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第百五十三幕 若草団

 何かがが焼けるような焦げ臭い匂いを感じ、加具土は瞼を開けた。

「-――!!」

目の前にあったのは、ごうごうと燃えさかる村長――明全の家だった。

真っ赤に染まる炎が、生き物のように茅葺きの屋根や太い柱、がっしりとした門を舐めるように燃やしていく。

呆然と見つめていた加具土は、はっと我に返り、起き上がろうとした。

「うっ!!」

腹に感じる鈍い痛みに思わず呻く。そうだ。私、刺されたんだ--。

今の今まで忘れていたことに気づき、加具土は穴が開いた衣の上から傷口をさする。

「あれ・・・」

ぱっくりと口が開き、血が流れ出しているはずのそこは、何事もなかったように綺麗さっぱりなくなっていた。穴から傷口を確かめてみれば、傷一つない己の肌があった。

「どうして・・・」

あれだけの深手だ。いくら神といえど治るのには時間がかかるはず。

困惑していたその時、背中から何かが滑り落ちる感覚を覚えた。

後ろを振り向けば、藍色の上衣うわぎが加具土のそばに落ちていた。手を伸ばし拾えば、活杙の氣が感じられる。

(これ、お母さんの・・・)

活杙のものがなぜこんなところに。そう考えて気がつく。

この傷を癒やしてくれたのは、活杙だと。

活杙には、人や神々、植物などがもつ再生力を底上げする力をもつ。浅い切り傷が薬や手術に頼らずとも自然に治るその力を強くし、怪我の治癒を早めるのだ。

ただし、これは患者本人に大きく負担をかける。少しずつ治していくものを一気に治すのだ。健康体でも熱を出すし、弱っていれば命を落とすこともある。

それゆえ、活杙は仕事の時でも、滅多なことでは自分の力を使わず、基本は患者の治癒力に任せていた。

 それを使ったということは、自分はかなりあぶない状態であったらしい。

「ぅっ!」

立ち上がってみるが、頭を上げた瞬間、ぐるりと視界が反転しかけた。体が傾きそうになるのを、目を閉じて耐える。そっと瞼を開ければ、目に映る自身の足が水の膜を張ったようにゆらゆらと揺れている。額に手を当てれば、常よりも高い熱さを感じた。頬も耳も異様に熱い。

(はんどう・・・)

