地下鉄でこんな話を聞いた
大阪にね、大阪メトロ四つ橋線っていう、地下鉄の路線があるんですけど。
そこは、私は滅多に利用しない路線です。
普段通勤に使っているのは、地下鉄御堂筋線っていう、大阪の鉄道でも一二を争うと言っていいくらい混んでる路線です。
四つ橋線は、どうなんだろう? 朝晩は混んでるでしょうね。
で、ある日のこと。社用で真っ昼間に四つ橋線に乗ったんですね。
お昼すぎの二時くらいだったからか、まあまあ空いてましたね。
乗った駅は……駅名は言わないほうがいいかな。でも、大阪市内の中央です、いわゆる街中ですよ。
ぼんやり座席に座っていたら、すぐ近くにいる若い学生ふうの二人連れの会話が、聞くともなく耳に入ってきましてね。二人ともイマドキのイケメンです。
「本当なんだよ。この駅、出るよ。おれ以外にも◯番エレベーター使って、何人も見たって言ってる」
「でも、お前が見たのは昼間だろう? 昼間に幽霊なんて出るの?」
「お前さあ、幽霊は夏の夜しか出ないって思ってんの? そこらへんにいるんだよ。季節も時間も関係なく、一年中四六時中見えるんだよ」
「あ、そうなんか」
正直、面白い話を聞いた、って思いました。
『この駅、出るよ』『エレベーター使って』『何人も見た』……。
二人の会話を、最初からじっくりと聞きたかったなあ。
しかし、いきなり彼らの会話に割って入るなんて真似は出来ません。
なおも耳を澄まして、楽しげな二人の会話を聞きました。
「お前以外に見た人って誰だよ」
「経済学部の宮下とか、関川とかだよ」
「ほおーん。まあね、お前はともかく。ふたりは真面目だよな」
「なんだよ、おれも真面目だよ」
「お前さ、その話を俺以外に何人に喋った?」
「宮下と関川以外?」
「うん、全部で何人に?」
「えーっと。サークルの何人かとバイト先」
「この前の水ダウでさ、デマ拡散するとどれくらい拡がるか、みたいな検証実験やってたんだけどさ。『絶対に言わないで』って言ってるのに、結構広がってるんだわ」
「ああ、 見たよ、面白かったよな」
「すげえ面白かったよな。『喋るな』って言われても、すぐ言っちゃうんだよなー。お前の幽霊話は、特に口止めしてないよな?」
「口止めする意味あるか?」
「俺さ、お前の幽霊話、誰からも聞いてないんだが」
「そうなんだ。まあ、おれが目撃したのは先々週だし。まだこれから広がるんじゃね? いや、どうかな」
幽霊を見たイケメンのほうが、考えながら続けて言いました。
「そういや、おれ、宮下からも関川からも、幽霊目撃談なんて今まで聞いたことなかったわ」
「俺もだよ。宮下たちはいつ見たんだろう?」
「先週サークルで宮下に会った時、この話をしたら、『あー、だいぶ前に見たことあるよ。関川も一緒に』ってサラッと言われたんだった」
「どういうことだよ」
もうひとりのほうが吹き出しました。
「幽霊話って、もう珍しくもなんともないのかよ」
幽霊を見たと言うイケメンも苦笑しています。
「そうなんかな。宮下も関川も、幽霊をよく見るタイプなんだって。おれは初めてだから、なんか嬉しくてさ、会う人ごとに喋ってしまってる。そこら辺、違いがあるかもな」
私が話を聞いたのは、そこまでです。
暇つぶしに面白い話を聞いたな、と思って帰社し、その日の仕事を終え、家路につきました。
その週末、彼らの会話を思い出して、件のエレベーターを見たくなった私は、用もないのにいつものように通勤電車に乗り、大国町駅で御堂筋線から四つ橋線に乗り換えました。
先日、幽霊話を聞いた駅に着きました。
エレベーターは何箇所かあるのですが、そのエレベーターはホームの端っこにあります。
ボタンを押して、エレベーターの籠が降りてくるのを待ちます。
エレベーター扉、上部のガラス越しに、着物姿のおばあさんがいるのが見えました。エレベーターに乗っているのは、その人だけです。
しかし、扉が開いた瞬間、私は「うわっ!」と叫んでしまいました。
エレベーター内には誰もいません。
思わず後退りする私。おばあさんが乗っていたはずなのに?
エレベーターの扉が閉じられ、昇っていきます。
エレベーター内に、再びおばあさんの姿が現れました。先程と同じ位置で同じ体勢で。
「あっ、あっ」
言葉にならない悲鳴を上げてしまった私は、もと来た通路をダッシュ。
何が何だかわからないまま、気づいたら改札口を出て地上にいました。
見てしまった! 幽霊を! 本当に出るんだ!
その時の私は。
恐怖と裏腹に、なんとも言えない嬉しさが込み上げてきていたのです。
早く誰かに言いたい。
しかし、幽霊の姿を思い出すと。寂しげな老婆の俯いた姿を思い出すと……。
誰かに嬉しげに話すのがためらわれます。
いろんなことを考え、私はその目撃談を一週間ほど誰にも話しませんでした。
でも、今日ここで話してしまったから、この話を目に留めた人が、どこかで誰かに話してしまうのは仕方のないことです。
場所等、はっきりしたことは書いていません。特定できないよう、フェイクも多少織り交ぜて書いています。
それでも、この話を読んでくれた方は、誰かに話したりするかな?
そうしたら、どこかで、ちょっとした “うわさ” になったりしませんかね?
そんなことを考えると、少し嬉しい気がする私なんです。
一年後、十年後、……半世紀。
“うわさ” は、真実となって語り継がれているとか? いや、ないかな。
でも、そもそも私より先に何人も見てるわけですからね。今まで “うわさ” になってないことのほうが不思議なくらいだ。
ただ、困ったことに、あれからエレベーターを使えなくなってしまって、本当に不便です。あの駅だけでなく、会社でも、どこでも。
夜、ひとりで乗るなんて、出来なくなってしまいました。
幽霊が、私に危害を加えるとか、祟りがあるとかじゃないってわかってるんだが、やっぱり怖いんですね。
エレベーター必須のタワマンに住むなんてことは、まず無理目な私ですから、今後のことはあまり心配してないんですけどね。
まあ、皆さんも気をつけてください。って、気をつけようがないか。