夏の雨
告白シーンをテーマとした短編です。
わなびすとりーむ!様の2012年1月24日20時より放送予定のUSTREAM番組
「わなびすとりーむ!ろっかいめ」
のお題企画 「『愛の告白シーン』を書いて下さい」 への参加作品です。
(本作品は下記URLにも掲載されています)
参考URL: http://wannabestream.jugem.jp/?cid=3
高校生活最初の一学期もそろそろ終わりに近付いた夏の夕方、梅雨が明けたばかりというのに珍しくどんよりと曇っていた。
玄関で空を見上げているのは黒髪セミロングの少女。すでに靴を履き替えているのに歩きだそうとしない。目を懲らすと、すでに雨が降り出しているのがわかる。
中学時代、気になる女の子は何人かいた。でも、誰にも告白できずじまいだった。心の準備が整うのを待つうちに、あっという間に三年間が過ぎ去ってしまったのだ。こういうのは勢いが大事なんだ、きっと。
予定より早いけど、チャンスかも知れない。いや、チャンスに違いない。僕は深呼吸し、拳を握った。
靴を履き替え、彼女の隣に立つ。身長差は拳一つ分程度、彼女の背は僕にとって見下ろすほど低くはない。
いよいよ勢いを強めた雨に背中を押されるように、彼女に話しかける。
「よかったら、駅まで一緒に行かない?」
不覚。少し声が震えたかも。
初めて僕の存在に気付いたかのように横を向いた彼女と目が合う。もともと表情に乏しい子だけれど、あまりの無表情に不安が募る。
「あ、も、もし誰か待ってるんなら余計なお世話だよね」
いたたまれなくなって発した言葉を、あろうことか噛んでしまい、自己嫌悪。
「いいえ」
彼女が発したのはいつも通りの、あまり抑揚のない小さめの声。
もし傘がなくても、僕との相合い傘なんて適当な理由をつけて断るんだろうな。
「ちょうど困ってたところ。助かる」
――え。
曖昧な笑顔のまま固まっている僕に向けて、彼女は小首を傾げてみせる。
「どうかした?」
「なんでもない。じゃ、行こっか」
クラスでもあまり目立つ存在じゃないし、無愛想な子だと思っていた。彼女は話しかけられさえすれば応えはする。ただ、お世辞にも話し好きとは言えず、休み時間には一人で本を読んでいることも多い。実際、僕の友達による彼女の評価は『根暗』なのだ。
でも、僕は知っている。教室の窓辺の花を世話しているのは彼女なのだ。ほぼ毎日のように誰よりも早く教室に入る彼女は、朝一番で花に水をやっている。その時の表情が――。
もちろん、TVに登場するアイドルのような派手さはない。それどころか地味で印象が薄く、まる一日彼女に注意を向けずにいたら翌日には目鼻立ちを忘れてしまいそうなほどだ。
――でも、花の世話をしているときの淡い笑顔は格別だ。普段はただ目立たないだけで、整った目鼻立ちをしている。
この想い、親友には打ち明けた。「あばたもえくぼ」と一刀両断され、それ以来奴には相談していないけれども。もっとも、「そんなに気になるなら告白しちゃえよ」とも言われた。そんなこと、言われるまでもない。
「肩、濡れてるよ」
隣から声がしたので顔を向けた。
「あたしが傘に入れてもらってる立場なんだから、もっと自分の肩が濡れないように差しなよ」
無口な彼女とまともに会話するのは、これが初めてかもしれない。割とボーイッシュな話し方するんだな。
「なんていうか、さ。お礼というか」
「……お礼?」
またしても小首を傾げる彼女。うん、やっぱり可愛いぞ。
「うん。いつも、花の世話してくれてるだろ。ああいうの、いいなと思って」
「……あ。知ってたの」
彼女の頬に薄く朱が差したようだ。僕はつい目を逸らし、前方に視線を逃がす。
「お礼なんていらない。でも……、嬉しい」
「だから、さ。傘に入れるからには、なるべく濡れて欲しくないな、ってね」
もう、充分だ。相合い傘だけでもいっぱいいっぱい。これ以上はどきどきして言葉にならない。今日はここまで。告白、急ぐ必要ないよな。
途切れがちな会話。僕は、火照り始めた頬の熱さを誤魔化すようにとりとめのない話題を振る。
おばあちゃんのことや、猫のこと。部活のこと。言葉の数は彼女の方がずっと少ないけれど、それでも会話になっているのが嬉しい。今日はもうこれ以上望まなくていいや、と思い始めていた。
「そう。運動できそうなのに放送部なのが不思議だったけど、中学で怪我したんだ」
「うん、陸上やってたけど、膝と腰をね。もう治っているけど、激しい運動には恐怖心を覚えるようになっちゃって」
「あたし、好きだよ」
一瞬、呼吸が止まった。
「……お昼にスピーカーから流れてくる声」
「あ、ああ……。そう言ってもらえて嬉しいよ」
駅に着いた。彼女とは逆方向なので、ホームは別々だ。
「ありがとう。助かったよ。また明日」
言うが早いか背を向けた彼女に、僕は思いきって呼びかけてみた。
「うん。たくさん話ができて楽しかった。これからも君と……いっぱい話したいな。よろしくね」
彼女は一度振り向くと、小さく手を振ってくれた。
あ。あの笑顔だ。
それっきり振り向かずに歩いて行く彼女を見送り、僕は声に出さずに呟く。
神様、明日こそ告白する勇気をください。
傘を閉じ、後ろを振り向いて小振りになった空を見上げる。
夏の雨って、いい感じ。
目の前を通り過ぎていく車が、水たまりを跳ね上げた。
「うわっ」
傘を閉じていた僕の、肩から腰にかけて雨水が……。
前言撤回。夏の雨は嫌いだ。
笑い声が聞こえる。
「なにぼーっとしてるの。せっかく傘差してきたのにびしょ濡れだよ」
彼女が、ハンカチで僕の肩を拭いてくれた。拭きながら、言う。
「あの、ね。ずっと言いたくて、言えなかったんだけど」
僕の心臓が高鳴る。これはもしかして。……まずい、先に言わせていいのか。
「な、なに」
しかし、狼狽えるばかりの僕は、ろくに言葉を紡ぐことができない。
「開いてるよ。ズボンのチャック」
……げ。
どうやら、この様子をクラスメイトに見られていたらしい。
翌日、教室ではすでに話題の中心になっていた。親友を含む複数の連中にからかわれたが、僕の中では恥ずかしさよりも嬉しさの方が勝っていた。
僕と彼女はなんとなくつきあい始めたけれども、まともな告白はまだしていない。
もうすぐ終業式。彼女とは、夏休みの予定を共有するつもりだ。
やはり、告白はきっちりとしておきたい。
次の雨の日には、必ず。