『秋葉原の再会と、5万円のプレゼント』
「さっ! ついたわよ!」
ルシファーが秋葉原の駅前で、フンスと誇らしげに胸を張った。
「あらあら。大体そうだとは思ったけれど……」
アスモデウスがクスクスと上品に笑う。
「……秋葉原……」
肩に担がれた(定位置)ベルフェゴールが、眠たげに目をしばたたかせた。
アルバイトで稼いだ5万円で拓巳にフィギュアを買ってあげることにした一行は、やはり(?)聖地・秋葉原へとやってきていた。
「おい、なんかこの街、あっちこっちから美味そうな匂いがたくさんするぞ!?」
目を輝かせるベルゼブブの首根っこを、ルシファーがガシッと片手で掴み取る。
「はいはい、今日はご飯を食べにきたんじゃないの。……とは言ったものの」
ルシファーは急に足を止め、きょろきょろと辺りを見回した。
「私、あのアイドルの劇場がある場所しか知らないのよね……」
「……使えない……」
「うるさいわねベルフェゴール! あんたも少しは探しなさいよ!」
「あらあら、喧嘩はよくないわよ。でも困ったわねぇ、どこに売っているのかしら?」
アスモデウスが困り顔でおっとり首を傾げた、まさにその時だった。
「お嬢様方〜! よかったら、そこの可愛いメイドカフェで萌え萌えなひと時を過ごしていきませんか〜?」
フリフリのメイド服を着た店員が、チラシを手に笑顔で話しかけてきた。
「いや、悪いけど今日はそんな暇は――」
断ろうとして相手の顔を見たルシファーが、声をあげた。
「「あれ?」」
ルシファーと、メイド店員のボイスが綺麗に重なる。
「あなた……いつぞやの、拓巳に連れてこられた時にいたメイドじゃない!」
「はいっ! わぁ、また会えて嬉しいです、ルシファーさん!」
彼女は、ルシファーが初めて秋葉原に来た時、チラシを配ってきたあのメイドさんだった。
「あらあら? ルシファーちゃん、知り合いかしら?」
アスモデウスが声をかけると、メイドさんはその顔を見て激しく動揺し始めた。
「ええっ!? こ、こちらのお姉さんもすっごい美人……!? いや、っていうか他のお二人も可愛すぎません!? なにこれ、何のご褒美ですか!? ここは天国ですかっ!?」
「天国? 天界のことか? 俺たちはまか――むぐっ!?」
ベルゼブブが「魔界」と言いかけた瞬間、アスモデウスの白く美しい手が、凄まじい速度と握力でその口を完全に塞ぎ込んだ。
「あらあら? ベルゼブブちゃん、いらぬことは言わないほうがいいわよ〜?」
アスモデウスは聖母のような満面の笑みを浮かべているが、背後から底知れぬプレッシャーが滲み出ている。
「……(なんかこの光景、前にもルシファーさんと連れの方の間で見た気がする……)」
メイドさんがデジャヴを感じていると、ルシファーの肩からベルフェゴールがトロンとした目を向けた。
「……お姉さん……フィギュアがあるところ……しってる……?」
ずきゅうううううんっっ!!!
