#0002. 『異世界帰りの男』 act.2
□ □ □ □ □ □ □ □ □
五年目。全員がレベル100に達した。
ダンジョン攻略中にレイヴンが呪いを喰らってしまった。
勇者の襲来事件以来、レイヴンの様子はおかしかった。
何もできなかった事に対する自責の念なのか。
隔絶した存在である勇者を目の当たりにして絶望したのか。
あるいは、その両方か。
常に集中を欠き、うっかりミスが目立つようになり、危なっかしくて見ていられなかった。
どうにかしないとな、と考えてるうちに、やらかしてしまった。
中規模ダンジョンのボス戦で、レイヴンが呪いを喰らってしまった。
あからさまなモーションだったし、他のメンバーも、まさか喰らうとは思っていなかった。
なんとかボスを討伐して帰還したが、その頃には、もう呪いの影響が出ていた。
レイヴンは子供の姿になってしまった。
見た目八歳くらいの可愛らしい子供だ。
男どもは爆笑し、女どもは可愛い可愛いとなでくり回した。
召喚者によると、元に戻すのは難しいらしい。
呪い自体は、レイヴンの肉体を変質させた時点で消えてしまっているのだそうだ。
だから、呪いを解いたら元に戻るといった性質の話ではないのだ。
元の姿に戻るには、変質前の姿に、再度肉体を変質させなくてはならない。
つまり『元の姿』ってどんなだ? という話だ。
誰もわからない。本人さえも。
幸いな事にスキルの消失やステータスの低下は無かったが、肉体の大きな変化は、運動機能に混乱をもたらした。
元の姿に戻る方法は模索するとして、目先の問題として、新しい体に慣れなくてはならない。
レイヴンは前向きに訓練に臨んだ。
『のじゃロリ』ごっこなぞしながら。
だが続かなかった。
元々、どこか様子がおかしかったのだ。加えて呪いによる肉体の変質。
レイヴンは精神の均衡を失ってしまった。
レイヴンは精神を病み、宿舎の一部屋を占有して引き籠った。
そして、魔法の研究とスキル取得に集中するようになった。
召喚者達はそれを許した。
それどころか、魔法の指導教官まで宛がった。
遠からず復帰してくれる事を期待しての事なんだろう。
パーティからシーフが欠けてしまったので、余裕のある俺がカバーする事になった。
生命探知、気配察知、罠検知、危険察知などの感知系スキルを取れるだけ取った。
元々タンク職で、取得可能な戦闘スキルの絶対数が少なかったのが幸い?した。
パーティの人数が六人から五人に減った事は、スキル問題とは別に、絶対的な戦力の低下として、重く圧し掛かった。
こればかりはどうしようもなかった。
だが、俺達は上手くやったと思う。
ペースは低下しただろうが、ひとりの死者も出さずに攻略を進めた。
観察と事前の準備の大切さを身をもって学んだ。
連携の練度が飛躍的に向上した。
全員が常に考え、動き、仲間の様子に気を配った。
皆、五人の方が経験値の分け前が多くなっていい、と嘯いた。
□ □ □ □ □ □ □ □ □
六年目。全員がレベル100のまま停滞していた。
レベルのキャップ、つまり上限値だからだ。
ここからは、この上限を突破する為の努力をしていく事になる。
ちなみに、この状態でも、経験値自体は蓄積されていくそうだ。
俺達は、どうやるのかは知らないが、キャップが外れた時に、一気に10レベルくらい上がったりしないかな、などと無邪気に考えながらダンジョン攻略に精を出した。
やがて、訓練キャンプを移動した。
施設、設備類は前と全く同じで、問題は無かった。
問題は、それがドラゴンのコミュニティのど真ん中にあるという事だ。
召喚者の説明によると、濃密な竜気?を長期に渡って浴び続ける事で、次のステージへの扉が開くと。
ちょっと抽象的過ぎて、何も理解できなかった。
その竜気とやらの威力は凄まじく、最初の1か月は酷い船酔いのような状態で、立つ事もできなかった。
なんとか動けるようになってから、ドラゴンを紹介された。
そのドラゴンは、俺達人間との窓口となるとの事だった。
ぶっちゃけて言うと、彼は『飼育係』或いは『生きもの係』だ。
そして俺達は、飼育小屋の兎だった。
召喚者とドラゴン達との関係は友好的なもののようで、俺達は厳重に保護された。
