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第百十七幕 終わりの始まり

輪音タワーには、悠子、拓人、みちる、精霊王、葉扇が残った。

「精霊王、葉扇さん、色々とありがとうございました。助かりました」

悠子は、二人に深々と頭を下げた。彼らがいなければ、ここまで来れなかっただろう。

「気にするな。私は自分のためにやっただけだ」

「おれは、巻き込まれたようなものだけど。まぁ、なんとか収まってよかったな」

「はい」

労いの言葉をかける精霊王と葉扇に、悠子は万感の思いを込めて、こくりと頷く。

「悠子、悪いが、私は森で仲間を待たせている。先に失礼してもいいか?」

精霊王が躊躇ながらも、はっきりと暇乞いを告げた。

そうだ。彼には精霊王としてやることがある。気遣いが足らなかったと、悠子は勢いよく首を縦に振った。

「あ、はい。もちろんです。今日は、本当にありがとうございました」

悠子は、再び精霊王と葉扇に頭を下げた。

顔を上げれば、精霊王が頷き、葉扇が片手を上げて手を振るのが目に入った。

「じゃあな、悠子。元気でな」

「はい、お二人とも、元気で」

悠子が別れを告げると、精霊王は朱色の柵の上に登った。

「葉扇、森に帰るぞ。背に乗れ」

「了解です」

葉扇が精霊王の背に乗った。そして、振り向き、では、と拓人、みちる、悠子に頭を下げる。葉扇も彼に合わせるように頭を下げた。

瞬間、精霊王の足は柵から離れ、空へ飛んだ。

走りより、柵から身を乗り出せば、葉扇を背に乗せた精霊王が風にのり、飛んでいくのが見えた。

「・・・さて、私達も帰るか」

拓人の言葉に悠子は振り返った。

「母さんも心配しているだろうからな」

「うん・・・」

その言葉に、悠子は頷く。自分の血みどろの姿がテレビで放映され、不安を募らせていることだろう。一刻も早く安心させてあげなければ。それでなくとも、仕事で怪我が絶えない自分を心配してくれているのだ。

 母、花穂を思いながら、悠子はこの暴動に巻き込まれているかもしれない直や楓のこと、案じているだろう唐沢のことを思った。

(――家に帰ったら、二人に電話をしよう。でも、その前に唐沢さんに草壁くんのことを伝えないと)

達騎のことは、家に着いてからでは遅いだろう。帰る道すがら、連絡を入れよう。

 どう行動しようか頭の中でまとめていると、不意にみちるの声が悠子の耳を打った。

「それがいいわね。でもその前に・・・」

悠子がみちるに視線を向けると、なぜか彼女は悠子をじっと見つめた。

何だろう、何かをしただろうか。

上から下まで、まるで舐めるように見つめてくるみちるに、悠子は思わず固まったまま動けなかった。

 しばらくして、みちるが口を開いた。

「怪我の手当てをしないとね。タワーの下に救急車が止まってると思うから行きましょ」

みちるの言葉に、悠子は目を瞬かせる。自身の体に視線を向ければ、肩に巻いていた止血用の布が外れかかっている。鋭い牙で噛みつかれた肩は、血は止まっていたが、ところどころ肉が抉れ、見るからに痛々しい。だが、止血が効いたのか、それとも麻痺したのか、痛みはもうなかった。これなら、家でも治療できるだろう。

「え、大丈夫ですよ。痛みもないですし、血も止まってるから・・・」

それに、唐沢に連絡を取らなければ。自分の体よりも、そっちの方が今は大事だ。

言外に治療は必要ないと、悠子が言えば、みちるは眉を思い切り顰めた。その表情が達騎にそっくりで、―いや、血のつながりからいえば、達騎がみちるに似たのだろうが―悠子は思わず息を呑んだ。

「もう!そういうところは拓人にそっくりなんだから!そんなところまで似なくていいの!自分の体は大切にする!いい!?」

みちるは憤慨したように、腰に手を当てる。

「は、はい・・・」

みちるの剣幕に悠子は思わず頷いてしまう。拓人の方を見ると、苦笑を返し、悠子に向けて首を縦に振った。

「行ってきた方がいい。その傷じゃ余計に母さんを心配させるだろう」

確かにそうかもしれない。そう思っていると、藪から棒にみちるが悠子の手を握ってきた。

「さ、行くわよー」

「わっ」

いきなりのことに驚き、たたらを踏みながら、悠子はみちるに引きずられるようにして歩く。拓人も後に続いた。

 