「はぅあぁっ!?」
あまりの破壊的な可愛さに、メイドさんが文字通り胸を押さえてその場にぶっ倒れた。だが、すぐにゾンビのようにスッと立ち上がると、ベルフェゴールの両肩をがっしりと掴んで目を血走らせる。
「なんて……! なんて愛くるしいの……っ!? フィギュア!? あなた自身が国宝級のフィギュアよ……! うん、間違いないわ……っ!」
「ちょっと! 人の居候で遊んでないで、知らないならもう私たち行くわよ?」
ルシファーがジト目で遮ると、メイドさんは我に返ってブンブンと首を振った。
「知ってます! 知ってますとも! フィギュアが売っている場所ですよね? なら……すぐそこにある『めんだらけ』なんてどうですか!?」
「めんだらけ? ラーメン屋か?」
ベルゼブブがよだれを垂らす。
「いやいや、違いますよ! フィギュアとか、中古のレアなアイドルグッズとか、サブカルチャーのものが色々売ってる巨大なビルです!」
「アイドルグッズっ!?」
ルシファーがもの凄い勢いで食いついた。
「え、ええ……。有名アイドルの限定グッズとかも大量に……」
「はっ……! いけないいけない! ――その、めんだらけに行けば、拓巳のフィギュアもあるのね? ありがとう!」
「それで、場所はどこにあるのかしら?」
アスモデウスが尋ねると、メイドさんは大通りを指差した。
「この通りをまっすぐ行けば、黒くてすっごく目立つビルが建っているので、そこです!」
「黒いビルね。ありがとう、可愛いメイドさん」
微笑んだアスモデウスが、お礼代わりにメイドさんをその豊かな胸へとぎゅっと抱き寄せた。
「……!? はううううううっ! 良い匂い……! もう人生に悔いなし、昇天っ……!」
白目を剥いて天を仰ぐメイドさんを見て、ルシファーが白い目を向ける。
「あんた、一般人にそういうことやるのやめなさいよ……」
「いいじゃない、お礼よ。じゃあ行きましょ」
アスモデウスは何食わぬ顔で歩き出す。
「……お姉さん……ありがとう……」
ベルフェゴールが手を振る。
「なぁ? それで美味しいラーメン屋はどこなんだ?」
「あんたはいい加減にしなさいよ!」
ルシファーはまだ食に執着するベルゼブブの襟元を掴んで引きずっていく。
「じゃあメイドさん、ありがとね! また今度あんたの店に行ってあげるわ!」
「……はあぁ……。ルシファーさん、それに、お連れの美少女お姉様方も……眼福でしたぁ……」
恍惚の表情を浮かべたメイドさんに見送られながら、一行は大通りを進んだ。
「――黒いビル……ここね!」
言われた通りに歩いていくと、すぐにそれと分かる巨大な黒いビルが現れた。壁面には大きく『めんだらけ』と書かれた看板が掲げられている。
ウィーン、と自動ドアをくぐって一歩中に入った瞬間、ルシファーのテンポが爆上がりした。
「な、なによここぉぉぉ!!!」
一階は、目も眩むようなアイドルグッズのフロアだった。
「こ……これは……! 私の推し『くりいむsoだ』の、初期メンバーサイン入り限定プロモ盤……! 欲しい……喉から手が出るほど欲しいわ……!」
ガラスのクリアケースにピタリと張り付き、ゴクッと涎を飲み込むルシファー。
「……ルシファーの……お買い物じゃ……ない……」
ベルフェゴールがジト目で服の裾を引っ張る。
「わ、わわ、わかってるわよ! でも……でもぉ……!」
未練たらたらでケースを見つめるルシファーの肩を、アスモデウスが優しく、しかし確実に引き剥がした。
「はいはい、ダメよルシファーちゃん。今日は拓巳さんへのプレゼントを買いに来たんでしょ?」
「わ、わかってるわよ! ほら、行くわよ!」
ルシファーは涙をのんで背を向けると、エレベーターに乗り込み、『フィギュアフロア』と書かれた階のボタンを力強く押し込んだ。
チーン。
扉が開くと、そこには壁一面、床から天井まで、ガラスケースの中に無数のフィギュアがぎっしりと並ぶ圧巻の光景が広がっていた。
「す……すごわね。こんなにあるの……?」
「これじゃあ、どれが拓巳さんの好みか分からないわねぇ」
アスモデウスとルシファーが途方に暮れていた、その時。
「なぁなぁ? このラーメン、プラスチックみたいに硬くて全然食えないんだけど?」
ベルゼブブが怪訝な顔でこちらに歩いてきた。見ると、彼女の手には、湯気までリアルに再現された、実際のラーメンと瓜二つの『食品サンプルのフィギュア』が握られており、そこにはベルゼブブのくっきりとした歯形が刻まれていた。
「ちょっとぉぉ! あんた何やってんのよ! それ食べ物じゃなくてプラスチックの模型よ! 恥ずかしいから早く離しなさい!」
ルシファーが慌ててそれを取り上げ、元の棚に戻す。
そのバタバタ劇を見ていたアスモデウスが、ふぅ、と小さくため息をついた。
その顔には、先ほどと同じ、仏のような慈愛に満ちた「満面の笑顔」が浮かんでいる。
「ベルゼブブちゃん……? さすがに、お姉さん、怒っちゃうわよ……?」
ビクゥゥゥゥッッ!!!
