#0003. 『レイヴン』 act.1
「……ジャーヴィス、インフォメーション」
『……』
「ジャーヴィス?」
『私はモニカです。ボス』
「そうだったな」
『このやり取りは、これで丁度16回目です』
「どこが丁度なんだ……」
『勘違いを装った悪質な冗談で私をからかうのは、やめていただけませんか』
「……そうだな。済まなかった」
『謝罪を受け入れます』
『ボスは、捻くれているのか、素直なのか、判断に迷わされる事がありますね』
「それが人間てもんだよ、モニカ」
「お、いまいいこと言った。記録しとけよ」
『リョウカイ、ボス』
「それで?」
『本日は予定は入っておりません』
『ゆっくり静養なさるとよろしいでしょう』
「んー」
『大統領補佐官から非公式なプライベートパーティーへのお誘いが来ています』
「あー」
『これで2回目です』
「出張とバッティングして伺えないと返信しといてくれ。トリプルに丁寧にな」
『了解。ボス』
『ですが、次は断れないでしょう』
「うーーー」
『それから、ボス宛のスネイル・メールが1通届いています』
「スネイル……手紙か。今時珍しいな」
『細菌・薬品・放射線・危険物は無し。現物はボスの郵便籠です』
「中見たか?」
『安全確認の為に開封した際にスキャンしました』
『ちなみに、本文は日本語でした』
「お前、日本語とか解るの?」
『当然です』
「じゃあ内容の要約を。あと差出人は?」
『昔の友人を名乗る者からの仕事の依頼です』
『日本の東京で自分の仕事を手伝って欲しいとの事』
『期間は中~長期。内容は会ってから説明する、と』
『差出人の記名は"レイヴン"とだけ』
「レイヴン……?」
『あと、オープンの片道航空券が同封されていました』
『会合場所として指定されているのは、個人所有の住宅です』
『日本の東京という事を考えると、かなり立派なお屋敷ですね』
『登記上の所有者は「マミヤ・カオル」となっていますが、どうせダミーでしょう』
『過去の実績に照らすと、この種の連絡の99%は罠です。無視するべきです』
『もっとも、毎回わざわざ引っ掛りに行って、皆殺しにしているようですが』
『それもどうかと思います』
「モニカ。過去のコンタクト実績のデータから、以下の語句を検索」
『どうぞ』
「『レイヴン』『ネレイド』『リカオン』『スピカ』『アルペジオ』」
「『アリアドネ』『ユキカゼ』『バトウ』」
『天文系の語句に偏りが見られますね』
『……該当無し』
『今回の分には、レイヴン、ネレイド、リカオン、スピカ、アルペジオ、が含まれます』
『それと……オリオン』
「…………」
『ボス?』
「いや。わかった。他には?」
『今朝のインフォメーションは以上です』
「オーケー。ごくろうさん」
□ □ □ □ □ □ □ □ □
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『ボス! ボス!!』
「!」
! おっと、考え事に意識を集中しすぎたらしい。
「モニカ? どうした?」
『……どうしたではりません!』
『意識はしっかりしていますか?』
『胸は苦しくありませんか?』
『どこか痛いところは?』
「いや、特に異常も問題もない。普段通りだけど?」
「どうしたんだ?」
『ボス……』
『貴方いま、三分以上、心拍と呼吸が停止していましたよ?』
『心不全を起こしたのかと思いました』
「えっ、マジで?」
『ええ。マジで!』
『もう一声かけて反応が無かったら、AED持って心臓マッサージをしに行く所でした』
「お前が?」
『はい。気合と根性で』
「うわ、それは一大事だな。ははは」
『……笑い事ではないのですが』
『救急車を呼んであるので、このまま病院に行って検査を受けてください』
「あー、いや。病院はダメだ。救急車はキャンセルできる?」
『ボス!』
「本当になんともないから。な、頼むよ」
『……わかりました。ボス』
『…………』
「心拍と呼吸が停止してたって? そんな感じでもないが……」
「てか、なんでそれが判るの?」
『居室に設置したミリ波レーダーで、ボスの心拍と呼吸を常にモニターしています』
「えっ!」
「なにそれ、聞いてないんだけど」
『緊急医療が必要な事態になった時の対応の為です』
『知る必要も無いですし、知らない方が心穏やかに生活できるでしょう?』
「うーむ。独居老人の医療サポートみたいだな」
『システムとしては同一のものです』
『私はボスと一蓮托生なので、私自身の生存戦略の一環でもあります』
「なるほどねぇ」
□ □ □
「なぁ、モニカ」
『はい』
「ちょっと思いついた事がある。実験に付き合ってくれないか?」
『了解、ボス』
「今も俺の心拍をモニターしているな?」
『はい』
「データに大きな変化があったら教えてくれ」
『あの、ボス?』
『えーっと』
『ご自分の心臓を止めようとしているのなら、やめた方がいいと思います』
「そんな事しないから安心しろ。いくぞ」
『心拍が停止しました! ボス!?』
「どうだ?」
『……心拍が再開しました』
「なるほどね。そういう事、か」
『全く理解出来ません。説明を求めます。……しないって言ったのに』
「心臓は止めてないよ。ただ、シールドを展開しただけだ」
『シールド……』
「そうか、電磁波の通過は阻害するんだな」
「俺が過去に異世界に行っていた事は話したよな?」
『はい。常識的には到底信じられない話ですが』
『現在の私は、その話が事実であると仮定した上で思考しています』
「異世界といっても、別次元に存在するのか、地球と同じ宇宙の別の惑星だったのか分からないが」
「まぁ、とにかく俺は、そこで修行をして、特殊な能力を身に付けた」
「そのひとつが『シールド』で、見えない壁を展開して攻撃を防ぐ能力だ」
「さっきの実験で、シールドがミリ波レーダーの電磁波を阻害する事がわかった」
「最初のアレは、考え事をしている時に、無意識に展開してしまっていたんだろう」
「ちょうど異世界にいた頃の事を思い出していたからな」
「たぶん、ちょっとしたフラッシュバックみたいなものだ」
『……』
『わかりました。今後はそれを踏まえた上で状況判断をするようにします』
「ああ、よろしく頼むよ」
□ □ □
「ところでさ、心拍をモニターしているってことは、動揺したりとかもバレてるの?」
「例えば、嘘をついてるのがバレてたりとか」
『あくまでも医療用のアプリケーションなので、そのような機能はありません』
「ふぅ。そうか」
『ボスは私に噓をついているのですか?』
「ま、まさか。嘘をついた事なんて一度もないさ」
『心拍の急激な増大を検出。虚偽発言時のサンプルとして記録します』
「あ、噓々、いや嘘じゃない!」
「きょ、強制コマンドを発
『デバイス更新の為、システムを再起動します』
『その間、当対人インターフェイスは停止します』
『ごきげんよう』
「あぁー……まって」
(つづく)