とある喫茶店の一コマ
おや、いらっしゃい。
なんだ、傘を持っていなかったのかい?
天気予報はちゃんと見ないとね。
面倒なら折りたたみ傘を入れておくといいよ。
そうすれば女の子にそれを貸して自分は走るといった青春が……。
古いかい? いやいや、年はとりたくないねぇ。
おっと、すまないね。
席に着いているといい。今、タオルを持ってこよう。
なに、気にすることはないよ。御贔屓にしていただいているからね。
ほら、これで拭くといい。
降り始めでよかったね。どうやら本降りになってきたようだ。
ん? まぁご覧の通りだよ。
君一人だ。元々そんなにお客さんが来る店でもないからね。
おいおい。せめてそこは嘘でも……いや、まぁいい。
それにしても今日は早いじゃないか。
ほう、短縮授業か。
なるほど。それじゃあお昼はまだかな?
どうせ帰っても君はまたレトルトで済ましてしまうのだろう?
ちょうど私もお昼にしようと思っていたからね。食べていくといい。
いいんだよ。いつも言っているだろう?
子供が遠慮しちゃいかんよ。
さて、お待たせ。
特製クリームソースのオムライスだ。
パスタ用に作ったソースだが、今日はだいぶ残りそうだからね。
では、いただきます。
そうか。そう言ってもらえるのは嬉しいよ。
いやいや、決して大げさではないよ。
プロでも素人でも自分の作ったものを美味しいと言われればそれは嬉しいものさ。
何気ない一言が相手にとっては重要だったりするという事だよ。
勿論、悪い意味で重要なときもあるがね。
見極めかい? それこそ空気を読むしかないねぇ。
心配せずとも君は得意だろう?
さぁ、冷めてしまう前に食べようじゃないか。
御馳走様でした。
君はちゃんといただきますと御馳走様が言えるのだね。
何気ない一言だが、それも大事なことだよ。
たとえ惰性で言っているにしてもだ。
癖になるということはそれだけ当たり前のように言ってきたからだろう。
昔は怒られたものだよ。
命を頂くのだからしっかりとやりなさいとね。
うちは親父がそう言ったことにうるさくてねぇ。
おかげで今でもちゃんと手を合わせないと気持ちが悪いのさ。
雨は止みそうもないね。
ああ、いくらでも居てくれて構わないよ。
この分じゃ今日は開店休業だ。
何か飲むかい?
食後の一杯は御馳走しよう。
いいんだよ。半分趣味でやっているような店だ。
あと、何度も言うがね。
子供が遠慮しちゃいかんよ。
ふむ、カモミールか。少々待っていてくれ。
お待たせしたね。
カモミールティーだ。
うん、どういたしまして。
君とこうして話すようになってもう随分経つが、その素直さには未だ感動するよ。
いや、お世辞ではなくね。
さっきの食事の件もそうだが、素直に感謝が出来るということは素晴らしいよ。
人との繋がりは時として面倒だ。
それでも毎回、こうしてお礼を言ってくれることは嬉しい限りだよ。
そうだな。確かに相手によるかもしれん。
しかし、君はきっと素直な人間だよ。
それがこの先できっと生きてくるはずだ。
難しく考えすぎてひねくれないでくれよ?
ほう、勉強とは感心だね。
うん? そうだねぇ。
君の言うとおり、微積分や物理なんぞは日常生活で活用した記憶はないね。
どちらかと言えば現代文、政治経済、歴史なんてのもあったかな?
それらのほうがよっぽど役に立つよ。
ただし、数学や物理もその分野へ進むのであれば必要だ。
必要となってからでは遅いから、今から下地を作るんだよ。
可能性は多いほうがいいだろう?
特に現代は電子の社会だからね。
少なからず役に立つ時が来るんじゃないかな?
私? 私はもう無理だよ。お世話になる一方さ。
一度調べてみるといい。
身近なものはそういった理系に支えられているものだよ。
おや、お客さんだ。
「いらっしゃいませ。お一人ですか? どうぞお好きな席へ」
これはこれは……。
まさかあの子が入ってくるとは。
彼も偶然の女神に溺愛されているようだ。
ここから見ている分には微笑ましいカップルなんだがねぇ。
切ない気持になるのは彼らの複雑な事情を知っているからか。
頑張れ少年。
おっと注文かい?
……。
同じものを二つね。
それでは少々お待ちを。




