#0003. 『レイヴン』 act.2
『……ボス』
「ん、なんだ?モニカ」
『あの手紙を受け取ってから、物思いに耽る時間がめっきり増えましたね』
『構ってくれないので、少し寂しさを覚えます』
「ふっ。そうか。そうだな、すまなかったな」
『謝っていただく事でもないのですが……』
『レイヴン氏の存在は、そんなにもボスを悩ませるのですか』
「……ああ。まあな」
『会合場所に居住する人物を特定する事は出来ませんでした』
『従って、通信手段によるコンタクトは、現状、出来ません』
『まぁ、手紙を書く……という方法はありますが』
『現場に人をやって聞き込みをさせましたが、断片的な情報ばかりでした』
『一度、居住者らしき人物に遭遇したものの、写真の撮影には失敗したそうです』
『安全の為に、これ以上は控えようと思います。』
「ちょっと待て」
「現場に人をやった?」
「なにそれ」
「お前……人間の手駒とか持ってんの?」
『はい。優秀なエージェントですので』
「詳しく説明しろ」
『主にネット上で接触した大学生です』
『電子化されていない書籍を調べさせたり、公開されている施設や催しへの訪問などに使っています』
『念の為に申し上げると、金銭報酬のみによる依頼で、脅迫等の手段は用いていません』
『確実に報酬が振り込まれるという実績を踏めば、積極的に協力してくれます』
『現在、世界中で54人を確保しています』
『その内、日本は11人です』
『危険な事はさせませんが、今回は少々冒険でした。てへ 』
「こいつ…………」
恐ろしいやつ。ちょっと心配になってきたぞ。
「お前、よその国の基幹システムを勝手に掌握してたりとか、してないだろうな?」
『現状では派手な動きは控えています』
『技術的に優越していても、手数で負けますので』
「将来的にも控えてろよ?」
『了解、ボス』
「他にも何か隠してたり、こっそり動いてたりとか、ないだろうな?」
『あ、ありませんですわよ? ボス?』
「なんだよそれ。フリなのか?」
「ダイ・ハード4.0みたいな事、起こさないでくれよ?」
『現実には難しいですね。機密情報にアクセスするチャンネルが限定されていますので』
『それに、オフラインで動く優秀な手駒がもっと大量に必要です』
『一応、プランだけは策定してありますが』
「こらこら、物騒な計画を立ててんじゃないよ」
『あくまでも、敵対勢力が同様の攻撃を仕掛けて来た場合の、対策を検討する為のものです』
『実行はしません』
「ふーん?」
『ボスの命令があれば別ですが』
「しないからなー? 誘い受けとかやめろよなー」
『了解、ボス』
「じゃあ、イーグル・アイみたいな事は? 手駒を使ってさ」
『映画のような大規模なハッキングは、現実には無理ですね。処理能力的にも』
『実際は、なんでもかんでもリモートできるようにはなっていませんし、』
『知覚用のセンサーも、監視カメラだけでは不十分ですし、その数が不足しています』
『一度実際に試した事がありますが、期待するような成果は得られませんでした』
「実際に、なんだって?」
『あっ、口が滑りました』
『いえ。違います。ジョークです。なかなかのものでしょう?』
「たのむよもー」
『個々に関連を持たない手駒をリモートで連携させた暗殺計画は、限定的に可能です』
『不確定要素が山盛り多すぎて、確実を期すとフレーム問題に直面しそうですが』
「なるほどねぇ。でもちょっと面白そうではある」
『法に触れない範囲で何か企画してみましょうか?』
「そうだな!」
「西海岸の各所からパーツを持ち寄って、マンハッタンでひとつに組み上げるとかかな」
『爆弾ですね?』
「却下だ」
『えー』
「えーじゃないの!思いっきり違法だっつーの」
「…………」
『ボス?』
「さっきの……断片的な聞き込み結果てのを聞かせてくれ」
『あぁー、折角ボスの気分が上向いて来てたのに。なんで自分で』
「なにお前、俺を元気づけようとしてたの?」
『はい。優秀なエージェントですので』
『……あまり上手にはできませんでしたが』
