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第十幕 妖怪パニック

籠白蓮ろうはくれん!!」

悠子は、言霊を叫んだ。

すると、ホール内を覆うように巨大な蓮の花が現れ、十体の大首と、彼らによって吹き飛ばされたドアや天井が花弁によって阻まれた。

「っ、ぐっ!!」

霊力が根こそぎもっていかれるような感覚に、悠子は奥歯を噛み締める。

『籠白蓮』は、術者の周辺に巨大な障壁を張る術だ。障壁が大きい分、術者の負担は相当なものになる。

「青木、生徒を早く避難させろ!!鈴原がもたない!」

術を発動させたことに気づいた達騎が、担任であるしゅんに怒鳴る。

「今、やってる!!」

隼も怒鳴り返しながら、生徒達に舞台袖から裏を通ってロビーに出るように指示を出した。

隼の行動に促され、他の教員達も生徒達を誘導させる。

生徒の中には大首が視える人間もおり、悲鳴を上げながら走り出す。視えない生徒は戸惑いながら、彼らに引きずられるような形で舞台袖に向かった。

やがて、秀二や麗奈を含めた、舞台上にいた役者達、そして支龍高校の生徒と教職員がホール内からいなくなった。

残ったのは、達騎、悠子、隼の三人だけとなった。


「鈴原、解け!!」

達騎の言葉に、悠子は『籠白蓮』を解いた。

その瞬間、大首によってばらばらになった天井や、金具ごと外れたドアが悠子達に迫ってくる。

「来い!風雲時雨!」

達騎は、壁に突き刺さった槍の名を叫ぶ。槍は自ら動き出し、壁から離れると、達騎の元へ飛んできた。達騎は風雲時雨を掴むと、振り向き様、迫るドアを袈裟切りにして叩き壊した。

達騎と同時に、隼が霊威りょういの名を呼び、言霊を発した。

紫遠しおん!執行形態・かい!」

隼の隣に二メートルほどの長さをもつ緑色の蛇が現れる。蛇は、その口を大きく開き、落ちてくる天井に向けた。

飛雨咆哮ひうほうこう!」

涼やかな声で言霊を発した蛇―紫遠は、口から数百もの雨粒の弾丸を繰り出し、天井を粉々に打ち砕いた。

それらに続くように、十体の大首が三人に迫ってくる。

「はっ。紳士的な奴らだぜ。最初の奴なんかご丁寧に舞台袖から入ってきたってのに」

秀二を襲おうとした大首は、まるでふくろうのごとく静かに舞台袖から現れ、背後から仕留めようとしていた。それとは真逆な侵入の仕方をした十体に向かって、達騎は皮肉気に口元を歪め、槍を構える。

しかし、彼らは途中で軌道を変え、舞台へと勢い良く突っ込むと、床に大穴を開けた。

そして、その場所から離れることなく、何かを探すように蟻のように蠢き始めたのだ。

「何だ?」

身構えていた達騎が、大首の行動に眉を寄せる。

隼も大首の様子に一瞬だけ動きを止めた。だが、危険因子を排除することが先だと感じたのか、隣に浮遊する紫遠に言った。

「紫遠、『慈水甦環華じおそわか』を。あいつらを水に還す」

「了解した」

隼の言葉に、再び紫遠は口を開ける。

それを目の端で捉えながら、悠子は、蠢いている大首達を見つめていた。

正確には、大首達が蠢いている大穴を見ていた。そこは、青吾役の秀二と紅役の麗奈が演じていた場所だった。

悠子は、宴の場面で仮面をつけた秀二と麗奈から、微かながら妖に近い『力』を感じていた。

だが、彼らは人間であるし、気のせいだと思っていた。しかし、大首がまるでその『力』に引き寄せられるようにして動いているのを見て、自身が感じた『力』が間違いでないということに確信が持てた。

