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第十五幕 近づく足音

浩一と楓の氣を辿り、駆けつけた悠子は、ロボットと対峙し、今にも斬られようとしている浩一の姿を捉えた。

 白蓮を出し、のこぎりと日本刀の攻撃を受け止める。しかし、それしかできなかった。

ロボットをどうにかしようにも、唯一の攻撃術である『断風たちかぜ』でも届くかどうかという距離だった。壊すには、近づくほかない。

悠子は、必死に走った。

その時、女が銃を悠子に向ける。悠子は、反射的に白蓮を繰り出した。

「白蓮!」

蓮の花が悠子の前に現れる。

バァンッ。

刹那、白蓮に銃弾の弾が当たり、火花が散る。

「悠子さんっ!!」

「鈴原っ!!」

楓と浩一の悲鳴に似た叫び声が、悠子の耳に届く。白蓮の隙間から、顔から血の気が引いた浩一と、顔を歪ませ、今にも泣きそうな表情をした楓が見えた。

「大丈夫!二人とも、今、助けるから!」

走りながら、悠子は二人に叫んだ。そして、言霊を叫ぶ。


綿鉄砲わたでっぽう!」

足元の空気が圧縮し、弾ける。次の瞬間、悠子の身体は空を飛び、ロボット―スフィア・ヒューマノイドの前に躍り出た。のこぎりと日本刀が、悠子を挟み打ちにしようと襲いかかってくる。二つの切っ先が悠子の腕を掠めた。しかし、悠子は怯まなかった。

断風たちかぜ!!」

スフィア・ヒューマノイドの中央―動くための心臓部分にあたる球体に向かって、悠子は右手を振りおろす。

次の瞬間、三日月の形にも似た突風が球体に突き刺さる。激しい音をたてて、球体は割れ、スフィア・ヒューマノイドは上下真っ二つに分かれた。


ガシャァァァンッ。


金属音を響かせ、スフィア・ヒューマノイドはコンクリートに叩きつけられる。

それを見ながら、悠子はアスファルトに足をつけ、浩一の前に着地した。

浩一の危機は脱した。あとは―。

悠子がコントローラーのようなものを持つ背の高い男と、楓の腕を掴み、銃をもつ女を視界に入れる。

地を蹴った悠子は、女に向かうと、右足を振り上げ、女の右手に踵落としをくらわせた。

その手の中にあった銃は、放物線を描き、近くにあった車止めのそばに落ちる。

「早瀬くん!」

動きの止まった女から楓を引き剥がし、浩一のほうへ突き飛ばす。

「ひゃっ!」

「うぉっ!」

二人の驚いたような声が聞こえるが、構っていられない。

女は、銃を取ろうと車止めに向かう。

女を追おうした刹那、悠子の左の視界に、コントローラーのようなものをもったまま、浩一と楓に駆け寄る男の姿が映った。悠子は、咄嗟に、コンクリートに転がった石を拾うと、男の眉間に向かって投げる。

石は逸れることなく、男に当たり、男は悶絶しながら、コントローラーを落とした。


バァンッ!!


