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亡国の騎士は骨となりて嗤う~国に裏切られ死んだ俺がアンデッドとして蘇ったら、何も知らない元カノが「世界を救う」とか言って俺を討伐しに来た~  作者: 立花大二
第2部 記憶の残滓編

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第22話:決意の夜

 セレスティアの決定は、波紋を呼んだ。

 騎士団長ジェラールは、王女の身を案じ、王都への帰還に強く反対した。


「王女様、なりません! 敵の主魁が野放しのまま、守りを手薄にして王都へ戻るなど……! 道中で、奴の奇襲を受けたら、どうなさるおつもりですか!」


 異端審問官長ギデオンは、その決定を嘲笑った。

「これは驚いた。聖女様は、尻尾を巻いてお逃げになるおつもりか。よろしい。ならば、あの『骨の王』の首は、我ら審問官が神に捧げてご覧に入れましょう」


 だが、セレスティアの決意は、揺るがなかった。

 彼女の瞳には、普段の慈愛に満ちた光ではなく、鋼のような、冷たい意志が宿っていた。


「これは、命令です、ジェラール卿」

 その声は、もはや聖女のものではなく、一国の王女としての、威厳に満ちていた。

「わたくしは、王都へ戻り、父上と、そして宰相閣下に、直接お話を伺わねばなりません。これは、アンデッド一体の問題ではない。この国の、根幹を揺るがす、一大事なのです」


 彼女は、胸に隠した手紙には、一言も触れなかった。

 あの手紙は、まだ、誰にも見せてはならない切り札。

 下手に動けば、あの用意周到な宰相に、全てを揉み消される可能性がある。


 ジェラールは、王女のただならぬ気配に、それ以上、反論することができなかった。

 彼は、忠実な騎士だった。そして、誰よりも、王女の身の安全を願っていた。

「……御意。ならば、このジェラール、命に代えても、王女様をお守りいたします」

 彼は、騎士団の中から、最も腕利きの者ばかりを選りすぐり、王都へ向かうための護衛隊を編成した。


***


 その夜。

 ミリアの街に確保した宿舎で、セレスティアは、出発の準備を進めていた。

 軽装の旅装束に着替え、髪をきつく結い上げる。

 鏡に映る自分の顔は、青ざめ、憔悴していた。だが、その瞳だけは、爛々と輝いていた。


 コン、コン。

 控えめなノックの音。


「……誰?」

「夜分に申し訳ありません、王女様。ジェラールです」


 彼女が扉を開けると、そこには、ジェラール卿が、一人で立っていた。

 その顔は、何かを深く思い悩んでいるようだった。

「……どうかなさいましたか?」


 ジェラールは、一度、躊躇うように視線を彷徨わせた。

 そして、意を決したように、口を開いた。

「……王女様。昼間の、あの手紙のことでございます」


 セレスティアは、息を飲んだ。

「何か、隠しておいでではございませんか?」


 ジェラールの目は、真剣だった。

 この老騎士は、見抜いている。私が、何か重大なことを、一人で抱え込んでいることを。


 セレスティアは、迷った。

 彼に、話すべきか。

 彼は、父王への忠誠篤い、古い騎士だ。宰相の裏切りなど、信じるとは思えない。

 だが。


 ――もし、彼までが敵だというのなら、私には、もう誰も……。


 彼女は、覚悟を決めた。

 扉を閉め、部屋の明かりを落とす。

 そして、懐から、あの手紙を取り出した。

「……これを」


 ジェラールは、手紙を受け取ると、蝋燭の灯りにかざして、そこに書かれた文字を、食い入るように読んだ。

 彼の顔が、みるみるうちに、蒼白になっていく。


「……馬鹿な……。これは……宰相閣下の……」

「そして、裏の文字を」


『――宰相、魔族と通ず』


 ジェラールの手が、わなわなと震え始めた。

「……ありえん……。これは、あの化け物の、戯言だ! 我らを、内側から切り崩すための、罠だ!」

 彼は、そう叫んだ。

 だが、その声には、力がなかった。

 彼自身もまた、この数日の不可解な出来事の数々を、思い返していたのだ。


 セレスティアは、静かに言った。

「わたくしも、そう信じたい。ですが、確かめずにはいられないのです」


「……だから、王都へ……?」

「ええ。もし、これが真実なら、父上は、そしてこの国は、最大の危機に瀕しています」


 ジェラールは、崩れ落ちるように、椅子に座り込んだ。

 長年、信じてきたものが、足元から崩れていくような、絶望的な感覚。

 だが、彼は、それでも騎士だった。

 やがて、彼は顔を上げた。その目には、もはや迷いはなかった。


「……承知、いたしました」

 彼は、手紙をセレスティアに返すと、深く、深く、頭を垂れた。

「王女様。このジェラール、もはや、国王陛下の臣としてではありませぬ。ただ、一人の、正義を信じる騎士として、貴女様にお仕えいたします」


 その言葉は、何よりも、心強かった。

 セレスティアは、涙が溢れそうになるのを、ぐっと堪えた。

 私には、まだ、信じられる人がいた。


「ありがとう、ジェラール」

 彼女は、初めて、彼を、臣下としてではなく、一人の同志として、その名を呼んだ。


 決意の夜は、明けた。

 セレスティアは、ジェラールと、彼が選び抜いた五十の騎士たちと共に、夜明け前の薄闇の中、ミリアの街を後にした。

 彼女は、一度だけ、街の西を振り返った。

 あの「骨の王」が、消えていった方角。


 ――待っていて、アレン。

 ――もし、貴方の復讐が、正しいものなのだとしたら。

 ――今度は、私が、貴方の剣になる。


 偽りの聖女は、今、真実の刃を手に、王都へと向かう。

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