熱さのせいか頭がぼんやりとする。治された反動が今この瞬間、一気に来たのだ。

だが、ここで突っ立っているわけにはいかない。

家が燃えているということは、皆はどうなったのだろう。

胡蝶や赤子、活杙、胡蝶の両親、使用人の人達、ヨミは。

熱い息を吐き出し、ふらつきそうになる足をなんとか動かし、加具土は燃えさかる炎の中へ足を踏み入れようとした。

「何をしているんだっ!!」

ぐっと肩を掴まれ、横を向けば、枯茶からちゃ色の髪の青年が必死の形相を加具土に向けていた。

「炎が見えないのか!?早くこっちへ!!」

肩を掴み、どこかへ移動しようとする青年から逃れようと、加具土は身を捩った。

だが、青年も負けてはいない。加具土の左腕を掴み、離そうとしない。

「はなしてっ」

「火の周りが早い。避難するならこっちだ!」

「いかないっ。あの中にお母さんたちがいるのっ。たすけに行かなくちゃっ」

熱で口がうまく回らない。舌足らずになっていて青年が聞き取れたかは定かではないが、加具土は必死に言葉を紡いだ。

「死にたいのか、君はっ!あの炎の中に君が助けたい人はいない!こっちに来るんだ!!」

「いやだっ、やだっ。お母さんっ、こちょうっ、よみっ」

いないと断言され、加具土の頭は混乱状態になった。正常な判断が下せず、ただただ、幼子のように名を呼ぶことしかできない。

「くそっ」

青年が吐き出すように悪態をつく声を聞いた時、加具土の体はふわりと空に浮いた。

地面が遠く、目線が高い。青年が抱き上げたのだと気づいた。抜け出そうと加具土はもがく。

足をばたつかせ、青年の頭を左手で叩いた。

「はなしてっ。いかせてっ。やだぁっ」

加具土の懇願にも、小さな攻撃にも青年は答えず、黙々と駆けていく。そうしている内にも胡蝶の家は遠ざかっていく。

 不意に、ぐらりと視界が歪んだ。

暴れたためか、先ほどよりも目眩がひどい。


――『お前が慈しみ、愛する者たちは必ず不幸になる』

伊耶那美いざなみの言葉が頭の中で反響する。

(いやだ、いやだ、いやだ、いやだ)

誰も死んでほしくない。幸せでいてほしい。生きていてほしい。

もし、彼らの命がないとしたら、自分は一体どうやって生きていけばいいのか。

母が呪いをかけたがために彼らが命を落としたのだとしたら、加具土は二重の罪を背負う。

大切な家族を、そして、自分を受け入れてくれた村人達を失い、生きる意味など自分にあるのか。

自分さえいなければ、彼らは今も生きていたはずだ。

苦しい、辛い、悲しい、熱い、寒い。

様々な感情と感覚に襲われながら、加具土は意識を手放した。



 ふわふわと意識が空に浮いているような感覚と、耳元でざわめくような気配に促されるように加具土は目をこじ開けた。

 そこにいたのは、一人の少女だった。藍色の瞳が見開かれ、肩まで伸ばした栗色の髪がかすかに揺れる。

「あ」

小さく声を上げたかと思うと、少女は口を閉じた。

見知らぬ少女だったが、加具土は少女をどこかで見たような気がした。

「・・・・・」

「・・・・・」

互いに押し黙っていると、少女は我に返ったように目を瞬かせた。そして、身を翻すと、天幕の入り口をばさりと持ち上げ、駆けていった。

「お母さん!!お姉ちゃんが起きたよっ!!」

人の声らしいざわめきが聞こえる天幕の外で、そう叫ぶ少女の声を聞きながら、加具土は辺りを見回した。


周囲は白色の布でぐるりと囲われ、天井に相当する場所も緑の布で塞がれている。薄暗いが、動けないほどの暗闇ではなかった。

寝かされている布団のから真っ直ぐ五歩ほど歩けば、すぐに天幕の入り口(この場合は出口も兼ねているのだろう)についてしまうだろう。

肘の力を使い、体を起こす。ぐらりと頭が揺れるが、動かずじっとしていればそれも去っていった。

 熱を出しながら、燃えさかる炎が上がる家に向かおうとして、青年に担がれたところまでは覚えている。

 ここは、あの青年の家だろうか。

そう頭を巡らしながら、加具土は喉が無性に渇いていることに気がついた。

水か何かないだろうか。周りを見渡せば、枕元に漆の塗られた丸い木の盆の上に吸飲みが置かれていた。

 どことも分からない場所で飲んでもいいものか、一瞬躊躇したが、喉の渇きには勝てず、加具土は吸飲みを手に取り、口をつけた。

 水の甘さが口いっぱいに広がり、加具土は一口飲んだ後、大きく息をつく。

(おいしい・・・!)

よほど乾いていたらしい。気づけば、吸飲みの中の水はなくなっていた。


「おや、元気そうだね」

吸飲みを盆の上に置いた加具土は、天幕の入り口を捌く音と落ち着きのある女性の声に驚き、顔を向けた。

そこにいたのは、栗色の髪を三つ編みに編み込んだ四十代ほどの女性だった。黒壇こくたんの瞳が加具土を見つめる。

 女性は加具土に近づき、目の前で膝をつくと、加具土の額に己の手を当てた。

「うん。熱は下がったようだね。よかった」

「あの・・・」

加具土の戸惑いを察したのか、女性は安心させるように笑った。

「私の名はあざみ。この若草団の団長で、あんたを担いできた男の母親さ」

「・・・・!」

若草団と聞き、加具土は目を瞠る。伊耶那美いざなみ伊耶那岐いざなぎの物語を演じた団の名だ。そして、目を覚ましたときにいた少女が、呼び込みと締めの言葉を発した少女だと気づく。すると、薊が苦笑を浮かべた