銃声が響いたかと思うと、悠子の右腕に焼けつくような痛みが走った。

見れば、白衣の上に赤黒い染みができている。

「ぐっ!」

悠子は、左手で傷口を押さえた。目の前には、女が悠子に銃口を向けていた。

「鈴原!」

「悠子さん!」

浩一と楓が駆け寄ってくる足音が聞こえ、振り向かずに悠子は叫んだ。

「来ちゃダメ!!」

二人が息を呑む音と同時に、足音が止まった。

悠子は、緊張感をはらんだまま、目の前の女を見つめる。

「やってくれるじゃないか、お嬢ちゃん」

赤く塗られた唇をにやりと歪め、女は言った。

「だが、一人で来たのは失敗だったね。これで、私達に勝ったと思っているのかい?」

「・・・勝つつもりなんてありません。これはただの時間稼ぎだから」

悠子は気づいていた。よく見知った氣がこちらに全速力で向かっていることを。

「なに?」

女が目を見開き、悠子を凝視したその時だった。

「妖狩りー!!」

達騎の怒りをはらんだ声が、地下駐車場に響き渡った。



声のした方に顔を向ければ、颯の背にのり、槍を構えた達騎の姿があった。彼の後ろには、陽燕もいる。颯の後ろには、瑠璃にのった沙矢がいた。


「タカシ!何蹲ってるんだい!!仕事だよ!あいつらを『片づけな』!!」

女が蹲る背の高い男―タカシにそう言い放った。かと思うと、タカシはすくっと立ち上がった。

そして、向かってくる達騎達のほうに顔を向けると、人間とは思えない長脚力で飛んだ。


「なっ!?」

無表情で目の前に落ちてくるタカシに、達騎と陽燕は驚き、颯の背から飛び降りた。

同時に、颯も避ける。

 タカシは、重力に逆らわず、そのままコンクリートの上に落ちた。

グシャアアアという轟音と共に、コンクリートの床がひび割れ、盛り上がる。タカシのスポーツシューズはつま先が裂け、靴としての機能を失っていた。だが、タカシの顔には、何の感情も浮かんでいない。

そして、シューズから覗く足先は、人間ではありえないネジなどの機械の部品で覆われていた。


「おいおい、ロボットの次はアンドロイドかよ。もはや何でもありだな」

槍を構え、タカシの様子をうかがっていた達騎は、皮肉気に口元を歪めた。陽燕も構えの姿勢を取り、両拳に電流を纏う。

タカシは、光のない両目で、左右にいる達騎と陽燕を見る。

次の瞬間、タカシの姿は掻き消えた。

「ぐっ!!」

達騎の目の前に、瞬間移動したかのようにタカシが現れ、回し蹴りを放つ。脇腹を狙ったそれを、達騎は槍を垂直にして避けた。

手の中の槍がみしみしと音をたてる。槍を盾にしなければ、肋骨が折れていたかもしれない。それほどの衝撃だった。

 その衝撃に耐え、達騎は石突をタカシの顔に突き立てる勢いで、柄を左に振る。

だが、それも予期していたのか、顔に当たる直前、タカシは右手で柄を掴んだ。

「ちっ!」

達騎は、右足で床を蹴り、タカシの顎目掛けて蹴りを見舞った。空中で一回転し、槍をタカシの手から引き剥がそうとする。だが、そう簡単にはいかなかった。

タカシは、槍を引き戻そうとする達騎の髪を左手で掴み、頭突きをする。

「・・・・!!」

あまりの痛さと衝撃で声が出ない。槍が自分の手から離れていくのを感じながら、達騎はタカシに物のように投げ飛ばされた。

「がはっ!!」

車のボンネットに叩きつけられたのか、金属音に似た音が耳に届く。同時に、タカシが槍を投げつけてきた。体に槍が食い込むように叩きつけられる。

(ちくしょう・・・)

頭がぐらぐらと揺れ、目の前が暗い。だが、気を失うわけにはいかなかった。


「うぉりゃぁっ!!」

タカシの背後に、陽燕が電流を纏った拳を突きつける。

タカシは、陽燕の攻撃を見切っていたらしく、その腕を掴み、鳩尾に膝蹴りを喰らわせると、そのまま投げ飛ばした。

陽燕は柱に叩きつけられ、その体はずるずると床に崩れ落ちた。


花飛炎かひえん!!」

タカシの横腹目掛けて、颯が術を放つ。

バスケットボールほどの大きさの火の球は、寸分違わず、タカシに命中した。

爆発音とともに、もうもうとした黒煙が舞い上がる。

これで動けまい。

そう思った刹那、黒煙の中から、ぬっとタカシが現れた。

上半身の服は焼け焦げ、見る影もなかったが、タカシ自身が傷ついている様子はなかった。

「くっ・・、花飛・・・!!」

再び、言霊を叫ぼうとする颯の顎を左手で掴んだタカシは、そのまま右拳を颯に叩きつけ、床に沈ませた。


「‥‥‥!!」

女の背後で繰り広げられる一方的な戦いに、悠子は息を呑む。

悠子に銃を向けつつ、背後の戦いの結果を一瞥した女は口角を上げた。

「おやおや。時間稼ぎが無駄になっちまったねぇ」

「そうでもない」

音もなく、沙矢が女の背後に降り立つ。女の腕を捻り上げ、銃をその手から取り上げると、空中へと放り投げた。

瑠璃が口を開け、落ちてくる銃を捉える。いなや、それを噛み砕き、吐き出した。


 女の腕を捻り上げたまま、沙矢が鋭く言い放った。

「さぁ、これで武器はなくなった。あの男を止める方法を教えてもらおうか?」

「私がそう簡単に教えると思うかい?」

にやりと意地悪く笑う女に対し、沙矢は冷静だった。

「いいや?だから、一秒ごとに指を一本ずつ折ろうかと思っている」

沙矢の殺伐とした言葉に、女の口から笑みが消える。

「・・・・」

「嘘だと思うか?私は本気だ」

沙矢は、瞳に怒りの色を滲ませ、女を睨む。本気だと悟ったのか、女は諦めたように小さく息をつき、口を開いた。

「・・・止める方法は」


その時、けたたましいエンジン音を響かせ、黒いバンが現れた。バンは、沙矢と女、悠子の脇で急停車する。すると、運転席から、ピンポン玉ほどの大きさの丸い玉が一つ投げられた。