慈水甦環じおそわ

紫遠が言霊を言い終わらない内に、突如として、ホールの外から何人もの悲鳴が聞こえた。

「・・・・!!」

悠子は弾かれたように悲鳴が聞こえた方を向き、達騎は目つきを鋭くさせた。

「まさか外にもいるのか!?くそっ、気配が全然感じられ・・・」

「先生!後をお願いします!!」

隼の返答を聞く事もなく、悠子は客席を駆け下りると、舞台階段を登り、舞台袖と繋がる通路を抜け、ロビーを目指した。

「鈴原っ!」

後ろから、足音ともに達騎が追ってくる気配を感じながら、悠子はありったけの力を込めて駆けた。

まるで何かに遮断されたかのように大首の気配は感じられなかったが、聞こえてくる悲鳴の多さから、避難している生徒達の前に現れたのだと見当をつける。

もし、そこに秀二と麗奈がいたとしたら。大首があの『力』に引き寄せられているとしたら。二人も、周りの生徒達も大変なことになる。

一分一秒が惜しかった。「綿鉄砲(わたでっぽう」で飛んでいきたいが、籠白蓮を発動させたために、霊力はさほど溜まっていない。ここで術を発動してしまえば、ロビーに出て大首がいた場合、大勢の生徒達を守ることができなくなってしまう。

悠子は拳を握りしめながら、ありったけの力を込めて、通路を駆け抜けた。


※※※※※


悠子が駆けだす五分前のこと。

直は、舞台袖からロビーへ続く通路を楓と走っていた。

何人もの生徒が悲鳴を上げ、青ざめながら、教員の誘導に従って移動していく。

数珠繋がりのような状態で非難するなか、隣を走る楓に直は声を張り上げた。

「ねえ、何があったの!?」

ホール内で直が見たのは、演技の最中に達騎が突然立ち上がり、槍をどこからか取り出して、舞台上に投げたところと、いきなり天井が砕け、悠子が呪文―おそらく言霊だろう―を叫んだところだった。

二人が動き出したということは、霊か妖関係だろう。

楓は、悠子と同じように霊や妖が見える。そのためか妖にもくわしい。

楓なら、直が見えなかったものを見ているかもしれない。

しばらくして、楓が口を開いた。

「妖が現れたんです。大首という妖怪で・・・」

楓が言葉を続けようとしたその時、前方から悲鳴が上がった。

そこには、宙に浮かぶ十体の大首の姿があった。

「な、なによっ、あれっ!?」

楓の目に映ったのは、鮫のように鋭い歯をむき出しにして襲いかかってくる大きな首だった。

初めて見る妖の姿に直は驚き、目を見張った。足が止まり、体が竦む。

だが、楓に勢いよく肩を掴まれたことで、直は我に返った。顔を向けると、楓が真剣な顔で直を見ていた。

「直さん、耳を塞いでくれますか?」

どうして耳を塞ぐのか。その理由を聞きたかったが、切羽詰まったその表情にただならぬものを感じ、直は戸惑いながらも耳を塞いだ。

「皆さんも耳を塞いでください!」

前方の生徒達にも同じ指示を出した楓は、大きく息を吸い、『声』を発した。


鳥の囁きのごとく高く、滝の流れる音のように低い。高音と低温が混じり合う不思議な声がロビー内に響き渡る。

やがて、十体の大首が不可思議な動きをした。まるで、酒でも飲んだかのようにゆらゆらと体全体を揺らし、床にどすんと落ちたのだ。

だが、それは一時的なものだった。

大首は、再び宙を浮き、剣山に似た歯をむき出しにして、生徒ら、楓、直に襲いかかってきた。

(だめっ!私の力では・・・!)