「狭くてすまないが、うちはどこもこんなもんでね。あちこち流れるから、広さはそんなに必要ないのさ。びっくりしたかい?」

「い、いえ」

この天幕が一度目にした若草団と、無理矢理とはいえ助けてくれた青年と繋がりがあると知り、まったく知らない場所ではなかったことに、加具土はほっと息をつく。

薊が苦笑を消し、真顔になった。

「あんたは三日間眠っていたんだ。なかなか熱が下がらなくて心配したが、大丈夫のようだね。嫌いなものはあるかい?といっても、粥くらいしか出せないが」

「・・・嫌いなものはありません。あの、助けてくれてありがとうございました」

加具土は頭を下げる。顔を上げると、薊は苦笑を浮かべ、首を振った。

「礼ならうちの息子に言ってやっておくれ。薬を飲ませても、あんたの熱がなかなか下がらないから、心配してこの天幕の前をうろうろしていたからね」

そんなに心配させたとは。加具土は申し訳なく思った。

「・・・分かりました。あの、私の名前は加具土と言います」

薊は頷いた。

加具土という名を気にする風もない。――こちらが気にしすぎなのか。自意識過剰かもしれない。心の内で苦笑する。

「加具土、粥をもってくるからちょっと待ってておくれ。それから、衣も替えよう。あぁ、あんたが着ていた衣は洗って乾かしてあるから」

衣に目を向ければ、今まで着ていた衣ではなく、見慣れない水色の寝間着だった。

薊が着せてくれたのだろうか。

「はい」

「ナズナに今持ってこさせるから。それに、その腕じゃなにかと不便だろう。ナズナに介添えを頼むから、遠慮なく言っていいよ」

「いえ、自分で着替えられるので大丈夫です」

ナズナとは誰だろうと思いながら、加具土ははっきりと断る。自分でできる事だったし、人任せでは申し訳ないと思ったのだ。

薊は目を瞬かせ、ふっと小さく笑う。

「そうかい。じゃ、食事と衣を持ってくるよ。待ってておくれ」

加具土が頷くと、薊は天幕を出て行った。


安堵ともつかぬため息を加具土は小さく吐いた。

ここがどういう場所なのか分かったため、若干気持ちに余裕もでてきた。

不意に、胸元にひんやりとした冷たさを感じ、なんだろうと目線を下に下げてみる。

寝間着の隙間から見えたのは、紐で括られた親指ほどの大きさの白い石だった。引っ張り出せば、石の冷たい感触が加具土の掌に広がる。

この石は、新年の祝いとしてヨミからもらったものだ。光の下にかざすと、青みを帯びた光を放ち、初めて見た時、ヨミの瞳の色のようだと思ったことを思い出す。

唇を噛み締め、加具土は石を握ると、その拳を額に当て祈るように瞼を閉じた。

目覚めた時は、薄ぼんやりとしか感じなかった不安と焦りが一気に胸にこみ上げてくる。

 一刻も早く村に戻らなければ。何があったのか、村の皆は、活杙達がどうなったのか知りたい。

けれど、自分の体が消耗していることも分かっていた。今、ここを出ても崩れ落ちるのが関の山だろう。

「どうか、生きていて・・・!!」

活杙の、角杙の、胡蝶の、ヨミの笑顔が頭の中を通り過ぎる。

天幕の中で、加具土の言葉が静かに響いていた。



ナズナという少女――目覚めた時に顔を合わせた少女で、薊の娘だった――から、自身の衣を受け取り、加具土は着替えた。

ナズナとともに布団を片付けていると、しばらくして、薊が粥をのせた盆を持って天幕に現れた。

薊は加具土を見ると、片目をつぶって見せた。

「加具土、あんたは運がいい。今日、うちの雌鶏が卵を産んでね。卵粥ができたよ。さ、冷めないうちに食べな」

そう言って、動物の毛をなめした敷物の上に盆を置くと、粥の入った土鍋の蓋を開けた。

香ばしいだしの匂いとともに目の前に広がったのは、淡く黄色に染まった白米の粥だった。

「お米・・・」

加具土は驚き、目を見開く。加具土にとっての粥は粟や稗を混ぜたものだ。活杙と出会い、初めて食べた粥は粟と稗を混ぜたものだった。市にたつ店で米を原料にした団子などの菓子は食べられるが、食卓に米が出ることはない。

諸国を放浪する一座が米を得ていることに、加具土は驚きと小さな違和感を覚えた。

「わー!いいなー。おいしそう!」

土鍋を覗き込み、声を上げるナズナに、加具土は沈ませていた意識を浮上させた。

「お前はさっき食べただろう。まだ食べる気かい?」

薊が呆れた表情を浮かべる。

「さっきはさっき!今は今!」

頬を膨らませるナズナに加具土は言った。

「良かったら、食べる?」

「いいの!?」

ナズナが目を輝かせる。すると、薊が咎めるように加具土を見た。

「加具土、これはあんたのだ。食べなきゃ、体力が回復しないよ。ナズナのことは気にしなくていいんだ」

「お米と卵なんて、高価なものをいただくんです。一人で食べるのはもったいないですよ」

胸の中に浮かんだ違和感を横に置き、加具土は言った。

卵は栄養価が高いが、高価だ。飼っていなければ、そうそう食べられるものではない。

米も加具土にとって手の出ないものだ。暁月村で育ててはいるが、村人達が食べるものではなく、町やみやこで売るものだった。それは加具土達も例外ではなく、もっぱら食べるのは粟や稗だ。

