呑気な学園生活
取り敢えず世界観設定をなんとなく伝えるのに必要な二話までを10日程で順次投稿していく予定。
時間は18時。
実はそれ以降のプロットすらまとまっていないという…
何度も何度も同じことを聞いたような気がする眠たい授業の四連撃を辛うじて耐え抜き、お昼休みになった。
くうくうと腹空きを鳴らす音は、仁義なき戦争の火蓋を切るゴング。
いかに恵まれた国、時代といえど、人は飢餓という概念と離別すること叶わず、満ち足りる為の争いはここ日本でも起こり得る。そう、それは購買。
海外旅行の番組で見る街市場の競りのような、人でごった返した肉の壁と、その中で行われる饗宴のような取引。小銭とパンとが踊るように宙を舞い、側から見ればなにかの奇祭かデモクラシー。しかしこれは戦争だ。人類史の始めから幾度となく繰り返されてきた終わりなき生存のための闘争。
導かれるように私もまた肉に飲み込まれ僅かな視界と高く掲げた左腕を頼りに進む。
壁壁壁――。
どこを見渡しても人と汗と制服の壁だ。前へと進もうとしても、即座に反発した肉がバネのように返り、私を押し戻すだろうことは目に見えていて。
しかしこの購買には、必勝法がある。
現在では殺到した生徒達は前へと詰め続けるデス・パレードとして機能しているが、本来は並んで買ったら横から逸れるという流動的な法則――つまりは買うという行為に紐付けされた原初的なルールが存在する。
このデス・パレードもまたその延長にある以上、流れが存在する。そして一年間の購買生活によって私にはその流れを見極める観察力が見極められているのだ。
残念ながら四限を重ねた汗臭に塗れて嗅覚は殆ど機能しないが、それでも私の直感が示す流れに沿って私は進む。
すると三分足らずで私は竜巻のような人混みの購買正面近くへと到達することができた。
しかし、ここで安心してはならない。後ろにも人が詰めている以上、注文は快速急行より迅速で、駅のダイヤのように性格無比、かつ電光掲示板のようにはっきりと主張せねばならない。
その為にはまず壁によって閉じられていた視界から、商品を確認して――――
「ッ!?」
少ない。明らかに少ないッ!
元々参戦の遅れた身としては、人気商品の一つ二つ三つ四つ五つ程度なんてことはない。インスタ女子的なオシャレパンも、複雑美味な(購買にしては)高級サンドも、甘々高エネルギー源菓子パンなどもはなから求めてはいない。
私が求めるべきは、生産消費共にトップクラスのオーソドックス商品……通称【焼きそばパン】炭水化物と炭水化物を組み合わせた結果生まれたパン界のエリート。しかしぶっちゃけ血統関係なしにソースが七割のソースの七光り。
見たところ購買の残弾は一つ。
原因は――、"獅子吼"か。
大食いで有名な彼は、時たま弁当を忘れてはこうして購買の物を端から端まで買い占める!
ついた渾名は"購買荒らし"。私並みに酷い渾名だがその名が何より物語る。彼は、購買戦争を起こすから。
だなんて、原因を推定している内に我が校の至宝焼きそばパンは何者かによって奪われた。
悔しいが恨みは募らない、きっとあの焼きそばパンも独りぼっちじゃなくなって幸せさ。知らんけど。
次善策へシフト、狙うはワースト人気だが完売はするコッペパン。
腹を膨らますにゃ俺でも充分と、コッペパンが言っている。
しかしこれまたたたらを踏んだためか絶妙に遠く届かない。折角掲げた左腕がこれでは大事なものすら取りこぼす。
そんな時だ、救いの手が私に降りかかった。それは何より見覚えた小麦色の手。長くてスラットしていて、陶器のような輝きを持ちながらも、彼女の培った柔らかいしなやかさは損なわれること能わず。
「瑠美ぃッ!」
「サンキュー、真帆!!」
枝が風に揺れしなるような極めて自然に投げられたコッペパンをキャッチして私は代金300円を支払った。
全てが終わりほぼ同時に竜巻から投げ出された私たちは掴むがあまり少し潰れたコッペパンを見て笑い合う。
ひとしきりして飛び出る言葉はいたって普通なものだ。
「どこで食べる?弁当どんなやつ」
「今日箸使うから、机がある所がいいな」
「了解。この感じだと中庭とか食堂は全滅してそうだから……」
「教室戻ろっか」
というわけで、教室へ戻るべく足を向ける私。片手には少し潰れたコッペパンでいつもよりひもじい気分のから元気私。
「あれ、今日はそれだけ?」
学園の喧騒の中でさえよく響くその声、その言葉に釣られてそちらを向くと、そこには光があった。
「げ、純朴怪談野郎」
「あっ……!」
顔が、耳の裏が、首の根が熱を帯びていくのを感じる、急速にエネルギーが消費され血が賦活し体の隅々まで行き渡る感覚で体の稼働は最高潮の癖に、その裏にある脳と意思を吐き出す為の口はエラーを吐いてまともに動かせない。
