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魔法少女アルケルミー  作者: えびちり
3/12

少女の出会い

 私は逃げ続けている、親友と想い人からではない。恋は打ち砕かれたが二人へのアガペがジーザスして混乱した脳を未だ正常に稼働させている。精神ニ異常ナシ、ツウジョウカドウヲゾッコウチュウヤワ。

 逆説的に、そう今私は、物理的に逃げているのだ。何とも知れぬ得体の無い怪物から……!!


 そう、それは二人がアルミホイルを外し更に深く深く繋がり始めた直後の事だ。

 思わぬもの――私にとってあまりにも冒涜的で悍ましい行為を見たものの、一時的狂気を発症せずなんとか心を保った私はしかし一つのミスを犯してしまった。

 あまりの衝撃にステルス中だという事を忘れた我が身はなんと教室の戸に身を委ねてしまった。


 ドスンッ、という音はやはり中にも響いたようで、気づけば上裸の二人が此方を見ていた。その表情は曖昧……というか二人とも同じような顔で見ていた。

 いつの間に裸になんて事を思う暇はなく、それよりもっとおかしい事が起きていた。

 逆光によって目立っていなかったのかもしれない、それ以上の事で脳が直視を妨げていたのかも、いつからか二人は融合していたのだ。抱き合ったところから肉と肉とが雑じりあい所によっては筋肉と臓腑がミニスカよりも見え隠れ。木のように一本の幹へと合流していった二人はやがて一人――いや一体の或いは一頭の怪物へと様変わりしていた。


「……llummiii――……」


 私の名を呼ぶのは矢鱈とまどろっこしくねっとりと、二人の声が混ざり合ったようでそうではない声。しかしそれは確かに怪物の声であった。


「lisho……lishonii……」


 怪物は此方に手招きするようにそう言って

 対する私は恐ろしさに逃げ出したのだ


 ……と、思い返せば親友と想い人から逃げているという表現でも間違いは無いがそれはとて、私は逃げていた。

 角を曲がるついでに背後をチラ見すると、親友と想い人をミンチにしてこね合わせたような全くの面影の無い怪物は教室にいた時とは比べものにならないほどに膨れ上がっていて、十数秒もすれば廊下を完全に塞ぐ程。その上足は速くとてもじゃないけど振り切れない。

 ならばと私は階段を滑り降りた。小学校の時から鍛え続けた階段のへりを滑る妙技。危険だなんだと叫ばれようと後ろの亡者はより危険。良い子は怪物に襲われない限り決して真似しないようにね!

 しかし怪物はそれでも速かった。まるで滑るように優雅で、しかし肉の塊は醜悪だ。ふと、牧くんの走りを思い出した。肝試しのとき、おばけなどというものが苦手な私を牧くんは引っ張っていってくれて、そして私はずっと牧くんを見ていた。あの時も彼は綺麗な走り方をしていた、本当は速いだろうに私に合わせて……それはとても優雅に見えた事を思い出した。

