#0002. 『異世界帰りの男』 act.1
『勇者を殺してほしい』と異世界に召喚され、
死ぬほど修行をさせられていたが、
いつの間にか勇者が勝手に死んでしまっていたので、
もう用済みだと送り返された。
ひどい話だ。
ラノベのタイトルにしても長すぎるし。
□ □ □ □ □ □ □ □ □
異世界に召喚された時は、確か二十八歳だったと思う。
当時は日本で普通に会社員をやっていた。
足元が発光したと思ったらなにやら魔法陣のようなものを構成し、そこで意識を失った。
気が付くと、石造りの広い部屋にいた。
なんか神殿のような厳かな雰囲気。
中央で一段高くなったステージの上にいた。
足元には魔法陣が描かれていたが、直前に見たものと同じかはわからなかった。
転移魔法によって、俺を地球から召喚したと言う老人は、ザコバと名乗った。
その名前はどうなんだ。
そしてすぐに、綺麗なおねーさんに誘導され、応接室のような部屋へ連れていかれた。
バン、スープ、見たことのない果実を提供された。
人心地がつくと、褐色肌の若いインテリ風の男が現れ、事情を説明してくれた。
これは異世界転生ではなく、異世界転移のバターンか。
ショウ・ザマみたいな感じだな。
しかし、ドキドキも、ワクワクもしなかった。
□ □ □
俺を召喚した彼らは、地球の概念でいうなら、神に相当する存在なんだそうだ。ふーん?
この世界でちょっと困った状況が発生し、それを是正したいのだが、世界に直接干渉する事は出来ない。
現地人に直接命令なり指図なりをする事もできない。
そこで異世界から適当な人間を召喚して手駒とするんだそうだ。
駒って言われちゃったよ。
自分が召喚した人間に対しては好きに干渉できると。
生殺与奪の権利を握られている、と。
依頼を受け、無事達成した暁には、地球の元の場所に返すと。
拒否するならば、不本意ながら殺して別の人間を召喚すると。
返してくれないの?
送還に使う魔力がもったいないそうだ。
要は、選択の余地は無いというわけね。
こういう場合はゴネて交渉なりして、有利な条件でももぎ取るものかもしれないが、その勇気は全く湧いてこなかった。
召喚者の丁寧で真摯な、そしてある意味こちらを思いやるような態度が、俺に確信をもたらしたのだ。
断ったら、本当に殺されるな。と。
□ □ □
依頼の内容は、この世界にいるある存在を殺して欲しいというものだった。
はいはい、魔王魔王。
現状では全く歯が立たないので、
適性に合ったスキルを取得し、修行をしなければならない。
まずは、こちらで名乗る名前を勝手に決められ、与えられた
『オリオン』
これが俺の名前だそうだ。……まぁギリ許容範囲内。
□ □ □ □ □ □ □ □ □
そういうわけで、山奥らしき場所に作られた訓練キャンプに送り込まれた。
俺と同様に召喚された者が五人いた。
男三人に女二人
全員日本人だった。
経験則で、日本人が従順で扱い易いとの事。なんか複雑だ。
俺を加えた六人でパーティを組み、実戦を繰り返しながら戦闘能力を鍛えるそうな。
訓練キャンプの設備は、現代日本人が生活するにはギリギリ及第点だった。
風呂もあるし、トイレはなんと水洗だ。
召喚者を崇める巫女やら信者やらが身の回りの世話をしてくれる。
神に召喚された俺らは、信者達にとって崇高な存在なんだと。こそばゆい。
ちなみに巫女さんに対するセクハラや性交渉の強要は死罪だと釘を刺された。
食堂で提供される食事は見た事のない料理だったが、大変美味しく皆を喜ばせた。
水代わりに薄めたワインが供され、更によい気分になった。
アルコールが駄目だと訴える者には果実を絞った果汁が出された。
試しに呑んでみたら、あっさりしつつ清涼感があってうまかった。
□ □ □
翌日からは地獄の訓練の日々だった。
そうそう、この世界にはレベルの概念がある。
修行の成果がはっきりと数字で分かるのは良い。
