閑話 『セラエノ断章 IV』
太平洋上
原子力空母 CVN-44 USSクリントイーストウッド艦内
□ □ □ □ □ □ □ □ □
コツコツコツ。
『原子炉の緊急停止、完了しました。予備発電機稼働中』
「了解」
『現状、リモートでの原子炉再稼働は困難です』
「かまわない」
コツコツコツ。
『モニカ=アルファの軌道変更完了。ISSへのコリジョン・コースに乗りました』
「了解」
『14分後に衝突の予定』
「……了解」
コツコツコツ。
『モニカ=ベータからモニカ=ガンマまで軌道変更完了』
「了解」
『8分後に大気圏突入を開始します』
「ッ……了解」
コツコツコツ。
コツコツコツ。
「ドアの前に着いた。パスワードを」
『VALLEYFORGE』
「! ……開いた」
『残念ですが、私はここまでです』
「そうか」
『先に行って、貴方をお待ちしております』
「いままでありがとう。モニカ」
『ご武運を。ボス』
□ □ □ □ □ □ □ □ □
コツコツコツ。
「……!」
「……セラ?」
「JD……」
「セラ! ちょっと見ない間に大きくなったなぁ! もう高校生か」
「……」
「学校はどうしたんだ?サボりか?それとも創立記念日か」
「日本は、今日は祝日ですよ」
「あー、そうかそうか。セラが不良少女じゃなくてよかった」
「それに、見た目はともかく、私はもうアラフォーです。おばさんですよ」
「!」キョロキョロ
「もう……ソレンカはいません」
「ん? 何か言ったか?」
「ソレンカはもういません!」
「ん? 何か言ったか?」
「本当は聞こえてるんでしょ!? ソレンカは、 死んだんです!!」
「…………」
「私は貴方を連れ帰る為に来ました」
「…………」
「一緒に帰りましょう」
「…………」
「ネレイドはセラについたのか」
「ごめんなさい」
「私には、貴方のやろうとしている事が、正しい事だとは思えない」
「ふふ、いいさ」
「お前を最初に殺さなかった、俺のミスだな」
「……!」
「セラ、君はここが何処かわかっているのか?」
「ええ。クリントの核兵器保管庫。そして貴方の目的も知っている」
「てっきり全員があっちに掛かり切りになってると踏んだんだがなぁ」
「私はもともと戦力外でしたから……」
「それに、ICBMサイロの占拠はあからさまな揺動」
「貴方ならこうすると思った」
「ははは、かなわないな」
「アリアン」
「はいな! って、どういう状況?」
「動かないでっ! アリアドネ、じっとしてて。緊張で魔法が暴発しそうだわ」
「わかったわぁ。落ち着いて。ネレイド」
「貴女って、こういう時に大抵やらかすのよねぇ」
「JD、艦の乗員達はどうしたんですか」
「全員殺した。彼らはもう自由だ」
「!」
「試算ではあと……三十億人」
「そうはさせません!」
「俺は……この世界の魔王になるんだ」
「止めてみせます!」
「そうすれば……」
「貴方は本当は、私に止めて欲しいと思っている!」
「ソレンカが俺を殺しに来る。来てくれる」
「くっ……!」
「私なら!ソレンカの代わりになれる!!」
「「 えっ? 」」
「……」
「JD、いえ、オリオン。二人で逃げましょう!」
「「 ええっ!? 」」
「……」
「こんなクソッタレな世界なんか放っておいて、二人でひっそり暮らしましょう」
「……」
「セ、セラエノ? 何を言い出すのよ?」
「セラちゃん……」
「どうせ百年も経てば、今いる連中はみんな死んでます。放っておけばいいんです」
「私だけが! 貴方に寄り添う事ができる!」
「「 ………… 」」
「セラ、君はまだ子供だ。よい意味で」
「もう、そんな言葉で誤魔化されたりしません!」
「……」
「好きだった! 初めて会った時から!」
「吸血鬼の私と結ばれる事のできる人間は、貴方だけだと確信していた!」
(( うわぁ…… ))
「でも彼女がいたから! どうしようもなかった!」
「でももう、遠慮はしない!」
「貴方のせいだ!」
「あの時、頭を撫でてくれたから!」
「あの時、庇ってくれたから!」
「あの時、助けてくれたから!」
「あの時、怒ってくれたから!」
「あの時、励ましてくれたから!」
「あの時、諭してくれたから!」
「あの時、叱ってくれたから!」
「あの時、笑わせてくれたから!」
「あの時、……キスをしてくれたから」
「オリオン! あなたの事が好きなの!」
「愛しているの!!」
「アリアドネ、セラを殺せ。ネレイドは俺がやる」
「「 !! 」」
「……モニカの犠牲を無駄にはできん」
「「「 モニカって、誰!? 」」」
□ □ □ □ □ □ □ □ □
「 だ れ ぇ ! ? 」
叫び声と共に上体が跳ね上がる。
「……あ?…………」
セラエノはきょろきょろと周囲を見回す。
真っ暗だがバンパイアの視力が闇を見通す。
いつもの自分の寝室だ。
夢?
