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亡国の騎士は骨となりて嗤う~国に裏切られ死んだ俺がアンデッドとして蘇ったら、何も知らない元カノが「世界を救う」とか言って俺を討伐しに来た~  作者: 立花大二
第2部 記憶の残滓編

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第20話:二つの真実

 白壁の街ミリアの東門は、固く閉ざされていた。

 セレスティアは馬上で、その静まり返った街を見据えていた。

 街の中からは、何の物音もしない。だが、その静寂がかえって不気味だった。

 まるで、巨大な獣が息を潜めて、獲物を待ち構えているかのように。


 彼女の隣には、異端審問官長ギデオンが、黒馬に跨って並んでいた。

「……どうやら、我々の到着には気づいているようですな」

 ギデオンは、つまらなそうに言った。

「ジェラール卿、まずは城門を破られますかな?」


 ジェラールは、苦々しい顔でギデオンを一瞥すると、セレスティアに向き直った。

「王女様、ご命令を」


「待って」

 セレスティアは、それを制した。

「何か、おかしいのです。街が、静かすぎます」


 彼女の脳裏に、あの「骨の王」の、狡猾な戦術が蘇る。

 砦での戦い。彼は、陽動と奇襲を巧みに使い分けた。

 この静寂も、何かの罠かもしれない。


「……臆したかな、聖女様」

 ギデオンが、嘲るように言った。

「所詮は骨の化け物。我ら神の使いの軍勢を前に、震え上がっているだけのこと。――者ども、破城槌を用意せよ!」

 ギデオンが、独断で命令を下す。

 彼の部下である審問官たちが、手際よく準備を始めた。


 その時だった。

 街の中央、大通りを、一体のゾンビが、ふらふらとこちらへ向かって歩いてくるのが見えた。

 たった、一体。

 その異様な光景に、誰もが息を飲んだ。


「……斥候か? あるいは、伝令か?」

 ジェラールが、訝しむ。


 ゾンビは、何の敵意も見せず、ただ、おぼつかない足取りで歩いてくる。

 そして、城門から数十歩手前で、まるで糸が切れた人形のように、その場に崩れ落ちた。

 ぴくりとも、動かない。


「……何かの、罠だ。近づくな!」

 ギデオンが、鋭く警告する。


 だが、セレスティアは、何か見えない力に引かれるように、馬から降りていた。

「王女様!?」

 ジェラールの制止も聞かず、彼女は一人、そのゾンビへと歩み寄っていく。


 近づいて、分かった。

 ゾンビの右手には、一枚の、古い羊皮紙が握られていた。

 まるで、これを届けに来たかのように。


 セレスティアは、躊躇いがちに、その手紙を抜き取った。

 羊皮紙は、二つに折られている。

 彼女が、それを開いた瞬間。


 凍り付いた。


 そこに書かれていたのは、二つの、異なる筆跡だった。

 一つは、流麗な、見慣れた文字。

『――親愛なるアレン団長へ……近々、君に直接、極秘の任務を依頼することになるだろう』

 間違いない。これは、宰相オルティスの筆跡だ。

 なぜ、アレン様への私信が、こんな場所に?


 そして、その裏。

 そこには、震えるような、しかし、力強い筆跡で、こう書き殴られていた。


『――宰相、魔族と通ず』


 セレスティアは、息を飲んだ。

 頭を、金槌で殴られたかのような衝撃。

 宰相が、魔族と?

 馬鹿な。ありえない。彼は誰よりもこの国を愛し、魔族を憎んでいたはず。

 これは、あの「骨の王」が、我々を混乱させるために仕組んだ、卑劣な罠だ。

 そう、思うはずだった。


 だが、彼女の脳裏に、いくつもの疑念が、パズルのピースのようにはまっていく。

 アレン様の、不自然なほど少ない矢の数。

 私の行動を、先回りするかのような、宰相の親書。

 そして、私を、この件から遠ざけようとするかのように現れた、異端審問官。


 もし、この手紙が、本物だとしたら。

 もし、アレン様たちが、魔族ではなく、宰相の陰謀によって殺されたのだとしたら。

 だとしたら、あの「骨の王」は――アレンは、何のために蘇った?


 復讐。

 その一言が、雷のように、彼女の心を貫いた。


「……聖女様、何と書かれていたのですかな?」

 いつの間にか、ギデオンが背後に立っていた。

 セレスティアは、咄嗟に手紙を胸に隠した。

 この手紙を、この男に見せてはならない。

 直感が、そう告げていた。


「……いいえ、何も。ただの、汚れた紙でしたわ」

 彼女は、努めて平静を装って、微笑んだ。

「どうやら、我々をからかっただけのようです。行きましょう、皆さん」


 その時だった。

 街の城壁の上。

 そこに、一体のスケルトンが、静かに立っていた。

 ボーン・コマンダー。

 ロード。

 アレン。


 彼は、何も言わなかった。

 ただ、その蒼い魂の火で、セレスティアを、じっと見つめていた。

 その視線は、問いかけているようだった。


 ――お前は、どちらの真実を信じる?


 と。


 セレスティアは、胸に隠した手紙を、強く握りしめた。

 彼女の心は、二つの真実の間で、激しく引き裂かれていた。

 国が教える「英雄の物語」と。

 今、骨の王が突きつけた「裏切りの物語」。


 彼女の選択が、これから、この国の全てを変えることになる。

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