの、これは?」
調理法のようだが、どんなものか検討がつかない。尋ねれば、千鳥が言った。
「患者の――、確か神薙といったか。あいつの当分の食事だよ。これを飲ませる。腸を切ったからね。固形のものはしばらく駄目だ。その事も料理長に伝えてほしい。もし、何か言うようだったら、あたしを呼んでくれて構わないよ。それじゃ、あたしは部屋を取りにいくから。何かあったら、部屋へ来ておくれ」
千鳥は一息にそう言い、加具土が返事をする間もなく、風のように足早に去ってしまった。
「・・・・・」
加具土が千鳥の背を見送っていると、そこへ青白い顔をさせながら、千鳥と一緒に手術を手伝った医術師の男がふらふらと歩いていた。
「だ、大丈夫ですか?」
加具土が声をかけると、男は、紅葉した銀杏の葉の色のような黄色い瞳を苛ただしげに細めた。
「大丈夫なもんか!あの女、わたしを弟子にするといいやがった!この凪の御大四家、内海家の次男にして、医学舎でも優秀だと誉れ高かった内海雷を!!」
御大四家。いうことは、貴族か。かなりの地位なのだろう。自尊心の強さがよく現れている。
「断らなかったんですか?」
自尊心が強く、自分が下につくことを嫌がっているようだから、弟子など願い下げだろうと思った加具土はそう尋ねる。すると、雷はきっと加具土を睨み付けた。
「もちろん断った!だが、あいつは話を聞かず、わたしを無理矢理弟子にしたんだ!逃げようと思ったが、脅されるし、説教されるしで散々だ!技術は認めるが、人としては問題大ありだ!全くなんであんな奴が人気なんだ!」
信じられないと言わんばかりに雷は口調を荒げる。
「・・・・・」
――脅して、説教。
勧誘するのに何をしているんだ、千鳥(あの人)は。それでは雷が反発するだけだろうに。
千鳥に呆れともつかぬ感情を覚えながら、雷を見ていると、彼はチッと舌打ちし、「話しすぎた」と呟く。
「そういうわけでわたしは忙しいんだ!ここで喋っているひまなどない!」
無理矢理弟子にされた怒りを加具土に叩きつけるかのような口調で声を上げた雷は、ふらふらと体を揺らしながら、千鳥と同じ方向へ歩いていく。
その背を呆然と見つめながら、加具土は思った。
(――部屋を取るのかな。千鳥さんと同じように)
弟子にされたのだから、おそらくそうだろう。大変だな、と他人事のように思いながら、加具土は千鳥からもらった紙切れを持って厨へ向かうことにした。
『カンナの間』に行くのはそれからでもいいだろう。
「・・・これを『カンナの間』のお客さんにお出しするのかい?」
厨全体を仕切る料理長――体が大きく、腕も首も太い。料理長というよりは、武闘家と言うほうがしっくりとくる体格をしていた――重藤は渡された紙切れを見ながら、眉を寄せた。
「はい。腸を切ったから、固形のものはしばらく駄目だそうです」
彼女が言っていたことを告げれば、重藤はううむと唸った。
料理長が悩むのも分かる気がした。本当にこれだけで足りるのだろうか、と加具土も思う。
だが、千鳥は医者だ。であるならば、患者に対して一番いい食事を与えようとするだろう。
飲み物だけだが、患者である神薙にとってはこれが最上なのだろう。そう加具土は考えた。
重藤を見上げれば、紙切れを凝視したまま動かない。
これは千鳥を呼ばなければだめか。そう思ったその時、重藤が頷いた。
「・・・分かった。先生の言うとおりにしよう」
「えっ」
頭の中で、千鳥を呼ぼうと考えていた加具土は、思わず声を上げてしまった。
不思議そうな顔をする重藤に、加具土は慌てて言った。
「ずいぶん悩んでいたようなので。千鳥さ、――先生を呼ぼうかと思っていました」
「あぁ、そういうことか」
重藤が納得したように顔を綻ばせた。
「千鳥先生っていえば、凪で知らない者はいない。口調は荒いが、丁寧な診察と治療をするって有名だからな。先生がこうしてほしいと言ったからには、これがあのお客さんにとって一番いいことなんだろう。さっそく作るさ。夕餉には間に合わせないといけないからな」
紙切れを持った手をひらひらと振り、重藤は加具土に背を向け、厨の奥へ入ってしまった。
(・・・信頼されているんだなぁ)
そうでなければ、医者として致命的だが。それでも顔を見ず名を聞いただけで信頼されるのはさすがといえた。
加具土は白湯の用意をし、『カンナの間』へ向かった。
千鳥の話だと目は覚めているようだ。喉が乾いているかもしれない。盆の上の、湯呑みに入れた白湯を零さないようにしながら、加具土は廊下を歩いた。
