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第百十幕 復活

風を切り、精霊王と葉扇は病院へ向かって飛んでいた。

「しっかりしろ!!すぐ着くからな!!」

精霊王の肩を必死に掴みながら、葉扇は達騎に叫ぶ。

肌は青白いままで、達騎はぴくりともしなかったが、やらないよりはましだと葉扇は声をかけ続けた。

「踏ん張れ!!死ぬんじゃねぇぞ!!」

その時だった。

 達樹の背中から、黒い布のようなものが飛び出し、瞬く間に彼を飲み込んだ。

「な、なんだ!?」

「どうした!?」

訳が分からず、慌てふためいていると、精霊王が鋭い声を上げ、目線を背中側に向けた。

「た、達騎が布みたいなものに包まれて・・・・」

葉扇が説明をしていると、今度は、まるで卵の殻が剥がれるようにペリペリと布がはがれ、再び達騎が姿を現した。

「な、なんだったんだ?一体?」

何かが起きるのかと身構えていた葉扇だったが、すんなりと達騎の姿が現れたことに安堵する。けれど、この現象の理由がわからず、目を瞬かせた。

 すると、次の瞬間、音をたてるように達騎の瞳がカッと開いた。

「どわぁっ!!」

突然のことに葉扇は驚き、思わず精霊王の肩から手を離しそうになった。慌てて掴み直し、体勢を整えると、すでに達騎は精霊王に寄りかかっていた体を起き上がらせていた。

そこに、先ほどの生気のなさはない。肌には赤みが戻り、瞳には力強い光が宿っていた。

「達騎、大丈夫か?」

顔の左側を達騎に向け、精霊王が神妙な表情を浮かべる。

「あぁ、平気だ」

達騎はさらりと何でもないように答えた。その言葉に、葉扇は突っ込んだ。

「いやいや、平気じゃねえだろ!!さっきまですごい顔色してたんだぜ!?」

「一応、病院で診てもらったほうが――!!」

精霊王も達騎の言葉を信用する気はなかったのだろう。病院で診てもらおうと達騎を促す。しかし、何かを感じたのか、突如言葉を切り、達騎を見つめた。

「王・・・?」

その様子に違和感を感じ、葉扇が声をかける。だが、精霊王は答えない。

目を見開いたまま、達騎を凝視していた精霊王は、次いで鋭い目つきに変わると、低い声を出した。

「達騎、お前――」

それに答えるように、達騎は小さく頷いた。

「あんたは気づいたか。さすが精霊王だな」

「え?え?何が?」

感心したような声を上げる達騎に、厳しい表情を崩さず、彼を見つめる精霊王。

二人を交互に見ながら、葉扇は頭に疑問符を浮かべた。

一拍ののち、精霊王が口を開いた。

「その氣、鵺か?」

「ご名答」

「なぜ・・・」

そう聞く精霊王は、信じられないといった表情を浮かべていた。

「・・・これ以外に方法がなかった。それだけだ」

達騎は、覚悟を決めたような顔で言葉を紡ぐ。

「そうか・・・」

精霊王も達騎の決意を感じ取ったのか、それ以上何も言わなかった。


「それじゃ、俺は戻る」

一転、真面目な雰囲気は霧散し、達騎は明るい口調で告げた。葉扇は自分の耳がおかしくなったのかと思った。

「へ?」

「わかった」

「はい!?」

精霊王もさらりと了承したため、葉扇は思わず声を上げる。

「待て待て。話がさっぱりわからないんですけどー!!」

葉扇は喚くが、二人に華麗に無視をされた。

「あ」

達騎は、今思い出したというように、一つ声を出すと、精霊王を見た。

「あんた、仮面とったんだな。でも、そっちの方がいいと思うぜ。あの仮面、見てるだけで暑苦しそうだったからな」

「はは、そうか」

苦笑を浮かべる精霊王を見ながら、葉扇は、ハっとした。鳶色の長い髪に金色の瞳をした青年の顔がそこにはあった。

(・・・なくなった腕のことばかり夢中で、仮面のことなんてすっかり忘れてた)

声で精霊王だとわかった葉扇は、なくなった腕のこともあり、仮面のことなどすっかり頭から抜けていたのだ。

重石おもしが肩にズンと下りてきたような感覚に陥る。

(精霊なのに、おれ、なに見てたんだろ・・・)