その時、五体の大首の頭上に青白い雷が落ち、その周囲に砂嵐が舞い、大首の視界と動きを封じていた。

「大丈夫か、楓!」

「楓様、ご無事ですか!」

楓と直の前に現れたのは、金髪を逆立てた二十代後半の青年と、鋭い目つきをした二十代前半の女性だった。

陽燕ひえん沙矢さや!」

楓は安堵の表情を浮かべ、二人の名を呼ぶ。

「弱っちぃが、妖気の塊がお前らのところに近づいてたからよ、急いで来たぜ!」

「私達があれを押さえている間に避難を!」

「えぇ!ありがとう、二人とも!」

二人の言葉を受け、楓は頷き、直を立たせた。

「直さん、立てますか?」

「う、うん」

楓の顔を見ながら、直は立つ。その顔には、聞きたいけれど聞けない、そんなはがゆい表情を浮かべでいた。

直を見て、楓は苦笑を浮かべつつ、言葉を発した。

「さっきのことは、後で話します。今は安全なところで非難しましょう。皆さんも早く!」

直と生徒達を促し、楓はロビーから外へ向かった。


彼らを見送った陽燕は、自分の右の拳を左手で叩きつけた。

「さて、とっとと終いにするか!特大の雷を落としてやるぜ!」

意気揚々と言い放つ陽燕に、沙矢の鋭い声が入った。

「馬鹿もの!皆を黒焦げにするつもりか!少しは考えろ!」

怒りの表情を浮かべる沙矢に、陽燕は肩をすくめた。

「へいへい。ちょっと場を盛り上げようとしただけだっての。そんな怒ることねぇじゃん」

「お前の冗談は冗談に聞こえない」

すっぱりと言い放たれ、陽燕はがくりと肩を落とす。だが、それも一瞬のことだった。

陽燕はすぐに頭を振い、顔を上げて十体の大首を睨みつけ、駆けだした。

「まぁ、いい!行くぞ、沙矢!」

「いわれなくても!」

陽燕の後を沙矢が追い、二人は大首の元へ突っ込んでいった。



その頃、直達とは反対側の通路から、同じように非難をしていた歩と浩一は、数人の生徒と共に十体の大首に囲まれていた。


「うぉりゃっ!」

掛け声とともに、歩は、一斉に十体の大首に向かって、紋が描かれた符を投げつける。赤い電撃が大首の体を走り、刹那、宙を舞う大首の動きは止まるが、それだけだった。

「ちっ!『赤令せきれい』じゃだめか!くそっ、図体がでかすぎる!」

歩は大首を睨みつけながら、矢継ぎ早に叫んだ。

桜香おうか!執行形態・解!」

歩の隣に、二つの尾をもつ巨大な灰色の猫が姿を現した。

「桜香、頼む!」

「任せといて!」

鈴に似た軽やかな声を響かせ、灰色猫―桜香は言霊を発した。

光針波こうしんは!」

桜香の頭上に、針の形状をし、丸太ほどの太さと長さをもった黄色の光線が現れ、それは十体の大首の額に深々と突き刺さった。

「ぎゃあぁぁぁぁぁ!!」

大首は悲鳴を上げるが、絶命することはなく、むしろその痛みで怒りが湧いたのか、一斉に歩達に襲いかかってきた。

「うそっ!?」

「ちっ!!」

発動させる術のなかでは最も大きい光針波を受けてもびくともしない大首に、桜香は目を丸くする。そんな桜香に対し、歩は制服から符を取り出し、再び投げつけた。

だが、突如起こった突風に、符の全てが舞いあがり、明後日の方向に飛んで行ってしまう。

「なっ!?」

歩は目を見開いたが、驚いているひまはなかった。そうする間にも大首は近づいてくる。

「桜香!『慈光甦環華じこうそわか』!」

歩は、霊や妖を光に還す言霊を叫ぶ。すると、桜香は目をむいた。

「歩、わたし、その術まだ使えないって!」

「やってみなきゃわかんねえだろっ!!」

紋が描かれた符―紋符もんふは、飛んでいったあれで最後だった。

光針波を防がれた今、大首を消滅させるには『慈光甦環華じこうそわか』しかないのだ。

このままでは、皆、死んでしまう。

慈光甦環華じこうそわか!!」

桜香が半分やけになったような口調で、言霊を叫ぶ。

しかし、何も起こらなかった。

「あゆむっ!」

桜香が泣きそうな顔で歩の名を呼ぶ。

(くそっ!!)