「神薙様、加具土です。白湯を持ってきました」
声を掛け、一拍おく。
何かしら声が返ってくると思いきや、返事はない。
もしかしたら、寝てしまっているかもしれない。華陀の効き目がどのくらいなのかは分からないが、手術が終わった後、目を開けたとしても、完全に目を覚ますほどではない可能性もある。
「・・・入りますよ~」
寝ていて起こしてしまっては悪い。加具土は声を潜めながら、襖に手をかけ、開けた。
そこには、布団に入ったまま、離れた文机へ手を伸ばそうとしている神薙の姿があった。
「何をしてるんですか!」
絶対安静だということは加具土にも分かった。千鳥にも怒鳴られたというのに懲りていなかったようだ。
加具土に気づき、神薙は『しまった』という顔をした。
「手術が終わったばかりです!動いちゃ駄目でしょう!」
加具土は神薙の枕元に行き、白湯が入った湯呑みをのせた盆を勢いよく置き、膝を折る。少し白湯が零れたが、それを気にする余裕はなかった。
布団の中へ戻すため、神薙の手を掴む。神薙は言われなくとも分かったのか、困ったような表情をして、しずしずと手を布団の中へ戻した。
「いやぁ、仕事が溜まっていて・・・。急がないと決算が間に合わない・・・」
仕事をする気満々の神薙を強く睨み付ければ、神薙の声が徐々に小さくなっていく。
文机を見れば、確かに何々銀と値段が書かれた書類と携帯用の筆と墨が置かれていた。
加具土は小さく息を吐く。睨み付けて強く言ったところで、隠れて仕事をやろうとしていた神薙だ。少し考えて言わなければ。
「手術をしたんです。仕事が少し遅れても大丈夫だと思いますよ」
努めて優しい声を出せば、神薙は心底弱った声を上げた。
「いやぁ、あの人達はそういうの関係ないからなぁ」
「関係あろうとなかろうと、あなたが元気でなければ仕事が回らないのは事実でしょう。なら、無理強いすることはないと思いますよ」
「う~ん」
神薙が唸る。その様子に加具土は思いついた。
「心配なら、落ち着いた後、文を書いたらどうですか?事情を知れば、仕事仲間の方も安心するでしょうし」
文机の上に置かれた物から神薙も文字を書けると加具土は判断した。
すると、神薙は口元を引きつらせ、苦く笑った。
「・・・いや、実はここにいるんだよねぇ」
「はい?」
「君が言った仕事仲間。だぶん、ここにいると思う。仕事のはかどり具合を見に、ここに来る予定だったから」
「泊まっているということですか?では、その方はどなたです?」
神薙は目を逸らしながら、気まずげに呟いた。
「・・・太熊とその仲間たち」
上げられた名に加具土は思い出した。太熊たちが手術中の神薙のいるこの部屋に無理矢理押し入ろうとしていたことを。彼らの口調は神薙をよく知っているような口ぶりだった。
菫青に連れられて行ったが、おそらくこの雲母荘のどこかにいるだろう。泊まっている可能性もある。
「・・・あの人たちはここにいます。あなたを嘘つき呼ばわりしていましたけど」
病人の神薙に言う言葉ではなかったかもしれないが、怒鳴られても隠れてまで仕事をしようとしていたのだ。彼らに嘘つき呼ばわりされる理由はないはずだ。
沸々と煮えるような、小さな怒りを覚えながら加具土が言うと、神薙は「あー、ははは」と納得したような、どこか諦めた声音で笑った。
「僕の仕事は、仕事のない人達に働く場所を斡旋することなんだ。他にも会計帳簿の決算とかあるけど」
神薙は自分の仕事について一息に言うと、その細かな内容を言い始めた。
「仕事をしたいってやってきた人の名前や経歴が違っていたり、探した職業場所の職業内容が僕が来たときには説明通りだったんだけど、実際に働いてみたら全然違ったって苦情が来たりとか、決算するときに収入と支出が全然違うとか。そういう事がけっこう多くて。だから十二司の中では嘘つき呼ばわりされているんだ」
しょうがないよね、と乾いた笑いを浮かべる神薙に、加具土は「ちょ、ちょっと待ってください!」と慌てて声を上げた。
「それって、あなたのせいじゃないですよね?仕事をしたい人や職業場所が嘘をついたってことじゃないですか。収入と支出が違うのは、十二司の誰かがお金を勝手に使っているってことですよね!?」
そういうことが多いということは、十二司の評判にも関わることだから放っておいてはいけないと思うのだが。というか、誰も対処していないのか?
