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亡国の騎士は骨となりて嗤う~国に裏切られ死んだ俺がアンデッドとして蘇ったら、何も知らない元カノが「世界を救う」とか言って俺を討伐しに来た~  作者: 立花大二
第2部 記憶の残滓編

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第11話:骨の工房

 夜が明けた。


 だが、砦に朝日が差し込むことはない。

 厚い雲が空を覆い、まるで世界が喪に服しているかのようだった。


 俺は、塔の上から動かなかった。

 一晩中、あの聖涙石を握りしめ、溢れ出してくるアレンの記憶の断片と戦っていた。

 セレスティア、という少女との、他愛もない日々の記憶。

 それは、俺の魂の中心にある黒い憎悪を、少しずつ、だが確実に蝕んでいく。

 甘い毒だ。このままでは、俺は復讐という唯一の存在理由さえ失ってしまうだろう。


 砦の中庭では、バルドが部隊の再編を急いでいた。

 生き残ったアンデッドは、五十にも満たない。

 多くの者が、聖女の光によって浄化されたか、昨日の戦闘で破壊されていた。

 戦力差は、圧倒的だった。


 だが、不思議と、絶望はなかった。

 俺の頭は、奇妙なほど冴え渡っていた。昨日のミノタウロスとの戦いの後から続く、進化の予兆。

 喰らった魂たちが、俺の中で新しい力へと変わろうとしている。


 俺は塔を降り、中庭へと向かった。

 そこは、まるで解体作業場のようだった。

 破壊された味方のアンデッドの骨。討ち取った王国兵士の亡骸。そして、ミノタウロスの巨大な死体。

 それらが、無造作に転がっている。


 俺は、ミノタウロスの死体の前に立った。

 そして、その左腕の、巨大な上腕骨を、力任せに引き剥がした。

 メキメキ、と腱の断ち切れる音が響く。


《団長……? 何を……》


 バルドが、訝しげに俺を見る。

 俺は答えず、自らの左腕の骨を、根本からへし折った。

 痛みはない。ただ、カラン、と乾いた音がしただけだ。

 そして、その断面に、ミノタウロスの巨大な骨を押し当てる。


 常識では、考えられない光景だっただろう。

 だが、俺の体は、それを求めていた。

 ミノタウロスの骨は、俺の体に吸い込まれるように融合していく。俺の蒼い魔力が、接着剤のように二つの骨を繋ぎ合わせ、一つのものへと作り変えていく。

 左腕が、以前よりも太く、長くなった。アンバランスだが、力がみなぎってくるのが分かる。


 次に、俺は戦場で倒れたスケルトンたちの残骸を集めた。

 まだ使えそうな肋骨を数本引き抜き、自分の胸の傷を塞ぐように埋め込んでいく。

 そのたびに、彼らの断末魔の記憶が流れ込んでくるが、もう、大した苦痛は感じなかった。

 俺は、喰らうことに、慣れ始めていた。


 最後に、俺は死んだ王国兵士たちの鎧を剥ぎ取り始めた。

 ボロボロだった俺の鎧を捨て、黒鉄のプレートアーマーを継ぎはぎして、新しい鎧を作り上げる。

 胸当てには、王国の紋章が刻まれていた。

 俺は、ミノタウロスの爪を拾い上げ、その紋章を、ガリガリと乱暴に削り落とした。

 不快な金属音が、朝の静寂を切り裂く。


 やがて、作業は終わった。

 鏡はない。だが、俺の姿が、以前とは大きく変わったことだけは分かった。

 継ぎはぎだらけの、左右非対称な体。

 それは、もはやただのスケルトンではなかった。

 戦場で生まれた、戦うためだけの、醜い怪物。


 「ボーン・コマンダー」。


 俺の頭に、自然と、その名が浮かんだ。


 バルドが、畏敬の念を込めて呟いた。

《……見事な……お姿です》


 俺は、新しく生まれ変わった左腕を、握り、開いた。

 力が、溢れてくる。

 これなら、やれる。


 俺は、砦の壁の上へと登った。

 眼下には、王国軍の陣営が広がっている。

 今か今かと、総攻撃の号令を待っているのだろう。


 俺は、大きく息を吸い込む――肺などないが――かのように、胸を張った。

 そして、魂の全てを込めて、叫んだ。

 声にはならない、思念の咆哮。

 それは、この砦に眠る全ての死者たちを揺り起こす、王の命令。


 ―――起きろ。

 ―――我が同胞よ。

 ―――お前たちの戦は、まだ終わってはいない。


 すると、砦の地面が、ざわめき始めた。

 土くれが盛り上がり、そこから、骨の手が、腕が、次々と突き出してくる。

 この砦で死んだ、王国兵士たちの亡骸。

 彼らは、新たなアンデッドとして蘇り、俺の前に、膝をついた。

 数は、三十ほど。

 失った戦力を、補充するには十分だった。


 俺は、生まれ変わった軍勢を見下ろし、そして、遥か彼方の王国軍の本陣を睨みつけた。

 あそこにいる、聖女。

 セレスティア。

 お前が、俺の記憶を乱すというのなら。


 お前の信じる全てを、この俺が、壊してやろう。

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