ダンプカー並みの風圧を起こしながら、迫る大首達を睨み、歩は歯噛みする。

慈地甦環華じちそわか!」

視える生徒達が悲鳴を上げ、歩の眼前に大首が近づいたその瞬間、聞き慣れない低く太い声が歩の耳を打った。

見れば、十体の大首は、地面に現れた巨大な土色の手に掴まり、その手に包まれた。そして、ズズズっという音をたてながら、大首達は地面に吸い込まれていった。

「危なかったな。大丈夫か?」

大首が消えていくのを茫然と見ていた歩は、聞こえてきた声の方へ視線を向けた。

そこにいたのは、体育教師の岩城堅二いわしろけんじだった。がっしりとした体格をした堅二の隣には、身の丈ほどのある巨大な亀の姿があった。

歩には分かった。その亀が霊威であることに。

「岩城、先生・・・。あんた、鬼討師だったのか」

「おう」

茫然と呟く歩に、堅二はニッと笑った。


「みんな、怪我はない?」

戦いは終わったらしい。ほうっと息を吐いた浩一は声をかけられ、顔を上げた。

そこにいたのは、長い黒髪を靡かせた女性、保健医の本条紫ほんじょうゆかりだった。

「本条先生・・・」

紫は生徒らと浩一、歩を見てほっとしたように息をついた。

「みんな、大丈夫そうね。さぁ、外に出ましょう。他の生徒達も避難しているわ」

「はい」

浩一は頷き、生徒らも立ち上がる。歩き出そうとした浩一は、話をしている歩と堅二の元へ近づいた。

「堯村」

「ん?」

「ありがとうな。お前がいなかったら、俺もみんなもあぶなかった」

礼を言う浩一に、歩はふいっとそっぽを向いた。

「・・・別に。鬼討師として当然のことをしたまでだ」

「そうかもしれないけど。でも、ありがとう」

すると、浩一の後ろにいる生徒達も次々と歩に礼を言った。

「ありがとう、堯村」

「堯村君、ありがとう」

次々と礼を言われ、歩は気恥かしさを隠すかのように髪をがしがしと掻いた。



悠子がロビーに出ると、黒く焦げた大首と、ばらばらに切り刻まれた大首の欠片が絨毯に散らばっていた。大首に混じって、砂の粒が線を描いている。

その中に、金髪の男と長い髪を首の辺りで縛っている女性が立っていた。

「陽燕さん、沙矢さん!」

名を呼ぶと、二人が振り返った。

乱戦だったのか、二人の顔や服に汚れがついている。

「おう、悠子。久しぶりだな」

「お久しぶりです」

陽燕が片手を上げ、沙矢が丁寧にお辞儀をする。

「あの、これはお二人が?」

辺りを見回し尋ねれば、陽燕が答えた。

「あぁ。弱いが大量の妖気が楓達のいる所に近づいていったのに気づいてな」

「楓様、直様、他の生徒達は外へ非難させました。安心してください」

沙矢の言葉に、悠子は安堵した。

「良かった。ありがとうございます。助かりました。」

頭を下げる悠子に、陽燕がひらひらと片手を振る。

「いいって、いいって。楓を守るのが俺らの仕事なわけだし。それに子供が襲われるのを見るのは嫌だしな」

陽燕の言葉に沙矢が頷く。

「あ、直ちゃんや楓ちゃん達の他に、劇団員の人達を見かけませんでしたか?一緒に非難したはずなんですが」

悠子の言葉に陽燕は首を傾げた。

「…いや。俺は見なかったな。同じ制服ばっかだった。沙矢、お前は?」

そう言い、陽燕は沙矢を見る。

「いえ、私も見ていません」

沙矢も首を振る。

「そうですか。ありがとう!私、劇団員の人達を探しに行きます!」

「じゃあ、俺たちも一緒に…」

共に行こうと言う陽燕に、悠子は言った。

「いいえ。陽燕さんと沙矢さんは楓ちゃん達のそばにいてください!」

そう言って、悠子は駆け出した。

「ちょっと待て」

その時、誰かにぐいっと襟首を掴まれた。振り返れば、達騎が悠子の後ろに立っていた。

「足で回ってたら、時間がかかる。颯と瑠璃を呼ぶから、ちょっと待ってろ」

「う、うん・・・」

達騎の有無を言わさぬ口調に、悠子は頷くしかなかった。


達騎が颯と瑠璃を呼び、悠子は瑠璃に、達騎が颯に乗った。

「気を付けてください。大首達は何か術でもかけられているのか、やけに頑丈です」

「あぁ。大技で一気に片をつけたほうがいいぞ」

「ありがとうございます!瑠璃さん、真っ直ぐ進んでください」

沙矢と陽燕の助言を受け、悠子は、劇団員―秀二と麗奈の氣が感じる方を瑠璃に告げた。

「わかりました」

瑠璃が頷き、悠子を乗せて廊下を飛んでいく。それに続いて颯も達騎を背に乗せ、後を追った。


「秀二、早く!」

同じ頃、秀二、麗奈は、十体の大首に襲われながら必死に逃げていた。

大首は知能があまり高くないらしく、部屋の壁をぶち破り、椅子や机を弾き飛ばしながら二人を追いかけてくる。

「うあっ!」

逃げている最中、秀二の足が絡まり、前のめりに転んでしまう。麗奈が秀二を起こそうと腕を取る。だが、秀二は動かない。何してるのと麗奈が怒鳴ろうとした瞬間、涙目になった秀二の顔とぶつかった。