素人の加具土でも思いつく事を十二司の人達が気づいていないはずはない。気づいていて放っているのか、気づかないほど質が悪くなっているのか。神薙の言葉からは分からなかった。
「え、あぁ、そうか。そうなのか・・・。気づかなかったよ。全部僕の甘さと油断が招いたものだと思っていたから」
加具土の言葉を受けて、神薙は得心したように頷いた。
「・・・・・・」
加具土は唖然とし、神薙を見つめた。
(この人、お人好し、というかお人好し過ぎて、色々と押しつけられてるのに気づいてない!よく倒れなかった――、いや、だから体は悲鳴を上げて、それが手術することになったのかも・・・)
「なるほどねぇ。あんたのお人好しぶりはよく分かった」
呆れ混じりの聞いたことのある声が背中から響き、驚いて振り返れば、千鳥が部屋の前に立っていた。後ろには不服そうな顔で雷の姿もある。
千鳥の言葉からは、神薙の話を聞いていたことが窺えた。いつから聞き耳をたてていたのか。口をぽかんと開けながら加具土は千鳥を見る。
千鳥は部屋に入ると、加具土の隣に立ち、厳しい表情を神薙に向けた。
「だけど、そういうのはきちんと言わないといけないよ。あんたのためにもね。まぁ、上の人間が分かっていて何もしないのは論外だが。・・・太熊たちには灸をすえなきゃいけないようだね」
太熊たちを知っているような口ぶりに、加具土は思わず口を開いた。
「太熊さんたちを知っているんですか?」
「まぁね。私は凪の出身だし、十二司の連中を手当したこともあるからね。太熊は慕ってくる人間を受け入れる懐の深さがあるが、考えなしのところがあるからね。おおかた、困っている人間を受け入れたり、連れてきたりはするが、その後のことは他の人間に任せっきりなんじゃないかい?」
後者の台詞を千鳥は神薙に向ける。苦笑しながら神薙は答えた。
「・・・・おっしゃる通りです」
さらに神薙は続けた。
「最近、太熊さんが受け入れた、または連れてきた人の人数が多くて大変なんです。対応する人間の数も足りなくて、深夜まで仕事をするなんてざらです。せめて、人数を減らすか、対応する人間を増やしてくれればいいんですが、それも自分たちでやってくれと言われて・・・。私たちは対応に追われていてそれもできず、正直困っているんです」
自分自身が困っていることは頓着しないが、他の人間も困っていることは気にするらしい。素直に太熊の対応の悪さを神薙は口にする。
その言葉に千鳥は腕を組み、神妙な表情を浮かべた。
「こりゃ、私だけが言っても駄目だね。菫青を呼ぶ必要があるね」
「あの若旦那が出張って、太熊という奴が改心するのか?」
口をへの字にして聞いていた雷が声を上げる。千鳥が雷を見て答えた。
「菫青は昔、十二司で太熊たちと働いていたことがあったからね。彼らのやり方をよく知っている。あまりに横暴なやり方だと論理で叩き潰していたくらいだ。それにこの雲母荘で働くようになってから、十二司に自前の金で出資したっていう話もある。良くも悪くも太熊にとっては素通りできない人間さ」
菫青の過去を知っているのは葎だけかと思っていたが、そうではなかったらしい。
「よく知っているな」
雷がその言葉とは裏腹にちっとも感心していない声音で言えば、千鳥は面倒くさそうに息を吐いた。
「幼馴染だよ。腐れ縁ってやつさ」
知己である割には嬉しそうな言い方ではなかった。幼馴染みでも色々あるのだろう。
幼馴染という存在を持たなかった加具土には想像するしかなかったが、そう納得することにした。
「あんたがここの若旦那と幼馴染ねぇ」
信じられないというような目で見る雷に、千鳥はなぜか髪をかき上げ、誇らしげに胸を張った。
「嘘じゃないよ。ま、この美貌と才能に溢れた医術師が幼馴染なんだ。恥ずかしくて言えないのも無理はないだろうね」
「自分で言うか」
ぼそりと呟く雷に千鳥が鋭い視線を送った。
「なんか言ったかい?」
「別に」
ひんやりとした冷たい空気が部屋に流れ出したその時、開け放たれた襖から菫青が姿を現した。その顔には疲れた表情が滲み出ている。
「誰が恥ずかしくて言えない、だ。俺がお前の幼馴染と知られたら、お前からの苦情や催促状が毎度俺の――、雲母荘のところへやってくるんだ。冗談じゃない」
千鳥は片眉を上げ、菫青を見た。
「おや、空耳かい?私からの苦情や催促状と言ったかい?誰がそんなものを私に出すんだい?」
寝耳に水だという顔をする千鳥に、菫青は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「白々しいことこの上ないな、お前は」