 長年、ともにあった精霊王の劇的な変化を、付き合いの短い達騎に指摘されたことに、小さなプライドが音をたてて落ちていくような錯覚を覚えた。


「じゃ、俺は先に行く。降ろせ」

「あぁ」

達騎はそう言うなり、精霊王の肩から手を離し、巻きつけられた紐を外した。精霊王は、頷き、達騎の体を支えていた蔓の腕を解いた。

 達騎は一時、空に浮いていたかと思うと、そのまま下へ落下していった。


「ちょっと精霊王――!!何してくれちゃってるんですか――!!」

一人沈んでいた葉扇が気づいたのは、すでに達騎が落下した後だった。

葉扇は、精霊王の襟を掴み、涙目になりながら叫んだ。

「問題ないだろう。今更、あのくらいで死ぬわけがないからな」

「はい!?」

刹那、達騎の背から黒く長い布が二枚現れ、羽ばたいたかと思うと、黒い翼に姿を変えた。翼は風を受け、上昇し、あっという間に達騎は、空を飛んで行った。その方向は、輪音タワーだった。

「私達も行くぞ!」

呆然と達騎を見送っていた葉扇は、精霊王の声で我に返った。

「はっ、はい!!」

慌てて返事を返し、葉扇は精霊王とともに達騎の後を追った。


     ※※※※


「・・・草壁くんは死んでなんかいません」

左肩の痛みをじりじりと感じながら、悠子は低く呟いた。

 足を悠子の肩に乗せたまま、鵺は呆れたような眼差しを向ける。

「まだ言うのかい?」

「何度でも言います」

「僕が殺したんだ」

「違う!!」

「何が違うっていうんだい?君も見ただろ?彼の傷を、あの顔色を」

その言葉に、達騎の胸にできた穴と紙のように白い肌を思い出し、悠子は思わずたじろいだ。

「・・・!!」

一瞬でも躊躇したことに、動揺を覚えながら、悠子はそれを払拭するように鵺に向かって叫んだ。

「・・・それでも、それでも!!私は、彼の生命力に賭けたい!!」

そして、肩にかけられた鵺の足首を掴み、捻り上げ、弾き飛ばした。

 しかし、それを気にした風もなく、鵺は軽々と床に着地する。

「気概は買うが、少年が生きていないとわかった時、君はどうする?そばにおいておけばよかったと後悔するんじゃないか?」

「そんな事はありません!私は後悔しない!!」

鵺の言葉を真に受けてはいけない。悠子は構えを取り、鋭い眼差しを向けた。

 鵺は、やれやれと肩をすくめてみせた。

「諦めるのも肝心だと思うが。そう気を張り詰めているのもしんどいだろう。認めてしまえば楽だ」

「・・・認めてどうなると?」

慎重に言葉を紡げば、鵺はにやりと口角を上げた。

「そうすれば、君は僕を殺そうとするだろう?こっちとしては、そんな耐えるような顔で戦うより、感情を爆発させてくれたほうが戦いやすい」

「・・・私は、あなたを殺さない」

――たとえ――。

たとえ、達騎が命を落としたとしても、悠子がその怒りと悲しみを殺意に変えることはないだろう。そんなことをすれば、今まで自分が貫いてきたものをどぶに捨てることになる。

 鵺は、つまらなそうに鼻を鳴らした。

「まぁ、いい。それを引き出すのも一興だ。溜まりに溜まった感情がどう爆発するのか楽しみだ」

そう言い、自身の下唇を舐めた。

 次の瞬間、鵺は足をバネにして、一足飛びに悠子の間合いに入り込むと、躊躇なく足蹴りを見舞った。

「ぐっ!!」

悠子は左腕を盾にし、鵺の蹴りを防ぐ。しかし、その衝撃は腕一本で防げるものではなかった。呆気なく弾き飛ばされ、悠子は柵に脇腹を叩きつけられる。

「っ!!」

息つくひまもなく、悠子は鵺の拳の洗礼を受けた。

上下左右に拳が迫る。避ける度に、耳元で空を切る音が聞こえ、目の前に拳が迫れば、膝を折り、回避した。

「やぁっ!!」

右足を伸ばし、悠子は鵺の足を払った。姿勢が崩れた隙をつき、鵺に近付いた悠子は、構えを取り、彼の顎を目掛けて掌底を放つ。

「くっ!」

しかし、掌底を放つ際、脇腹に強い痛みが走り、一瞬、集中が途切れてしまう。

そのため、悠子の掌は、鵺の顎を掠めるだけで終わった。

その手を掴み、鵺は、悠子の鳩尾に拳を放った。

「かはっ!!」

強い衝撃に息が止まる。ふらつく意識をなんとか保ちながら、悠子は鵺の手から逃れようともがいた。だが、鵺の手はびくともしない。

 鵺は、悠子に顔を近づけると、残念そうな表情を浮かべた。

「ふむ。君の力はそんなものか。もう少し楽しみたかったが、これ以上は弱い者いじめになってしまう。殺意のない者と戦うことほどつまらないことはない。だから、――これで終わりだ」