その言葉と笑顔の奥にある絶対的な『恐怖』を察知した瞬間、暴食の悪魔ベルゼブブの全身がガタガタと激しく震え出した。
「ご……ごめんなさい……。出来心だったんだ……」
涙目で小さく縮こまるベルゼブブを見て、ルシファーが怪訝そうに眉をひそめる。
「え……? なに? あんたたち、魔界にいた時に何かあったの……?」
「なーんにもないわよねぇ? ベルゼブブちゃん?」
アスモデウスが笑顔のまま首を傾げると、ベルゼブブは声も出せずに「コクコクコクコク!!!」と、もの凄い超高速で首だけを縦に振って肯定した。
その時、フロアの奥のコーナーから、聞き覚えのある大きな声が響いた。
「あーーーっ!? ベルフェゴールちゃん!? なんでこんなところにいるの!?」
「ベルフェゴール? あいつ、いつの間に……また何かやらかしたの!?」
ルシファーたちが慌てて声のする美少女フィギュアコーナーへ向かうと、そこには、拓巳の大学の友達であるオタク青年――小田倉くんが、ベルフェゴールを指差して目を見開いていた。
「あれ? あんたは確か……」
「お久しぶりです! 拓巳の友達の小田倉です! この間はコスプレ撮影会、本当にありがとうございました! ルシファーさん!」
小田倉くんがシュババッと綺麗な一礼を決める。
「あら〜、お久しぶりねぇ」
「お姉様! またお会いできて光栄です!」
アスモデウスを見て小田倉くんのテンションが上がる。それを見たベルゼブブが、未だに震えながら「なんだぁ、こいつ……?」と呟いた。
「えっ!? ちょっと待ってください、また新しい絶世の美人が増えてる!? 拓巳のやつ、こんな重大なこと何も言ってなかったぞ!」
「こいつはベルゼブブよ。今日から拓巳の家に転がり込んできたの」
ルシファーの説明に、小田倉くんは頭を抱えた。
「えええ!? また親戚……拓巳の家系図どうなってんだ……」
「そんなことはどうでもいいのよ! それよりあんた、拓巳の友達でしょ? あいつが今、一番喜びそうなフィギュアとかって分かる?」
ルシファーの質問に、小田倉くんのオタクの目がキラリと光った。
「フィギュアですか!? フィギュアのことなら任せてください! 拓巳の趣味なら熟知してます。ちょっと待っててください!」
小田倉くんは足早に棚の奥へと消え、少しすると、一つの厳重に梱包された箱を大切そうに抱えて戻ってきた。
「これなんてどうですか!? 今大人気の『転生したら空気だった件。』の、原作コミックス限定版にしか付いてこない、ヒロイン・エアルのフィギュアです!」
「なによそのタイトル……。それ、拓巳は好きなの?」
「好きどころの騒ぎじゃないですよ! 拓巳はアニメもラノベもコミックスも全部履修済みのガチ勢です。これを見せたら絶対に泣いて喜びます!」
「なら、それにしようかしら! 見た目もちっちゃいし、結構安そうね」
ルシファーは心の中でニヤリと笑った。
(ふふん……これならきっと、数千円くらいで買えるわ。そしたら、余ったお金でさっきの『くりいむsoだ』のサイン入りグッズを買っちゃおうかしら……!)
ルシファーが邪悪な妄想でニヤニヤしていると、小田倉くんが親切に価格を教えてくれた。
「これ、プレミアがついてるんで、ちょうど【5万円】ですね!」
「!?!?!?」
ルシファーの顔が硬直した。
「ご、ご、ごごご、5万……っ!? これが!?」
「はい! この造形のクオリティと市場の希少価値を考えれば、むしろ妥当すぎる値段ですよ!」
小田倉くんが熱弁する。
「あら、私たちの予算ぴったりじゃない! ちょうど良くていいわね、ルシファーちゃん!」
アスモデウスが嬉しそうにパチパチと手を叩く。
「……それがいい……。拓巳……よろこぶ……」
ベルフェゴールもトドメを刺すように頷いた。
「……くっ……! し、しょうがないわね! これにするわよ!」
ルシファーは涙目で、今日1日命がけ(?)で稼いだ5万円の封筒を握りしめ、レジへと向かうのだった。
こうして、紆余曲折を経て、無事に拓巳への最高のプレゼントを購入することができた悪魔たち。あとは家に帰って、拓巳の驚く顔を見るだけである――!




