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第百二十七幕 夕日のなかで

歩と浩一と集合した悠子達は、ホーリィとグレイスの家を見ることにした。

ホーリィの家は、壁が黄色を帯びた温かな色をしており、造花だが、白い薔薇のアーチや百合や向日葵の群生が咲き誇る美しい庭があった。

 室内は、色の違いはあれど緑色で統一されており、台所のタイルは陽に透かしたような明るい緑、ダイニングのソファーは抹茶色に似た渋めの緑と、目と癒しに効果がありそうな色だった。

 ホーリィの部屋は、水色の壁紙にベッドの上には青い布団カバーがついており、涼やかさが感じられる部屋になっていた。マリアと似たアンティーク調の学習机の脇には、サッカーボールがひっかかっていた。


 グレイスの家の壁は、その羽の色と同じ鮮やかなオレンジ色だった。

室内は、明るい壁とは裏腹に落ち着いた色合いの茶色だった。台所のタイルは、シックで温かみのあるコーヒー色で、ダイニングのテーブルは、おいしそうなチョコレート色だった。

 グレイスの部屋は、淡い紫色の壁紙を背景に薔薇色のドレッサーがあり、そこには、メスヒョウの姿で、胸元が大きく開いた赤いドレスを着た歌手の写真が貼ってあった。

 

 グレイスの部屋を見て、最初に思ったのは、彼女が女の子だということだった。マップにも性別は書いておらず、イラストも二足歩行の鳥の姿で、服も短パン姿だったので、少年だと思っていたのだ。

「グレイスって女の子だったのねー」

はーっと直が小さく息を吐く。

「私も男の子だと思っていました」

「私も」

楓が言い、悠子も同意する。夏ならば、短パンも女性だって穿く。女の子はスカートだという固まった考えがそう思い込ませたのだ。自分だってそうそうスカートは穿かないのに。悠子は少し反省する。

「見た目だけじゃわかんないってことだな」

「だな」

グレイスの部屋を見回しながら、歩と浩一が頷いた。


グレイスの家を出ると、外は青空から一転して、煌めくほどの橙色に染まっていた。

 目に映る夕日が眩しい。観覧車から見たならば、どれほど綺麗だろうか。

「タウンもだいたい回ったし、観覧車に行く?」

悠子が振り返り、皆に尋ねるように声を上げれば、「そうね」と直が頷き、口角を上げた。

「行きましょうか、観覧車。今だったらいい景色が眺められるわよ、きっと」

悠子、楓、歩、浩一は微笑み、直の言葉を皮切りに観覧車へ向かった。


 だが、考えることは皆同じなのか。観覧車の前は行列ができていた。親子連れや友達同士のグループもいたが、カップルの割合が一番多かった。

「楓ちゃん」

直と歩、楓と浩一の仲を進展させるため。観覧車で彼らを二人きりにしようと考えていた悠子は、楓に声をかけた。振り向いた楓に、悠子は声を潜めて言った。

「・・・観覧車、早瀬くんと一緒に乗る?もちろん、私はそうなるように勧めるけど。それとも、自分で言いたい?」

悠子(他者)にお膳立てされるよりも、自分で行動したいと思っているかもしれない。そう思ったのだ。

 楓は、きゅっと唇を引き結び、真剣な目で悠子に告げた。

「はい。私、自分で早瀬さんに言います」

その目は、誰にも譲れないという強い意志で溢れていた。迷っているなら手伝おうと思ったが、その心配はいらないらしい。

「・・・そっか。わかった。頑張ってね」

楓は浩一に告白するかもしれない。その告白からの答えが楓にとって良いものであることを願いながら、悠子は励ましの言葉をかける。

「はい」

楓が力強く頷いた。そんな楓を見て、悠子は安堵する。

 楓は心配ないだろう。問題は歩だ。彼にはフォローが必要かもしれない。

そう思いながら、直の後ろを歩く歩を悠子は静かに見つめる。すると、楓がそっと声をかけてきた。 

「悠子さん」

「ん?」

「ありがとうございます。気にかけてくれて」

改まって礼を言う楓に、悠子は笑った。

「友達だもん。当たり前だよ」

その言葉に、楓ははにかむような笑みを返した。


 悠子達の順番が回ってきた。悠子は、直、歩、楓、浩一に聞こえるように言った。

「私、一人で乗るから!楓ちゃん、堯村くん、後はお願いね!」

「えっ」

「ちょっと、悠子!私は楓と三人で乗ろうとっ!」

歩の驚いた声と直の憤慨したような声を背に、悠子はゴンドラへさっと駆けた。そして、入り口の扉を開けた係員に「お願いします」と言って乗り込んだ。

係員が扉を閉める。

ビロードの座席に腰を下ろせば、ガラス張りの扉の向こうから、直が目をいからせているのが見えた。

「なんで、そんな勝手なことするの」とでも言いたそうな表情だった。

(ごめんね、直ちゃん)