そこから青い煙が発生し、悠子達の周囲を青く染める。

「鈴原!その煙を吸うな!涙が止まらなくなるぞ!!」

浩一が叫ぶ。

 「泡珠院ほうしゅいん!」

浩一の忠告に、悠子は言霊を唱えた。強固な泡の膜を出現させ、浩一と楓、そして自分自身を青い煙から守る。沙矢と女の姿は、青い煙で覆われてしまい、姿が見えなくなっていた。

大丈夫だろうか。

悠子は、沙矢と女がいた場所をじっと見つめる。

 一向に晴れない煙を凝視していると、その中に何かきらきらしたものが混じっていることに気付いた。

(あれは、砂?)

きらきらと輝くもの―砂の数は徐々に増え、いつの間にか煙は掻き消えていた。そして、大量の砂の粒がアスファルトに散らばっていた。

 その砂を挟むように、沙矢と女が立っていた。女の足首は、砂でできた足かせで固定されている。

 「うぐぐっ!」

うめき声が聞こえ、顔を向ければ、タイヤが砂で埋もれ、動かなくなったバンがあり、その運転席から、瑠璃が尾を使い、一人の男を引き摺りだしていた。


「逃がしはしない。答えろ。あのアンドロイドを止めるにはどうすればいい?」

再度、沙矢は問う。観念したのか、女は投げやり気味に答えた。

「『終了』だよ!」

「なに?」

「だから、あいつの名前を呼んで『終了』だと言えば、止まる!」

「そうか」

沙矢は納得して頷き、背後で倒れている達騎、陽燕、颯に向かって叫んだ。

「聞こえたか!!」


その声に、ボンネットに大の字になっていた達騎が体を起こした。

「ああ、聞こえた」

柱を背にして、座り込んでいた陽燕も顔を上げる。

「オッケー」

アスファルトに倒れていた颯も起き上がる。

「了解だ」

それぞれ返答し、二人と一匹は、地に足をつけ、タカシと対峙した。そして、ほぼ同時に叫んだ。

「だが、断る!!」


「え?」

二人と一匹の言葉に、沙矢、悠子、浩一、楓、瑠璃の声が重なる。一同、目が点になっていた。

「今、断るっていいました?」

確認する楓に、浩一と悠子が頷く。

「ああ、言ったな」

「うん」

沙矢が信じられないと言いたげな表情で、声を張り上げる。

「馬鹿か、お前達!勝ち目のない相手に戦って勝つつもりか!?」

達騎は、不敵な笑みを浮かべた。

「だからどうした?こんな強敵にあたったってのに、戦わない道理なんてないだろ?」

「左に同じく」

右の拳を左の掌にぶつけ、陽燕が同意した。

「兄さんも何を考えてるの!?お願いだから、やめてちょうだい!」

瑠璃の説得に、しかし、颯は首を振った。

「悪いな、瑠璃。俺もこの戦いは譲れない」

颯の言葉が合図だったかのように、達騎がとどめの一言を放った。

「と、いうわけだから、お前らは安心して見物しててくれ」

「できるか、阿呆!」

沙矢が鋭い突っ込みを入れる。髪をかきむしると、小さく息をついた。

「くそっ!仕方がない!私が加勢する。悠子、その間、この女を頼む」

そう言って、駆け出そうとする沙矢を悠子は止めた。

「待って、沙矢さん」

「なぜ止める!?お前だって見ただろう!あの合言葉なしで戦うなど正気じゃない!」

「うん、それは一理あるね」

「なら!」

「でも、草壁くんが何の考えもなしにあんな事を言うとは思えないの。それに、今回は弱点を知ることができたけど、これからもそうだとは限らない。もっとひどい状況にあうかもしれない。だがら、草壁くんも陽燕さんも颯さんも、この戦いを自分達の力で乗り越えたいって思ってるんじゃないかな」

