第14話:偽りの歴史
総攻撃は、熾烈を極めた。
王国騎士団は数と練度で我々を圧倒していた。だが俺のアンデッド軍団は、死を恐れない。
ただ、俺の命令に従って、壊れるまで戦い続けるだけだ。
俺は、壁の上から戦況を見つめていた。まるで、盤上の駒を動かすように。
城門が破られそうになれば死体で塞ぎ、壁を登る者には矢を集中させる。
バルドは鬼神のごとく戦い、敵の勢いを押しとどめていた。
だが戦況は徐々に不利に傾いていく。
原因はやはり聖女だ。
彼女の祈りの光が味方を癒し、俺の兵士を塵へと還す。このままではジリ貧だ。
俺自身が出て、あの女の首を掻き切るしかない。
俺が壁から飛び降りようとした、その時だった。
突如、戦場の側面、古戦場跡が広がる丘陵地帯から土煙が上がった。
地中から這い出てきたのだ。
新たなアンデッドの群れが、王国軍の側面へと雪崩れ込んできた。
数は二百を超える。血の匂いに引き寄せられた、野生の亡者たちだ。
《……団長、これは……?》
バルドが、戸惑いの思念を送ってくる。
俺にも分からなかった。だが、好機であることに変わりはない。
「敵襲! 側面だ、陣形を立て直せ!」
ジェラール卿の焦った声が響く。王国軍の統制が、明らかに乱れ始めていた。
俺は、この機を逃さなかった。
《――総員、打って出よ!》
砦の門が開き、俺の軍勢が王国軍へと襲いかかる。
もはや、組織だった戦闘ではなかった。三つ巴の、泥沼のような乱戦が始まる。
***
俺は、この混乱に乗じて砦を脱出した。
フェイドを駆り、戦場を迂回するように東へ向かう。
バルドには軍勢を任せた。彼は俺の意図を正確に理解してくれただろう。
――情報を集めなければならない。
――この国で、何が起きているのか。
一昼夜、馬を走らせ、小さな村にたどり着いた。
俺はローブを目深にかぶり、その姿を隠して村の酒場に入る。
隅の席に座り、黙って周囲の会話に耳を澄ませた。
話題は、やはり俺たちのことだった。
「聞いたか? 聖女様が、かの『骨の王』と対峙されたそうだ」
「おお! さすがは聖女様!」
「英雄アレン様の魂を穢す不届き者など、許しておくはずがないからな」
英雄アレン。
この国では、誰もが俺をそう信じて疑わない。
だが、バルドから聞いた話とは、あまりにも違う。
俺は、隣の席に座っていた吟遊詩人らしき男に、銅貨を数枚差し出した。
そして、テーブルに指で文字を書く。
『――アレン・ウォーカーの、歌を』
吟遊詩人は、俺の奇妙な仕草に一瞬怯んだが、銅貨には抗えなかったらしい。
彼が奏でるリュートの音色と共に語られたのは、美しく、勇ましい英雄譚だった。
魔族の大軍を前に、民のために命を捧げた白銀の騎士の物語。
その全てが、巧妙な嘘で塗り固められていた。
歌が終わると、俺は再びテーブルに指を走らせた。
『――他の話は、ないのか』
「他の話、ですかい?」
詩人は、怪訝な顔をした。
俺は、言葉を継ぐ。
『――彼の死に…不審な点は…』
その文字を見た瞬間、吟遊詩人と、それを覗き込んでいた周りの客たちの顔色が変わった。
「なっ……! あんた、何を言い出すんだ!」
「英雄の死を、疑うというのか!」
「不敬だぞ! どこの回し者だ!」
酒場の空気が、一気に険悪になった。
俺は、ゆっくりと立ち上がった。
分かった。
この国では「英雄アレン」の物語は、疑うことすら許されない神聖なものになっているらしい。
誰かが意図的に、情報を統制している。
俺の死を、完璧な美談に仕立て上げることで、何か都合の悪い真実を隠蔽しているのだ。
――オルティス宰相。
やはり、お前か。
俺は、敵意を剥き出しにする村人たちを一瞥すると、何も言わずにその場を立ち去った。
フードの奥の闇に怯えたのか、追ってくる者はいなかった。
外は、冷たい雨が降っていた。
俺は雨に打たれながら、王都のある東の空を睨む。
この国は、巨大な嘘の上に成り立っている。
そして、あの聖女は、その嘘の中心で、美しく咲いている。
ならば、俺が、その全てを暴いてやる。
この骨の手で。