悠子は心の中で直に謝る。

押し付け、逃げるように先へ行ってしまったが、後は楓と歩の頑張り次第だ。自分はエールを送り、祈ることしかできない。

(どうか、二人ともいい結果がでますように)

ゴンドラは上へ上へと上がっていく。だんだんと小さくなっていく四人の姿を見つめながら、悠子は楓と歩にエールを送った。


「もう!勝手に行っちゃって!三人で乗ろうと思ってたのに・・・」

ぷんぷんという擬音が出るような表情を浮かべた直は、次の瞬間、寂しそうに眉を下げる。

本当は、悠子と楓と三人で乗りたかったのだろう。その気持ちを無下にするのは心苦しいが、自分にも譲れないものがある。せっかく悠子がつくってくれたチャンスだ。無駄にしたくない。

意を決して、歩は直に声をかけた。

「な、なぁ。吉沢」

「なによ?」

そうは言っても三人で乗れなかった不満がくすぶっているのか、若干棘のある言い方で直が返す。

「俺と一緒に乗らないか」

「えっ」

まさかそう言われるとは思っていなかったのか、直が呆気にとられた顔をした。

「いや、その。俺と乗った後に鈴原と七海で乗ればいいんじゃないか?一周するのってそんなに時間かからないだろう?」

「あんたと二人で?う~ん・・・」

直は眉を顰め、悩むように呻いた。

喜んでくれるとは思わないが、反応が思ったより、いやかなり良くない。自身の好意を直は知らないから当たり前なのだが。それでも、少しショックだった。

そんな様子をおくびにも出さず、歩はどうにかして直と一緒に乗ろうと口を開く。

ここで引いてしまったら、意味がないのだ。

すると、タイミング良く楓の声がかかった。

「直さん、堯村さんと一緒に乗ってください。私は早瀬さんと一緒に乗りますから」

「楓?」

訝しむ直に、楓がはっきりとした口調で告げた。

「早瀬さんと話したいことがあるんです。・・・ちょっと決めてきます」

力を込めて断言する楓を見た歩は、直感する。

 楓は、浩一に告白するつもりなのだと。

「早瀬さん、そういうわけなのでいいですか?」

「え、あ、あぁ」

やんわりした言い方で、けれど有無を言わせない雰囲気を醸し出す楓に、戸惑う表情を見せながら、浩一は頷く。

直を見れば、軽く目を瞠ると、どこか納得したような表情を浮かべた。自分と同じように気づいたのだろうか。

「そう。わかった。じゃ、堯村、行きましょ」

そう言うやいやな、すたすたとゴンドラの方へ歩いていく。

「ちょ、ちょっと待てって!」

流れるように移動する直に、歩は慌てて走り出す。

(あぁ。まったく、締まらねぇなぁ・・・)

そんな自分に若干嫌悪しながら、歩はゴンドラに乗る直の背を追いかけた。


 

直と歩がゴンドラに乗り終え、次のゴンドラが来たことが分かった楓は、浩一の方を振り向いた。

「早瀬さん、行きましょう」

「あぁ」

浩一が頷くのを見た楓は、どくどくと自分の心臓が早鐘のように打つのを感じながらゴンドラに乗り込んだ。

 ゴンドラの扉が閉まり、動き出す。

柔らかな毛並みの座席に腰を下ろせば、同じように浩一も座った。自然、向かい合う形になる。

 徐々に高度は高くなり、気づけば、ノイエスワンダーランドが見渡せるほどの高さになっていた。土産物屋やレストランなどから漏れる明かり、ジェットコースター、やメリーゴーランド、道々に灯る明かりが一つ一つ煌めき、星のように輝いている。