こうして、鵺と鵺の仲間達が起こした暴動の数々は、悠子と達騎、そして多くの鈿女の巫子、猿田彦の巫子、鬼討師、現世に生きる妖たちの尽力により、収束した。




戦いは終わった。しかし、人と妖を巻き込んだ暴動は多くの死者と重症者を出した。

二つの市を挟み、起こった凶悪な事件は瞬く間に全国へ広まり、保妖課ほか、警察は威信をかけて鵺の仲間の捜索を行った。

 仲間のうち、鈴原竜士、草壁恵奈、風の精霊アリエルは自首し、そして白井秀一、小鉄、大田潔はタワー内で捕えられた。

 しかし、残りの二人、カサンドラ―本名、谷野たにやまどか―と、本木輝(本名は不明)の姿はいくら探しても見つからず、数日がたっても、その消息はようとして知れなかった。

 また、数多くの死者が出た輪音タワーは封鎖され、壊されることになった。跡地は公園となり、犠牲になった人々の名前を刻んだモニュメントが創られるという。


 数週間後、異例ともいえる速さで、鵺と鵺の仲間達の処遇が決まった。

鵺は、老いることも死ぬこともなく、永遠に時空間の中に閉じ込められる『時空流の刑』に、鵺の仲間―自首した三人は三十年、捕えられた三人は四十年の懲役を科せられた。

 そして、達騎は十年の懲役を受けた。妖を殺したことは事実だが、タワー内の多くの人間を殺したのが命喰鳥の仕業であることが判明したため、情状酌量の余地があるとし、この年数になったという。

達騎の存在は、すでに皆の中から消えている。悠子は唐沢に連絡し、事情を聞いた唐沢は、達騎を自分の養子にする手続きを取った。こうして、達騎は『唐沢達騎』となり、刑務所で十年の時を過ごすことになったのだった。


 彼らと達騎の処遇をテレビで知った悠子はそれらを噛み締めるひまもないまま、拓人と共に祖母、律のいる高千穂の実家へ呼ばれていた。

 畳敷きの大広間には、幼い者や配偶者たちを除き、巫子として働いている鈴原の一族全員が揃っていた。一族が一斉に揃うという席ということで、鈴原の男も女も皆一様に着物を着ていた。巫子としての正装でないのは、身内としての集まりとしての意味合いが強いのだろう。

 祖母、律は上座に座っていた。

銀杏の葉が描かれた金茶色の着物を纏い、格子色の帯を締め、背筋を伸ばして座るその姿は、齢六十とは思えないほど凛としたものだった。

 白い髪を高く結い上げ、少し皺のはいった細面の顔。唇を引き結んだ厳しい視線の先には、彼女の息子たちの姿があった。

一番左側には、長男の燿仁あきひとが座り、その後ろには彼の息子、あきらがいた。

燿仁は祖母譲りのほっそりとした顔立ちをしていたが、その瞳は氷のような冷ややかさがあった。息子の晃は燿仁に似てはいたが、色素の薄い茶の髪から覗く瞳は、父と真逆の灯のような温かな光に満ちていた。

燿仁の隣には次男の礼二れいじがおり、その後ろには妖達に襲われていた女性達を保護してくれた娘の汐理しおりがいた。

礼二は、祖父似の色黒の顔をしており、その額からはたくさんの汗が噴き出ていた。しきりにハンカチで汗をぬぐい、大きく丸い目は、周囲を警戒するように大広間を見回している。

その後ろに座る娘の汐理は、父に似ていない色白の首筋を惜しげもなくさらし、長く豊かな髪を頭部で結い上げていた。紅葉もみじが描かれた緋色の着物と、麻の葉柄をした朽葉色の帯が彼女によく似合っていた。その目は、挙動不審の父親を呆れたように見ていた。

そして、礼二の隣には、竜士の父親である恭平が座っていた。

短く切った髪はあまり整えられておらず、顎には無精ひげが生えていた。悠子の助けに入った時は太陽のように輝いていた表情が、今は嵐にあったかのように覇気がない。顔を俯かせ、畳を見つめるその視線はどこか虚ろだった。けれど、その背中は力が入っているかのように強張り、醸し出す空気もどこか張りつめていた。

 常とは違う恭平の雰囲気に戸惑いながら(それも無理からぬことかもしれないが)、悠子が父を見れば、拓人は気にするなという風に首を横に振ると、躊躇うことなく、恭平の隣に座った。悠子もおずおずと後に続く。

久方ぶりの着物は帯がきつめで、少々息苦しい。悠子が着ている着物は、桜の花の模様が布一面に描かれた薄紅色の布地で、腰には、刷毛で塗ったかのような波模様をアクセントにした砂色の帯を締めている。

悠子達の後ろには、親族たちが勢ぞろいしていた。大広間は、衣擦れの音すら聞こえない静かな空間となった。

 

「皆、揃ったわね」

律が大広間の見回しながら、静かに口を開いた。

「集まったのはほかでもないわ。皆、知っていると思うけれど・・・」

きゅっと口を引き結び、目を細めて律は続けた。

「次期当主として目をかけていた鈴原竜士が逮捕されました。数週間前に起こった暴動事件の首謀者、鵺の仲間として動き、多くの人々を危険にさらしたからです。結果、三十年の刑期を受けました」

