百鬼夜行
その日、なんとも素晴らしい一日が終わろうとしていた。
「……今日はこなかったね、賀茂君」
「うん! なんだか知らないけど、すっごい嬉しい!!」
ああっ、この解放感!
登校するたびに、あの馬鹿に追いまわされていた日常が嘘のようっ!
そう、今日はあいつが来なかったのだ!
そして、明日から追いまわされることもない!
なぜなら、明日から夏休みだから!
「う、嬉しそうだね、ハルキ」
「そりゃそうよ! だって、つきまとわれなかったし、面倒事に巻き込まれなかったし」
ただし、そんな幸せはすぐに崩壊した。
「あ、鈴城。お前、賀茂と仲が良かったよな。あいつ、今日休んだんだよ。これ、今日のプリント、持ってってやってくれないか? 頼むよ」
「せ、先生っ?」
仲良くなんてありません!
そんな叫びは、届かなかった。
賀茂光葉、それはあいつの名前である。
「……」
「そ、そんな落ち込まないでよ、ハルキー」
「これが落ち込まないでいられますか。なんで私があいつの家に訪問なんて……」
放課後、リコと共にあいつの家に向かっていた。
結局、プリントを届ける羽目になったのだ。
プリントくらい届けなくてもいいでしょ。そう思っても、なんでも重要な書類だとかあるらしい。
「あ、あそこだよね、賀茂君の家」
「うん……」
巨大な門にどこまでも続く塀。
大きな日本庭園に、私の家よりも大きな純日本屋敷。
そこが彼の家。
以前、無理やり連れてこられたことが在る。
その時は、厄介な妖怪に憑かれてしまった時だった。
「そういえば、あの子そろそろ来るのかな……」
「あの子?」
「あいつの許嫁」
「え゛っ、居るの? ハルキ一筋に見えて、じつはっ?」
「いる。なんか可愛い子だったよ。夏休みとかの長い休みになると来るらしい。てか、あいつとはそういう関係じゃないからねっ!!」
「わかってるよー」
くすくす笑うリコは、全て知っていてそんな事を言ってくるのだ。
私が妖怪を見ることが出来ることも、あいつが世界征服なんて馬鹿な話を本気で実践しようとしていることも。
まったくもって、ため息しか出ない。
なのに、許嫁はというと、すごくあいつの事を慕ってみたいだった。
不思議だ。どうしてあんなに一途なんだろう。
世界征服を今現代の日本で豪語するような奴に。
「会ってみたいなぁ、賀茂くんのいいなずけ」
「こんど賀茂君家に遊びに行ってみれば? 夏休みならいるかも」
もちろん、私は行かないけど。
門の横にあるインターホン。
昔ながらの家にはどこか違和感のあるそれを鳴らすと、すぐに知らない人が出てきた。
少しだけ困ったような顔をしている。
「あの、すみません。学校から書類を届けるようにと渡されて……ミツハ君居ますか?」
「ミツハ様は現在、重要な――」
「ハルキっ! なんだ、来たのか?!」
その人の話を遮って、問題児は現れた。
……家では様付けなんてされてたんだ。
なんだか、衝撃的事実露呈。
「はい、先生に頼まれたプリント」
「お、おう」
「じゃぁね」
「お、おう……って、それだけかよっ?!」
「行こっか、リコ!」
「う、うん」
「無視っ?!」
これ以上いると、要らない誤解を受けることになる。
ただでさえ、いろいろ噂されている状況。
この賀茂くん家訪問を近所のおじいちゃんやおばあちゃんに見つかったら、そく噂話発展後に温かい目で見守られること確定。
絶対、それだけは嫌だ。
「ちょっと待てって!」
「なに?」
「……今日は、暗くならないうちに家に帰れよ」
え?
