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第十四幕 人魚の血をひく者

「半妖・・・」

浩一は、その言葉を繰り返した。

聞いたことがある。

半妖とは、人とあやかしの間に生まれた者のことだ。

この世界では、数多くの妖が人に紛れて生きている。その能力をみせなければ、人となんら変わらない。ただし、寿命は長いので、ひとところに長く住んでいると、妖だと気づかれてしまうが。

そのなかで、人と妖が惹かれあい、結婚することもある。そのため、半妖は決して少なくない。

ただ、人と同じ姿形をしていようと、妖は、その長命と特殊な能力ゆえに、差別と偏見の対象にされる。愛する者の子を産んだとしても、人間の多い現世では生きづらく、故郷である『狭間』に子供と共に帰ってしまう者も多い。

「私の父は、人魚の一族の出です。人魚は、水の中を魚のように自由に泳げたり、特殊な声を出して、聞いた相手の意識を混乱させることができます。・・・そして、その血にはひと舐めするだけで、強力な治癒力があるんです。それが、今、この状況を作り出した原因なんです」

「え・・・」

「その治癒力のために、昔から、人魚の一族は人間からも妖からも狙われていました。それは今も変わりません。この現世で妖の存在が公になってからは、ボディーガードを雇って危険から身を守るようにしています」

「ということは、七海にもボディーガードがついているのか?」

「はい。ボディーガードは一定の距離を保って、私に何かあればすぐに駆けつけてくれるようになっています」

「でも、お前が連れ去られようとしていた時、誰も来なかったぞ?」

浩一が眉を寄せ、不審を露わにする。

「・・・何かあったんだと思います。すぐに駆けつけられなかった理由が」

表情を押し殺し、楓は呟く。不安で張りつめた顔をしながら、ボディーガードを信じようとする楓を見て、浩一は何も言えなかった。


※※※※※


花野警察署に来た達騎と沙矢は、受付で真治を呼んでほしいと告げた。

事務員の男は、「少しお待ちください」と言い、電話の受話器を手に取った。

「何をそんなに苛立っている?」

事務員が電話をしているのを見ていると、沙矢が藪から棒に聞いてきた。

「あ?」

「氣が乱れている。そんな氣では周りの者も気分を害するぞ」

淡々と、沙矢は達騎の状態を指摘する。

「・・・・」

悠子が怪我をしていたあの場面を目撃した時から、達騎の気分は最悪だった。自己嫌悪が胸を覆っている。だが、それを沙矢に説明する気はなかった。

「悪かったな」

謝罪の言葉をかける。これで終わりだと達騎は思ったが、沙矢は興味深そうな瞳をこちらに向けてきた。

「それで、なぜ苛立っている?」

「そんなことを聞いてどうする?」

「なに、聖川警部が来るまでの暇つぶしだ。それに、隣にいる私も一緒にいて気分がよくないからな」

達騎は、大きくため息をつく。言わなければ、沙矢の興味と疑問が入り混じった視線にさらされることになるのだ。それを受け止めるのは、正直面倒だった。

「自分に苛立ってた。俺は、今、術が使えない。氣を探るのは苦手なうえに、魔守まもりの輪のせいでさらに読みづらくなっている」

そのため、ロボットの襲撃を受けている悠子を助けにいくことができなかった。達騎が見たのは、全て終わった後だった。

達騎は、左腕を見る。見えないが、腕輪を嵌めている感覚は絶えずあった。

「この輪は青木の許可がおりなきゃ外せない。これがなけりゃ、鈴原を助けに行けて、一緒に七海とコウを追いかけられていたと思うと、自分に腹がたつ」

「なら、それを自覚して、自分ができることをやるしかない」

沙矢の言葉は、達騎が悠子に言ったものと同じだった。

「わかってる!」

沙矢に言われなくとも分かっていた。術を使えなければ、いざという時に自分の身も守れない。下手をすれば、守ろうとする相手を危険にさらすことにもなる。そんな事はできなかった。自分で選び、納得した結果だが、それでも考える。他に方法があったのではないかと。

