悪役令嬢?いいえ、ヴィランです。
ファルス王立学園の舞踏会は、完璧なまでに整えられていた。
天井に吊るされた豪華なシャンデリア。
金の装飾、優雅な音楽、美しい花。
誰もが今夜は、ただ楽しい夜になると信じていた。
ーーそのはずだった。
曲が終わると同時に、第一王子のアルベルトが一歩前へ出る。
「皆、注目してほしい」
アルベルトが、中央へと歩み出る。
その声はよく通り、広間の隅々まで届いた。
彼の隣には、淡いピンク色のドレスを纏った少女、男爵令嬢のマリアーヌが立っている。怯えたように俯き、今にも泣き出しそうな表情。
対照的に、少し離れた場所で立ち尽くすのはーー
王子の正式な婚約者、伯爵令嬢のアイリスだった。
「今宵の舞踏会は、本来、喜ばしい夜であるはずだった」
王子は一度、少しだけ俯き黙った。
そして顔を上げて、静かに言葉を繋げる。
「だが……私は、真実の愛を知ってしまった」
ざわり、と周囲の空気が変わった。
王子の視線が、まっすぐに婚約者へと向けられる。
「私は今、この場で君に告げなければならない!」
好奇と期待に満ちた視線が、一斉にアイリスに突き刺さる。
「君は数々の嫌がらせを行い、こんなにも優しい彼女を追い詰めた。証言も、証拠も揃っている」
王子は冷ややかに言い放つ。
「そう、ですか…。ふふ…ふふふふ………」
アイリスが突然、笑い出した。
「なっ…ま、まさか!!」
王子は後ずさる。
そして、アイリスは胸元に手を当て、引き剥がすようにドレスを脱ぎ捨てた。
真っ赤なドレスは宙を舞い、アイリスは漆黒のレースが入った、美しいAラインのドレス姿に変わっていた。
華麗にバク宙を決め、シャンデリアの上へと飛び乗る。
「婚約をしたあの日。ヒーローになりたい、と仰っておりました殿下の為。
ヴィラン役に徹しておりましたのに…」
口元に扇子を当て、哀しそうに言った。
広間が静まり返る。
「え…え。殿、下…?」
マリアーヌがよろよろと、後ろへ下がってゆく。
「違うっ!!違っ……やりすぎなんだ!!アイリス、君は…君はっ……!」
王子は、崩れるように膝をつき、両手で顔を覆った。
言葉が全く出てこない。
「でも私、調べていくうちに、すっかりヴィランに沼ってしまいましたの」
アイリスは頬を赤らめ、王子を見つめた。
「嫌がらせの数々。全て、私がやりましたわ。
そして、殿下はそちらの…マリアーヌ令嬢を守りぬいたではございませんか。
もしかして、殿下はもう…ヒーローは飽きてしまわれたのですか?」
「やめてくれ…それ以上は……」
「あんなに…あんなに楽しそうにしていたではございませんか!」
何か吹っ切れた王子は、静かに立ち上がった。
「……ああ。確かに、楽しかった。
でもあれは、忘れもしない二年前の夏。
君は片手一つで、私の飛び蹴りを抑えた」
「えぇ、あの時は殿下が背中を地面に打ちつけて、大事になりましたね」
「……そうだ。本当に…本当にすごく怒られたんだ!父上に!!」
「まぁ、そんな事が…。お可哀想に。
では…私は、どうしたら良かったのですか?」
アイリスの目元に、涙が滲む。
生徒の誰かが、狼狽え始めた。
「……あの、舞踏会って、今も続いてます?」
「えっと…どうなのでしょうか…?」
「なぜ、なぜ君が、ヴィランになってしまったんだっ!!」
王子には、周りの声が聞こえていない。
「だって、だって!ヴィランがいなければ、ヒーローは出てこれませんわ!」
アイリスはシャンデリアから飛び降り、アルベルトの元へ駆け寄った。
「ねぇなんで!?なんでこんな事に、私巻き込まれたのよ!!」
マリアーヌは、力いっぱい声を張り上げる。
「よく、殿下の近くにいらっしゃったので…」
アイリスは困った顔で、マリアーヌを見た。
「すまない。
あまりにも本気で……。つい私も楽……いや、違うな。
今の私ではアイリスに…ヴィランに勝てないん、だ」
王子の握った拳が、震えている。
「では、次はどのーーー」
「アルベルト。こちらへ来なさい」
アイリスの言葉を遮り、感情の無い国王の声が、広間に重く響いた。