菫青は顔を顰めたまま続けた。
「馴染みの店を付けで払い、払うのを忘れた。馴染みの呉服屋で金額が少し足らず、後で払うからと付けにしてもらい忘れた。常連の鍛冶屋でお前が使いやすい特別な手術道具を創ってもらい、その支払いを忘れた。お前は鶏が何かか?三歩歩いたら支払いを忘れるのか?いや、それを言ったら鶏に失礼か。とにかく、文がくるのは嬉しいが、支払いに関する苦情や催促状も一緒に届いて困っていると鉄が嘆いていたぞ」
千鳥は目を見開き、人差し指をわなわなと震わせながら、菫青に向けた。
「あ、あんた、なんであいつのこと・・・!」
菫青はしたり顔で答えた。
「あぁ。お前が牙蘭に行っていた時に、挨拶に来たんだよ。今じゃ、文を交わす仲だ。いやぁ、よくできた旦那だ。お前にはもったいない」
千鳥は顔を赤くしたり、青くしたりと忙しく顔色を変え、ついには顔を伏せ、座り込んでしまった。
「何やってるんだい、あいつは・・・!」
蚊の鳴くような声で呟く声は、先ほどまでの余裕はない。
そんな千鳥を見ながら、医術師としての誇りと厳しさの強い人かと加具土は思っていたが、それだけではなく(付けをつくるのは問題だが)――表情がくるくる変わったりするかわいい一面があるのだと思った。
「おい!」
すると、雷がしゃがみ込む千鳥を見下ろした。千鳥が顔を上げる。
その瞳は、遠くを見ているかのように焦点があっていなかった。
「なんだ、その体たらくは!私が弟子になったからには付けなんてさせないぞ!支払いはきっちりしてもらう!こんな事が公にされたら、お前の評判は地に落ちだろう!あんたは人としてはどうかと思うが、外科の技術は抜きんでている!それを無くすのはおしい!だから、手伝ってやる!この内海雷様が!ありがたく思え!」
人差し指を千鳥に突きつけ、上から目線の物言いをしながら雷は宣言した。
自尊心は高いが、意外と面倒見のいい人なのかもしれない。
雷と千鳥の別の一面を見て、二人の全体的な印象を変えた加具土だった。
「は、はい・・・」
雷の顔を見ていなくとも、言葉は聞こえていたのだろう。呆然としながらも千鳥は頷いたのだった。
「ところで、若旦那はなぜここに?私たちはこの患者の様子を見に来たんだが」
雷が訝しみ、菫青に尋ねる。すると、菫青は魂が抜けたかのように座り込んでいる千鳥を一瞥した。
「そこの自信過剰な医術師がここに泊まると聞いてな。付けにされては困ると思って釘を刺しに。この部屋にいると聞いて来てみたわけだ」
「なるほど」
雷が納得したように頷く。
「壁越しに遠く聞こえていたが、十二司の現状について話していたようだな」
加具土は驚く。カンナの間の襖を開けていたとはいえ、大きな声で話していたわけではない。菫青の耳の良さに舌を巻いた。
「地獄耳か?」
「昔から耳は良くてな」
雷も驚嘆の表情を浮かべると、何でもない事のように菫青は肩をすくめてみせた。
「なら、ちょうどいい。あんたに手伝ってもらいたいことがあるんだ」
衝撃から立ち直ったのか千鳥は立ち上がり、菫青に神薙の状況と十二司の現状、太熊たちの態度について説明した。
それを聞いた菫青の瞳に冷たい光が宿る。
「口をすっぱくして何度も注意したはずだが、直っていなかったとは。これは引導を渡すしかないな」
まるで氷室に漂う冷気のような気を発しながら、菫青は呟く。ついで、寝込んでいる神薙に視線を向け、膝をついた。
「・・・私がいながら申し訳ありません。太熊らについてはきっちりと灸据えますのでご安心を。もちろん、あなたや十二司の業務を担当している方々に迷惑はかけません」
丁寧な口調で詫びる菫青に神薙は慌てた。
「いえ、そんな!あなたが悪い訳ではありません!でも、本当にいいんですか?今の十二司の現状はあなたのせいではないのに、その、お説教なんて・・・」
神薙が躊躇いがちに口にすれば、菫青はぞっとするほど綺麗な笑みを浮かべた。
「父と十一人の侠客の方々が創った十二司という組織を、その制度を、気づいていながら内側からぶち壊そうとする愚か者たちに口を出せるというのなら喜んで。むしろ私が礼を言いたいくらいですよ」
「・・・そ、そうですか」
菫青の笑みとは裏腹に、その背後からは黒々とした怒りの炎が燃えているような雰囲気を加具土は感じ取った。その雰囲気に気圧されたのか、神薙が若干涙目になっていた。
菫青が太熊たちのところへ向かえば、修羅場になることは確実だった。