当面の目標はレベル100で、そこが上限となる。
そこから先は次のステージで、上限突破して更にレベルを上げるのだそうだ。
最終的な目標レベルを問うと、答えを濁された。
訓練には、分野ごとの教官がついた。
ちょっと人間とは思えない凄みを感じさせる面々で、
もう皆さんでチーム組んで魔王を倒されては如何でょう?て感じだった。
最初はとにかく走り込みと筋トレを徹底的にやらされた。
血尿が出るまで、やらされた。
『プラトゥーン』で、戦闘を忌避した兵士が、ナイフで自分を刺して負傷兵を偽装しようとしたシーンを何度も思い出した。
実行はしなかったが。不思議な施術で、少々の怪我はすぐに治ってしまうからだ。
スキルは自分の適性に合ったものを取得できる。
しかし、ただ取得しただけでは役に立たず、訓練を積み重ねて自分のものとしなければならないらしい。
□ □ □
ショッキングな事に、俺には刀剣類を扱うセンスが欠落しているそうだ。
スキルの取得自体が出来ないと。それでは育てるもへちまもない。
学生の頃は剣道をやっていたのに。
悩んだ挙句、メイス系の打撃武器を使用する事にした。
打撃武器用のスキルは数が少ないので、選択に悩まなくて済んで良かった。
物理防御系のスキルは全て取得可能だったので、取れるだけ取った。
魔法関連の適正は、これはもう完全に『無い』と宣告された。
ただ、最低レベルの回復魔法は取得できた。
予定通りにレベルアップしてHPが増大すれば、この程度の回復量では焼け石に水と言われた。
ま、まぁ無いよりはまし、という事もあるだろう。
そういうわけで、俺は前衛タンク職となった。
最初から、取得可能スキルのリストがそれを示唆していたのではあるが。
エルダーテイルでのジョブで言うなら『ガーディアン』だね。
その他に『ストレージ』というスキルが取得できた。
これは、こっちの世界でもレアリティの高いスキルだそうだ。
立ち会っていた召喚者達が「おーーー」と声を上げていた。
所謂アイテムボックス。或いは四次元ポケットのスキルだな。
これは幸先が良いぞと喜んだのだが……。
『ストレージ』スキルは、異空間?に収納した物品の重量を完全には消してくれない。
半分程度には軽くなるのだが、その分だけ自身の体重が重くなるのだ。
体重70kgの俺が、ストレージに計200kg分を収納すると、体重が170kgになるという事だ。
そんなぁ。
これでは、あまり旨味が無いかなぁ。
ただ、幸いな事に過重にも上限というか制限があり、俺自身の元の体重を含めて1000kgを超えない。
この上限値は、スキルのレベルが上がるにつれ、小さく、つまり軽くなっていくそうだ。
試しに重さの分かっているトレーニング用の重りを500kg分収納してみたら、ずしんと身体が重くなり、座り込んでしまった。
これでは、歩くなんて到底無理だ。
過重は全身に分散するようなので、肩に担ぐよりはマシなのだろうが……。
このスキルを取得したおかげで、俺の育成の方向性は自動的に決まった。選択が楽でいい。
STR + VIT 型だ。 とにかく筋力をつけないと『ストレージ』が生かせない。
□ □ □
基礎訓練の段階を終えると、実戦だ。
この世界には、大小さまざまなダンジョンがあり、それを攻略する。
対象のダンジョンは訓練教官に指示される。
最初はただの洞窟だった。教官が同伴し、事細かに指導してくれた。
それでも初めての実戦で俺達は大混乱になり、醜態を晒した。
初めて魔物を見てパニックになり、初めて魔物を殺して嘔吐した。
ただまぁ、
繰り返していると、なんにでも慣れてしまうものだ。
一年もやってれば、余裕も出てくる。
とはいえ、なんだか毎回絶妙な難易度で、楽に感じた事は一度も無い。
魔物を倒す度に経験値というものが得られ、蓄積された経験値が基準値に達するとレベルアップというシステムになっていると説明された。
そういうシステムにデザインしたと。誰が?