 そして同時にあの汗に張り付いたシャツからチラリと見えた、牧くんの腹筋がもう失われてしまった事がただただ悲しい。

 悲しみを堪えつつも、第二の策だ。

 私は階段横の小窓に身を投じた。30センチ四方の意味があるのか無いのかはっきりとしない足元の窓は、小柄な私ならスライディングで飛び込める。


「これで、どう!?」


 膨らんだ肉の塊。物理法則を無視した怪物といえど、あの大きさだ狭い小窓は通り抜けできまいと、成功を感じた私は距離をとりつつ様子を伺う。

 するとなんというかことだろうか、件の怪物は器用に体をくねらせて、軟体生物のように窓から染み出した。

 その様子にふと、真帆が新体操部に所属していたことを思い出した。

 恐ろしいほど軽く、しなやかな演舞を今でも覚えている。線である人体では本来出せぬ円環性をして、しかし祝杯には今一歩届かなかった。

 それを慰めようと遊びに誘った事をきっかけにコンビが結成されたんだっけか。

 あれから一年。一年とは思えないほどに様々な事があったなあ。

 近頃は、ようやく前向きになってくれて再起の為に練習を増やしていた事も、私は知っている。

 呆けた視線の動き、体は回想に呑まれて動けない。不思議と思い出す度彼女/彼の現在を認められるように、つまりは逃げ出したくなる忌避感が薄れていくのだ。

 それでも私は怖いのだ。想い人達でなく怪物が。空っぽの底から伸びる恐怖心と怪物への迎合感が葛藤するように私の足を引っ張りあっていた。


 そうして竦むように脚をの向きを決めかねていると、やはり遂に追いつかれてしまった。

 しなやかなに細められた代わりにややゴムのように伸びている怪物の細長い腕が、私の頬に触れた。

 優しく、髪を掻き分ける様にたどたどしく……


「kkire……had」


 だなんて言ってもいないのにそう聞こえて

 触れた掌には確かな熱があった

 ああ、そうだ確かにこれは、あの二人だ


 あの日、真帆を連れて街に繰り出した時、或いは

 あの日、牧くんに手を引かれて闇夜を進んだ時


 あの時繋いだ手の熱を私ははっきりと覚えていて、だから私は、変わり果てた二人を受け入れた。無抵抗でただ、二人の熱にその身を委ねたのだ。


 ゆっくりと、私の頭に巻かれたアルミホイルに二人の手指がかかる。それはまるで花嫁のヴェールみたいに捲られて、その時恐らく私たちは三人になるのだ。三位一体の怪物に。

 鈍い銀色が頭から離れるにつれて騒々しくそれでいて心地の良い声が響き渡り、二人の思考に私が溶けていく。


「本当に君はそれで良いのかい?」


 ふいに頭の中に声が響いた。二人の思考ではない、少し無機質染みていて酷く大人びた口回し。しかし高くもなく低くもないその振動は年齢を感じさせることはない。


「誰……?」

「ただの杖さ、今は自己紹介している場合じゃないだろう?目と目があったらポケ◯ンバトル。それぐらいで丁度いい」


 気づけば、私の右手にはおもちゃのような杖が握られていた。

 バトン程度の軽さと長さ。けれど先端に付けられた宝石と金の装飾品が、何かの冗談みたいな姿形をかたどる。

 心なしか二人によって行われている体の侵食も緩やかで……まるで時間を引き延ばしているように長く、しかし私の意識だけははっきりと思考を回していた。


「君たちが存在したいのであれば、あのような怪物(フリークス)に成り果てるのはお勧めしない」


 怪物……たしかに二人は今そうなっている。あの醜悪な肉ダルマになることも誰もが嫌がると思う。

 だけど、存在したいのであれば、というのは一体どういうつもりだろうか。姿は違えど二人は確かに二人だということをこの杖も感じているだろう!


「順に説明していこうか……もしも君がこのまま取り込まれれば、どうなると思う?」


 言葉に出すまでもなく、杖はそれを読み取り藪から棒に聞いてきた。棒切れみたいな杖のくせに。

 取り込まれればどうなったかは、あの感覚を味わったからこそわかる、二人の想いもその種となった記憶も全てが見え、そして聞こえてきた。だからきっとあの中に私の記憶も想いも溶け込んで、その先には三人という存在がグツグツに溶け合った合金のようになってしまうのだろう。


「そうだ、それよりも恐ろしい事だけどね。多重人格者だって心の節操は保つというのに……同一人物という程にわかりあうために、体ごと一つに融合してはもはや|"一人"《掛橋真帆》と|"一人"《八神牧》という個人でなく、|"二人にして一体"《別種族》だ」


 残酷で信じがたく反論したいところだけど、だけど私の心は言っている、あれは確かに怪物だ。人の理外にある相容れない別種族。仮に真帆と牧くんが残っていたとして少なくないうちに彼等は完全な怪物へと成ってしまうだろう。私が飲み込まれると同時に。


「だから、君がもしまだ人類でいたいなら。しかし怪物を望むというのなら。僕を使って魔法少女になって、そして共に立って欲しい」


 ……どうすればいい?

 そう私の思考は問いかけて。


「魔法少女のなり方かい?」


 響く声に違うと返答する。まだ、二人は残っている消える直前なのだけど。だけども残っているなら分離できても良いはずだ。


「……分の悪い賭けだよ。最初から挑むなんてと言いたいところだけど、君の友人がベットされているなら話は別さ。その心の為に私はある」

「いいから、言って」


 気づけば、口が動いていた。体も僅かばかり力み動き出す。


「まずは変身しようか、話はそれから。アルミホイルは外した?()は握った?なら最後に魔の法に触れる覚悟はある?なら準備万端さ」


 先程のシリアスは何処へと言わんばかりに、おどけるように騒々しく喚く杖。

 此方の返答も聞く気の無い、用意してただろう台本ありの壁芝居を素早く言い終えるうちに、その杖は発光を伴っていた。おどけた芝居によく似合う虹色の光。何かを待機するように


「あとは、君の心に浮かんだ呪文をあけすけに吐露するだけで魔法少女へと転身する。ところで、君の名前は?」

「……瑠美だよ。有里瑠美」

「うん、良い名前。だけど魔法というのには真名隠しがつきものだ。君でありながら君でない、魔法少女(変身願望の行き着く先)が名乗るべき名を用意しよう」


「【魔法少女アルケルミー】。新たに構成子を求めし求道の子にして、錬金術師()の弟子よ。さあその門をくぐるが良い!」


 杖の宣言に推されるように、脳裏に浮かんだ呪文を詠む。それは言葉ではなく、それは物質でなく、しかしそれは存在する。


「Coordinate Casting___【arkhē】」


 言葉と共に世界が揺れる。私を覆う不可知のヴェールと世界とが摩擦の悲鳴をあげる。

 まるで謳うようにして、単純な音階によって奏でられた振動が私を揺らす。

 水面がその像を揺らすように、形は崩さないままに。瞬きをする間もなく、私の姿は天の色衣に転身していた。


「転身完了、だね」


 夕焼けに焦がれた衣はその輝きを十全に反射して、橙色に染まっている。

 けれども銀や鏡のように世界の形を写すことは無く。ただ色だけを返す不思議な色の衣を、天の衣と言わずして、なんと表現するのか。私は知らない。


「___これは……!」


 不思議と力が湧いてくる。不自然なほどに内からあり得ない程満ちた意志を為すことへの活力と、内に或る意志を捉える為の魔力が湧いてくる。

 転身の名の通り、自分の体は目前の怪物のごとく変性をしていないにもかかわらず、それに匹敵する力が、私に備わったことを全ての感覚と誰かと繋がった理性が示唆していた。


 そして気づけば、|"二人"《怪物》から私の身体は抜け出していて。それどころかその強靭な肉体を天高く跳ね飛ばしていた。

 暁色の校舎の宙に三メートルの巨体が飛んでいる。


 ここより先は非日常。そうでなければ成立しない傲慢な願望の独壇場だ。

怪物に名前が無いのは、人外になってしまったからで説明するしかない。

特に理由がない限り名前が付くことは無く、身体的な特徴で示しますが多分わかりづらいと思います

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