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飛蝗①

「出来れば、使いたくなかったんだがな……」


錦は、低く呻きながら構えていた銃を降ろした。

彼の視線の先には、折り重なるように倒れ込んだ二つの人影がある。

斑猫と、もう一人は知らない。

が、おそらくこいつがヘレナの話していたバウンティハンターだろう。


斑猫の肩に刺さっていたものを引き抜く。ダーツと注射器を合わせたような形状のそれは、内部が空洞になっている。

錦はそれを確認すると、無造作に放り投げた。



斑猫を担ぎあげて錦は近くのビルディングに足を踏み入れ、壁にもたれかからせるように斑猫を降ろした。

意識は無いが、規則正しい呼吸音が聞こえる。


完全に気を失っているのを確認して、錦は斑猫から距離を取った。

注入した麻酔薬の効果は、しばらくは続くはずだ。


錦は外に出て、携帯端末を取り出し、操作してどこかへとかけ始めた。

ややあって回線が繋がり、不満そうな女の声が流れてきた。


「んもぅ……何ぃ……こんな時間にかけてくるなんて非常識だなぁ……」

「ヘレナ、場所は逆探知すればわかるはずだ。今すぐ来い」

「ええ〜。そんなこと言っても……」

「お前が気になっていたバウンティハンターに質問できるチャンスだぞ」

「えっ『首螽斯』捕まえたの?すっご〜い!行く行く〜!」

 

一瞬にして変わる声の調子に、錦は舌打ちをしながら乱暴に通話を終了した。


「さて……次はこっちだな」


錦は元の場所に戻ると、倒れ込んでいるコートの男の方へと向かった。

 


「やっほ〜。さっきぶり」


ヘレナは、先程と変わらぬ服装で錦を見るなり片手を上げた。


「ヘレナ……」

「大丈夫大丈夫。ちゃんと質問する用意はしてきてるよ」

「それにしても、こんなものまで持ってたんだ」


壁に立てかけられた銃を見たヘレナは言った。

ライフルに似たそれは、麻酔銃である。


「ああ、斑猫が逃げた時のために持っていたんだ。こんな早く使うことになるとは思わなかったがな」

「うふふ。キミ、やっぱり重症だね」


ヘレナが微笑んだ。黒目がちの大きな瞳を受けて、錦は意図せず射すくめられる。


「そんなに手放したくないんだ、彼のこと。普通昔の相棒にそこまで入れ込むかなぁ」


錦は、ヘレナを睨みつけた。ヘレナは、変わらずにくすくすと楽しそうに笑っている。


「きゃぁ。こわーい。もうちょい聞きたいけど、今日の本命はこっちだからまた後でね〜」


錦から離れて、ヘレナはとある方向へ向かった。

その先には、椅子に項垂れて座る男がいる。

男の身体には、ロープが何重にも巻き付き、椅子に括り付けられている。


首螽斯だ。


錦はあの後、彼を斑猫とは別の建物の中に運び込んだ。


すぐには逃げられないであろう最上階に連れ込むと、気絶した体を椅子に座らせ、ロープで縛り上げた。

目覚める気配は無かった。首についた赤い指の跡から、相当深く首を絞められたことが見受けられる。

 

ヘレナが男の顔に巻き付けられている長い布を外すと、短く切られた黒髪が現れた。続いて取られた防塵マスクの下から現れたのは、まだ二十歳を越していないのだろう。端正ではあるが、あどけなさを残した青年の顔だった。

右頬にある十字のように重なった二筋の傷が目立つ。


「あらら………予想通りっちゃ予報通りだけど、こんな可愛い寝顔の子が首螽斯だなんて……」

「さっさと始めろ。起きたらどうするんだ」

「はいはい、人遣いが荒いんだから」

 

ヘレナは懐から小瓶を2つと、小さな袋を取り出した。袋の中から脱脂綿をつまみ上げ、片方の小瓶の液体を染み込ませる。

 

「首にする?腕がいい?」

「拘束は解きたくない。万が一意識を取り戻したら面倒だ」

「オッケー、じゃあ首ね」

 

ヘレナは青年の首元をくつろげると、脱脂綿に染み込ませた消毒液を塗りつける。

もう片方の小瓶の蓋を開けたヘレナは、瓶の口に小袋から取り出した注射器の、針を差し込んだ。吸い上げられた薬液が、注射器の透明な容器に溜まっていくのが見て取れる。

 

「ま、こんなものかな。はーい、チクッとしますよ」

 

