話に関係の無い新たな出会いと
菜の花、蒲公英、葛……ところによっては紫陽花が咲き、春と夏の間を感じさせる景色は変わりなく、私は凸凹とした斜面を降る。
走れば片道最短七分。しかし、謎に二十三もある曲がり角のせいでもし信号待ちに捕まれば十分はかかるので油断は禁物だ。出たのが八時過ぎの十一分くらい。始業は八時の半からだが、二十分には席にいるのが出席のマナーとなる。つまり激ヤバ。
お祈りの甲斐あってから普段の生活態度の良さからか、不幸な渾名に対して今日は信号待ちが少ない。というか全く引っかからずどころか私の体の調子もいい。これなら新記録を出せそうだ。
なんて油断して十七番目の曲がり角に差し掛かった時。
突然左から現れた何者かが、私を跳ね飛ばす。同時に勢いづいていた私は、その何者かを跳ね飛ばした。
互いにアスファルトスレスレを飛び擦り切れる事なく着地する。
「いってて……」
「いったあ……」
痛みの感想を互いに言い、目を合わせた後に一秒足らずで状況を理解する。
「「すいませんでしたあぁぁっ!」」
「「大変急いでいたものでよそ見をしたままぶつかってしまって……!!」」
「「……?」」
前言撤回どうやら理解していなかった。しかし今、かんぜんに理解した。
これはそうまさかまさかの曲がり角エンカウントだ。昨日予習してたから知ってる。相手は同い年程度の男子学生で、制服から同じ高校なのがわかった。
「……大丈夫ですか?」
先に立ち上がった私は、呆けた様子の相手に手を差し伸べる。見たところ互いに目立った怪我はなさそうだけど、どこかやっているのかも知れない。
それにしても見ない顔だ。色々なことに首を突っ込んでいるけどまだ初顔合わせがいたのか。
そんな事を考えているとようやく彼が手を取って立ち上がる。
「ありがとうございます。その、すいません」
彼の目線は少し外れて道の真ん中。そこには先程まで咥えていたトーストの死骸が無惨にも横たわっていた。まだひとかじりの若いトースト。勿体無くて恐る恐る持ち上げると、ジャムのように砂利がべちゃりとついている。
……これは諦めよう。捨てるでもなくトーストを持った私は何事もなかったふうを装って向き直る。
「ここまでなったらなあ……。ともかく君も急ごう。ぼうっとしてると遅刻超えてニートだよ!」
「なんですか、それ」
学校を目指して私と、謎の男子生徒は走り出した。
◇
肩で息をしながら、私は教室に飛び込んだ。どうやらギリギリセーフ。教室のゴミ箱に死骸を埋葬し、席に着く。
通学路と同じく昨日と変わらない。和気藹々とした雰囲気な教室は、昨日怪物が出たとは思えない不気味さを持っていた。
ふと気づいて隣の席の金髪ジェイケイ如月さんに聞く。
「ねえ如月さん、あそこの席って高橋くんの席だっけ?真帆の席だった気がするんだけど」
「ごめん、真帆って誰のこと?あそこは前からずっと高橋くんだったよ」
「そっかー、こちらこそごめんね」
頭を抱えた。……これは新手のイジメか何かなのだろうか?いや、だとして対象がいないし手の込んでるし……
私の様子を不審に思ったのか今度は如月さんが聞いてきた
「どしたん瑠美。また一人でなんか首突っ込んだの?」
「……一人で」
「え?そうだよ。文化祭の時とか、副会長いなくなった時とか、いつも一人で首つっこんで一応こっちも心配してるから」
その言葉は、顔は何も嘘を言っていないという事がはっきりわかるからこそ尚恐ろしく。私は直感した。真帆の存在はなかったことにされてしまったと。
立って牧くんのことも確認しに行こうとする私を阻むように、担任の先生が戸を開けた。
「……休み遅刻なしか、楽でいいな。続けてくれよ」
当然、見渡しても真帆の姿は見えない。
ホームルームに則って先生の弁が続くのを背景音に、私はうつぶせる。
「――そうだ。珍しいことにな、転校生のお知らせだ、入りなさいな」
一言にどっといつもと違う緊張に包まれる教室。男か女か。経験上あまり男は喜ばれないぞ、さもありなん。
果たして、扉を引いて入ってきたのは純朴な少年。いい意味で癖のない少年に、少しローテンションではあるけれどイベント好きの歓声があがる。
チラリと伺えば、見覚えのあるその姿。何というでもなく今朝曲がり角エンカウントした男子生徒であった。
「今日からこの2-Dクラスで授業を受ける薩摩=フリューゲル・トリケロスくんだ」
「よろしくお願いします。薩摩=フリューゲル・トリケロスです。えーと剣道。やってます!特技は猿叫です!」
薩摩フリューゲルトリケロス……?
猿叫……?
などと頭を抱えているうちに、席が指定される。
「席は、如月の後ろが空いてたな。あそこ」
なんと担任が指を指したのは隣席の後ろ。通行路になった横を薩摩が通る。その中で彼と目があった。今朝ぶりの邂逅。彼はどんな気持ちで朝のあれを見ていたのだろう。
「あっ……」
「ええと、今朝ぶりですね」
一瞬だが確実に気まずい雰囲気が流れた。
なんてこった。知らない人だからと適当な振る舞いをしてはならないね。
◇
昼休み、誘いを断って私は生徒会の戸を叩く。
開けば昨日と同じように、我が城のように堂々居座る副会長。その吊り目が私を睨めつけた。
「珍しいわね。手伝ってくれる気になったの。生憎仕事は昨日で――」
「調べてほしい事があるんです!」
言葉を遮って詰め寄った。
「これまた珍しい。あなたが調べてだなんて。今度は何に首を突っ込んでいるのかしら?」
「名簿です!生徒の在籍を調べてほしいんです。掛橋真帆と八神牧という二人!二年生で!」
「生徒の在籍ね……個人情報なのだけど」
言いつつ、副会長は立ち上がってファイルを取り出す。
職員室に行ったが同じ言葉で門前払いだったので少し身構えるが、そうではないみたい。
「いいんですか?」
「良くはないけど、私も気になるのよ。知らない名前だったから。うちに推薦でもしてくれるつもりかしら?」
「うぐ」
副会長が真帆の事を知らない筈は無いけれど。微かな希望にかけて私は頷く。
暫くページを捲る音と、それを側から見る私。やがてファイルは閉じられて、副会長は首を横に振った。
ただ納得だけがあった。
「怒らないのね」
「怒りませんよ……それより信じてくれるんですか」
「嘘だったらもう少し面白いこと言おうとするでしょう?」
「ありがとうございます」
ただそれだけ言って私は生徒会室を後にした。いつもはも少し粘る勧誘も今日だけは無かった。