それを食べさせてくれるのだ。一人で食べるより、誰かと食べた方がおいしいだろう。

加具土がひかないのを見てとったのか、薊は仕方ないという風に息をついた。

「わかった。・・・ナズナ、がつがつ食べるんじゃないよ。これは加具土のだからね」

「わかってる!」

薊の言葉にナズナが噛みつくように言った。


「はい」

器に粥を盛り、加具土は、れんげとともにナズナに差し出した。

「ありがとう!」

目を輝かせ、ナズナが受け取る。そして、れんげを使って粥をすくい、口に含む。

「おいしい!!」

味わうように咀嚼したあと、飛び跳ねそうな勢いで「おいしい」と繰り返し言うナズナに加具土は笑う。

「よかった」

すると、ナズナは、れんげを粥に突っ込み、一気にすくうと、それをズイっと加具土に近づけた。

「お姉ちゃんも食べて!」

「あ、うん」

ナズナの迫力に戸惑いながら、加具土はれんげを握る。受け取ろうと力を入れたのだが、ナズナは否を唱えた。

「違うよ!このまま食べるの!」

どうやら食べさせてくれるらしい。だが、それも自分でできるので断ろうと口を開こうとすると、ナズナが頬を膨らませ、むくれる。だが、その目は真剣だった。

「お姉ちゃんは三日間寝てたんだよ。本当は体を動かすのだって辛いはずだよ。さっきは譲ったけど、今はだめ。私がちゃんとお世話します!」

そう言い、れんげを加具土に突きつける。

加具土は目を瞬かせた。

ナズナなりに心配してくれたらしい。実を言えば、着替えや布団を片付けているときも、動けないほどではないが微妙な倦怠感を感じてはいたのだ。

熱を出したことによるものだろう。体は正直だ。

 加具土はれんげを突きつけるナズナを見つめる。受け入れなければ、ナズナはずっとこのままだろう。

 加具土はナズナの気持ちに応えようと、恥ずかしさをこらえ、口を開けた。

「・・・・!」

れんごにのった粥を口に入れると、だしの匂いが鼻を直撃し、卵のまろやかさと粥の甘みが口いっぱいに広がった。

「・・・おいしい」

「でしょう!」

思わず呟くと、ナズナが満面の笑みを浮かべた。


 ナズナに食べさせてもらいながら、加具土は完食した。

「片付けてくる。お茶、もってくるからね」と空になった土鍋を手に天幕を出て行ったナズナを見送り、加具土は敷物の上に足を崩した。

「・・・・・・」

未だ倦怠感はあるが、動けないほどではない。

加具土はこれからのことを考えた。暁月村に戻るとしても、ここがどの辺りなのか検討がつかない。一人で探すのは無理がある。

この場所がどの辺りなのか、薊に聞いてみたほうがいいだろう。だが、食事を待ってきてから薊はここには来ていない。この天幕を出て彼女を探すか。それともナズナを待ってから薊を探すか。