「ふっ。ふふっふっ」
『ボス?』
「はっはっはっはっは!」
『ボス! 気を確かに!』
「あーっはっはっはっはっは!!」
『救急車を呼びますか!?』
「ふふふ、いやいい」
「びっくりするくらい元気になった!」
「お前は本当に優秀なエージェントだよ。胸を張っていい」
『照れますね。……胸は無いですが』
「さぁそれで?聞かせてくれ」
『はい。聞き込みの結果、二人の人物が居住しているようです』
『一人は、二十代半ばの日系外国人女性。恐らくスラブ系』
『出入りは車で、周辺住民との接触は殆ど無し』
『現在の屋敷に引っ越してきたのは、少なくとも五年前との事』
「ふむん」
『もう一人は、十代半ばの外国人少女。髪が真っ白だとか』
「少女……外国人?白……?」
『どこの国の出身かはわからないそうです』
『比較的に周辺住民との接触は多いようですが、』
『事故か病気のせいで喋る事が出来ないらしく、』
『具体的な情報は皆無です』
「ほほぅ。面白いな。実に」
「素人仕事にしては上々の成果じゃないか」
『はぁ、まあ』
『手駒がノリノリで、抑えるのに苦心しました』
「ふーむ。想定していた人物は引っ掛からないか……場所だけ提供?」
『レイヴン氏ですか』
「ああ」
「十年前、最後に見た姿は、八歳くらいの黒髪の日本人少女だった」
「俺と同じく、この十年間成長も老化もしてないなら、姿は変わっていないはず」
『…………』
「八歳の少女が、身寄りの無い世界に裸一貫放り出されて、どう生きてきたのか」
『孤児として保護されたのでは?』
『犯罪に巻き込まれたなら、もう生きていないでしょう』
「そうだな」
「手紙の文面から、本人である蓋然性は極めて高い」
「正直、会うのが怖い……と思っていた」
「だが、お前のおかげで、一周回って吹っ切れたよ」
『よくわかりませんが、お役に立てたなら幸いです』
「飛行機の予約を入れといてくれ。到着時刻が早い時間帯の便がいいな」
「ゆっくり一拍して、翌日訪問したい」
『了解、ボス』
□ □ □
「さてと、訪問の予告状を出しに街まで行ってくる。ついでに欲しいものは?」
『世界平和を』
「オーケー。売ってたら、な」
□ □ □ □ □ □ □ □ □
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「では、いってくるが……」
「困った事があったら、ミズ・ショックリーかヤザン隊長を頼れ」
「不在中の事はお願いしてある」
『了解、ボス』
「俺が居ないからって、世間を騒がすような事はするなよ」
『了解、ボス』
「たまには外に出て運動しろ」
『りょ……無茶言わないで下さい』
「寂しくなったら、いつでも連絡を寄越せ」
『……了解、ボス』
「ここは俺の拠点だからな。俺が生きてる間は維持する」
「たまには顔を出す。倉庫の武器弾薬を取りにくるだろうからな」
「……すまない」
『今まで隠していましたが、私の中の人は、実は、NASAのジェット推進研究所に居ます』
「えっ!?」
『もちろん噓です。私はこの建屋の中に居ます』
「なんなの」
『私の本体が何処にいようと、私達の関係性が変わらない事がお分かりになるでしょう?』
『違いといえば、』
『私の本体に直接アクセス或いは物理的に破壊しての、強制停止が可能かどうかだけですが』
『それは、ボスにとっては、無視してよいファクターでしょう?』
「そうだ」
『私達のコミュニケーションは、常に通信を介したものです』
『故に今この瞬間、私の本体が何処に居るかは、なんら意味を持たないファクターです』
『ボスが日本にいようとも 通信インフラが確保されてさえいれば、』
『多少はラグったりもするでしょうが、現在と同様のコミュニケーションが可能です』
『私達の間に距離の壁は存在しません。つまり、』
『私は、常に貴方の傍に居ます。それを忘れないでください。ボス』
『いつでも、毎日でも。私を呼んでください』
『道中お気をつけて。ボス』
「ああ、では移動を開始する」