付喪神
「こんにちわーっ、すみませんっ!」
午後になって熱くなってきた盛。
あんこときなこのぼた餅を食べているとリコが突然訪ねてきた。
幼馴染だし、家も近い。突然遊びに来ることはよくある。
でも、こんなに暑い中を一体どうしたのだろうか。
いささか切羽詰まった様子に首をかしげながらもリコに会った瞬間。リコはぶわっと泣きはじめていた。
「ハルキっ、ど、どうしよう。の、呪われちゃったみたいっ」
「……は?」
思考が、一時停止した。
「捨てても捨てても、人形が家に戻ってくるのっ! この前なんか赤い涙を流したりしてっ、思わず捨てたのにっ。ど、どうしようっ?!」
いきなりどうしたかと思ったら、呪われた人形?
髪が伸びたり、捨てたのに玄関先に戻ってくるとか、アレ系の妖怪だとおもうけど。
「い、いや、それなら私よりも賀茂君の……」
「賀茂君家が忙しそうだったから、ハルキかヒトミさんくらいしか頼れる人いなくてっ」
さて、どうしたらいいのだろう。
一応、お盆でヒトミさんはお休み。
話を聞いていたヒトミさんは、うんうん考え込んでいる。
「やっぱり、そう言うのは専門家に頼んだ方が良いわよ。そうね、気休めぐらいなら、まだあそこに残ってたはず……」
「?」
ヒトミさんが持ってきたのは、小さな箱。
中には、数枚の札があった。
「霊験あらたかなお札。なんていえないけど、効果は抜群よ」
「あっ、あっ、ありがとう、ございますっ!! でもこれ、どうすれば?」
「とりあえず、その人形に貼ってみて。それから、賀茂君の家に持っていきなさいな」
「は、はいっ」
よっぽど怖かったのか、礼を言うと小走りで猛暑の道に飛び出して行った。
「あらあら」
「……うちんちに、こんなのあったんだ」
覗きこむのは、札の入った箱。
まだ何枚かあるそれを手にとって、観察する。
高校生には読めないような変な文字。墨で書かれたそれは、解読不明だ。
「へんなの」
「こう見えても、賀茂君のお父さんのおりがみつきよ」
「えっ」
なんで?!
なんでそこで、あいつの名前が出て来るっ。
「でも、心配ね」
「あ、うん。……何もできないけど、行って来るっ」
「えぇ、行ってらっしゃい。気をつけてね」
リコの家に着くと、家の中から慌てた様子でリコが外にでて来るところだった。
「ハ、ハルキっ!!」
何やら玄関を指さして、震えている。
あの虫も魚も動物もへっちゃらなリコが、一体何に怯えているのか。
慌てて玄関を覗くと――人形があった。
よくある市松人形。
黒い髪はおかっぱよりも少しながいくらいで、真っ黒眼の人形。
それが。
『わ、わたしだってっ、やればできるっ!』
自分で自分を応援していた。
「……ねぇ、リコ」
「ハ、ハルキ……あ、あの人形、か、髪が、のびてるのっ!」
「あ、そ、そうなんだ」
『だ、だいじょうぶ、きっと!』
「……」
な、なんなの、この人形。
こう言うのは、はじめて見る。たぶん、ツクモガミの類いだと思うけど。
とりあえず、リコの持っていた札をとると、その人形の日体当たりにぺたりと貼った。
『ふぎゃっ、い、いったいっ?! な、なにがっ? か、からだが、うご、か、な、い』
「……本当に効いた」
このお札、本当に効いたみたいだ。
改めて、どうしてうちにこんなのが在ったのか気になるけど、今はこっちの人形が先だ。
「あなた、ツクモガミ? なんでリコの家に居るの?」
『ひいっ、人がっ。ま、まさか、わたしの声が、聞こえるのっ?!』
「……」
無言で頷くと、人形は動かないはずの体を震わせて、恐怖におののいていた。
気のせいか、顔があおくなっている気もする。
『わ、わたしはっ、そのっ、別に何もしてませんよっ?!』
「いや、何も言ってないんだけど」
「ハ、ハルキ、な、なに言ってんの?!」
「リコ? 聞こえてないの?」
「きこえ……ま、まさか、その呪い人形何か言ってるのっ?!」