東の空は、黄金こがね色から徐々に藍色に染まり始めていた。しかし、まだ夕日は沈んでおらず、楓と浩一の足元にはその残り火のような黄金色の光が横たわっていた。

「七海」

浩一に呼ばれ、楓が顔を上げる。

「話って何か聞いてもいいか?」

その顔には、不思議そうな、けれど真摯に聞こうという意思が見えた。

楓は膝に乗せた手に力を込め、浩一を真っ直ぐに見つめた。

目線が下に向きそうになるのを堪え、震える唇を開く。

「・・・好きです」

その言葉に、浩一は大きく目を見開いた。楓は、すっと息を吸い、もう一度噛み締めるように告げた。

「私、七海楓は早瀬浩一さんのことが、一人の男性として、好きです」


 沈黙が浩一と楓の間に落ちた。瞬きすらせず、楓は浩一を見つめる。

浩一は目を見開いたまま、固まっていた。それは、告白されるなど考えもしなかったという顔だった。じっと見つめていると、浩一はびくりと肩を揺らし、頬を朱に染めた。

 そして、楓からの視線から逃れるように目線を下に向け、顔を逸らした。

髪から覗く耳が赤い。

「俺は・・・」

しばらくして、浩一が口を開いた。その間の時間は、数秒ほどだと思うが、楓にはずいぶんと長く感じられた。

浩一は短く息を吸い、吐くといった動作を何度か繰り返すと、ゆっくりと顔を上げた。

その顔は、先ほどの照れたような表情から一転、静かで落ち着いたものに変わっていた。

「・・・七海の気持ちは嬉しい。でも、・・・ごめん。君を友達とみることはできても、異性として、――女の子としてみることはできない」

楓から視線を逸らすことなく、浩一は告げた。

「・・・・はい」

同じ気持ちであってほしいと思いながら、けれど、そうでなかったことに幾ばくかのショックを受けながら、楓はゆっくりと頷いた。

 瞼の奥が熱い。だが、涙を流すわけにはいかなかった。浩一を困らせることはしたくなかったし、女としてのプライドもあった。

「誤解しないでほしい。七海に魅力がないとかそういうわけじゃない。これは、・・・俺の問題なんだ」

―俺の問題―。それは一体どういう意味だろうか。

苦しそうに眉を寄せる浩一を楓が見つめていると、彼はゆるゆると目線を下に向け、静かに話し始めた。

「・・・俺は、母方の祖父母に育てられた。父親の顔は知らない。母親は、学生時代の写真と、赤ん坊の俺と映っている写真でしか顔を知らない。俺が赤ん坊の頃に家を出ていって、今、どこにいて、何をしているのかそれすらさっぱりわからない」

浩一から吐き出される家庭環境に、楓は息を呑んだ。父の顔を知らず、そして、母親は彼を自分の両親に預け、出て行った。それ以後、音沙汰がないということは、彼は――母に捨てられたということになる。

 浩一は何かを決意するかのように視線を上げ、楓を再び見つめた。

「・・・・恋や愛が素晴らしいものだということは分かっている。ばぁちゃんとじいちゃんは、それをずっと持ち続けて一緒にいるし、愛情を持って俺を育ててくれたことも分かってる。でも、俺の両親は違った。理由はあったかもしれないが、父親は母さんと別れたし、母さんは俺を置いて出ていった。・・・両親をみてると、そういう気持ちが簡単になくせるもののように見えてしまう。好きだという気持ちを、相手に対する愛情を、信じ切れていない自分がいるんだ。それに、誰かを好きになって、父や母のように傷つけたくない。・・・だから、七海の気持ちを受け取ることはできない。――ごめん」

浩一は頭を下げる。膝にのった両の拳は、細かく震えていた。

「・・・・・・・」

浩一の気持ちはよく分かった。真摯に自分の告白を受け止め、おそらく話したくなかっただろう過去の話まで話してくれた。

これ以上、何も言うことはない気がした。けれど。

「早瀬さんの気持ちは、よく分かりました。・・・次から言う事は、私のエゴです」

息を吸い、楓は浩一のつむじを見つめた。

「――私は、あなたの気持ちを想像することしかできません。だから、そんなことはないと断言することもできません。私にできることは、あなたをずっと好きでいることだけです。別にあなたを振り向かせようというわけではありません。あなたを好きでいることで、――できることなら、あなたの恋や愛に対する不信感を、誰かを傷つけるという恐怖が少しでも少なくなってくれたならと思います。だから、勝手だと思いますが、どうか、あなたを好きでいることを許してください」