手のひら程の大きさの注射器に、2、3cm程の薬液が入った。

ヘレナが青年の首の静脈に注射針を刺す。皮膚を貫いた針は血管に入り込み、薬液が青年の体に注入されていく。

 

「ハァイ、起きてちょうだい」

 

ヘレナが青年の肩を軽く揺する。

青年の瞼が僅かに震え、そのままゆっくりと瞼が持ち上がっていく。

しかし、ヘレナを見上げる目はどこか微睡んでるようにとろんとしていて、先程斑猫を追い詰めたときの鋭さは無い。

 

「ボクは女の子と男の子、どっちに見える?」

「……女の子……?」

「恋人は?」

「い………いない……」

「えーっ、ってことはフリーなんだ。ボク狙っちゃおうかな。ねぇねぇ、過去に付き合ってた女の子とかいる?どんな子が好み?」

「おい!自白剤の効果が切れる、簡単な質問はそのくらいにして本筋に入れ」

「はいはい、分かってまーす」

 

ヘレナが切彦に打ち込んだ薬液は、大脳上皮を麻痺させ、意識を朦朧とさせることで質問に抗えなくする、所謂自白剤である。

一種の麻薬や薬物に、ヘレナが手を加えた特性品だ。

このヘレナという女は、様々なものを持っている。情報屋であり、ブローカー紛いのことも行っている。

それを錦は、長い付き合いでよく知っている。故に、こういう時は真っ先にヘレナを頼った。


「君は今日ここに、何をしに来たの?」


ヘレナの質問が、切り込んだものへと変わる。


「………賞金首の『斑猫』が生きていると………聞いて………」


その問いかけに、青年は呻くようにして答えていく。

ヘレナは錦の方に目線を向け、片目を閉じてウインクをした。錦は黙って頷き、青年から目を離すな、という意味を込めて青年を指差す。

 

「君の名前は?」

「……切彦。………桐幡里、切彦」

 

日本人か。


荒廃したこの世界では国と国との垣根は無くなり、生き残った人類がまだ汚染されていない大地に集まって暮らしている。

そのため、もう純粋なアングロサクソン、モンゴロイド、ニグロイドは存在しないに等しい。

しかし一方で血が混ざることを嫌い、またはかつての遺恨を忘れられず、己と同じ人種だけで集落を形成していた者たちがいたことも事実だ。

日本の姓と名を併せ持つというのは珍しいが、そういった人々の出身なのかもしれない。


ヘレナが質問を続ける。

 

「斑猫が生きているという情報はどこから?」

「………懇意にしている情報屋が……言っていた。斑猫は……生きている。誰も死体を確認しておらず………見かけたものがいると……」

 

錦は、無意識に舌打ちをしていた。

どこの誰だか知らないが、自分がどれだけ苦労して斑猫を隠したと思っているのか。

漏れてしまった情報は仕方がないが、これからは拠点も変え、徹底して隠さなければなるまい。

 

「切彦くんは、どこのギルドに入ってるの?」

「…………ロクスタ」

 

ロクスタ。

賞金首を狩るバウンティハンターの集まった、バウンティハンターギルドだ。

ロクスタは人員も多く、腕が立つ者も多い。が、所属しているハンターは気性が荒い者が多く、揉め事も絶えないと。

「ロクスタに、切彦くん以外に斑猫のことを知ってる人はいる?」

「………いる。僕が……話した」

 

錦は頭痛を覚えた。

尋問が終わったら、この切彦とかいう男に蹴りの1発か2発を食らわせてやろう。

 

「じゃあ、その知ってる人の名前は?」

「…………り………」

 

ふいに声が小さくなり、切彦の頭ががくりと垂れた。

 

「あれ、寝ちゃったかな。もう少し入れようか、錦」

 

ヘレナが振り返る。

錦はヘレナの背後にいる切彦の方を何気なく見て、ふと、違和感に気づいた。

切彦の膝の辺りにかかったコートの布地に、赤黒い点があった。

俯いてる今、顔から滴り落ちたような位置にある生々しく光る赤い雫。

 

「ヘレナ、避けろ!」

 

それが何であるかに気づいた錦は、思わず叫んでいた。

刹那。

 

「え───きゃあっ!」

 

椅子に両腕を縛り付けられている切彦が、そのままヘレナに飛びかかった。

反応が遅れたヘレナが突き飛ばされる。

 

「こいつ、意識を取り戻しやがった!」

 