「・・・・・」

悠子の言葉に感じるものがあったらしく、沙矢は押し黙る。しかし、それを粉々に砕くかのような浩一の言葉が二人の耳を打った。

「・・・鈴原、あの二人と一匹の顔を見てみろ。一発殴らなきゃ気がすまないって顔になってるぞ」

よくよく見れば、彼らの顔は、やくざも真っ青の凶悪な表情になっていた。

自分の言葉の説得力のなさに、心が沈みそうになるのを感じながら、悠子は沙矢に言った。

「だっ、大丈夫だよ!勢いだけじゃない、と思う・・・」

自信のなさから、徐々に語尾が小さくなる。沙矢を上目使いに見ると、彼女は仕方がないといった様子で、小さく息を吐いた。

「わかった」

「え?」

「あいつらを信じよう。あの顔じゃ止めても無駄のようだからな」

沙矢は達騎、陽燕、颯を見ながら呟いた。



「陽燕、颯!術を俺の槍に叩きこめ!俺があいつに直接ぶち込む!」

槍を掴み直し、達騎は彼らに叫んだ。

「おうよ!」

「わかった!」

陽燕は拳に電流を纏わせた。

雷皇剣らいこうけん!」

拳から刃の形に似た雷が出現し、槍に向かう。雷皇剣は、槍の刃先に直撃すると、吸い込まれるようにして消えた。

炎玉えんぎょく!」

颯は、ラクビーボールほどの大きさの火の玉を出現させる。それは、槍に突き刺さり、刃先からゆらりと炎が立ち上った。

「行くぞっ!!」

達騎は槍―風雲時雨を構え、一気に駆けだす。タカシも同じように駆けだした。

「くらえ!『雷炎刃らいえんじん』!!」

ついさっき考えた技名を叫び、達騎は風雲時雨をタカシに向かって突いた。

 左の掌で、タカシは槍の刃先を受け止めようする。しかし、刃先は掌を突き抜けた。

「うおぉぉぉぉぉぉっ!!」

達騎は、吠える。

風雲時雨は、刃全体に雷と炎を纏いながら、凄まじいスピードでタカシの胸元に風穴を開けた。ネジやバネなど様々な機械部品が剥き出しになって現れる。

 タカシは、目を見開いたまま、その機能を停止した。


ガシャリと音をたて、背中から倒れるタカシを見た達騎は、突きの姿勢を解き、大きく息をついた。

「お~い!!」

その時、足音を響かせ、部下達を率いて真治が駆けてきた。



女と小太りの男が警察官に連れられ、地下駐車場を出ていく。駐車場内に設置された防犯カメラがその様子を捉えていた。

 その映像を含め、オロチ商社ビルが設置した防犯カメラの映像が一望できる部屋に、二人の男がいた。

「あ~あ。捕まっちゃったよ。あのおばさん、頭いいのにどっか抜けているんだよな」

髪を茶色に染め、耳に銀色のピアスをした青年が、椅子の背もたれに体を沈めながら、呆れたような眼差しで、その様子を見つめる。

「それが彼の狙いだ」

青年の背後に、灰色のスーツ姿で髪をオールバックにした男が口を開いた。

「でもよー。あいつ、気づくと思うか?」

「周りで親しい人間が巻き込まれれば何かしら気づくだろう。気づかなければそれだけの人間だけだったというだけだ」

「ふ~ん。でもさ、こんだけまどろこっしい事して意味あんの?ま、俺は仕事できるからいいけど。直球でいったほうが早くない?」

「彼が言うには、『外堀から埋めていったほうが、憎しみはさらに増す』だそうだ」

「はぁ。でも、自分から殺される計画をたてるなんて、なに考えてるんだか」

青年は、訳が分からないという風に眉を寄せた。

「彼は言っていた。『人や妖が目的を持って行うこと、―殺意、憎悪、愛情―を持って行われるそれらを、僕は光、命の輝きと呼んでいる。僕は見てみたい。それらを。そして、同時に輝いている彼らを奈落の底に突き落とし、絶望する姿を見たい』とな」