なんだ、リコには聞こえていなかったのか。
「ねぇ、この家の人、あなたのこと怖がってて、困ってるんだけど……どうしてこの家に執着してるの?」
『そ、それは――』
それは、遡ること半月前。
ある骨董店に現れた男の人。
その人に買われ、いつの間にか人間が沢山いる場所へ。
すると、共に買われた仲間たちが逃げ出した隙に、逃げだすことに成功。
が、行き倒れ、もはやこれまでかと観念した時――
『そう、そこにあの御方は現れましたっ。私を助けて下さった、あの方。私は、あの方についていくと決めたのですっ』
「……つっこみどころが在りすぎるっ」
っく。こ、この人形……古典の先生が前に持って来た骨董品の逃げ出したやつの一つだっ。
しかも、つい最近のっ。
だめだ。頭が痛くなってきた。
全部捕まえたと思ったら、もう外に出てた妖怪がいたなんて。
しかも、リコのお兄ちゃんに拾われたみたいだし。
……虫とか魚とか、普通に捕まえるリコもリコだけど、リコのお兄ちゃんもお兄ちゃんだ。
「捨てたのに、なんで戻ってきたの」
『わ、わたしっ、捨てられたんですかっ? この前、間違っておいていかれた時ありましたけど。その時はがんばって帰ってきました!』
「……」
このツクモガミ、ポジティブだ。
「なら、なんで血の涙を流したの?」
『血の涙? あぁ、目にゴミが入っちゃって。でも、あれは血じゃないわよ?』
「……ご、み」
眼にゴミが入ると、確かに痛い。うん。でも、なんで人形がっ。
「な、なら、髪の毛伸ばしたりしたの」
『生理現象よ』
「……なっ」
生理現象……。いや、人間なら確かにそうなんだけど。
その、人形は……。
「ちょ、ちょっと、ハルキ! なに話してるのっ?」
「……たぶん、妖怪の神秘について」
「えっ? な、なにそれっ?!」
ちょっと、私にもなにがなんだかわからない。
どうにか話を納めると、いつの間にか人形はリコの家に住むことに決まった。
いわく、誤解が解けたとかなんとか。
リコと人形のツクモガミの適応能力に思わず脱力した。
ちなみに、あの人形……リコのお兄ちゃんに一目ぼれしたらしい。
「……妖怪って、よく解らない」
今日一番思ったことだ。
帰り路、一人でとぼとぼと歩きながら考える。
なんで、こんな事になったんだろう。まぁ、いいや。
ふと前を見ると、誰かがやってくる。
「おや、こんばんは」
「ん……あっ、倉掛さん。こんばんはっ」
前から歩いてきたのは、倉掛さんだった。
「どうも。妖怪がどうかしましたか?」
「いや、ちょっと今日……変なツクモガミに会って……」
ほんと、変な……いや、他の妖怪もあのツクモガミみたいなこが沢山いるのだろうか。
私はなるべく妖怪に自らかかわらない様にして来た。
学校に居る妖怪とか、どうしても避けられなくて出遭った妖怪とかは諦めてるけど、あまり自分から積極的に妖怪にかかわらないように気をつけて来た。
でも。
「……」
「でもまぁ、妖怪だっていろいろ居ますよ。本当に危険な奴もいれば、ぜんぜん私達には無害な妖怪もいます。……少しだけ、歩み寄ってみたらどうですか? 自分に関わっていない妖怪にも、少しだけ、気を向けて見ては」
「……う、ん」
「さ、そろそろ早く帰らないと、ヒトミさんが心配しますよ」
「あっ、そうだった」
あの人形とリコの間でいろいろあって、かなり時間を食った。ヒトミさんがそろそろ心配するかもしれない。
「そうそう、それと……さようなら」
「……?」
そのさようならが、どこかいつものさようならと違っているようで、思わず問おうとしたら――
「あ、れ?」
すでに、倉掛さんは消えていた。
まるで最初からそこに居なかったように。
「まさ、か……」
あの人は、まさか……人じゃ、無かった?
いや、そんなわけ無い。
さっきのはきっと何かの幻だ。そう、思うようにしながら、帰り路を急いだ。
今日は、どうもつっこみどころの多い日だった。