錦はホルスターに収められた銃を手にしようとしたが、拳銃に指先が触れるか否かの時にものすごい衝撃が叩きつけられ、錦は為す術なく後方へと吹き飛ぶ。

迅い。自分とヘレナに放たれた攻撃が蹴りなのか、体当たりなのか、それすらもわからなかった。

 

腕に椅子をぶら下げたまま、切彦はやや前屈みになりながらも、両の足をしっかり地につけて立っていた。

荒い息をしながら錦を睨みつける切彦。その口元からは、血が滴っている。

 

唇を噛みちぎって意識を取り戻したか。

 

錦は銃を再び持ち直そうとして、ホルスターに入っていないことに気づいた。

見れば、手を伸ばせば届くか届かないか、という距離の先に無防備に転がっているではないか。

切彦に攻撃を食らわされた時に取り落としたらしい。錦は歯噛みした。

 

「グウッ………ゥ………」

 

切彦が低く呻いた。

黒かった髪が、徐々に赤く染まっていく。

いや、髪だけではない。肌も、見開かれた目の白い結膜も、燃えるような赤へと変わっていく。

コートの厚い布地を押し上げる筋肉の隆起。腕も脚も、先程より一回りほど太くなっている。

噛み合わせた歯を砕く勢いで食いしばった、憤怒にも見える形相を見せたかと思うと、切彦はそのまま両腕を縛り付けているロープを力任せに引きちぎった。

支えの無くなった椅子が落下して、鈍い音を立てる。

 

「卑劣、な………恥を………」

 

まだ自白剤の効果が残っているのか、それとも拘束を引きちぎった反動か、切彦はがくり、と体制を崩しかけた。

 

「くそ……」

 

切彦はふらつきながらも錦の落とした拳銃を拾い上げ、その銃口を錦の方に向けた。

 

「……やってみろよ。本調子じゃない奴の射撃なんて、そうそう当たるものじゃないぜ」

「……そうじゃない。僕は……君たちのような卑怯な真似はしない。僕の刀を返してくれ」

 

錦は背に銃口を向けられたまま、立ち上がって取り上げていた刀と、マスクとを手に取る。

ヘレナは何をしているんだ。後ろから飛びついたりしないのか。

そう思って後ろを伺うも、ヘレナは倒れたままだった。が、ほんの少し瞬きをした。どうやら、ここは錦に任せて気絶したフリを決め込むつもりらしい。

 

「ほらよ、刀だ」

「床に置いて壁まで下がれ。僕が良いと言うまで両手を上げたままにしろ」

 

錦は黙って刀とマスク、切彦が顔に巻いていた布を床に置き、言われるままに両手を上げて壁際まで下がった。


「退けたと思うなよ。僕はまた君たちを追う。斑猫も、君たちも、僕から逃げられることはできない。生きていることが分かれば充分だ。どれだけ痕跡を消そうが、どれだけ拠点を変えようが、必ず見つけ出してやる」


切彦は銃を下ろし、素早く床に置かれた一式を片腕で掴むと、そのまま窓枠に足をかけ、跳び上がった。

銃を向けられる危機が去り、自由になった錦は窓枠へと駆け寄る。

しかしその時には既に、切彦の姿は遠くなっていた。

飛翔しているわけではなく、木から建物の壁へ、建物からまた別の建物へ、とジャンプを繰り返しながら移動している。

この廃屋は一階建てだというのに、ひとっ飛びで屋上近くの壁まで飛び上がったのか。

まるで猿だ。

切彦の常人離れした跳躍力に錦が舌を巻いていると、気絶したフリをやめたヘレナが近寄ってきた。


「おい」


錦は咎めるようにヘレナを睨みつけるが、ヘレナはへらへらと笑うだけだった。

 

「ごめん、ごめん。ほら、ボクってか弱い女の子だからさ。こういう危険なことはやっぱり錦に任せようかなって」


そういうヘレナは、吹き飛ばされたというのにどこも怪我した様子が無い。せいぜい服が汚れている程度で、上手く受身をとって倒れ込んでいることが分かる。

どこがか弱い女なものか。

一発ぐらい殴っておこうかと乱暴な判断がよぎり、錦は思わず拳を握っていた。

 

「あー………アレは多分やっちゃってるね」

 

それを打ち消したのは、ヘレナから零された呟きである。

ヘレナは窓の外を眺めている。錦もまた、ヘレナの視線の先を追って地面へと目を向けた。

切彦の姿はもう見えなくなってしまったが、彼の跳んだ地面は手のひらが入りそうなほど深く陥没していた。


「何をやってるって?薬物か?」

「違うよぉ。アレは……『同種(とも)食い』さ」

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