最高なのに、なんて最悪。
彼こそ私の憧れ、八神牧くん。
一年前、七月七日から二週間ほどかけて解決された七不思議失踪事件に関わった私たちが、その縁で参加した真夏のチキチキ肝試しにおいて私とペアを組んだことが彼との出会い。
一目惚れだった。
あの日あの時何が起こったのか語るほどもなく、それからの私は視界に彼を追い求め、幽霊部員の多さから廃部の危機に遭っていた事を建前に彼の所属するオカルト部に転がり込むなどしながらしかし、この一年想いを伝えられずにいる。
彼はというと、真帆の棘のある言葉に傷つく様子もなく涼しげな表情をしている。話してみると意外と強かなそのメンタルも素敵なのだ。
「酷いいいようだなあ。……その様子だとコンビ解消はしばらく無理そうだね」
「そう、なら良かった。瑠美といると楽しいからね」
バチバチと、急にやさぐれだした真帆と彼との間で紫電が奔るように空気が弾け始めた。
何故だろうか真帆は真帆で彼のことをよく思っていないらしく、エンカウントするとこうして互いに唸り始めるのだ。
そうして二人が威嚇しあう重圧の中で心臓が無為に消費を加速させていると、エネルギー源を求めていた私の腹が遂に耐えかねて、法螺貝のように雄々しく、腹の虫を鳴らした。
「……やっぱそれじゃあ足りなさそうだね、瑠美さんは。僕のおにぎりで申し訳ないけど」
そう言って彼が差し出したのは変哲もないおにぎり。ラップに包まれた握り形からして自家製手握り。
「せめて市販品にしなよ、色ボケが」
「なんのことかな?ともかく、怪しいなら僕自身で毒味とかするけども」
「ふぁ……ど、毒味?」
毒味ということは間接ということでしょうか。とそれはともかく、天の恵みだ。正直なところ贅沢な私のお腹はコッペパン一つで満足するような控えめな器じゃない。
その上同伴同席直接間接が期待できるならばこれ以上は望めない程だろう。
…だけども真帆はとても嫌そうな顔をしているし、申し訳ないけれど、断ろう。なに、彼との蜜月は放課後は部活動じゃよ。今日は部活ないけど。
「ああごめん。掛橋さんのいう通り手握りはまずかったよね」
「……いえ!いえいえいえ、要ります要りますなんとも有り難く、神棚に祀って崇め倒したいほどだけれども流石にそれは問屋が卸さぬ独占禁止法。ええ、ええ聞かせてしまった通りこうして今にも倒れそうなほど腹が炭水化物を求めてぐるぐるしているのですから、寧ろ貰わなければ人道に反すると拙僧思います故」
「拙僧…?まあ瑠美さんが喜んでくれるならよかった。睨まれていることもあるし、そろそろお暇するよ」
「アッはい、でででではまた明日の部活にて!」
「うん、バイバイ。掛橋さんも、ごめんね」
「はよ去ね」
牧くんは去っていき、私たちもまた教室へと歩を進める。そうしてこの場には、却って勢いよく回りだした私の口と漏れ出た言葉だけが空転するように残っていた。
「はいはい瑠美もね、ちゃんと机に座って食べようねー」
心残る地縛霊のようにその場に縛り付けられた私の意識も、真帆によって引き摺られて行く。
嗚呼、なんと執念深きか恋心。遂に物理法則をも破りさって……。
尚、実際のところ私の口だけが魂だけがなんて事はなく、ショートした私が一向に教室への歩みをしなかったということをここに記しておこう。
所詮魂など人が深くを知らなかった故に抱いた希望故の妄信よ。
◇
重たい胃に穴を開けるような鋭いワンツーパンチの授業を乗り越え、放課後になった。
周りを見れば部活に向かうもの、そそくさと帰るもの、理由もなく居残って空気を味わうもの、さまざまいるが私はそうした輪に加わることもなく、夕焼けの校舎に居残っていた。
五月は終わり近く、学校では一学期の中間テストも見え始めて新生活も落ち着いてきた頃合いで、助っ人の必要なども特になく、誇り高きオカルト部員である私は部活動のない今日は定時で直帰できる……はずだが、残念なことに私に休みは訪れなかった。
四月からノンストップで興味のまま我儘に突き進んできた私は、その人望深さと見境の無さから、取り付けた約束のツケを支払うハメとなっている。
目の前には書類の山、埋もれるは私。窓からさす夕焼けに乗って部活動の掛け声が聞こえてくる。真帆は新体操部の活動中だろう。
と今いない人にもの思いつつ静かに気を紛らせていると、勘付かれたか背中を小突かれた。中々痛い一撃でもがくように天を足掻くと下手人が私の視界に写った。
睨みつけるような吊り目、天をつくような怒髪。身長は私とおんなじくらいの低めで私と同じ二年生、別クラスといえどもその威光は伝わってくる。名前は……なんだったかな。まあいいや彼女は生徒会の副会長。それ以上でも以下でもない。
「サボらないでくれる?有里さん」
「酷いよ副会長……これには訳がありまして――」
