杖さん
翌日になった。
眠れなかった私を嘲笑うかのように、目覚まし時計の騒音が鼓膜を揺らす。
夢などではないあの肌身の出来事は、常に脳裏によぎり私を責め立てる。
力不足か、それとも意思が弱かったのか。はたまた何処かに私の知らない二人を見た嫉妬があったのか。考えれば考える程に、思考は広がり夜は更けて。しかしなんの答えも得られない。
どうすれば二人を救えたのだろう。どうすれば二人を殺さずに済んだのだろう。
ああ、今でも目に極光が映っている。光を見るたびに嫌でも想起する、私が二人を葬ったあの一撃。感触はなく実感もなくだけど記憶に染みついた事実と、焼けついた感覚は如何ともしがたく、そしてその正反さがとても恐ろしかった。
引き金の重さもなく。刃を振り抜く感触もなく。ましてや殺す気のかけらもない光の一条が瞬く間に命を消失させた。自分がやったとするならば尚更、自分自身への信用が揺らぐ。その光はとても、軽かった。
コンコン、と優しくドアを叩く音が静寂をやぶる。先程の目覚まし時計のような不快感は不思議と湧いては来なかった。扉からひょっこりと顔を出した伯母さんが私を見る。
「瑠美ちゃん……?具合、悪いの?」
「ええと、そうじゃなくて……寝坊かなぁ」
あはは、と笑って誤魔化す。
大丈夫、隈は出来てないはず。何せ昨日の戦いが終わった後に目覚めた時には夜十一時、時間だけを見れば徹夜に足もかからない。
気分は乗らないけれど、学校には行こう。
靴下を履き替え、スカーフを巻き直し、髪を整えアルミホイルのカチューシャをセット。機能性を保持しつつオシャレにも気を配った今季トレンドのベストセラー品青いリボンが密やかなオリジナリティに寄与しているのだ。このリボンも真帆と色違いのお揃いだったな……。
そして来たまま寝てしまっていた制服に念のため消臭剤をすぷり。下着は……まあいいだろ。辛うじて急いでる気分なのだ。
とはいえ念のため鞄を確認すると、見慣れないものが。昨日私を助け、そして魔法少女にした杖。石膏のような陰ある白さに金のラインが入り、先端には幾何学的な青色の宝石がはまっている。いかにもな魔法少女の杖は、その無機質な質感に反して鼻風船を出している。
杖なのに寝るんだ……。などと思いつつペシペシと頬?持ち手にあたる部分を叩くと風船も割れた。一瞬光のラインが入ると声が響く。
「……おはよう。起こしてもらって申し訳ないね」
「なんでいるの」
「仮契約だけどしただろう?僕は魔法少女の杖だからね…………それとも魔法少女になるのはやっぱり嫌だったかな?」
非常時とはいえ流れを利用した強引な契約だったからね、だなんて言いつつ、私は対する言葉を紡げない。
答えにくいことばだったからだ。
またあの力を振るうのは怖いし、二人を殺してしまった私に戦う意欲はない。誰かを救う覚悟だなんて粉々に砕けてしまった。だから捨ててしまうのは容易いと、思う。
けれどこの杖を捨てて、またのうのうとした日常に戻れる気は全くしない。
嫌だけど、嫌でいたらいけない。そんな気持ちがあった。
罪滅ぼしにはならないかも知れないけれど、どちらにせよ二人のことが尾を引くのならと、私は杖を取る。
「とりあえず、やってみるよ」
「……そうかい?助かるよ。ともあれ自己紹介がまだだったね。タレスだ、僕に銘なんて高尚なものはないけれど呼ばれているとするなら、そういう名前」
「わ、外国人だーめずらし」
「僕の名前が田中太郎とかだったら逆にびっくりじゃない?」
「それもそうだね。……ええと有里瑠美だよ。よろしく杖さん。杖さんでいい?タレスって感じしないや」
「僕としてもそっちの方が助かるよ。よろしく瑠美。色々説明をしたいところだけど、残念ながら登校だね。そろそろ出ないとマズイんじゃない?」
「……ほんとだ!」
時計を見れば八時になっていて、杖さんの言う通り遅刻ギリギリだ。
急いで残りの用意を済ませ、杖は鞄に押し込める。流れて下に降りるとトースト一枚だけをもらって私は玄関に直行した。
「行ってきます!」
すこし遅れていってらっしゃいの声がして、私は家を出た。