「草壁様」

すると、事務員が達騎を呼んだ。

「聖川警部は、もうすぐ来られます。そこのソファーでお待ちください」

そう言って、事務員は、達騎達の背後にある革張りのソファーを示した。


※※※※


その頃、悠子と陽燕は、楓と浩一を乗せたトラックを追っていた。

多少スピードを落としながら(それでも、長距離走の選手並みの速さではあった)、陽燕は歩道を駆け抜ける。

「道はここであってるんだな」

「はい!あ、あの信号を渡ったら、左に曲がってください!」

「りょーかい!」

陽燕は、信号を渡り、左に曲がる。そこは、マンション、アパート、一軒家など住宅がひしめく通りだった。そして、車も人も行き交う往来の激しい場所でもあった。

人の氣、車、家などから発される氣。様々な氣が混在するなか、悠子には分かっていた。

楓と浩一の氣は、この通りの車道に続いている。

 その時、胸ポケットにある携帯電話が鳴った。ひらけば、画面に達騎の名があった。

「もしもし」

すると、間髪いれずに達騎の声がした。

『俺だ。聖川のおっさんからの情報だ。堯村の言っていたゲンブのトラック。二日前に何者かに盗難にあってる。ナンバーを言うぞ。GB22-44だ』

「GB22-44。うん、わかった」

達騎の言ったナンバーを悠子は記憶する。

『それから、七海とコウを連れ去った奴らは、「妖狩り」の可能性が高い』

「妖狩り・・・」

「妖狩り」とは、希少な能力を持つ妖を捕まえて売りさばく者達のことだ。捕まえられた妖達は、人間の金持ちや後ろ暗いことをしている会社や暴力団の労働力として買われる。

裏で取引され、現行犯逮捕でなければ意味がなく、保妖課も頭を悩ませている。また、『狭間』でも行われているため、『狭間』の警察官とも協力して事にあたっているが、「妖狩り」はなかなか減らない。

『犯人は計画的だ。おそらく学校を監視していたんだろう。そこで勘付いたお前や、常に張り付いている陽燕や沙矢をロボットで襲った。気をつけろ。どんな人間か妖か分からないが、相手は冷静で頭が切れる。無策で突っ込むな』