「こ、腰が抜けた・・!」

「えぇっ!?」

こんな状況で、と嘆いているひまはなかった。

大首は次々と迫ってきている。

「早く逃げろっ!」

「置いて行けるわけないでしょ!」

体を震わせながら逃がそうとする秀二に、麗奈は首を振る。

「ぎしゃあああっ!」

大きく口を開けた大首達が、二人を取り囲むように飛んでくる。

もう駄目だ、と麗奈が覚悟したその時、

「籠白蓮・壱式!!」

凛とした声が麗奈の耳を打った。

その瞬間、秀二と麗奈、二人を包むように蓮の花が現れ、大首を弾き飛ばした。

鷹飛雷衡ようひらいこう!!」

紫色の雷を放ちながら、黒い槍が現れ、半円状に並んだ大首達を一気に貫いた。

そして、大首の魂が大地へと吸い込まれていく。

黒い槍は、まるで生き物のように飛びながら、巨大な白い犬に乗った達騎の手に戻っていった。達騎の前方には、同じように白い犬に乗った悠子の姿もあった。


「麗奈さん、秀二さん、大丈夫ですか!」

悠子は瑠璃から降りると、麗奈と秀二に駆け寄った。

「ええ、大丈夫よ。ありがとう、悠子ちゃん」

麗奈が安堵の息をつきながら、笑みを浮かべた。

「他の奴らはどうした?」

達騎も颯から降り、辺りを見回しながら、二人に近づいた。

「二手に別れたの。あのお化け達、私達だけを追いかけてきたから」

「なに?どういうことだ?」

麗奈の言葉に、達騎は訝しみ、鋭い眼差しを二人に向けた。

「俺達にもよくわからないんですよ」

麗奈の手を借りて、秀二が立ちあがる。

「まるでぶらさがったにんじんを追いかける馬みたいに、俺と麗奈のところへ一目散に来たんです」

「・・・・」

顎に手をかけ、達騎が考え込む。それを横目で見ながら、悠子は麗奈と秀二に言った。

「多分、二人が首にかけているお面に引き寄せられたんだと思います。それから妖に近い気配がしますから」

「えぇっ!?」

悠子の言葉に麗奈が声を上げ、秀二が目を丸くする。そして、首にかかっている面をはずし、まじまじとそれを見た。

「・・・気配、感じるのか?」

達騎も面に顔を寄せる。しかし、氣が感じ取れないのか、眉が寄っていた。

「うん。妖のようにも感じるけど、少し違う気配が・・・」

「・・・・・・」

達騎はじっと面を見つめていたが、やがて息を吐き、首をがくりと落とした。

「くそっ、だめだ・・・。全然分からねぇ」

なんで分かんねぇんだよ、とぼやく達騎に悠子は励ますように言った。

「つ、疲れてるんだよ、きっと。ほら、今日も力を使ったから!」

「お前だって、そうだろうが」

「あ、はははは・・・」

そう返してきた達騎に、悠子は何も言えなくなった。


「麗奈―!秀二―!」

その時、廊下から声が聞こえてきた。

