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黒山羊さんと白山羊さん  作者: 櫻木サヱ


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2/4

すれ違えない橋

朝の空気は、まだ夜を引きずっていた。

七時二十分。通勤ラッシュが本格化する少し前の時間帯。

古い歩道橋は、鉄の骨組みを鳴らしながら、今日も町の両側を無理やり繋いでいる。


黒沢 恒一は、イヤホンの音量を一段上げた。

低音が鼓膜を叩く。

外の音を遮断するのは、癖だった。

人の視線、囁き、勝手な評価。

それらを全部、音で押し流す。


階段を上り切った瞬間、気配で分かった。

向こうから来る足音。

軽くて、迷いがない。


白石だ。


黒沢は反射的に足を止めた。

この橋では、いつもそうする。

立ち止まって、相手の出方を待つ。

ぶつからないためじゃない。

「黒い方が避ける」と、いつの間にか決められていたからだ。


「おはよう」


白石は、いつも通りの声で言った。

柔らかくて、誰に向けても角がない。


黒沢はイヤホンを片耳だけ外し、短く会釈した。


「……おはよう」


それだけで、胸の奥が少し疲れる。

普通の挨拶なのに、何かを試されている気がしてしまう。


二人の間に、歩道橋特有の沈黙が落ちる。

幅は狭く、すれ違うには近すぎる。

視線を逸らせば、足元の隙間から車道が見える。

落ちたらどうなるか、考えるまでもない。


「工房、最近忙しそうだね」


白石が、沈黙を破った。


黒沢は頷いた。


「……まあ」


「商店街のベンチ、増えたでしょ。

あれ、座ってる人、よく見る」


褒められていると分かっても、反応の仕方が分からない。

黒沢は視線を手すりに落とした。

塗装が剥げ、何度も上書きされた痕跡が残っている。


「俺じゃなくて……」


「でも、君の形だ」


白石は、そう言い切った。


「派手じゃないけど、長く使える形。

無意識に、身体が覚える感じ」


その言葉が、胸の奥に静かに沈んだ。

誰かに「分かってもらえた」と思う感覚は、久しぶりすぎて、どう処理していいか分からない。


橋の下から、足音と咳払いが聞こえた。

後ろに誰かがいる。

早く渡れ、という無言の圧。


黒沢は、小さく息を吐いた。


「……俺、怖いって言われてる」


白石は一瞬、目を瞬かせた。


「知ってる」


否定しない。

でも、同意もしない。


「無口で、目つき悪くて、愛想ないって」


「それ、全部“見た目”の話だよね」


白石は、少しだけ声を落とした。


「俺はさ、逆のこと言われるよ。

優しくて、感じが良くて、ちゃんとしてるって」


黒沢は、顔を上げた。


白石は笑っていた。

でも、その笑顔は、ほんの少しだけ疲れて見えた。


「期待されるとさ、降りられなくなるんだよ。

白いままでいなきゃ、って」


白石は自分のトートバッグを握り直す。

商店街のロゴが、やけに鮮やかだった。


「いい人でいるの、楽そうに見えるでしょ」


黒沢は、首を横に振った。


「……見えない」


「そっか」


白石は、少し安心したように息を吐いた。


二人は、橋の真ん中に立っていた。

どちらも前に進めず、どちらも引き返さない。

黒と白。

対立する色なのに、今は同じ場所にいる。


「先、どうぞ」


黒沢が言った。


「一緒に行こう」


白石は、当たり前のように返した。


黒沢は、ほんの一瞬だけ迷ってから、頷いた。


歩幅を合わせる。

金属がきしむ音が、二人分になる。

不思議と、怖くなかった。


橋を渡り切る直前、白石が言った。


「また、ここで会おう」


黒沢は、少しだけ口角を上げた。


「……ああ」


それだけで十分だった。


歩道橋の向こう側で、二人は別々の方向へ歩き出す。

でも、背中に残る感覚は、さっきまでとは違っていた。


すれ違えない橋は、

確かに、渡れた。

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