「許す、なんてそんな――」

慌てたように顔を上げる浩一に、楓は微笑んだ。

「なら、かまいませんか?」

「え、あ、あぁ」

戸惑いながらも、浩一が頷く。

「ありがとうございます」

自分の気持ちを半ば押し付けた形になっただけに不安だったが、嫌がられていないことにほっとしながら、楓は頭を下げた。――ふられてしまったという事実が棘のように刺さっていることを感じながら。

「い、いや」

すると、浩一も慌てたように頭を下げる。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

顔を上げれば、互いに同じ動作をしていたことに気づき、目が合う。

「ふふっ」

おかしみを感じて、思わず楓は小さく笑った。

「くっ」

浩一も同じだったのか、笑いをかみ殺すように声を上げる。

「ふふふっ」

「はははっ」

二人の静かな笑い声がゴンドラ内に響いた。


ひとしきり笑った後、浩一がふと真顔になった。真剣な瞳で楓を見る。

「ひとつ、聞いてもいいか?」

「何でしょう?」

「・・・俺のどこを好きになったんだ?」

そう問われ、楓は目を瞬かせた。浩一は照れたように頬を染め、目線を横に向けた。

「いや、ただ疑問に思っただけだ。なんで俺なのかなって・・・」

「・・・・・」

浩一の言葉がぐるぐると回る。そういえば、深く考えたことはなかった。『好き』という想いが先行し過ぎて、それ以外何もいらないと思ったのかもしれない。でも、強いて言うなら――。

「あなたは、私を助けてくれました。半妖と言っても、人魚の血を引いているといっても、怖がらず、変わらずに接してくれました」

「助けるのは当たり前だし、それに、七海は直の友達だから・・・」

遮るように言う浩一に、楓が首を振る。

「助けたいと行動できる人はなかなかいませんし、友達だからといって、人でない血を引いていると言われれば、親しくしていてもよそよそしくなります。中学の時は、それもあってあまり友達ができませんでした」

「・・・・・・」

「――誰のせいでもありません。けれど、寂しいと思いました。今は直さんや悠子さんもいますから平気ですけど、あの時の気持ちは今でも胸に残っています」

当時の事を思いだし、楓は寂しげに笑った。浩一が苦しげに眉をギュッと寄せる。

「直さんは相手が誰であろうと物おじしません。直さんの幼馴染の方なら、私を怖がらずに見てくれるかなという期待もありました」

「・・・その期待に俺は答えられたか?」

眉を寄せたまま、固い声音で問う浩一に楓は満面の笑みで答えた。

「はい、とても!」

そう言ったが、それが答えになっていないことに楓は気が付いた。

「あ、ごめんなさい。これじゃ、答えになってませんよね」

慌てて言い募ろうとして、けれど、咄嗟には思い浮かばない。言葉を並べても、自分が想う浩一を現す言葉はない気がした。――不意に、ある言葉が思い浮かぶ。それが思い浮かんだ途端、楓は心の中で膝を叩いた。

「・・・簡単にいえば、あなたの全部が好きということになります」

「全部!?」

浩一が目をカッと見開き、楓を凝視した。

「優しいところも、一生懸命に助けてくれるところも、私をちゃんと見てくれるところも、叱ってくれるところも、堯村さんに突っ込みをいれるところも、面倒見がいいところも、直さんにたじたじになるところも、何か起こったら、冷静に対処してくれるところも。それから――」

「ストップ!わかった!もういい!」

目の前に手を出され、楓は口を閉じた。もしかして、言い過ぎただろうか。

そっと浩一を見れば、ゆでだこのように顔が真っ赤に染まっていた。

「わかった。わかったから。それ以上はもういいです・・・」

語尾を敬語にしながら、どこかぐったりした様子で言葉を連ねる浩一に、楓は何も言えなくなった。



「わー、すっごい!いい眺め!」

向かい側には、ゴンドラの窓に貼りつき、歓声を上げながら景色を眺める直の姿があった。

「夕日も綺麗だし。最高ね」

真正面から降り注ぐ黄金色の光に、直の顔が照らされる。感嘆の息を吐きながら、夕日を見つめるその横顔は、ひどく幻想的で美しかった。

 学校で目にするのとはまた違う雰囲気の彼女に、歩は心臓がどくんと大きく波打つのを感じた。自分は彼女が好きなのだと改めて実感する。

 直は言ってくれた。歩は歩だということ、歩を信じると言ってくれたこと、立派な鬼討師きとうしだと口にしてくれたこと。それが自分にとってどんなに力になってくれたかしれない。