その瞳は、断罪する審判者のように冷徹だった。

 片手で悠子を持ち上げた鵺は、まるで紙切れのようにその体を空中に放り投げた。

悠子の体は踊り場を通り過ぎ、柵を越える。

「うっ!」

――落ちる。そう思い、柵に手を伸ばすが、あと少しのところで届かない。

術を出そうにも、弧白との戦いで使ってしまったため、霊力は空だった。体力もほとんど残っていない。気力で立ち、鵺と戦っているようなものだった。

 心では、生きなければと急いていたが、体が動かない。

(このまま、私――)

死という文字が頭にちらつく。

 その時だった。


 鳥が羽ばたいたような羽音が聞こえ、誰かに腰の辺りを掴まれたかと思うと、ぐいっと胸元に引き寄せられた。

柔らかな布の感触を頬に感じ、荒い息とドクドクと響く心臓の音が悠子の耳を打つ。

「あっぶねー」

吐息混じりの声に、悠子は弾かれたように顔を上げた。

そこには、ほんの数分前の人物とは思えないほどの生気に溢れた達騎の姿があった。その背には、見たことのない黒い翼が生えている。

「草壁くん――!!」

なぜ、どうして。

疑問が頭にちらつくが、それよりも。

(生きてる――!!)

そのことで胸が一杯になり、悠子はたまらず、達騎の首に手を回し、ぎゅっと抱き着いた。

「よかった!!」

「うわっ!!」

抱き着かれ、驚いたのか、達騎が声を上げる。

「よかった!ほんとによかった!!」

ぼろぼろと涙が零れる。達騎が無事であったことが、涙が出るほど嬉しかった。

「ちょっ、落ち着け。鈴原!」

上ずった声を上げる達騎を悠子は離さなかった。バサリと羽音がし、足が踊り場についても動こうとしなかった。したくなかった。

「~~す・ず・は・らっ!!」

ガッと勢いよく肩を掴まれ、引き離された悠子はようやく達騎を見た。

 なぜか達騎は耳を赤くし、思い切り横に目を逸らしている。

「草壁くん?」

「お前な、なんちゅー恰好してるんだ!!」

目を逸らしたまま、達騎は怒ったような口調で叫んだ。そこで悠子は、自分が下着姿で達騎に抱き着いていたことに気付いた。カッと顔が赤くなるのを感じながら、悠子はこの姿になった経緯を話す。自然と早口になった。

「ご、ごめんなさい。でも、草壁くんの血を止めるのに、何もなかったから。私の服を代用したの」

そう告げれば、達騎は重々しく息を吐き、がくりと肩を落とした。

「・・・悪かった。それは俺が本当に悪かった」

別に達騎のせいではないのだが。

 すると、突然、達騎は止血用の悠子のシャツを取り、自身の白のシャツを脱ぐ(その下は深緑色のタンクトップだった)と、悠子に手渡した。

「ほれ、着ろ!」

「え・・・」

戸惑う悠子に、達騎は無理やり悠子にシャツをかぶせた。

「いいから着ろ!」

「わっ!」

「・・・目のやり場に困るんだよ」

「ご、ごめんね・・・」

達騎の呟きに、シャツの襟首から顔を出しながら、悠子はそう返すしかなかった。


「なぜ、生きている・・・」

達騎のシャツを着終えた悠子の耳に声が聞こえ、そちらに顔を向ければ、鵺が呆然とした表情で達騎を見ていた。


 その時だった。

ガンガンガンッと鋭い音を響かせ、誰かが階段を駆け上がってくる。

 刹那、二人の人間の大音声が踊り場に響き渡った。

「うちの娘に(悠子ちゃん)に何してくれてんだー!!」

拓人とみちるが踊り場の入り口から現れたかと思うと、拓人は拳を、みちるは足を鵺に向かって振り下ろす。

 いまだ呆然自失から戻りきっていない鵺は、二人の攻撃をまともに食らい、勢いよく倒れた。

「・・・理由わけは、お前の心にでも聞くんだな」

倒れ伏す鵺を見つめながら、口を開いた達騎の目は、氷のように冴え冴えとしたものだった。


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