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亡国の騎士は骨となりて嗤う~国に裏切られ死んだ俺がアンデッドとして蘇ったら、何も知らない元カノが「世界を救う」とか言って俺を討伐しに来た~  作者: 立花大二
第2部 記憶の残滓編

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第28話:大聖堂の対話

 静寂が、痛いほどに満ちていた。

 セレスティアの問いかけは、高い天井に吸い込まれ、何の答えも返ってこない。

 目の前の骸骨の騎士――ロードは、ただ、黙って彼女を見つめているだけだった。


 だが、その沈黙は、雄弁だった。

 もし、彼がただのアンデッドならば、彼女の言葉に反応するはずがない。

 あるいは、憎悪に駆られた怪物ならば、問答無用で襲いかかってきたはずだ。

 彼が、こうして静かに佇んでいる。

 その事実こそが、彼の魂が、アレンのものであるという、何よりの証左だった。


 セレスティアは、一歩、踏み出した。

「……貴方が、送ってくれたのですね。あの手紙を」


 ロードは、応えなかった。

 代わりに、彼は、ゆっくりと、祭壇の前に置かれていた、一冊の聖書を指差した。

 そして、そのページを、骨の指で、一枚、一枚、めくっていく。


 やがて、彼は、あるページで、指を止めた。

 そして、そのページの余白に、懐から取り出した炭の欠片で、文字を書き始めた。

 不器用な、だが、力強い文字。

 セレスティアは、息を飲んで、その言葉を読んだ。


『――チチウエノ、ニッキ』


 父上の、日記?

 アレン様のお父上の……?


 ロードは、さらに、文字を続けた。

『――サイショウ、マゾクト、ツウズ』


 セレスティアの心臓が、冷たく握り潰されるような感覚に陥った。

 やはり、あの手紙は、彼が書いたもの。

 そして、その内容は、彼の父親が遺した、真実。


「……では、貴方たちは……」

『――ワナ』

 ロードは、そう書いた。

『――コロサレタ』


 短い、単語だけの羅列。

 だが、その言葉の裏にある、絶望と、無念と、そして、燃えるような怒りが、痛いほどに伝わってくる。

 彼らは、英雄ではなかった。

 ただの、裏切りの犠牲者だったのだ。


 涙が、セレスティアの頬を、伝った。

「……ごめんなさい……。わたくし、何も知らずに……貴方を、浄化しようと……」

 謝罪の言葉は、意味をなさなかった。

 どんな言葉も、彼の受けた苦しみの前では、あまりに、軽く、空虚だった。


 ロードは、静かに首を横に振った。

 そして、聖書の、別のページを開く。

 そこに、彼は、たった一言だけ、書いた。


『――ニゲロ』


 逃げろ?

 なぜ?

 セレスティアが、その真意を問うよりも早く。


 バァン!


 大聖堂の、巨大な扉が、外から、乱暴に蹴破られた。

 月明かりを背に、何十もの、黒い人影が、なだれ込んでくる。

 漆黒の鎧。白銀の天秤。

 異端審問官。


「――見つけましたぞ、異端の怪物め!」

 先頭に立つギデオンが、松明の明かりに照らされて、歪んだ笑みを浮かべていた。

「……そして、これは、これは。聖女様ではございませんか。このような夜更けに、このような場所で、化け物と、逢い引きとは」

 その目は、獲物を見つけた、蛇のように、ねっとりと、いやらしく光っていた。


 罠だ。

 私を、誘き出すための、罠。

 いや、違う。

 彼らは、アレンが、ここに現れることを、知っていた。

 では、誰が?


「……密告者が、いたようですな」

 ギデオンは、まるでセレスティアの心を見透かしたかのように、言った。

「貴女様の侍女の一人が、我々に、教えてくれましてな。『王女様が、アンデッドと密会を』と。……神を恐れぬ裏切りは、許されませんな」


 侍女……?

 リリアが?

 まさか。


 セレスティアは、混乱した。

 信じていたものが、次々と、足元から崩れていく。

 一体、誰を、信じればいいのか。


 ギデオンは、満足げに、聖堂の中を見渡した。

「さて、これで、役者は揃った」

 彼は、セレスティアと、ロードを、交互に見る。

「神聖なるこの場所で、アンデッドと密通する、堕ちた聖女」

「そして、その聖女を誑かした、地獄からの使者」

「……絵になりますな。実に、異端審問の舞台に、ふさわしい」


 審問官たちが、じりじりと、二人を取り囲むように、包囲網を狭めてくる。

 ロードは、セレスティアを、自らの背後へと庇うように、静かに剣を抜いた。

 その錆びた剣が、蝋燭の光を反射して、鈍く光る。


「アレン……」

 セレスティアが、彼の背中に、思わず、呼びかける。


 その名を聞き、ギデオンの目が、面白そうに、細められた。

「ほう……。やはり、貴様、アレン・ウォーカーか」

「……だとしたら、どうだというのです?」

 セレスティアは、恐怖を押し殺し、ギデオンを睨みつけた。


「決まっているでしょう」

 ギデオンは、心底、楽しそうに、言った。

「英雄の魂を弄び、聖女を誑かした、万死に値する、大罪人」

「――神の名において、貴様たち二人を、ここで、裁く!」


 号令と共に、審問官たちが、一斉に、襲いかかってきた。

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