「・・・よし」

暫しの逡巡の後、加具土は立ち上がった。

ナズナには悪いが、この天幕を出よう。薊を探して、ここがどこかを聞き、村へ向かおう。


 天幕の出入り口である布を持ち上げ、加具土は外へ出た。

「・・・・!」

そこには、加具土がいたような天幕がいくつもあった。天幕の色は青や黄、赤や緑など様々で、まるで祭りで着る晴れ着の色のようだった。

その天幕の隙間を縫うように五、六ほどの歳の子供達が歓声を上げて駆けていき、二、三匹の鶏が地面をつついていた。のどかな風景に加具土は思わず呆然となった。

「・・・・・」

辺りを見回してみるが、天幕の数が多すぎてどの天幕に薊がいるのか分からない。

時間はかかるが、虱潰しに探したほうがいいだろうか。それとも誰かに聞くか。

途方にくれる加具土の背中に、どこかで聞いたような声がかけられた。

「君、大丈夫なのか!?」

振り返れば、加具土を助けてくれた枯茶からちゃ色の髪の青年が慌てたように駆けてくる。

「あ、あの時はありがとうございました」

駆け寄ってきた青年に加具土が頭を下げれば、そんなことはいいと彼は言った。

「熱は下がったのかい?」

「はい。食事も取りましたし、もう大丈夫です」

「そうか。それはよかった」

加具土が頷けば、青年は安堵したように笑った。

「申し遅れました。私は加具土と言います」

加具土が名乗ると、青年は頷いた。

「僕は鬼灯ほおづきという。団長である薊の息子だ」

母である薊と同じ黒壇色の瞳が加具土を見つめる。

息子ならば、薊がいる場所を知っているかもしれないと思い、加具土は尋ねた。

「鬼灯さん、薊さんがどこにいるか知りませんか?」

「・・・母さんに何か用があるのか?」

すると、鬼灯の表情が曇る。まるで聞かれたくない事を聞かれたような顔をしていた。

「私がいた村――暁月村に帰りたいんです。この場所がどの辺りが検討もつかないですし。薊さんに聞けば分かるのではないかと思って」

鬼灯は表情を曇らせたまま、首を振った。

「――帰らないほうがいい。・・・あそこにはもう何もない」

「!どういうことですか!?」

鬼灯に加具土は詰め寄った。

「鬼灯さん、お願いです!教えてください!!」

鬼灯の言葉からは、まるで活杙達や村人らがもうこの世にはいないと言っているように聞こえる。

絶望がまるで壁のように立ち塞がり、目の前が暗くなるのを加具土は感じた。膝から力が抜け、崩れ落ちそうになるのを、胸元に下げた石を衣の上から掴み、辛うじて耐える。

縋るように鬼灯を見つめるが、彼は口をつぐんだまま何も言わない。

「鬼灯さんっ!!」

このままでは埒が明かない。話すらしてくれない以上、加具土には確かめるすべがない。

鬼灯が何かを知っているのは確かなのだ。

もし、本当に彼らが亡くなっているのだとしたら、加具土は泣き叫び、自分自身を殺したいほど憎むだろう。