身内に逮捕者が出たというのに、大広間は、耳が痛いくらいにしんと静まり返っていた。

右側の障子から透けて見える太陽の光が、場違いのようにきらきらと輝いている。

「面会した恭平によれば、彼は自分のやったことを後悔し、ひどく反省しているということでした。・・・彼が戻ってきた時には、皆で温かく迎えてあげましょう」

律の最後の言葉に、悠子は、ほっと安堵の息をついた。恭平を見れば、強張っていた背中に力が抜け、雰囲気も柔らかくなっている。恭平も竜士の処遇について思うところがあったのだろう。現当主の孫だとしても、犯罪を犯したのだ。そう簡単に許されるわけがないと、終始、張りつめていたのかもしれない。

 親戚達の思いは多々あるかもしれないが、元当主である律が竜士を迎え入れることに賛成している以上、表だって反対はしないだろう。

何はともあれ、竜士が帰ってこられる場所がなくならなかったことが、悠子には嬉しかった。


律がふうと小さく息をつく。その目には微かに疲れの色が見えた。

「竜士が鵺に与し、逮捕されたことで、鈿女の巫子の信頼は地に落ちたとみていいでしょう。依頼も減り、人々から眉を顰められるかもしれません。ですが、私達は今と変わりなく、巫子として誇りをもって人々を守っていくしかないのです。それが、私達がやらなければならないことです」

背筋を伸ばし、律は前を向く。

「・・・次に後継者の件ですが」

その言葉が口に出された途端、静かだった大広間が一気にざわついた。

「保留とします。しかるべき時がきたら、私の口から伝えます」

その言葉が出た瞬間、いくつものため息が部屋を埋め尽くした。悠子が周囲を見回してみれば、落胆した表情を浮かべる親戚もいた。

「・・・こんな時にまでそれか。相変わらずだな、ここは」

拓人が小声で言い放つ。その声音は、呆れと嘲りが入り混じったものだった。


「静かに。まだ、話は終わっていませんよ」

律の鋭い声に、再び広間が静まり返る。広間を見回した後、律は悠子に視線を固定した。

注がれる眼差しは厳しいもので、悠子は、思わずぴくりと肩を跳ねさせた。

「今回の事件、あなたも尽力したと聞きました。鈿女の巫子の当主、そして祖母として、あなたを誇りに思います。・・・けれど」

悠子を称賛する一方、律は一度言葉をとぎらせた。

「『神降ろし』を行ったことについて、あなたを罰しなければなりません」

律の瞳は強い光を宿していたが、その奥に躊躇いと申し訳なさが垣間見えた。その目とは裏腹に、律は凛とした声でろうろうと告げる。

「あなたが多くの人を守るために使ったことは重々承知しています。不問に処すこともできるでしょう。けれど、あなた個人が『神降ろし』ができると他の妖に知られた可能性もある。それに、あなたを狙ってくる輩もいないとは限らない。ですから、悠子、私はあなたを守るために、あなたの能力ちからを封じることを決めました」

それは、実質、巫子でなくなることを意味していた。

 悠子は膝の上にのった拳を握りしめる。

もしかしたら、とは思っていた。けれど、自分で思っているのと、他者から言われるのとでは、感じ方も大きく違う。

胸のなかに、針に刺されたような痛みを感じながら、悠子は覚悟を決め、小さく息を吐いた。

「・・・謹んでお受けします」

三つ指をついて、丁寧に頭を下げれば、律の声が頭から降ってきた。

「悠子、前へ来なさい」

顔を上げれば、律は自身の前方を右の掌で示していた。悠子は、拓人の脇を通り過ぎ、伯父おじ達の前を横切って、律の前に進み出ると、膝を折った。

律が右手を悠子の前に出す。

「私の手を握って」

手を握れば、電流が流れるようなびりびりとした痛みが走り、悠子は思わず手を引こうとする。だが、律がガッチリと手を握り締めたために、それは叶わなかった。

 痛みは徐々に大きくなり、悠子はあまりの痛さに声を上げそうになる。しかし、そうなる前に、痛みが引き潮のごとくひいていった。

唐突に痛みがひいたことを訝しんでいると、律が「終わりましたよ」と、手を離した。

「悠子、右腕を見てごらんなさい」

言われるまま、悠子は着物の袖をめくる。

そこには、青黒い痣のようなものがあった。六芒星をかたどった籠目模様のそれは、悠子の手首から腕を曲げる間接のところまでしっかりと張り巡らされていた。

「それが封印です。今までのように霊や妖、精霊は視えるでしょうが、巫子としての能力ちからは使うことはできません。また、その痣を無理に剥そうとすれば、とてつもない痛みが全身を走ります。巫子の能力ちからとは、自身の霊力―魂の力―です。それを縛るものを傷つけるのですから、運が悪ければ能力ちからそのものを失い、下手をすれば命を失うことになります。・・・決して、そんなことはしないように」