「うん。気をつける。場所の見当がついたらすぐに連絡するね」

『あぁ。連絡を受けたら、すぐに行く』

そして、電話は切れた。

悠子は、携帯電話をポケットに入れると、達騎からの伝言を陽燕に伝えた。

「オーケー、GB22-44だな!」

陽燕は、力強く答えた。


住宅街がひしめく通りを抜けると、今度は多くのビルが立ち並ぶ場所―市原へ出た。看板がかかっているものや、ビルに社名が書かれている。

「あっ!」

悠子は声を上げた。

数台の車の後ろをゲンブのトラックが走っていた。そのナンバーは「GB22-44」だった。

荷台からは、楓と浩一の氣も感じられた。

「陽燕さん、あのトラック!」

「あぁ!」

陽燕が答えた。


「どうする?あのトラックを止めるか?」

トラックより少し後ろを追走しながら、陽燕が聞いた。片手を離し、バチバチと電流を出す。

「・・・いえ、後続の車を巻き込んでしまう可能性もあります。あのトラックがどこに行くのか確かめてからでも遅くないでしょう」

「わかった」

陽燕は、電撃を止める。

トラックと引き離されないように、適度に距離を保ちながら尾行を続けていると、トラックが右のウインカーを出し、白いビルの地下駐車場に入っていった。

そのビルの名は、「オロチ商社ビル」とあった。

悠子は陽燕の背から降り、歩道の端に立つと、携帯電話を取り出し、達騎に連絡を入れた。

『俺だ』

「鈴原です。トラックは、市原にあるオロチ商社ビルに入ったよ」

『わかった。すぐ市原に向かう。そっちで待ってろ』

「・・・うん」

電源を切り、携帯電話をしまうと、隣でオロチ商社ビルを見ていた陽燕が顔を向け、聞いてきた。

「達騎はなんて?」

「すぐにこっちに来るそうです。それからここで待つようにと」

「・・・わかった」

陽燕は不満そうに眉をしかめたが、頷くだけで、それ以上は何も言わなかった。

悠子も二人にすぐ駆けつけたかったが、犯人の人数も戦力も正確に分からない以上、達騎の言う通り、そのまま突っ込むのは危険だと思った。

地下駐車場に向かったトラックは姿を消し、悠子が感じるのは、楓と浩一の氣だけだった。


「・・・・!!」 

オロチ商社ビルを見上げながら、達騎達が来るのを待っていた悠子は、浩一の氣が急速に弱まっているのを感じ取った。

 浩一に何かが起きた。

「どうした?」

悠子の様子に何かを感じた陽燕が聞いてくる。

「早瀬くんの氣が弱まってます」

「なに?」

陽燕に顔を向け、悠子は言った。

「陽燕さんは、ここで草壁くん達を待っててください。私は、地下駐車場に向かいます」

「待て、お前一人じゃ」

「二人一緒にいったら、草壁くん達が困ってしまいます。大丈夫。無茶も無理もしません」

陽燕の言葉を遮り、悠子は一気に言い放った。

不安げに眉を寄せる陽燕に、悠子は、安心させようとふわりと笑う。

「・・・・・。わかった」

陽燕が小さく息を吐き、首を縦にふった。そして、真剣な眼差しで悠子を見た。

「気をつけろよ」

「はい」

悠子は頷き、オロチ商社ビルの地下駐車場に向かって駆けだした。


時刻は少し遡る。

 重苦しい沈黙が楓と浩一の間に流れるなか、しばらくして、二人の乗ったトラックが止まった。軽い揺れを感じた後、トラックの運転席と助手席のドアが閉まる音が聞こえた。

やがて、楓と浩一の乗る荷台の扉が開いた。開け放たれた扉の先にいたのは、ひょろりとしたもやしのような背の高い男、そして卵のような丸い体型をした男、赤い口紅が目をひく四十代ほどの女だった。

女の右手には、黒光りした銃が握られていた。

ドラマや映画でしか見たことのないそれに、浩一は思わず戦慄した。

「まったく、余計なものまで運んでくるんだから」

女が口を開き、横目で二人の男を見やった。

「申し訳ないです・・・」

背の高い男が恐縮したように首を縮こませる。

「ですが姐さん、俺達、ちゃんと捕まえましたぜ」

小太りの男が誇らしげに女に告げた。

「当たり前だろ!何のためにロボットまで買ったと思ってるんだい!」

すると、女は鋭い眼差しを小太りの男に叩きつける。

「す、すんません・・・」

失言だったと、小太りの男が謝る。

「タカシ、あんたは他の連中を連れてきな」

「了解です」

「ハンプ、お前はこのトラックのカモフラージュを頼んだよ。ナンバーも変えるのを忘れないようにね」

「アイアイサー!」

タカシと呼ばれた背の高い男が去り、小太りの男―ハンプがベストの裏に仕込んだ器具類を取り出し始めた。

それを見届けた女は、おもむろに楓と浩一のいる荷台へ入ってきた。

「手荒な真似をして済まないね。だが、これも仕事だからね。悪く思わないでちょうだい」

そう言いながら、少しも悪く思っていない様子で、女は言った。

浩一は、ちらりと楓の方を見ると、庇うように彼女の前に立った。

女は、おもしろそうに唇の端を上げる。

「姫を守るナイトってわけかい。かっこいいねえ。それじゃ、さっそく役に立ってもらおうか」

バシュッ。

空気が抜けるような音が荷台に木霊する。

「・・・・っ!!」

突然の激痛が浩一を襲った。あまりの痛さに蹲る。見れば、右足を撃たれていた。

女のもつ銃からは、硝煙がうっすらと見えた。

「早瀬さん!!」

悲鳴に似た声で楓が叫び、浩一の肩を支えるように掴んだ。顔を向ければ、青ざめた表情で浩一を見ていた。

「さぁ、お嬢ちゃん。お前の血をこの子にやるんだ」

女はポケットから折り畳み式のナイフを取り出し、楓に差しだした。

「調べてはいるけど、一応確かめたいからね。これで偽物でした、なんてことになったら、信用にもかかわる」

要するに、浩一に血を飲ませ、楓が人魚の血をひく半妖であることを証明させようというのだ。

もし、血を飲んで傷が治れば、楓が人魚の血をひくということが分かってしまう。

(連れていかれてたまるか・・・!)