兄達もお前はお前だと歩を認めてくれていたが、身近におり、なおかつ兄弟でもあるため、素直に受け入れられずにいた。堯村家の鬼討師でもない。堯村家の四男でもない。ただの歩を見てくれた異性は、直が初めてだった。

 それが、直を好きになるきっかけだったのかもしれない。


直は歩が好意を寄せていることに気付いていない。鈍感なのか、自分のアプローチが足りないせいなのか。友達として気安く会話できるこの立ち位置がいいとも思うが、自分の心がそれ以上を望んでいることに歩は気が付いた。

 今、告白をすれば、直に何かしらの変化があるかもしれない。自分のことを友達以上に見てくれるかもしれない。

 歩はぐっと奥歯を噛み締める。

(言え、堯村歩!ここで言わなかったら男が廃る!)

「よ、吉沢っ!」

力を込め過ぎたせいで、声が上ずる。

「ん、なーに?」

それを気にする様子もなく、直は景色から目を離さず、答えた。

「お、俺は!」

直が振り向く。その瞳が歩の方を向いた。

好きだという前に、好意に気付いていない彼女に自分がどれだけ直のことを好きかと説明しようと思っていたが、直の瞳が自分を映していると感じた途端、頭の中が真っ白になった。

「お前のことが好きだ!!」

言い終えた後に、歩は気づいた。

(しまった!そのまんま言っちまった!)

直は、ぽかんと口を開けたまま動かない。

「そ、そのつまりだな・・・!」

何とか言葉を捻り出そうとするが、こういう時に限って言葉が出てこない。

「あー、うー」と唸っていると、直がにぱっと音をたてるように笑みを浮かべた。

「うん、私も好きよ」

「へ!?」

直の言葉に、歩はすっとんきょうな声を上げた。もしかして、直も自分を――。そう考え、頬に熱が集まる。

「友達だもん。当たり前じゃない」

「は・・・」

しかし、次の言葉に歩は脱力しそうになった。

「ん?どうしたの?」

きょとんとした顔で歩を見つめる直に、歩は思わず頬を赤くさせる。

(か、かわいい!じゃなくてっ!)

頬が緩みそうになるのを必死に押さえ、歩はぐっと唇を噛み締め、姿勢を正し、そういう意味ではないのだと口を開こうとした。



 夕日が差し込むゴンドラのなかで、悠子は静かに景色を眺めていた。

もう少しすれば日が完全に沈み、夜の帳が落ちるだろう。

夏並みに熱い季節とはいえ、日が落ちるのは早い。

(綺麗――)

星のように煌めくノイエスワンダーランドを見つめながら、悠子は思う。

――達騎がここにいたら何と答えるだろうか。

浩一を見守り、楓には背を押す言葉をかけ、直には少し呆れた表情を浮かべ、そして、歩をからかいながら、この景色を目に映して。

(――いけない。こんな事思っても何も変わらないのに・・・)

頭を軽く振る。

 ――そういえば。

帽子の男に腕を掴まれた時、妙な記憶が頭を過ったのを悠子は思い出した。

あの記憶に悠子は覚えがなかった。

(どうしてあんな――。それに、あれは誰?)

自分ではない誰かの記憶なのか。そう思った瞬間、雷に打たれたような感覚を覚えた。

知らず、右腕を握りしめる。

この世界では、魂が輪廻する。それは、科学的に証明されたわけではない。ただ、この『葦原』で伝えられた伝承だ。けれど、鈿女の巫子が高天原たかまがはらに魂を送り、猿田彦の巫子が根之堅洲国ねのかたすくにに魂を送る。この事実が、魂が輪廻するという伝承を確かなものにしていた。しかし、実際に前世の記憶を保持して生まれてきた人間など聞いたことがない。

(私がそういう人を知らないだけなのかもしれないけど――)

現に、悠子の「知らない」記憶が悠子の中に存在している。

 あれがもしそうなら――。

それに、帽子の男が言っていたサクヤという名前。妹という言葉。

それが悠子の『前世』の記憶だというなら納得がいく。

だが、たとえそうだとしても、悠子にできることは何もない。何かがあったとしても、今の悠子にできるのは話を聞くことくらいだ。

(まるで、雲を掴むような話になっちゃったな)

悠子は苦笑する。頭の中でぐるぐると考えていても仕方がない。今は、目の前のできることをやろう。

そう決意した。

 

 その時だった。ゴンドラの照明が突然消え、周りが一気に暗くなった。

同時に激しい揺れが悠子を襲った。それは、浩一と楓、歩と直も同じだった。


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