第39話:偽りの王、骨の王
玉座の間は、三つの、異質な力が、渦巻く、混沌の戦場と化した。
魔族の力を取り込み、新世界の神を気取る、狂気の王、オルティス。
神の秩序を絶対とし、全ての異端を滅しようとする、審判者、ギデオン。
そして、その両者を、ただ、断ち切るべき、障害と見なす、骸の王、ロード。
最初に動いたのは、ギデオンだった。
「――神罰だ、悪魔め!」
彼は、黒い剣に、聖なる闘気を纏わせ、光の刃となって、オルティスへと、斬りかかった。
審問官たちも、それに続く。彼らは、もはや、ロードなど、眼中にない。
目の前の、神を僭称する、最大の異端。それこそが、彼らが、滅すべき、唯一の敵だった。
「―――愚かな、神の番犬どもが」
オルティスは、嘲笑った。
彼は、その場から、一歩も、動かない。
ただ、その魔眼を、一睨みしただけだ。
それだけで、突進してきた審問官たちの体が、空中で、ぴたり、と静止した。
重力さえも、捻じ曲げる、精神魔術。
「―――塵芥と、消えよ」
オルティスが、指を、ぱちん、と鳴らす。
次の瞬間、宙に浮いた審問官たちの体が、内側から、破裂するように、血煙となって、消滅した。
「なっ……!?」
唯一、その魔眼の縛りから、自らの闘気で、逃れていたギデオンが、驚愕に、目を見開いた。
だが、その隙を、オルティスは、見逃さない。
彼の背中の翼が、刃物のように、ギデオンの体を、薙ぎ払った。
ギデオンの黒い鎧は、紙のように、切り裂かれ、その体は、壁まで、吹き飛ばされた。
「……が……は……」
壁に、叩きつけられたギデオンは、大量の血を吐き、その場に、崩れ落ちた。
もはや、戦える状態では、ない。
「―――さて。蝿は、片付いた」
オルティスは、ゆっくりと、こちらへ、向き直った。
その、爬虫類のような瞳が、俺を、捉える。
「―――始めようか、アレン。父と子の、最後の、対話を」
俺は、何も、言わなかった。
ただ、ソウル・エッジを、構える。
次の瞬間、俺は、消えた。
床を蹴り、音もなく、オルティスの、懐へ。
神速の、一閃。
だが、その刃は、空を、切った。
オルティスは、まるで、そこに、初めから、いなかったかのように、消えていた。
空間転移。
「―――速いな。だが、まだ、甘い」
声は、背後から。
俺が、振り返るよりも早く、衝撃が、背中を、襲った。
オルティスの、蹴り。
俺の、黒曜石の鎧が、軋み、その体は、玉座へと、叩きつけられた。
玉座が、砕け散る。
「―――なぜだ、アレン!」
オルティスの、狂気に満ちた、声が、響く。
「―――なぜ、貴様は、私を、理解しない! 私は、ただ、この国を、救いたかっただけなのだ!」
「―――人間は、愚かで、弱い! 感情に、惑わされ、すぐに、過ちを、犯す! だから、私が、導いてやらねばならんのだ! 不死の体を、与え、一つの、完璧な、意志の元に、統率することで、来るべき、大災厄から、この国を、守るのだ!」
俺は、瓦礫の中から、ゆっくりと、立ち上がった。
「……その、大災厄とやらのために、貴様は、父を、殺したのか」
「……俺の、仲間たちを、弄んだのか」
「……そして、セレスを、傷つけたのか」
「―――そうだ!」
オルティスは、叫んだ。
「―――大義の、ためには、多少の、犠牲は、つきものだ! 貴様の父も、貴様の仲間も、私の、偉大なる、理想のための、礎となったのだ! 光栄に、思うがいい!」
「―――なぜ、それが、分からん! なぜ、いつも、ウォーカー家の人間は、そうやって、私の、前に、立ちはだかるのだ!」
その、最後の、言葉。
それは、もはや、神を気取る、王のものではなかった。
ただ、一人の、男の、長年の、劣等感と、嫉妬に、満ちた、哀れな、叫びだった。
こいつは、結局、何も、超えられてなど、いなかったのだ。
俺の、父の、幻影に、怯え続ける、ただの、弱い、人間。
「……そうか」
俺は、静かに、呟いた。
「……貴様は、ただ、寂しかっただけなのだな」
「―――な……に……?」
オルティスが、一瞬、虚を、突かれた。
その、一瞬が、勝敗を、決した。
俺は、翼を、広げた。
魂の炎の翼が、俺の体を、宙へと、舞い上がらせる。
そして、上空から、一気に、急降下した。
黒い、流星となって。
オルティスは、咄嗟に、闇の障壁を、展開した。
だが、俺のソウル・エッジは、もはや、物理的な、刃ではない。
魂、そのものだ。
障壁は、意味をなさなかった。
剣は、オルティスの、胸を、貫いた。
魔族の力も、黒魔術も、彼の、歪んだ、魂を、守ることは、できなかった。
「―――……なぜ……」
オルティスの、爬虫類の瞳が、俺を、見上げる。
その瞳には、もはや、狂気の色はなかった。
ただ、理解できない、というような、子供のような、純粋な、疑問だけが、浮かんでいた。
俺は、何も、答えなかった。
ただ、静かに、剣を、引き抜く。
オルティスの体は、足元から、ゆっくりと、黒い粒子となって、崩壊し始めた。
ソウル・エッジが、光の粒子となって、俺の手の内へと、消えていく。
その、かすかな音だけが、玉座の間に、響いた。
俺はただ、灰となって崩れゆく男を、見下ろしていた。
もはや、怒りも、悲しみも、何もなかった。
ただ、空っぽの、静寂があるだけだった。