一言一言言い含めるように、律は悠子に告げた。釘を刺しているとも言いかえることができた。

「・・・はい」

悠子は、神妙に頷いた。

 これからは、たとえ、誰かが悪意ある妖や荒御魂に襲われているとしても、今までのように助けに入ることはできないだろう。よく考えて行動しなければ。

悠子は痣を目に焼き付け、袖を戻す。そして、三つ指をつけ、頭を下げる。

「もう、戻っていいですよ」

律に言われ、立ち上がった悠子は拓人の後ろへ戻った。


悠子が座り終えたのを見計らったかのように、律は、すっと口を開いた。

「これにて解散とします。何かあれば、連絡するからそのつもりで。では、『天地あめつち子等こらに祝福を』」

「『天地の子等に祝福を』

律に合わせて、悠子達も復唱する。

天地の子等とは、初代鈿女の巫子が、人々に向かって使ったとされる言葉だった。

今では、集会の締めの言葉――葦原の人々の幸福を祈るもの――として使われている。

最も形骸化していないとも言いきれないが。


 律が退出し、集会は終わった。

大広間を出る者や話しこむ親戚達を目の端に留めながら、悠子も広間を出ようと立ち上げる。

「まったく、『神降ろし』とは。馬鹿なことをしたものだ。さすがは紛い物の子だ」

その時、温度のない冷え切った声が、悠子の耳に突き刺さった。その声に視線を向ければ、伯父の燿仁あきひとが心底軽蔑したような瞳で、悠子を見ていた。

「父さん、なにを!」

息子の晃が柳眉を寄せ、声を上げる。しかし、それに頓着することなく、燿仁は言葉を続けた。

「『神降ろし』をしたことで、巻き込まれるこちらの身を考えてもらいたいものだね。命は平等ではない。事故や殺人、暴動、テロ。それらに巻き込まれた場合、それがその者の運命だったのだろう。それを『神降ろし』を使って捻じ曲げ、なおかつ生きるべき人間を巻き込むなど言語道断。それこそ巫子として恥ずべきことだと思うがね。一体どういう教育をしているのか。所詮、紛い物の子は、紛い物ということか」

 彼の言葉は、納得できるかは別として、巫子として正しい。

巫子は、大局を見て行動する。一と百。どちらかを選ぶなら、迷わず百を選ぶだろう。

『神降ろし』を行えば、多くの人間を救えても、使った巫子や鈴原家がさらされる危険は大きい。未来にさらされる危険を思えば、使わないに越したことはない。それが、救える人間の数を減らすことになろうとも。

自分が責められるのは構わない。けれど、父、拓人を侮辱するのは許せなかった。


燿仁が、拓人のことをよく思っていないのは知っていた。

彼は、巫子の力を継ぐものは、純潔、つまり鈴原家に何かしら縁のある者と婚姻したものでなければならないと思っており、父、優介(悠子にとっては祖父だが)と、巫子とは縁もゆかりもない女性の間に生まれた拓人を、紛い物と見下している。

当然、その血を引く悠子のことも毛嫌いしていた。集会や新年の挨拶で顔を合わせることもあるが、挨拶をしても、それが返ってくることはない。公然と無視をされ、話しかけられることもなかった。