サボっていた訳じゃない。結果としてそう見えるのと、実際にどうかは断崖ほどの差がある。と言い訳をしてもいつもの事だと呆れた顔をされたのみ、血も涙もない。
袖の下など効かない頑固な堅物さに、刺々しい視線とその態度に相応しい人物に育てるに足る素養と能力は、次代の生徒会長に相応しいと囁かれる事に相違なく、そして私達の天敵に相応しい敏腕さを持つ人物だ。
「懺悔する三角定規」「おもしれー女ハザード」「自走し教鞭振るう人体模型」など潰された計画は数知れず、そして手に負えなくなった私達が彼女を頼ったことも数知れない。恩讐織り混ざったジョーカーこそが彼女と言える。
そして今回も、正しさは彼女の側にあるのは違いない。
「……この半分近くは、アンタらが関わった珍事でしょうが!事実確認も兼ねてんだから目通しなさいよ!」
「目を通してるから疲れるんですう。眼精疲労をどうにかして肩揉んでくれる優秀な人がいればなー……チラッチラ?」
「しないから。こういう言い方は私も嫌なのだけれど、私は貴女よりも仕事が多いのよ」
言いながらもてきぱきと、副会長は私以上の山から取った用紙をひと睨みしてはその嵩をこれまた私以上の速度で減らしていく。
年初め故にその多くは部活動新入生とそれに伴う部費の申請案が殆どか。
「えー、書記さんぐらい何人か……」
「居ないわよ。少なくともそんな下僕みたいな人はね。貴方達が私の下で馬車馬の如く働きたいと云うのなら歓迎するのだけど」
「嫌ですよー副会長の肩揉みなんて!ダイヤモンドよりがっちがちです絶対!」
「あら、そう。それは光栄ね」
そう言って副会長はこめかみをピクピクさせながら笑う。人手が本当に足りないのだろう。かわいそうに。
どうやら今日も生徒会はブラックです。どうもありがとうございました。
◇
時は黄昏逢魔が時数分前頃。一際輝く光と明差の強い影に世界が二色に染まる中で、私は一路教室に向かって歩いていた。
「忘れ物っ、おら忘れ物……」
なんだかんだと呻きつつ、こともなげに書類の山を捌き切った私は、もう一山押し付けようとしてくる副会長から逃げおおせ、しかし忘れ物をしてしまったが為にこうしてステルスしながら教室へと向かっていた。
ダンボールは無いので、思い起こすは今朝の真帆。抜き足差し足……千鳥足?いや忍足。
余程の運悪でなければ見つからない。そもそも隠れる必要性は置いといてだ。
そうして教室の前まで来たところ、中に誰かがいることに気づいた。なにしろ普段は閉められている筈の引き戸が少し空いている。
それと微かに香る、覚えのない甘さ。それはとても甘く、しかし花や芳香剤ではない。近しいものを上げるとすれば、甘くはないけれど涙に近いか。ともすれば切なるドラマの予感であるか。
早めに終わらせたとはいえ、それでも既に五時は半ばを過ぎている。窓から入る陽光は橙より朱く、焼きつく影は下手すれば夜よりも暗い。
ともすれば何某かの密会、不純異性交遊な可能性も十二分超えて一四四分。
私、気になります!!
行動は迅速に、教室の開いた隙間から覗く私の猫目。
そして眩しさと逆光の中で私は目にした。
長身の男子生徒と中背の女の子が体を近づけていた。
その影の交わりだけで、キスだとわかるほど濃密に。その身長差は凡そ14センチ、如何にも理想的。
そしてそれを横から盗み見する背徳感は少女漫画の告白シーンを読む時より激しく心臓が鼓動する。
甘く甘い、泥のようにとけた香りが扉の隙間風に乗って私の鼻に届く。先ほどよりも強く、強烈に鼻孔をくすぐるその匂いに、私は楽園を幻視する。
しかし不幸にも二人がまぐわいを重ねる度に、私の眼も光に慣れ影に包まれた男女の顔を鮮明に写していく。
更に心臓が高鳴りして、先程とは比較にならないほど思考が透き通っていく。解脱しそうなほど思考はクリアに、しかし不可解故に体も心も取り残されて。
――そう、口を吸いあっていた男女二人とは他ならぬ私の親友と、想い人だったのだから!
なぜなになんで?二人は互いに半目しあっていた筈では?そもそもそんな3Pの美味しそうな可能性があるなら筋通しとくべきじゃないか?など破壊された脳が訳のわからぬ思考の洪水を出力するが、その間にも二人は抱き合ったままだ。
やがて二人は互いの頭部に被さったアルミホイルを外して更に更にと、より深く重なるようにしてあわさっていく。妖艶にして排他的にして背徳的。
私はただ、外道に落ちる二人を見るしか出来なくなり……。
外されたアルミは陽の光が殊更眩しく朱く緋く……。
最初の激うまギャグポイント。少なくとも作者の意識では
アルミを巻くのが普通の世界なので、魔法少女はアルミを解いて転身する異端者なんですね(白目)
アルミ解いて変身する異端者からみてもまぁ異端なんですが…