思わず止まってしまう。
まさか、そんな事を言われるなんて……。
リコも吃驚しているようだった。
当の本人は、さっさと屋敷に戻って行く。
なんだったんだろう。
学校休んだにしては元気だったし。
「やば……」
思いのほか、暗くなってしまった路を、私は小走りで進んでいた。
本当はもっと早めに帰る予定だったのに、忘れものに気づいて高校に戻ってしまったからだ。
時間は黄昏時。妖怪たちが闊歩する時間。
「……なんで、今日に限って」
今日に限って、忘れ物したんだろう。私の馬鹿。
あいつが早く帰れなんて言った日に……。
すごく、嫌な予感しかしない。
とにかく、田んぼの真ん中の途をひたすら走っていた。
「っと、おや、ハルキ」
「うわっ、倉掛さんっ?!」
突然現れた人影にぶつかりそうになると、倉掛さんだった。
「す、すみません。ちょっと急いでいて」
「そうですね。今日は早く帰った方が良いでしょう」
「……?」
「どうかしましたか?」
「いや、賀茂君と一緒の事言ってたんで」
まさか、倉掛さんも言うなんて。
嫌な予感がさらに増して幾。
「賀茂君……もしかして、向こうの大きな屋敷の息子さんですか?」
「はい」
「そうでしたか。今日は……まぁ、いろいろあるので」
「? 何か知っているんですか?」
「……」
どうやら、何かを知っているみたいだ。
でも、困ったように微笑んで、言うか言うまいか迷っているようだ。
「なんというか……今日は、百鬼夜行がおこなわれるかもしれません」
「ひゃっきやぎょう?」
どこかできいたきがする。
たしか、教科書の有名な絵の中に有ったはず。
「百の鬼……妖怪たちが練り歩くんですよ」
「ねり歩く……?」
百の鬼? 妖怪たちが歩く?
なんていうか、お散歩大会しか頭に浮かばない。
いろいろ間違っている気がするけど。早く帰りたくなってきた
それに気づいてか、倉掛さんは私の家の方角へ歩きはじめる。
「とにかく、早く帰った方が良いでしょう」
「は、はい」
夜。
なんとなく起きると、あたりは真っ暗闇。
田舎だから、あたりに灯りが無いからなおさらだ。
時々テレビで見る、都会のにぎわいがすごく羨ましかったりする。
「うぅ、何時?」
倉掛さんと会った後、問題もなく家に帰ってきて、十時ごろに寝たのだが。
時計を探すと、有らぬ所に転がっていた。
……決して、私のせいじゃないはず。
とにかく、時計を見ると二時になる頃だった。
「うわ……」
なんでこんな時に起きちゃったんだろう。
二時と言えば、丑三つ時だ。
耳をすませば、どこからか物音がする気もする。
シャン
「……?」
シャン
音が、聞こえる。
シャン
鈴の音みたいだ。
いや、もっとたくさんの音も聞こえて来る。
誰かの笑い声。
おしゃべりのやかましい声。
誰だろう。
布団から起き上がると、窓から外を見た。
ちょっとした生垣のその向こう。
光が見える。
蛍光灯みたいな明るい光じゃない。
どこか、ぼんやりした灯り。
それを先頭に、何かが路を歩いている。
それは、行列。
「百鬼夜行……」
初めて視た。
すごい。
数えられないくらいの妖怪たちが路を歩いている。
学校でよく会うスネコスリやそのほかの妖怪。
見た事もない大きな火の滑車や小さな小妖怪。
ヒトミさんなら、全部の妖怪の名前を教えてくれたかもしれない。
どの妖怪たちもなにやらどんちゃん騒ぎ、ほほえましい様子で路を進む。
楽しそうで、なにかよいことでもあったのでしょうか。
こういうのを視れるのは、ちょっと楽しい。
視れる人の特権だと思って楽しんでないとやっていけないってところもある。
毎日は見たくないし、巻き込まれたくはない。
けど、本当に視れてよかったなんて思う日もある。
視れるだけの私には、これくらいがちょうどいい。
百鬼夜行はまだまだ続く。
楽しそうに、愉快そうに。
終わりはないのかと思っていた頃、百鬼夜行のその中に――倉掛さんがいた。
「あ、れ?」
どうして、あの人が?
いや、見違いかもしれない。
眼をこすってもう一度視ても、其処にはなにも居なかった。
あれだけいた百鬼夜行も。
「なんだったんだろう」
次の日、寝不足と暑さでダウンして早々にダウンしてしまったりしたのはまた別の話。