 だが、今日は違った。やはり、『神降ろし』のことが尾を引いているのだろう。今までの寡黙さはどこかへ消え、嫌味たらしく言葉を発してくる。

 悠子はきっと眦を上げ、燿仁を見つめた。

「私のことはどう言ってもらってもかまいません。ですが、父のことを悪く言うのはやめてもらえませんか」

「ほう、私に意見を述べるか」

すると、燿仁が片眉を上げた。

「『神降ろし』を使うと決めたのは私です。非なら、私にあります。父は関係ありません」

「非を認めるのは立派だが、その責任はお前一人で背負えるものなのか?」

きっぱりと言い切る悠子の前に、黙って様子を見ていた礼二が口を挟んでくる。

「・・・私にできることなら」

はっきりと背負えるとは言えなかった。けれど、巫子として力が使えなくても、できることはするつもりでいた。

「先が思いやられるな。これだから、紛い物は困る」

礼二が肩をすくめ、同意を求めるように燿仁を見やった。父の言葉に何かを思ったのか、横にいた汐理が口を開く。が、それが音になる前に、拓人の低い声が覆いかぶさった。

「うちの娘をだしにして、八つ当たりしてくれるなよ。くそ兄貴ども」

かなり荒いその口調に、悠子は拓人がひどく怒っていることに気付く。

「八つ当たり?何のことだ」

首を傾げる燿仁に、拓人は鋭く切り返した。

「とぼけるな。当主が言った後継者のことだ。自分の息子が選ばれなかったからって、悠子に当たるなって言ってるんだよ。そこの関係ないって顔してるどんぐり、お前もな」

厳しい瞳で燿仁を見据え、そっぽを向いている礼二にふてぶてしく言い放つ。

「ど、どんぐりってオレのことか?」

礼二が唖然とした顔で自分を指さす。

「ほかに誰がいる。あぁ、それとも金魚のフンって言った方がよかったか?相変わらず、大好きな燿仁にくっついて離れない鈴原礼二くん」

明らかに馬鹿にした口調で、拓人は礼二をからかう。

半分血のつながった二人の兄に対して、拓人は容赦がなかった。

 常々、長男・燿仁、次男・礼二のことを、『兄と呼ぶくらいなら死んだほうがましだ』と言っていた拓人だ。その片鱗を悠子は垣間見た気がした。

「お、お父さん・・・」

いつの間にか、燿仁・礼二VS拓人の言い争いに発展している。ここで止めなければ、さらにエスカレートしてしまうと思った悠子は、拓人の袖を引く。

「金魚のフンだと!?下手に出れば、いい気になりやがって!」

顔を赤くさせ、礼二は拓人の胸元に手を伸ばそうとする。

「本当の事なんだから怒らないの」

その襟首を、まるで子犬を持つように持ち上げたのは、娘の汐理しおりだった。礼二の手は拓人には届かず、空を切る。

「ちょっ、汐理ちゃんん!?」

娘にまで言われ、ショックを受けたのか、礼二は顔を青ざめさせた。

礼二を持ち上げたまま、汐理は拓人と悠子に視線を向ける。

「申し訳ありません。事実を指摘され、逆上するなど、お見苦しいものを見せてしまいました。父に代わってお詫び申し上げます」

そう言って、頭を下げる汐理に悠子は戸惑った。

「・・・・・」

返す言葉が見つからず、拓人と汐理の顔を交互に見つめる。やがて、拓人が口を開いた。

「お前が頭を下げる必要はない。こいつがろくでもないのは今に始まったことじゃないからな。いちいち目くじらを立てるのも面倒だ」

言外に気にするなと言う拓人に、汐理は顔を伏せたまま、口を開いた。

「お心遣い、痛みいります」

その声音には、申し訳なさが滲み出ていた。

 汐理の様子から、父親の態度に頭を悩ませているだろうことが窺えた。


「おい、拓人!誰がろくでもないだ!!訂正しろ!!」

礼二が手足をばたつかせながら、拓人に向かって吠える。しかし、娘に持ち上げられたままの恰好では、威厳も何もなかった。まるで、パグがきゃんきゃんと喚いているようで、かわいらしいというよりは滑稽に見える。

「よせ、礼二。お前は汐理の顔にさらに泥を塗るつもりか。鈴原の血を継ぐものとして、自覚をもて」

礼二の態度に苦言を呈したのは、燿仁だった。そう言われた礼二は、口を閉じ、しぶしぶ手足を元に戻す。

「それに、紛い物相手に本気になる必要はない。時間の無駄だ」

さらに拓人に対し、嫌味を口にした燿仁を、礼二はその通りだと言うように、何度も首を縦に振る。その目は、尊敬する人物を見るかのように、きらきらと宝石のように輝いていた。

一転、おとなしくなった父親を汐理は畳の上に下ろす。

口をへの字に曲げ、呆れと侮蔑が入り混じった表情で汐理は礼二を見ていたが、礼二は、めくり上がった着物の裾や袖を整えるのに夢中で、娘の視線に気づくことはなかった。

 

燿仁が口元を上げ、鼻を鳴らした。その視線が悠子に向く。嘲り、見下すようなその表情は、見ていて気持ちのいいものではなかった。

「できの悪い娘をもって、さぞかし大変だろうな。お前には同情するぞ」

欠片も同情などしていない声音で、燿仁が言う。その肩をあきらが掴んだ。

「父さん、いい加減にしてください」

怒りを押し殺した声に、燿仁が振り向く。

「なんだ、晃」

怪訝そうな表情を浮かべる燿仁に、晃は前髪から鋭い視線を覗かせた。

「拓人おじさんや悠子ちゃんを侮辱するような言葉を言うのはやめてください。あなたは鈴原家の長男でしょう。胸の内でどう思っていようとも、口には出さないのが分別というものではないのですか。あなたこそ、自覚をもってください」

晃の厳しい物言いに、燿仁の目が大きく開く。

「晃、――なぜ」

「『なぜ、私に楯突くのか』ですか?」

その言葉を引き継ぐように、晃が言った。その顔には、自嘲の笑みが零れていた。

「私ももう二十九です。若い頃は、あなたの態度や行動が正しいと、それが全てだと思っていました。罪悪感はありましたが、あなたに寄っていれば、余計な事を考えずに済む。要は楽だったのです。ですが・・・」