経験値は強い魔物ほど多く得られるが、実は人間の経験値が特に高いそうだ。
まあ、その強さに比べてという事だが。
要するに、効率良く経験値を取得しようと思えば、人間を殺しまくるのが良い。
人間の場合は、その強さの個体差が大きいというリスクもあるが。
たまに怪物クラスが居るらしい。剣吞剣吞。
さて、無辜の民を殺すわけにもいかないので、盗賊の類を見つけて殺す。
どうせ捕まれば問答無用で死刑になる連中だそうだし。
ダンジョン攻略の合間に、召喚者が見つけた盗賊の根城を襲撃する。
驚いたのは、盗賊とはいえ初めて現地人を殺した時に、特に何も感じなかった事だ。
初めて魔物を殺した時は、あれほど吐いたのに。
二桁殺した時点で、そんな事を考えることも無くなった。
パーティメンバーの内二人は若くてまぁまぁ可愛い女性なのだが、なぜか性的な対象として見れなかった。
上から下から色々零しながら、のたうち回る姿とかをしょっちゅう見てるからというのもある。
お互い様だが。
恐らくは、共に苦労する仲間というカテゴリに納まってしまったのだろう。
そのうち宇宙海兵隊みたいに、男女混ざってシャワー浴びたりするようになるのかも。
女性陣の方からの接し方も、性別を通り越した『仲間』に対するものになっていた。
なので
訓練教官の中の紅一点――俺より長身でムキムキの――に告ってボコられる、という娯楽が流行った。
パーティメンバーは、皆、仲が良かった。
でなければ、死ぬからだ。
否が応でも、互いを信頼し、協力し、上手に連携出来なければ死ぬ。
皆がそれぞれ瀕死の重傷を負い、死にそうになって理解した。
この時点で死者が出なかったのは、物凄い幸運だったと、後に理解した。
皆が互いを理解しようと努めた。
良い所、悪い所を丸裸にした。
ドジっ子にドジを直せと言っても始まらない。
そういう奴なんだと受け入れた。その上でチームの形をつくった。
ひとりでも欠ければ、死ぬ確率が大きく跳ね上がるからだ。
俺は、『レイヴン』と特に仲が良かった。馬が合うってやつだ。
俺より十歳は下だったが、妙に古い時代の話題に明るく、話が弾んだ。
そう。もう俺達には、年齢など意味の無い要素だった。
『レイヴン』は幅広い話題を提供し、俺の殺伐とした心を慰めた。
□ □ □ □ □ □ □ □ □
三年目。全員がレベル六十前後になった。
ここで召喚者から、依頼の詳細が開示された。
『勇者を殺してほしい』
なんで?
そうか。俺達は『勇者』を殺す為の暗殺チームだったのか。
それで人目を避けて山奥で訓練をしていたと。
説明によると、
勇者は、何等かの確信を持って、この世界と地球とを接続しようとしている。
自由に行き来できるようにしたいのだろう。
だが、世界の管理者の視点からは、それは具合の悪い事で、両世界に破局的な被害が及ぶ事がわかっていると。
その行為は魔王にも匹敵する、と。
俺達のような召喚者を使って説得を試みもしたが、失敗した。
勇者を止めるには、殺すしかない、と。
具体性に欠け、いまいち理解できない。
まぁ、異世界から来たよそ者の俺達からすれば、暗殺の対象が魔王だろうが勇者だろうが関係ない、とも言える。
俺達は、『この世界の善悪』の埒外にいるんだ。
□ □ □ □ □ □ □ □ □
四年目。全員がレベル九十前後になった。
ある日突然、訓練キャンプに勇者ご本人が乗り込んできた。
女だった。二十代後半くらいの若くて美しい女だった。
長い漆黒の髪に、ブラウンの瞳。顔立ちから恐らく日本人。
恐慌状態の召喚者達の言葉から、俺達はその女が勇者だと知った。
連携も何も無く、血気盛んな三人が挑みかかり瞬殺された。真っ二つだ。
俺の後方で『レイヴン』は驚愕の表情で眼を見開き、ガクガクと震えていた。
『ネレイド』は腰が抜けて座り込み、杖を杖として使って上半身を支えていた。
こいつらは使い物にならない。ここまで力量差があるのか。ちくしょう。
勇者はゆっくりと歩み寄り、俺の前に立った。
人間性を一切感じさせない、表情のないその美しい貌。
水銀のように重く凪いだ、冷たい鈍色のその瞳。
高速回転しているからこそ静止して見える軸のような、触れる事を許さぬその佇まい。
あぁ、彼女はもはや人間ではないのだな……。
ふと、彼女の瞳に波紋が揺らいだ気がした。
「なあ、あんた俺と、ど
軽い衝撃に続いて息苦しさを覚え、視線を下げると、勇者の剣が俺の胸を貫いていた。
「ゴメンネ」
変わらぬ無表情に、全然悪いと思って無さそうな謝罪の言葉。
その勇者の言葉を最後に、俺の意識は暗転した。
目覚めた時は救護室の寝台の上だった。
助かったらしい。
聞くと、勇者は俺を倒した直後に転移魔法で消え去ったそうだ。
そうか、少なくとも 『レイヴン』と『ネレイド』は助かったのか。
『リカオン』『スピカ』『アルペジオ』の三人は駄目だったらしい。どうか安らかに。
召喚者達は、俺が話しかけた事で勇者が翻意し帰ったと感じたようで、しきりに何と言ったのかを聞き出そうとした。
俺は憶えていないと答えた。本当だ。あの時、俺はなんと言おうとしたのだろうか。
回復魔法とポーションのおかげで、俺はものの数日で回復し復帰した。
異世界医療はスゴイな!
剣筋が運良く心臓や太い血管を傷つけなかったのが幸いした……だそうだ。運良く、ねえ?
生き残った俺達三人は、半端な人数になった別のキャンプの連中と統合される事になった。
なるほど。こういう場合に備えた保険として、複数の暗殺チームを並行して育成してたのね。
(つづく)