 けれど、生死すら分からない、どっちつかずの状況も辛い。

どうしたら、鬼灯の口を開かせられるのか。

記憶を巡らせた時、活杙の上衣うわぎを見つけた時のことと、鬼灯に助けられた時のことを思い出す。

あの上衣があそこにあったということは、家の中にいた活杙が外に出たことを意味する。鬼灯は言っていた。『あの炎の中に君が助けたい人はいない』と。

――もしかしたら。

頭の中にある考えが過ぎる。それは、確信よりも願いや祈りに近いものだった。

間違っていれば、絶望の底に再度叩きつけられることになるだろう。

それでも。――分からないよりはましだ。

 加具土は意を決し、口を開いた。

「鬼灯さん、あなたは村の人達がどうなったかご存じなのではないのですか?」

そう言葉を発した直後、鬼灯の目が動揺したように揺らいだ。

「あなたは『あの炎の中に君が助けたい人はいない』と言っていました。あなたはあの家に誰もいないことを知っていたのではないのですか」

鬼灯が気まずげに目を反らす。加具土は続けた。

「私が外に出る前、母は家の中にいた。落ちていた上衣が母の物なら、母は一度外に出たことになります」

加具土は一端息をつく。これは、あまり口にしたくないが鬼灯の口を割るためなら、言わなければならない。

「・・・もし、母が殺されたのならそこに遺体があるはずです。しかし、それがなかった。ということは、母は生きている。姿がないということは連れ去られたと考えるべきです。そうではありませんか?」

自信ありげに言ってみせたが、確証はない。あのとき、加具土は意識が朦朧としていたし、周囲にまで気が回っていたわけではなかった。だが、ここで怯んでは意味がない。

加具土は睨み付けるように鬼灯を見つめた。しかし、視線は交わらない。

 再度声を上げようとしたその時、薊の声がその場に響いた。

「そうだよ。あの村の連中は全員連れ出された」

弾かれたように声のする方へ顔を向ければ、薊が山吹色の天幕の前に立っていた。

「母さん!」

鬼灯が非難めいた声を上げる。薊は鬼灯を気にする風もなく、そのまま続けた。

「私達が興行のためにあの村に向かっていた時には、すでに火の手が上がっていた。村に入ってみるとそこは火の海だった。家も畑も水田も全部燃えていてね。だけど私は見たよ。多くの人間が森に向かって列をなして歩いているところを。殿しんがりには馬に乗った奴がいたね」

馬に乗った人間――それは、加具土が出会い、襲った人間だろうか。

「あの、その人達はどこに行ったか分かりますか!?」

急かすように言葉を紡げば、薊は首を静かに横に振った。

「私もそこまでは分からない。だが、噂は聞いたことがある」

「噂?」

鰐十がくとと呼ばれる一族が、領土拡大のためにこの辺りの村々を焼き、村人を自分の国の人間にしているそうだ。村人は農民や兵士になったり、族長に仕えたりしているそうだよ」