晃は何かを考えるかのように、一度言葉をとぎらせ、唇を引き結ぶ。そして、覚悟を決めたように口を開いた。

「今回の事件で、私の考えは変わりました。多くの死者に怪我人、そして、破壊された街並み。復旧作業が続いているとはいえ、爪痕は未だ残っています。確かに、鈿女の巫子である私達や猿田彦の巫子の人達、鬼討師の皆さん、善意ある妖の方々がいなければ、最小限に抑えることはできなかったでしょう。けれど、悠子ちゃんや拓人おじさん達が鵺を止めてくれなければ、さらに多くの犠牲が出ていたかもしれない。二人がいなければ、竜士はさらに罪を重ねていたかもしれないし、二つの市どころか、全国に鵺の影響が出ていたかもしれない。確かに『神降ろし』は禁忌です。それができると知られれば、悪意ある何者かが私達を襲ってくるでしょう。けれど、それが何だというのです。覚悟を決めて人々を守ろうとした悠子ちゃんに、私達、巫子は答えなくてはいけません。少なくとも、勇気をもって戦ってくれた二人を侮辱する資格など、あなたにはないはずだ」

 静寂が辺りを支配する。

一気に言い放った晃に対し、燿仁は何も言わない。いや、言えなかったのかもしれない。

晃を見つめる目には、氷のような冷やかさも見下すような色もなく、ただ、息子に論破された動揺だけが見えた。

 それを抑えるためか、燿仁が一瞬、瞼を閉じる。次に目を開いた時には、動揺の欠片もなく、凍てついた光だけがあった。

「――お前がそう思うなら、思えばいい。だが、私は考えを変えるつもりはない」

肩を掴んだ晃の腕を振り払うと、燿仁はそのまま大広間を出ていった。それに驚いたのは礼二だった。

「ま、待ってくれ!燿仁兄さん!」

慌てふためき、履き慣れない足袋でつんのめりそうになりながら、礼二は燿仁を追いかけた。

 後には、晃、汐理、拓人、悠子、そして、律や話を終えた親戚達が去っても微動だにしない恭平だけが残った。


「あいつに啖呵を切るとはな。正直、見直したぞ」

ふっと口元に笑みを浮かべ、拓人が感心したように晃を見た。晃は気恥ずかしそうに頭をかく。だがそれも一瞬のことで、すぐに表情を曇らせた。

「でも、父さんを説得することはできませんでした」

「なに、言い返さなかっただけでも上出来だ。・・・それにあいつの考えは変わらないだろうよ。それこそ生まれ変わらなければな」

「そう、ですね」

拓人の言葉に晃は頷く。すんなりと納得したというよりは、何かを飲み込んで納得したような頷き方だった。

「うちの父も相変わらず燿仁おじ様にべったりだし・・・。死ぬまで変わらないかもしれないわ」

汐理が疲れたように息を吐く。

「まぁ、一人くらいあいつと同じ考えの奴がいてもいいさ。喧嘩を売るなら喜んで買ってやる」

「お父さん、なるべく穏便にね・・・」

にやりと悪い笑みを浮かべる拓人に、悠子は苦笑しながら言った。礼二も拓人も態度を改める気はないようなので、無駄かもしれないと思いながら。

 

悠子は、改めて汐理と晃を見る。

汐理は、あの戦いの最中、巻き込まれた人々を保護してくれた。そうしなければ、悠子は先にいけなかっただろう。

「汐理さん、ありがとうございました。あの時は助かりました」

礼を言えば、汐理は一瞬目を瞬かせる。しかし、悠子が言う『あの時』を思い出したのか、汐理は首を振り、苦笑した。

「お礼を言うのはこっちの方よ。私の方こそ、鵺をとめてくれてありがとう」

そう言って汐理は目を細める。すると、隣にいた晃も声を上げた。

「私からも礼を。それから、父の無礼を許してください」

深々と頭を下げる晃に、悠子は慌てた。

「あ、頭を上げてください!言い方はきついですけど、燿仁おじさんが言っていることは間違ってはいませんから。気にしていません」

首を振り、大丈夫だと言えば、顔を上げた晃は、申し訳なさそうに眉を下げた。


「さて、と。うまくまとまったところで、いつまでお前はそうやってる気だ?」

柔らかな空気が大広間を包むなか、地を這うような低い声を拓人が上げる。

その視線の先には、正座をしたまま、動かない恭平の姿があった。

彼の目線は下を向き、畳に注がれたままだ。

「おい!!」

何の反応もない恭平に焦れたのか、拓人は胸ぐらを掴み、無理やり立たせた。

「いい加減にしろ!お前がそうやってうじうじしたところで、あいつが帰ってくるわけじゃないんだぞ!!」

揺さぶり、大声を上げても、恭平の目に光は宿らない。

「・・・三人ともいい子に育ったよなぁ」

恭平の口が開く。そこから出たのは、羨望に近い言葉だった。目線は遠く、どこかありもしない場所を見ているようだった。

「反面教師っていうのかね・・・。俺も悪ぶればよかったのかなぁ」

ぽつりと泣きそうな声で呟く恭平に、悠子は胸をつかれる。明るく太陽のような恭平が落ち込み、沈んでいる様は見ていて苦しくなるほどだった。晃も汐理も、恭平の姿に苦しそうに眉を寄せる。