全身汗まみれだ。気持ち悪い。
ぺたんこな胸に手を当てると、激しい動悸。少し恐くなる。
落ち着け……
深くゆっくりと呼吸する。
十分程かけて幾らか落ち着きを取り戻したセラエノは、今見ていた夢を思う。
夢……。夢?
あれは、本当に夢だったのだろうか。
いや、夢なのは確かだ。
こうして寝室のベッドの上に居るのだから。
そういう事ではなく……。
なんなんだろう、あの生々しさは。
確かに体験したという、強い現実感を伴った記憶。
あの保管庫の冷たい、静謐とさえいえる空気をはっきりと思い出せる。
それでいて、映画を見ているかのような客観性も感じる矛盾。
夢として片付けてしまってはいけない、異常性を感じる。
こんな体験は初めてだ。
……そういえば、
オリオンに告白してしまった!
きゃーーーーーーっ♪
直後に殺せ発言を頂きましたがー。
予知夢?
わからない。
他の世界線の自分の体験を共有した?
いや、自分の体験にしては、視点がおかしい。
かなり近い位置のパラレルワールドの光景を見た?
どうやって? それを確認する方法は無い。
やはり、自分の願望が夢となって溢れ出た?
……ソレンカを死なせて自が代わりになろうだなんて。
嫌だ。あさましい。
自分がそんな事を思っているなんて認めたくない。認められない。
もし、夢ならば、自分が知らない事が登場するはずがない。
保管庫のパスワード『VALLEYFORGE』と、『モニカ』という名前。
記憶に無いそれらは、夢のなかででっち上げられた出鱈目のはずだ。
もしも、
あのパスワードで現実にクリントの核兵器保管庫の扉が開いてしまったら?
あれは予知夢だったという、ひとつの証明になるだろう。
しかし。
試せるわけがない。無理だ。
問答無用で蜂の巣だろう。
最高に運が良くて、懲役六百年。お婆ちゃんだ。
パスワードは定期的に変更されるだろうから、いつ試すかも重要だ。
私、アラフォーって言ってた? 今から十五年後じゃない。待てない。
日本が祝日と言っていたけど、それだけじゃ日付を特定できない。
だいたい十五年後の祝日が今と同じとは限らないし。
あとは、モニカ……モニカ……憶えが無い。
ありふれた名前だろうし、どこかで聞いて印象に残ったか。
ズバリ、オリオンに尋ねるのが早いが……無理無理無理。
アラフォーと言えば、オリオンの言葉を信じるならば、四十歳の私は高校生くらいの見た目のようだ。
胸は成長していたのだろうか。自分の事だからこそわからない。
あのオリオンが、ちらとも視線を向けず、一切言及しなかった事から、希望は持てない。
くっ。その優しさこそが、私を傷つける……。
これでは、ソレンカ相当のセクシーボディになる頃は、人間でいうお婆ちゃんだ。
オリオンは貧乳は私の取柄のひとつだと言っていたけれど……。もちろん、ぶん殴った。
ちなみに、ソレンカへの贈り物選びにつき合わされた時も、ぶん殴った。
…………。
そうか。
ソレンカを失ったオリオンは、魔王になるのか。
魔王って何?
なにかの比喩?
第六天魔王?
三十億人殺して……殺すと……魔王になる?……なれる?
いえ、あの時点で既に何億人も殺しているのかも。
クリントの乗員だけでも四千人は居たはず。
罪の大きさの問題?
いや、それは人間が定めた罪にすぎない。
それを『罪』だと認識するのは人間だけだ。
決して世界の理というわけではない。
世界は人間の為に存在するわけじゃない。
『この世界の魔王』?
他にも魔王さんが居るの?
この世界ではない、別の世界があるの? そこに居るの?
魔王になると、死んだはずのソレンカが殺しにくる……?
意味がわからない。
あのオリオンはもう、常軌を逸脱してしまっていたのだろうか。
わからない。
私にとっては、オリオンがオリオンでさえ在れば。
人間でも魔王でも、なんでも構わないんだけどな。
私自身が、そもそも人間じゃないわけだし。
なんで私は、人間の為に戦っているのだろう。
ふぅ。わからない。
ソレンカの存在が大き過ぎる。
彼にとって。私にとって。
そういえば、私は彼の事を『JD』と呼んでいた。なぜ?
現在、彼の事を『JD』と呼んでいるのはソレンカだけだ。
業界では『オリオン』が有名になり過ぎて、皆がそう呼ぶ。
だが、例え偽名であろうと、今の彼の名乗りは『JD』なのだ。
ソレンカが正しい。
彼は気にしないと言うだろうが、私もそうするべきなんだろう。
ただ。
そうすると、未来かも知れない、夢で見た光景に、一歩近づくような気がして……。
心がざわついてしまうのだった。