妖狐
その日、リコがバーサーカーになっていた。
いや、バーサーク状態になっていたというべきか。
「おらおらおらっ! 動くな! 捕まえてやんぞっ!!」
「うわ……」
おもわず、頬がひきつる。
響きわたるのは、派手な水飛沫のおきる音。
もろに頭から掛ったのはリコ。私はずいぶん前から退避している。
「あちょーっ!」
「……」
「ていやあっ、私からは逃げられないっ!!」
「……」
「ほうあったっ!」
変な擬音を叫びながら、川に突入。
やっぱり水が跳ねる跳ねる……。
「やったぁっ! 捕まえたよっ、ハルキっ!!」
「あー、すごいすごい」
思わず棒読み。
見せてくれたのは元気な魚。名前は知らない。
本当に楽しそうに魚を捕まえている。網ならともかく、手づかみで、だ。
高校二年生の女子は、川の魚を手で捕まえていた。
「花の女子高生には見えないわ」
女の子にも見えないわ。
「ふっふっふ、私はじょしこーせいの前に一人の子どもなのさ!」
「たのしそうだね……」
リコはこう言うのが好きだ。他にも虫とか手づかみで取っている姿をよく見る。
私は虫が好きじゃないから、遠くで見るようにしている。
あ、虫を見せに持って来た時は全速力で逃げるけど。
ほんと、子どもっぽいけど、それがリコだから笑って見守ることにしている。もちろん距離を置いて。
そんなリコから離れた場所で、私は網に入れたスイカを川に浮かべていた。
夏だけど、川の水は冷たい。冷やしているのだ。
因みに、スイカはもちろん家から持って来たやつ。
「そろそろスイカ食べる?」
「そうだねー」
「……私は遠慮しとくけど」
「えー」
さすがに、もうスイカは嫌だ。
リコは散々追いまわした魚を川に戻すと、陸に上がってきた。
リコいわく、キャッチ&リリースらしい。
「じゃ、いこっか」
「ん」
ちょっとした茂みの中の獣道。そこから向かうのはリコの家だ。
獣道から出た後、田んぼ道の向こう側にリコの家はある。
いつもと違って、今日はリコの家に来ていた。
「あれ?」
「やだ、雨?」
ぽつりぽつりと滴が肌をぬらす。
空は晴れている。
お天気雨のようだ。
「狐の嫁入りかもね」
「狐の嫁入り?」
「そうそう、なんかね、お天気雨って狐が嫁入りしてるからなんだって。この前ヒトミさんが言ってた」
「ふむふむ。なんでお嫁に行くと雨が降るんだろう」
「さ、さぁ……?」
さすがに、それは知らない。
ヒトミさんなら知っているのかな?
確かに、少し気になることだ。
「そういえばさ、結構前、リコったらキツネを拾ってたよね」
「え? あ、あぁ……そういえば、そんな事をしたような、してないような。怪我をしてたから、お兄ちゃんに頼んで病院連れてった、んだっけ」
「そこまで覚えているのに、なんで疑問形」「だってぇ」
小雨だからそこまで慌てることなく進む。
田んぼ道に出ると、なにか集団が歩いて来るところだった。
「もしかしたら、その狐が恩返しにっ、とかあったりして」
「どこの鶴の恩返し。いや、ないない」
そう笑いあう中、集団の方を向く。
何人もの人に囲まれて、担がれて、白い花嫁衣装の女性と黒い服の男性。
花嫁行列? いや、でもなんでこんな田舎の田んぼ道に。
それはともかく、その行列は異常だった。まるで、蛍が辺りを飛んでいるかのように、仄かに光っているのだ。
思わず道の隅でリコと一緒に立ち止まる。
小雨の中、慌てることなく彼等は進み――あろうことか目の前で止まった。
「……ない……と思わせて、あり?」
まさか。
行列の人々の顔を視る。
と、彼等は全て……キツネだった。
花嫁も、花婿も、周りの人達も。
妖怪が見えないはずのリコにもそれは見えているらしい。
「あの時はありがとうございました。おかげで、こうして花嫁衣装を着ることが出来ました」
たぶん今、私達の顔は笑える顔だったに違いない。
綺麗だった。見とれてしまうほど。
思わず思考が停止して、数秒。
「リコ、はい」
「え?」
リコに渡したのは、スイカ。
「えっと?」
「ほら」
「あ、あの、えっと、おめでとう、ございます……?」
そう言って、リコは花嫁のキツネさんに渡す。
花嫁にスイカ。なんとも言い難い組み合わせだけど、彼女は笑って
「でわ」
去って行った。
花嫁行列の姿はもう視えない。
何時の間に、お天気雨もやんでいた。
「綺麗だったね、ハルキ」
「うん」
花嫁姿は、綺麗だった。不思議な光に囲まれて、どこか幻想的だった。
きっと、あの花嫁キツネがさっき話していたリコの拾ったキツネなのだろう。
驚いた。普通のキツネじゃなかったのか。
それ以上に、リコが花嫁行列を視えたことにも驚いた。
リコに見てもらうためにここにきたから、リコにも視えたのかもしれない。けど、そういうことを私は知らない。
「……ハルキはいいな。ああいうの、いつも見てるんでしょ?」
「まぁ。……でも、いいことばかりじゃないよ?」
でも
でも、こういうのを見た後は、視えることが少しだけ得したように思う。
たぶん、それは視える人の特権だ。