浩一は激痛に顔を歪めながら、ナイフを手に取ろうとする楓の手を掴んだ。ハッとしたように楓は浩一を見る。

「そんなこと、しなくていい。俺は平気だ。・・・ぐぅっ!!」

再び、バスッという音が響く。

左足にも銃弾が突き刺さった。

楓は、浩一の手を振り払い、女の手からナイフをひったくるように奪うと、制服の袖をまくり上げ、手首にナイフを押し当てた。次の瞬間、楓の手首から鮮血が溢れる。

「早く飲んでください!!」

そして、浩一の口元に手首をもってきた。

「・・・だめだ」

首を振る浩一に、楓は必死に言いつのる。その瞳にはうっすらと涙が溜まっていた。

「お願いです!。このままだと死んでしまいます・・・!」

確かに、出血はさほどではないが、ほうっておけば出血多量になり、命に関わるだろう。だが、それでも浩一は首を縦に振らなかった。

「お前を、あいつらに渡せるか」

浩一にも譲れないものがある。このまま楓を連れ去られたら、自分は一生後悔する。

女は、楓が半妖であるかどうかを確かめたいようだった。しかし、自分が血を飲まなければ、確かめようがない。多少の時間稼ぎができる。そう思ったのだ。

 楓は唇をぎゅっと噛み締め、手首を元の位置に戻した。

そう、それでいい。

ほっと息をついたのもつかの間、楓は手首から流れる血を口に含むと、浩一の唇に自分の唇を重ねた。

「・・・・っ!」

浩一は目を見開いた。口のなかにわずかな苦味を感じ取り、思わず飲み込んでしまう。

楓の顔が離れる。

気づけば、足に感じていた激痛がひいていた。

傷口に触れれば、そこは完全にふさがっており、制服のズボンに貫通した穴があるだけだった。

ヒュウっという口笛の音が浩一の耳に届く。その音を鳴らした女は、おもしろがるような光を目に湛え、浩一と楓を見ていた。

「情熱的だねえ。さて、確かめられたことだし、あんたたちには少し眠ってもらうよ」

女は、空いた左手で腰に下げたポーチからスタンガンを取り出す。

それを見ていた浩一は、逃げ出すなら今だと思った。

「くっ!!」

浩一は、女に右足を使って、足払いをかけた。不意をつけたらしく、女の体は何の抵抗もなく大きく傾いた。そこで、浩一は女に向かって体当たりをくらわせた。

女は荷台の壁に体を叩きつけられ、小さく呻く。それを目の端で捉えながら、その隙に楓の腕を掴み、浩一は走り出した。

 荷台の扉から降りれば、そこは、白い蛍光灯が鈍く光る駐車場だった。窓もなく、灰色の壁が威圧的に迫るそこは、地下だということが分かった。

どこかに出入り口があるはず。浩一は、直感で左に体を向け、楓を連れ、走り出す。

「!!」

その先には、背の高い男―タカシが四人の人間を引き連れ、歩いてくるところだった。

額に二つの角をもつ少女、蛇のような光沢をもつ皮膚をした少年、血のように赤い目と髪の女性、狼の頭をもつ男性(服装が男ものに見えた)が、虚ろな瞳をしながら、タカシの後についてくる。

浩一は、タカシを突き飛ばし、四人の間を縫うように駆け抜けた。

「タカシ!なにしてるんだい!捕まえるんだよ!!」

女のヒステリックな声を聞きながら、浩一は、ただひたすら足を動かした。


しばらく走ったが、出口は見つからず、平坦なコンクリートの壁が目の前に広がっているだけだった。

 この壁に沿っていけば・・・!