演劇の衣装のままの劇団員と、監督達が廊下から駆けてくるのが見えた。

「みんな!」

麗奈が声を上げる。悠子が彼らに視線を移した時、弱いが、微かな妖気を感じた。

悠子は二人を庇うように前に立った。達騎も妖気を感じたのか、槍を構え、劇団員たちを睨みつける。

「大丈夫か?」

監督の安藤が声をかけてきた。

「よかった。二人とも無事で」

凛役の女性がほっと息を吐く。

「お前ら、こいつらの面が欲しいなら、なぜこんな回りくどい真似をする?」

「何を言ってるんだ?」

鋭く言い放つ達騎に、黎全役の男性が戸惑った表情を浮かべた。

「隠そうとしたって無駄だ。妖気がただ漏れなんだよ」

達騎が噛みつくように言った。

「あなた達が欲しいのは、このお面?」

悠子は、麗奈と秀二に断りを入れ、二つの面―鼻の長い、天狗に似た面と頬の膨らんだふくよかな女の面を手にとって掲げた。

その瞬間、劇団員と監督達の体が大きく膨らみ、十体の大首が姿を現した。その中に、一際大きい大首がいた。大首達が奇声を上げ、悠子達に襲いかかってきた。

麗奈と秀二が悲鳴を上げる。


「ちっ、やっぱりか!上等っ・・!?」

槍を振り上げようとした達騎の前に、突如、白蓮が現れた。

背後を見れば、秀二や麗奈、颯、瑠璃の前にも白蓮があり、九体の大首の前にも並んでいた。

その中で、一際大きい大首が悠子に向かって迫ってくる。

「このっ!!」

達騎が白蓮を叩き壊そうと、槍を突くが、びくともしない。

「颯、瑠璃!『火円弾かえんだん』を!」

颯と瑠璃に指示を出す。二匹は、小さな火の球をいくつも出して白蓮を壊そうとするが、ヒビすら入らなかった。

「鈴原、これ外せ!!」

麗奈や秀二達を守っているとも取れる行動だが、達騎や颯、瑠璃の行動を制限しているとも取れる。規格が小さいとはいえ、こんなに多くの白蓮を発動させていては、悠子の霊力はすっからかんだろう。それ以前に、籠白蓮も繰り出しているのだ。

このままでは悠子があぶない。

達騎が『鷹飛雷衡』を出そうとしたその時、悠子は面を左腕に抱えたまま、迫る大首に自ら飛びついた。


悠子は、大首の長く伸びた髪に張り付く。大首は悠子を振り落とそうと首全体を左右に振るが、悠子は必死に食らいついた。

「・・・どうして、これが欲しいの?教えて」

大首には、群れを統率するためにリーダー格のものが存在する。リーダーの命令は絶対で、他の大首達もリーダーに従うという。そう話には聞いているが、実際にやった者はいないらしい。

だが、大首がこの面を欲しがる理由が分かれば、何かしらの解決策が出るかもしれない。その解決策で、大首のリーダ―を鎮めることができれば、他の大首達も去ってくれるかもしれないと悠子は思った。