「そんなことを・・・」

加具土は眉を寄せる。暁月村と家を往復しているだけの生活では、周辺の情報など入ってはこない。まさかそんな恐ろしいことになっているとは思わなかった。

 だが、自分の国の人間にしているということは、殺してはいないことを意味する。薊が見た人間達が暁月村の人々なら、彼らは生きているということだ。そして、活杙達も。

加具土の胸に希望が灯る。

「あの、その国の名は何というんでしょう?」

薊が思い出そうとするかのように首を捻る。

「確か、禮甫れいほだったかな。それを聞いてどうするんだい?」

「そこへ行きます」

間髪いれずに告げれば、薊が驚いたように目を丸くした。

「何言ってるんだい!?行ってどうする気だい!?」

「どうするって・・・。家族が生きているとわかったなら、会いたいと。合流しようと思って」

すると、薊が目をつり上げた。

「馬鹿をお言いでないよ!焼き討ちにした村の人間の生き残りが真正面からのこのこやってきて、『はい。そうですか』と素直に会わせてくれると思うかい!?」

「それはそうですが・・・」

確かに薊の言葉は一理あった。けれど、加具土の頭にある考えが浮かぶ。

「真正面から入れなくても、ほかの道から入れるんじゃないでしょうか?」

しかし、薊は首を横に振る。

「あそこはいくつも検問所を設けていて、見知らぬ人間が無断で入るのを兵士が防いでいるって話だ。行商人やあたしらのような興行師も細かく調べられるらしい。もし、少しでも不審な点があったら即牢屋行きだそうだ」

「そんな・・・」

加具土は眉を顰める。

困った。向かったとしても、不審人物だと思われてしまえば元も子もない。暁月村の人間だという証拠など加具土は持っていないのだから。

「・・・と、まぁ脅すのはこのくらいにしようかね」

先ほどのしかめっ面はどこへやら、薊が茶目っ気たっぷりに笑った。

「へ?」

加具土が目を瞬かせると、薊は片目をつぶってみせた。

「あたしが聞いた話は本当さ。でもだからって、行商人も興行師も禮甫れいほに入れないわけじゃない。誰も入れないようにしたんじゃ、国は成り立たないからね。だが、あんたが一人で行ってもおそらく門前払いされるだろう。その村の人間だという証拠はないからね。だから、あたし達も一緒に行こう」

「え・・・」

薊の言葉に加具土は目を見開いた。

禮甫れいほには行ってみたいと思っていたのさ。・・・少人数の精鋭を派遣してあちこちの村を襲い、その村人達を自分の国の人間にして、次々と領土を広げているっていう黒い噂も絶えないが、色々な人間が集まるから、食べ物や衣、雑貨や日用品も様々なものがあるそうだ。雑多ともいえるから仕事も多く、大人や子供、年齢関係なく働いているらしい。だが、彼らにとっても楽しみは必要だ。仕事と休息、そして適度な娯楽がないと生きた甲斐がない。それは向こうだって分かっているはず。あんたがあたし達若草団の一員として入るなら、まず門前払いはされないさ」

「でも・・・」

大変ありがたいが、いいのだろうか。

戸惑うように見る加具土に、薊はふっと笑ってみせた。

「申し訳ないと思うなら、こう思えばいい。あたし達は禮甫れいほに行くついでにあんたを送るんだ。その後はあんたの自由だ。何が起きようとあんたの責任だ。それならいいかい?」

これが薊の好意であり、心遣いなのだろう。そこまで言われれば断れない。

加具土は薊の目を見てしっかり答えた。

「はい。それでかまいません。・・・色々とありがとうございます。お世話になります」

加具土は頭を下げた。

すると、薊は加具土の背中をバシバシと勢いよく叩いた。顔を上げれば、にんまりとした表情の薊がいた。

「ここから禮甫れいほまでは七日かかる。それまでうちの手伝いをしてもらうよ。持ちつ持たれつだ。しっかり働いておくれ」

「はい」

しっかりやろう。禮甫まで送ってくれるのだから。

気持ちも新たに返事を返すと、薊は急に真面目な表情になった。

「だが、今は病み上がりだ。後一日休んで、それから働いてもらおう。さ、天幕に戻るんだ」

「え、あ、はい・・・」

働こうと思えば今からでも働けるのだが。

有無を言わせない口調に背を押され、加具土は薊に肩を抱かれながら、天幕へ足を進めた。

ふと、加具土は、薊が話し始めてから鬼灯が一言も話していないことに気づく。

遠慮したのだろうか。

加具土が首を後ろに向けると、思い切り眉を顰めた鬼灯がいた。

視線があったと思った刹那、鬼灯はフイっと顔を背けると、加具土達に背を向け、歩き出す。

 その拒絶するような背に不安を覚えながら、加具土はもといた天幕へ薊とともに歩き出した。


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