第9話:蒼と青の邂逅
聖女の光。
それは、温かく、慈愛に満ちているはずの光だった。
だが、俺の体には、灼熱の鉄を押し付けられたかのような激痛が走っていた。
骨の表面が、ジリジリと焼ける感覚。
魂の中心が、鷲掴みにされるような不快感。
俺の周りで、ガラクタどもが次々と浄化され、塵に還っていく。
陣形が、乱れ始めていた。
バルドが、巨大な戦斧を地に突き立て、苦痛に耐えている。彼の赤い魂の火も、今にも消え入りそうだ。
《……団長……いけません……あの光は……》
分かっている。
あの光の中心にいる、あの女。
あれを止めなければ、俺たちはここで終わる。
俺は、フェイドの腹を蹴った。
フェイドは、短くいななき、主人の命令に応える。
単騎。
俺は、一人で敵陣へと突撃した。
「なっ、王が出てきたぞ!」
「馬鹿な、一人で何をする気だ!」
王国騎士たちが、狼狽する声が聞こえる。
弓兵たちが、慌てて矢をつがえる。
だが、遅い。
フェイドの脚は、生前よりも速い。影を切り裂いて、戦場を駆ける。
降り注ぐ矢の雨を、俺は最小限の動きで弾き、避けた。
体に染み付いた、あの剣技。いや、これは馬術か。
俺の目標は、ただ一人。
本陣の中央で、祈りを捧げるあの女。
金色の髪。純白の衣。
その姿が、なぜか、ひどく、ひどく、気に障った。
「王女様をお守りしろ!」
何人かの騎士が、俺の前に立ちはだかる。
邪魔だ。
俺は、馬上で剣を振るう。
一人目の首が飛んだ。二人目の胴が裂けた。
誰も、俺の速度についてこれない。
そして、ついに、俺は彼女の目の前にたどり着いた。
フェイドが、いななく。
俺は、馬上から、彼女を見下ろした。
女は、祈りを止めていた。
その顔は、驚きと、恐怖と、そして、何か別の感情で彩られていた。
青い、瞳。
澄み渡る、空のような色。
どこかで、見たことがある。いつ?
その青い瞳が、俺の眼窩の蒼い火を、まっすぐに見つめ返してきた。
刹那。
頭蓋の内側で、何かが、爆ぜた。
―――アレン、見て! 一番星!
金色の髪の少女が、俺の袖を引いて笑っている。
夕焼けの空。王都の城壁の上。
俺は、何と答えた?
思い出せない。
だが、その時の、胸の温かさだけは、今も。
《ぐ……ッ……!》
激しい頭痛。
俺は、思わず兜の額を押さえた。
眼窩の蒼い火が、激しく点滅する。
なんだ、今の記憶は。俺のじゃない。アレンという男の、残り滓か。
だが、なぜ、こんなにも、鮮明に。
俺の異変に、女も気づいていた。
彼女の青い瞳から、恐怖の色が、少しだけ、薄れていた。
代わりに、そこにあったのは、深い、深い、戸惑いの色。
彼女は、何かを確かめるように、震える唇で、呟いた。
「……その構え……その、剣の……」
何のことだ。
俺は、無意識に、剣を構えていた。
それは、王国式三型でもない、もっと自然な、俺自身が最も得意とする構え。
体が、覚えている。
この構えを、誰かに教えたことがある。
誰に?
―――セレス、違う。剣先が下がっている。それでは、好敵手に隙を教えるようなものだ。
まただ。
また、知らない記憶が。
セレス? 誰だ、それは。
目の前の女の名前か?
俺は、混乱していた。
憎悪が、揺らいでいた。
この女を、殺さなければならない。そう、魂が叫んでいる。
なのに、体が、動かない。
この女の青い瞳に見つめられていると、胸の奥の、固く凍り付いていた何かが、溶けてしまいそうになる。
「……貴方は……一体……」
女が、一歩、こちらへ踏み出そうとした。
その時。
「王女様、お下がりください!」
ジェラール卿が、渾身の力で俺に斬りかかった。
俺は、咄嗟にその剣を受け止める。
キィン、という甲高い音が響き、俺と女の間に、火花が散った。
俺は、その男を睨みつけ、そして、もう一度、女の顔を見た。
その瞳には、今、涙が浮かんでいた。
なぜ、泣いている。
お前が、泣く理由など、ないはずだ。
俺は、これ以上ここにいては危険だと、本能で悟った。
この女の前にいると、俺は、俺でなくなってしまう。
俺はフェイドの向きを変え、自陣へと駆け戻った。
背後で、誰かが俺の名を――アレンの名を、叫んだような気がした。