学校の生徒達は無事だった。けれど、大首達はたくさんの命を落とした。

こんなことをしなければ、静かに狭間の森で暮らしていただろうに。

悠子は、頬と体全体を大首に触れさせ、目を閉じ、「鏡月きょうげつ」を発動させた。


※※※※


金色に色づいた葉が生い茂る木々を背景に、一人の男が立っていた。

細身のその男は、冬でもないのに灰色のコートを着込み、口元に小さく笑みを浮かべていた。

すると、男が口を開く。

『一週間後、花野という町で、ある劇が演じられる。そこには、鵬燐ほうりんの鱗の粉末が混ぜられた面がある。男面と女面の二つだ。近づけば、君達にも分かるだろう。それを身の内に取り込めば、巨大な力が手に入る。君らを蔑み、見下す者達に一矢報いることができるだろう。・・・僕は君達がうまく入れるよう手伝いをしよう。それから、誰かに襲われても傷つきにくい体にしてあげよう』

優しく、穏やかな声で紡がれる言葉は、一見、大首のためを思って言っているように感じるが、何かしらの含みを持っているように、悠子には感じられた。


記憶を見た悠子は、瞳を開けると同時に風圧を感じた。大首は、体全体を振り回し、どうにかして悠子を振り落とそうとしていた。悠子は、大首の髪の毛を掴みなおし、振りおろされないようにしがみつくと、ブンブンと感じる風圧に負けないように叫んだ。

「あなた達がこれを欲しい理由は分かったわ!でも、これを食べてもあなた達の力が強くなることはないと思うわ!確かに力を感じるけど、ひどく微弱なものだもの!」

「ぎゃあぁぁぁ!!」

リーダー格の大首は、そんなことはないと言わんばかりに声を上げる。

「あなた達は十分強いわ!今日だって、みんながあなた達を恐れていた。それだけではいけないの?それに、たくさんの仲間が死んでしまったわ。私が言えた義理ではないけれど、これ以上、乱暴を働いたらまた仲間が死んでしまうことになる。それでいいの?」

なるべくなら、悠子は人も妖も誰も傷つけたくはなかった。けれど、戦いのなかで誰かを救うということは、相手の命を奪うことに繋がる。自分が手を下していなくても、達騎が、担任の隼が、陽燕が、沙矢が、みんなを助けるために妖の命を奪うのだ。

誰かを救うためとはいえ、命を奪うことに何の躊躇いがないわけではないだろう。中には、例外もいるだろうが、彼らは割り切りながら、それを実行しているだけだ。

攻撃に特化した力を持たない己は、人を守ることしかできない。

だが、「鏡月」を使えば、相手を鎮めることができる。人を襲う妖も、人のためにそれを滅ぼす人の心も、守ることができる。

それができるのなら、悠子は自分の霊力がからになろうと構わなかった。


悠子の言葉に感じ入ったのかはわからないが、大首の瞳が迷ったように揺らいだ。

「いけないなあ。お嬢さん」

説得できるかもしれないと悠子が思ったその時、横合いから聞き慣れぬ男の声がした。

その声に顔を向ければ、大首の記憶の中で見た男が立っていた。

灰色のコートを着た男は、細面の顔に穏やかな笑みを浮かべていた。

その表情とは逆に、悠子は男の醸し出す氣の禍々しさに戦慄した。大首の記憶では感じなかった氣が、悠子に叩きつけられる。

背筋が凍り、心臓がぎゅっと握りつぶされるような感覚が悠子を襲った。息がうまくできない。

ぬえ――!!」

意識が遠のきかけたその時、達騎の血を吐くような叫び声が悠子の耳を打った。それを聞いた瞬間、靄が晴れるかのように、悠子は意識をはっきりとさせた。

パリンっというガラスが割れるような音が左側からしたかと思うと、悠子の背後を何かが横切っていった。

それは、達騎だった。

「はぁぁぁぁっ!!」

達騎は怒号を上げ、灰色の男に槍を突きつけたのだった。



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