それを聞き、青年は、うへぇっと声を上げる。

「おいおい、どんだけ黒いんだよ」

「それに加担するお前も人の事を言える立場か」

目だけを青年に向ける男に、青年は肩をすくめて見せた。

「へいへ~い。ま、お互い様だよな。俺もあんたも」

駐車場の防犯カメラの映像に、槍を持った少年―達騎の姿が映る。しばらくして、男が呟いた。

「・・・さて、俺はそろそろ戻る」

男の言葉に、青年は思い出したように言った。

「あぁ。本業か。大変だな。弁護士ってのは」

男が静かに部屋から出ていく。青年は、その背を見送った。



楓と浩一を誘拐した女と小太りの男は警察に連れて行かれ、黒いバンの中に捕えられていた妖達も保護された。

事情聴取は後日ということで、悠子達は学校へと帰された。

教室に戻ると、教壇の前には隼がおり、椅子に腰かける歩と直がいた。

「みんな!!」

直が、椅子から勢いよく立ち上がり、悠子、楓、達騎、浩一に駆け寄った。

「大丈夫、怪我はない!?」

不安そうに四人を見回す直に、悠子が安心させるように微笑んだ。

「うん、大丈夫だよ。あ、直ちゃん、携帯ありがとう。助かったよ」

そう言って悠子は、制服の胸ポケットから携帯電話を取り出し、直に返した。

「そう。よかった」

ほっとした表情を浮かべて、直が受け取る。それを見計らったように、楓が口を開く。

そして、申し訳なさそうに頭を下げた。

「皆さん、心配をおかけしてすみません」

すると、直は驚いたように目を丸くする。しかし、次の瞬間、楓を睨むように見つめた。

「謝る必要なんてないでしょ!悪いのは、連れ去った奴なんだから!」

「そうだぞ、七海」

直の言葉に同調したのは、歩だった。椅子から立ち上がり、直の隣に立つ。

「早瀬、大丈夫か?」

歩は、浩一に声をかける。

「あぁ。みんなのおかげで助かった。ありがとな」

笑みを浮かべ、礼を言う浩一。楓も頭を下げる。

「私も。ありがとうごさいます」

礼を言われたことが照れくさかったのか、達騎は明後日の方向を向きながら言った。

「気にすんな。巫子として当然のことをしたまでだし、友達を助けるのは当たり前のことだ」

すると、浩一が小さく声を上げて笑い出した。

「なんだよ?」

突然笑いだした浩一を、達騎は胡乱気に見やる。浩一は、笑い声を押し殺しながら言った。

「いや。堯村も前に似たような事を言ってたから。『鬼討師として当然のことをしたまでだ』って。二人とも、けっこう似てるんだな」

「はぁっ!?」

浩一の言葉に、達騎と歩が目を剥いた。

「誰がこいつなんかと!!家の威光を笠に着る奴と一緒にすんな!!」

達騎は音をたてるような勢いで、歩を指さす。

「それはこっちの台詞だ!!俺はこんなに嫌みったらしくない!!」

歩も同じように達騎を指さす。

「なんだと、このやろ!!」

「やるか!!」

二人は、噛みつかんばかりに互いを睨む。喧嘩に発展しそうな彼らを止めたのは、教壇の前で沈黙を貫いていた隼だった。

「草壁、堯村。やめないか」

静かだが、有無を言わせない声に達騎と歩は睨むのをやめた。だが、おさまらなかったのか、互いに鼻を鳴らし、そっぽを向いた。


隼は、直達の前に来ると、徐に頭を下げた。

「まず、お礼を言わせてもらう。ありがとう」

「先生!?」

突然頭を下げられ、直、悠子、楓、浩一、歩は驚く。隼は頭を上げ、姿勢を正すと、真剣な眼差しを皆に向ける。

「今回の件は、私達、鬼討師の不手際にある。それに、草壁、鈴原。巫子として認められているとはいえ、君らは学生だ。誘拐の件も本来なら私達がしなければならないことだった。教職の仕事があるとはいえ、頼り切ってしまって本当にすまない」

「いえ、そんなことは」

なんと言っていいか分からず、悠子は戸惑う。

「そうだな。結界の件については考え直した方がいいと思うぞ。また怪我人が出るかもしれないからな」

達騎が鋭い口調で言葉を発した。

「あぁ」

達騎の言葉に頷いた隼は、皆の顔を見回した。

「さぁ、もう遅い。親御さんには連絡をいれておいた。こっちにもう来ているだろう。皆、早く帰ってゆっくり休みなさい」

「はい」

達騎をのぞく五人が素直に返事を返す。気づけは、窓の外は薄暗く、一番星が輝いていた。

 

こうして、悠子達の長い一日は終わった。


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