「このっ、大馬鹿野郎が!!」

バキッと痛そうな音をたてて、拓人が恭平を殴った。その勢いで、恭平の体が畳に沈む。

「お父さん、やめて!!」

「拓人おじ様、落ち着いてください!」

さらに殴りかかろうとする拓人の腕を悠子が必死に掴み、汐理が恭平を庇うように前に立つ。その後ろで、倒れた恭平の背を晃が支えていた。

「未来なんざ誰にもわからん!!『もし』とか、『たられば』なんて言ってたらキリがねぇ!!前にも言ったはずだぞ!親子と言ったって、所詮、別の人間だ。お前がどんなに心を尽くしても、正しい答えが返ってくるとは限らない!俺達はその時、最善だと思う事をするしかねぇんだ!」

叫び、叱咤する拓人に、恭平は俯き、何も言わない。

拓人は大きく息をつき、肩の力を抜いた。

「・・・わかった。俺が言うことはもう何もねぇよ。うじうじしたいなら、勝手にしろ」

何を言っても無駄だと悟ったらしく、拓人はそれ以上、何も言わなかった。

重苦しい沈黙が辺りを包む。

何とも言えない息苦しさを感じ始めた頃、それを破るように晃が声を発した。

「恭平おじさん、立てますか?」

そう言い、晃は恭平の腕を取る。恭平は「あぁ」と頷いた。

それは、殴られた痛みも感じていないような声音だった。

 恭平を立ち上がらせた晃は、拓人と悠子に頭を下げると、恭平を支えながら大広間を出た。汐理も頭を下げ、晃と恭平の後を追うように広間を出ていく。


「情けないな・・・」

三人が退出してからしばらくして、ぽつりと拓人が呟いた。悠子が掴んでいた腕を離し、父を見れば歯がゆい表情を浮かべている。

「俺は、ガキの頃から恭平に助けられてきた。今度は俺が助ける番だと思って意気込んだが、結局、空回りだ。俺の言葉は今のあいつに届かない。それが悔しくて仕方がない」

 子供の頃から反発ばかりし、喧嘩三昧の日々を送っていた拓人にとって、見守り、庇い、時に鉄拳制裁してきた恭平は、頭の上がらない存在だった。

 拓人は、昔の話をすると決まって恭平の話をする。恭平には感謝してもしきれない。彼がいなければ、自分はこうなっていない、と。

 今の恭平の姿に一番衝撃を受けているのは、拓人なのかもしれなかった。


「・・・大丈夫だよ。お父さんの言葉は、きっと、恭平おじさんに届いてる。今は、まだ自分のなかで受け入れられてないだけで、聞こえていないわけじゃないと思う」

気休めかもしれない。けれど、恭平を慕う拓人の言葉が届かないのは、あまりにも切ない。

「お父さん、時間があるときに恭平おじさんのところに行ったら?色んな話をした方がいいんじゃないかな。このまま一方的に別れるなんて嫌でしょう?花凛おばさんもお父さんが来てくれれば、少しは気晴らしになるんじゃないかな?」

どんなに願い、祈り、言葉を尽くしても届かないかもしれない。けれど、やらないで後悔するよりも、やって後悔した方がいいと悠子は思った。

そう口にすれば、拓人はふっと笑い、悠子の頭をぐりぐりと撫でまわした。

「お前に慰めれるとはな。俺もまだまだだ。でも、ありがとう」

穏やかな笑みを浮かべる拓人にほっと息をつき、悠子も「よかった」と言って目を細めた。



 集会が終わってから数日後、夏休みもあとわずかという時、葉扇が悠子の前に現れた。

その姿は、最初に見た大人のものではなく、子供の姿のままだった。理由を聞くと、この姿のほうが力を安定させるのも楽なのだと言う。慣れてしまい、今さら元の姿に戻るのも面倒で、このままで通しているという。

 部屋の窓から顔を覘かせた葉扇を、悠子は招き入れた。

森のごたごたが片付き、時間を持て余していた葉扇に、精霊王が暇をしているのなら、悠子のところに行ってこいと放り投げられたという。

 手土産にもってきてくれた木苺をお茶請けとして出したカステラと一緒に添えると、葉扇は手を叩き、喜んでくれた。

 