時々好奇心に負けた若いドラゴンが俺達をつつき回していくが、そこに悪意や害意は無かった。
なにより、ドラゴン達と言語による意思疎通が可能であった事は幸いだった。
ドラゴンから見れば俺達は蟻のような取るに足らない存在だろうが、言葉が通じれば、好奇心を餌に情報交換の余地ができる。
さすがに友情を育もうとまでは思わなかった。
高い知能があるらしいが所詮は異種族。価値観どころか思考様式が根本的に異なるだろうさ。
人間に慣れた『生きもの係』の彼以外には深入りしないように気を付けた。
そんな中、『生きもの係』の彼の息子に興味を持たれてしまった。
他のドラゴンとの関係性から、恐らく小学生か中学生位のポジションと推察される。
好奇心旺盛な腕白小僧だ。たちが悪い。
ドラゴンの個体名は人間には発音・発声が不可能なので、便宜上『キッド』と名付けた。
まあ、子供とはいってもドラゴンなので、そのトークは尊大で偉そうだった。
ドラゴン達は基本的に暇らしく、しょっちゅう兎小屋を覗きにくる。
中でもキッドは別格で、一日中張り付いており、訓練の合間の休息時間になると話しかけてくる。
まぁ、うざいとは感じなかった。
言葉の通じるドラゴンとのコミュニケーションに、知的興奮を覚えていたのだろう。
俺とキッドは、互いの種族の価値観やものの考え方などを披露しあった。
キッドはガキのくせに尊大で、常に上から目線で話すので、友情が醸成されるような雰囲気でもなかった。
ドラゴンと人間が対等になる事などあり得ないのだ。
この一連のドラゴンとの交流は、俺の好奇心を満足させ、殺伐とした心を幾らか慰めた。
だが、それだけだった。特に得るものは無かった。
そういえば、パーティを離脱して引籠り、なにやら魔法の研究に精を出していたレイヴンだが、俺達と一緒に引っ越してきていた。
まぁ、その有りようを召喚者が許している以上、俺達に口出しする権利は無い。
ちなみに、小さな子供の姿のせいか、竜気に慣れるまでたっぷり2か月かかったそうだ。
六年目の終わりに、限界突破の為の最後の手当てが行われた。
限界突破したステータスを受け止められるように、肉体を強化するとの事。
やはり具体的な説明は無く、さっぱり理解できなかった。
だが、ここに至った俺達に、拒否するという選択肢は無かった。
□ □ □ □ □ □ □ □ □
そして召喚から丸八年が経過した。
誰も限界突破には至っていない。
吞気で無邪気な俺達でも、さすがに動揺した。
この状態を、あと何年続けねばならないのか。
特に女ざかりのピークを迎えつつある女性メンバーは、心穏やかではなかった。
レベル100が6人寄っても、レベル300の勇者1人に敵わない。
6人が60人でも同じだ。攻撃が通らないのだから。
俺達に出来るのは、限界突破を期待して経験値を稼ぎ続ける事だけだった。
□ □ □
ある日、勇者が死んだと告げられた。
別のチームが先んじて成したのかと思ったら、自殺だったとの事。
こうして俺たちの目的、目標、自身の存在意義は一度に失われてしまった。
これまでの8年間の努力と苦労が無駄になった。
徒労感。
これで帰れるのかなという希望と安堵。
そしてあの時の勇者のあの眼。瞳。
何を思い、何故自ら死を選んだのか。
『ネレイド』が泣き崩れた。
杖を放り、床に手を付き激しい嗚咽を洩らす、その姿が強く印象に残った。
彼女の胸ににどんな感情が去来したのか、俺には想像もつかなかった。
『アリアドネ』は夢遊病者のようにゆらゆらと揺れながら乾いた笑い声をあげた。
その掠れたような声は、まるで自分自身を嗤っているかのように聞こえた。
俺達の存在自体が、召喚者たちにとって都合が悪いことだろう。
普通なら全員を抹殺して知らん顔を決め込む所だろうが、彼らは律儀にも俺達を地球に送り返した。
企みの証拠隠滅の為に。
厄介払いするかのように。
謝罪も感謝も労いの言葉もなかった。
予告も無く不意打ちで突然転送されてしまった。
□ □ □
あんな世界に未練は無いし、なにより殺されるよりは万倍もマシだったが、
勇者の事をもっと詳しく聞きたかったのが少し心残りだった。
……そういえば、彼女は何という名だったのだろう。
(つづく)