一縷の望みをかけて、再び走り出そうとした刹那、見た事もないロボットが浩一達の前に立ちふさがった。

そのロボットは、サッカーボールほどの大きさの球体が何十個と連なり、人の形を象ったものだった。球体は青く、目にあたる部分は緑色に点滅している。ロボットは、右腕の球体から巨大なのこぎりを、左腕の球体から日本刀を出現させていた。ロボットの斜め後ろにはタカシがコントローラーのようなものを両手に持っていた。

「まったく、余計な手間を増やすんじゃないよ」

そして、ロボットの隣で、女が銃を構えていた。その顔には、憤怒の表情が浮かんでいる。

くそっ。

浩一は歯噛みする。

その時、右手で掴んでいた、楓の腕の感覚がふっと消えた。見れば、彼女は浩一の手を離れ、女とロボットの方に歩き出していた。

「七海!」

「必要なのは、私ですよね?」

叫ぶ浩一を気に留めることなく、楓が女に言った。

「あぁ、そうだね」

女が頷く。

「なら、彼を離してあげてください。そしたら、私は抵抗も何もしません。あなた達についていきます」

「おい、何言ってんだ!」

そんなことできるわけないだろう!

そんな思いを込めた言葉も楓には届いていないようだった。楓は振り向くことなく、ピンと背筋を伸ばしている。

 女は歪んだ笑みを口元に浮かべた。

「そうだね。必要なのはお前だけだ。いいだろう。そのぼうやには手を出さないと約束しよう」

楓は、こくりと頷き、女の方へ向かっていく。

「七海っ!!」

手を伸ばし、近づこうとする浩一の前に、ロボットが現れた。

のこぎりと日本刀が目の前を横切り、浩一は咄嗟に後ろに下がった。


「あんた、柔道部にいるんだって?ロボットと戦うのは初めてかい?だが、売るならそれなりの付加価値をつけないとね」

女がにやりと笑う。その手に腕を掴まれた楓は、女に噛みつくように言った。

「待ってください!彼には手をださないと・・・!」

「私は、手を出さないとは言ったが、売らないとは言ってないよ」

「そんな・・・!」

女の言葉に楓が目を見開く。

「それに人間もけっこう売れるのさ。あのぼうやのように若く、健康な人間はね」

金属の擦れる音が響き、ロボットが浩一に向かってのこぎりと日本刀を振りかざす。

浩一は、ぎりぎりのところでそれを避けていた。

「お願いです!やめて、やめてくださいっ!」

女とタカシに聞こえるように楓は必死に叫んだ。

浩一を助けたかった。しかし、それは何の意味もなく、彼を追い詰める結果になってしまった。

楓の胸は張り裂けそうだった。



「うあっ!」

のこぎりと日本刀が振りかぶる時に起こる風圧を感じながら、浩一は避けるのに必死だった。

二つの武器が襲ってくる時、それは残像しか見えないほど早く、反撃することなど無理だった。

女は自分を売りたいらしい。商品として売るのだから、死なせては意味がない。せいぜい死なない程度に痛めつけるくらいだろうと思うが、そんな予想を信用できるほど、今の状況は甘くなかった。

少しでも止まったら死ぬと、浩一は思った。

その時、踵に何か硬いものを感じた。目線を下げれば、それは、車止めだった。

避けている内に、車を駐車するところに入ってしまったらしい。

顔を上げた瞬間、目の前にのこぎりと日本刀が迫っていた。

(しまっ・・・!)

ほんの一瞬だったが、ロボット―いや、操縦者のタカシ―はその隙を見逃さなかったらしい。

浩一は、顔を庇うことも体を逸らすこともできなかった。


「白蓮!!」

その時、凛とした声が響き、浩一の前に巨大な蓮の花が姿を現した。それは盾となり、のこぎりと日本刀の切っ先を止めていた。

 どこからともなく足音が聞こえる。

浩一が顔を向ければ、白衣を翻し、駆けてくる悠子の姿があった。


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