カステラを口に含みながら、葉扇は輪音タワーで別れた後のことを話してくれた。

だが、その前にアリエルという精霊について話しておかなければならない、と葉扇は言った。

彼女のことを知らなければ、タワーで別れた後のことを話しても分からないから、と。

 悠子は湯呑に入れた緑茶を啜り、葉扇の言葉に耳を傾けた。


葉扇も後から精霊王に聞いて知ったというのだが、鵺の仲間であり、自首した風の精霊アリエルは、精霊王の古い友だった。

 精霊王を王の地位から引きずりおろそうとする精霊一派の画策で、アリエルは弟のように育てていた風の精霊ヴァンを人質にとられた。そして、彼らからヴァンを殺されたくなければ精霊王の腕を切り落とせと言われたのだという。また、精霊一派は、精霊の世界を取り戻してくれるという鵺の甘言に乗せられ、アリエルを鵺の仲間に加えてもらったそうだ。

 苦渋の決断の末、アリエルは鵺の仲間となり、やりたくない仕事をさせられた。

そして、とうとう精霊王と対峙する時がやってきた。

 計画通り、精霊王の腕は切り落とされ、王の地位は精霊一派のものとなった。

「じゃあ、私が精霊王に再会した時は、もう彼は王でなかったということ?」

「まぁ、細かく言えばそうなるな」

腕を失っていたわけがそんな重い理由だったとは。

悠子は思わず言葉を失う。

「それで、精霊王はどうしたの?」

王の地位が敵対する一派のものとなったなら、彼の戻る場所はないに等しい。それなのに戻ったということは、何か算段があったのだろうか。

すると、葉扇は重々しく頷き、真剣な、けれど興奮を隠しきれない目で悠子を見た。

「ここからがすごいのさ」


 鵺との戦いが終わり、森へ帰ってきた精霊王は、ひとまず身を隠し、精霊一派の様子を観察し始めた。彼らは森や同胞達のために王の地位を得ようとした。ならば、きちんと王の務めを果たしているだろう、そう思っていた。

 だが、半日も経たないうちに、それは嘘だということがわかった。

精霊一派は、王という地位にかこつけて、他の精霊達を言いようにこき使っていた。

男の精霊たちには目に余るような力仕事をさせ、女の精霊たちには自分たちを奉仕させ、子供らには雑用を任せていた。自分達といえば、本来なら必要のない酒を飲み、果物を摂取し、だらだらと時を過ごしていた。

 結局、彼らはただ王の地位を手に入れ、贅沢三昧をしたかっただけなのだ。

それを知った精霊王の怒りは凄まじかった。

 右に雷でできた手を、左に竜巻でできた手を創り、出現させた雷と竜巻をほろ酔い気分の精霊一派に叩きつけた。一気に酔いの醒めた彼らに対し、精霊王は間髪入れずに、両腕を闇のものに変えると、掌から闇を出現させ、周囲を闇一色に染めた。

日の光すら射さない暗闇に一派が疲弊したところを、今度は腕を光に変え、光を出現させる。

すると、真夏の光のようにぎらぎらとした輝きが周囲を埋め尽くした。次に、精霊王は片腕を炎に変え、掌から炎をいくつも出現させた。

 照り返す光と逆巻く炎の群れ。その空間は同族の精霊でも根を上げるほどだった。

ぐったりと頭を垂れた彼らの前に、涼しい顔で精霊王は現れた。口元に笑みを浮かべてはいたが、しかし、目は笑っていなかった。

「私は言ったはずだ。森を、精霊達を決してないがしろにするな、と。お前たちは約束を破った。精霊王の名は返してもらう」

 しかし、彼らも意地汚かった。精霊王にそこまで言わせても、決して王の地位を手放そうとしなかったのだ。

 精霊王は、彼らが根を上げるまで術を発動させた。

火、水、風、土、緑、雷、光、闇。

全ての術を繰り出し終えた時、やっと一派は負けを認め、王の地位を返上した。

 こうして、精霊王は再び王となることができ、『精霊の森』は元の平穏を取り戻した。

 

 聞き終えた悠子は、ほっと息をつく。

「本当によかった・・・。あれ、でも、そういえばアリエルさんは自首したんだよね。精霊王はそのことについてはどう思っているの?」

森が元に戻り、精霊王は再び王として森を治める任についた。それは喜ばしいことだ。けれど、アリエルとはどうなったのだろう。

すると、葉扇は困ったように眉を下げた。

「あぁ。精霊王は自首しようとするアリエルを止めようとした。精霊には精霊の掟がある。人間の法律に縛られる必要はないと。だが、アリエルも譲らなかった。たとえどんな種族であろうと、けじめはつけるべきだと言ってね。結局、精霊王は折れた。今は、ヴァンと一緒にアリエルが帰ってくるのを待っている」

「そうなんだ・・・」

精霊王も自分と同じように待っているのか。同志を得たようで(精霊王にとっては迷惑かもしれないが)、悠子は少し嬉しかった。

「お前と同じだな」

それに気が付いたのか、葉扇が小さく笑う。

「はい」

悠子も面映ゆさを感じながら笑う。


だが、この時、悠子は知らなかった。悠子自身の願いと覚悟を覆すような事態が起こることを。


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