すねこすり
「へー、昨日そんなことあったんだ」
そういってにこにこしているのは、友人の広原理子。
いつもの放課後。今日は外が雨ですこしじめじめしているけど、それくらいじゃ高校の中は変わりはしない。
いつものように騒がしい校舎は活気がある。
そんな中で今日一日をねぎらいながらリコと昨日のことを話していた。
彼女の後ろの席が私の席、ということがあり、入学初日からの仲だ。
家もそこまで離れていない。徒歩で十分程度だ。
十分離れてるだろとよく言われるけど、十分ぐらいなら近い方だ。
「今日はさっさと帰ろうよ」
「えー。って、分かったわかった。そんな顔しないでよー」
「……」
そう、昨日、帰宅に送れたのは彼女と数名のせいなのだ。
「それはまったくもって了承しかねるぞ、ハルキ!」
「……きたぁ……」
あまりにも暑苦しく、そして、近寄りがたい男。
私の最終手段にして、迷惑この上ない馬鹿。
というより、馬鹿。本当に真正のアホ。「近寄るな、変態」
おっと、声に出して言ってしまった。
「ははは、つれない事を言うな、友よ」
「お前が変態だからだ」
絶対に友達になりたくないランキング周囲独占ですよ、まったく。
こちらが明らかに退いているというのに、躊躇いもなく近寄って来る。
おまえは蚊か。嫌がっても抵抗してもたかって来る、あの蚊かっ。
「それで、先日の返答は如何に? いや、君のことだ。最善の選択をして共に理想郷へ至ってくれると信じている!!」
「……」
この妄想力たくましい変人をどうにかしてほしい。
「俺と付き合え」
「断る」
「よし、ならば行こう! 俺が征服した世界へ!」
「……リコ、私先に帰るね」
「わ、わかった」
この馬鹿は、なんでも妖怪たちを従えて……世界征服をする。らしい。
馬鹿だ。
本当に馬鹿馬鹿すぎて笑いを通り越してあきれしかない。
しかし、そうは言ってられない。ふざけたことに、彼は……意外と強い。
世界征服はないまでも、地域征服くらいなら行けるんじゃないだろうか。この辺一帯の妖怪ぐらいなら束ねられそうだし。
さすがに、国征服はないけど。
たしか、術師の一族生まれで、将来有望な術者だとか。
それが何をとち狂って世界征服へ道を踏み外したのかよく解らない。
「まてっ、待つんだハルキ! 僕には君が必要なんだ! 君が居ないと、僕はっ……妖怪が視えない」
だがしかし、妖怪たちを視ることができない。
それで、どうやって妖怪の頂点に立つのだか。
せめて、この高校の頂点に立つで収めておけと言いたくなる。
しかも、他人に迷惑をかけるな。
「関係ないので、近寄らないでください」
人は、嫌いな人間に対して敬語や丁寧語を使う傾向にあるらしい。
この前、国語の時間に習ったことだ。
よし、帰ろう。
そう思って、さっさと無視をして教室を出た。
というか、彼は違うクラスなのに、なんで同じ教室にいるのだろうか。
「あれ?」
教室を出たとたん、すね辺りに柔らかい物がこすり憑いて来る。
「スネコスリ、どうしたの?」
小型の犬のような小さな体躯。
ふさふさの可愛らしい小動物のような妖怪だ。
スネコスリ。愛玩動物のようなその妖怪は、高校の中にいる妖怪のうちでも友好的な子だ。
『また、こてんのせんせーが変なのつれてきたの』
「また?」
うちの高校の古典の先生の趣味は、骨董収集。
学校内の教室に持ち込んでギャラリーみたいに並べている。
べつに、それはいいのだが骨董品の中には、危ないモノがよくある。
つまるところ、妖怪になってしまっているものがいるのだ。
ツクモガミ。物が幾年もの年月を経て、妖力を得た存在とかがそれにあたる。
迷惑この上ない事に、この先生、なぜかツクモガミやら呪いを持っていそうな物を高確率に持って来る。
無意識のようだが、高校に住んでいる妖怪たちや私からするといい迷惑だ。
これまでにやってきた彼等の大多数は友好的でそこまで問題にはならなかったけど、何度か衝突したりいろいろやらかしてしまった妖怪もいる。
スネコスリが来たという事は、なにかしら私の普通の高校生ライフに問題が起こる前兆。
あの先生、今度は何を持って来たんだ。
ため息をついて、その後の対応を考えた。
「わかった、じゃぁ――」
「ちょっと待ったぁ! 何か知らないが、妖怪がらみならば俺も行ってやるぜ」
きらきらとした目で変態は、盗み聞きをしていたようだ。
ちなみに、こいつは妖怪を視れなければその声も聴こえない。妖怪を祓うことぐらいしかできない。
「そう。じゃあ、校庭を三周半してその中心で愛を叫び五回土下座と逆立ちを繰り返すとすごい妖怪が封印を破って出て来るらしいわ」
「なんだとっ? よし、わかった!」
「……」
本気で信じて、雨の中の校庭に走って行く。
馬鹿だ。そんな妖怪いる訳ないだろ……。
思いっきり、ため息をつきたくなる。
「よし、こっちはこっちで行こうか」
『うん?』
古典の教室に、いつもと違う雰囲気があった。
どこか、ピリピリしている。
その中で、先生が能面を作っていた。
「先生、どうしたんですか?」
「なんだ、鈴城か……いや、持って来た刀が無くなって……いや、なんでもない」
「……」
ちょっとまて。
先生、学校に刀なんて持って来たんですか。
しかも無くなったって。
「いや、なんでもないぞ。いくつか持って来た物が無くなったなんて、無いからな! 他の先生方には言うなよ!」
おいおい……。
転がるように駆けて来たすねこすりが怖がってすねにまとわりついて来る。
「解りました。では」
十中八九、彼等は居なくなったのだろう。
教室からささっとでると、すねこすりと目を合わせる。
「じゃあ、探そう」
『うん』
「それ、私も参加しましょうか?」
「へ?」
見ると、そこにはあの人がいた。
「昨日の……」
「どうも」
にこりと笑いかけて来る彼は、その手に市松人形を掴んでいた。
ふるふると震えるそれは、まるで恐怖の権化に出遭ったかのようだった。
「えっと、それは……?」
「たぶん、ハルキが探そうとしているつくもがみの一人でしょう。彷徨っていたところを保護しました」
なぜ、怯えて……?
あ、いや、それよりも。
「あの、ありがとうございます。えっと……?」
「あ、名乗り忘れて居ましたね……私は、倉掛悟史と言います」
その後、倉掛さんの助けで、ほかのつくもがみを順調に回収できた。
散らばっていたつくもがみたちは、案の定他の妖怪とトラブルに巻き込まれていたり、喧嘩を始めようとしているところだったりしていた。
危険極まりない刀やらなにやらを回収した後、ようやく落ち着く事が出来た。
「そういえば、外で校庭を走って土下座や何かよく解らないことを叫んでいた高校生が居ましたが、いったい彼はなにをしていたんですか?」
「あれは馬鹿です。気にしないでください」
「……なるほど」
聞いた話だと、あの話を信じたあいつは、一時間ほど校庭であれを実践していたらしい。




