閑話 『マチェーテ!』
「はぁ。交渉決裂か。徒労感がハンパない」
「アナタは手を出さないで。私ひとりでやるから」
「おいおい…………まぁ了解」
ソレンカさんは大変ご立腹のご様子だ。
対峙するのは手に手に柄物を持ち、いきり立った屈強な面々。
まぁ直ぐに退治される事だろう。なんちて。
一歩前に出たソレンカは、正面を見据えたまま、腕だけ後ろに伸ばして叫んだ。
「マチェット!」
「マ」で俺はストレージからソレンカ愛用の少し長めのマチェットを取り出す。
「チェッ」で柄をソレンカの掌に押し当てる。リレー競技でバトンを渡す要領だ。
「ト」でソレンカの指が柄を握り絞める。
と同時に俺は手を放して素早く引っ込める。うっかり指を飛ばされないように。
ソレンカは手にしたマチェットを自分の目の前に掲げると、満足げに酷薄な笑みを浮かべた。
傍からは魔法のように見えた事だろう。技名?を叫ぶと同時に忽然と武器が現れたのだから、
「魔法少女ソレンカ♪」なんちて。いや、今回は「斬殺天使?ソレンカちゃん」て感じだな。
年齢的にアレだが。
ソレンカが振り返り、一瞬だけ俺をキッと睨むと、また前を向いた。
アレ?声に出てた? やべぇ。
一瞬怯み、困惑する強面たち。しかし直ぐに気を取り直して、戦意を露わにする。
まぁ、それもそうだろう。
刃物を手にしているとはいえ、相手は素足も眩しいホットバンツにタンクトップの若い女。
しかも巨乳で、おまけに今日はノーブラだ。それはどうでもいいか。
背後に控える中年の男――俺の事だ――は、ハーフパンツに、ソレンカが選んだ趣味の悪い柄のアロハ姿で、明らかに丸腰だ。
ナメてかかるのも当然だろう。
ソレンカは彼らに向かい、スタスタと自然な足取りで歩み寄る。
上品に『それでは皆様、ご案内させていただきます』とでもいうように。
行先は勿論『あの世』だ。 天国か地獄かは知らん。どうでもいい。
……うん。いま目の前では凄惨な光景が繰り広げられているのだが、具体的あるいは詳細な描写は控えさせて頂こう。
手出し無用と釘を刺されている俺は、する事が無いので、ポケットに手を突っ込んでただボーっと突っ立っているだけだ。
チラホラと銃声も響くが、ソレンカには絶対に当たらないだろうから気にしない。
流れ弾が飛んできてもへーきだから気にしない。
暇だな。
トリガーハッピーなソレンカさんだが、意外な事に刃物で戦うのも大好物なのである。
あっちの世界にいた頃はシーフ職をやっており、『紙一重で躱して急所をサクッ』という戦闘のキレを芸術の域まで高める事に、文字通り命をかけていた。
筋金入りの斬殺大好きっ子なのだ。
あいつは絶対にシーフとアサシンを取り違えている。
強面さんの一人が『助けて』という顔でアイコンタクトしてくる。
いやもう遅いって。無理。だから無視。
生き延びるチャンスは何度も提示していた。自身の選択の結果だ。甘んじて受け入れろ。
最終的にソレンカを怒らせた時点で、アトラクタ・フィールドは収束したのだ。
お前達が助かるワールドラインは、もう、存在しない。キリッ。
ところで今回使用したストレージ技だが、実はけっこう時間をかけて地道に練習した。
一度失敗して床に傷を付けてしまい、シルキーさんに怒られてからはガレージで練習した。
握り直さなくていいように、刃筋を考慮して向きを調整してやるのに苦労したものだ。
俺はソレンカと違って、DEXはあまり高くないんだ。平たく言うと不器用って事だ。
一方でガンについては楽だった。
どんなに適当に投げ渡しても、ソレンカはしっかりキャッチするのだから。
お、胸に一発喰らった。
自棄になったか錯乱したか。少し離れた正面の男が俺を標的にしたようだ。
パッシブ・シールドで潰れた弾丸が、コロリと床に落ちる。
男はキョトンとした顔になる。お前はシルキーさんか。
あっ! しまった! ソレンカが選んだ趣味の悪い柄のアロハに穴が!
横着しないでシールドを展張しておけばよかった……。ソレンカの機嫌が悪くなるな。面倒くさい。
パッシブ・シールドは身体のごく表面に展張されるので、密着した肌着くらいしかカバーされないのだ。
お前のせいでと八つ当たり気分で、ストレージから愛用のデトニクスをドロウする。
銃口を向け、お前はいつまでキョトンとしているんだ、と思ったら、その頭がコロリと落ちた。
あー、はいはい。手は出しませんとも。
どうやら終わったようだ。
ソレンカは血の海の真ん中で棒立ちになり、静かに佇んでいた。
やや目線を下げ、ゆっくりと息を整えている。
コイツ……返り血を、ただの一滴すらも浴びてない。ありえねーヤツ。
しかも血だまりに立っているのに靴も汚れていないし。よく見れば少し浮いてるぞ。
何かはわからんが、シーフ系の移動スキルを使っているのか。
顔は戦闘時のままの無表情で、まるで殺戮の余韻を味わっているかのようにも見える。
ガンにしろ刃物にしろ、戦闘中のソレンカは徹底して無表情になる。
しまった!なんて顔はしないし、驚いて目を見開いたり、有利になってニヤリと笑ったりとかも絶対にしない。
もちろん、殺戮の悦びに酔いしれ、裂けたような口を歪めて嗤う、なんてこともない。
徹頭徹尾、無表情だ。
表情から相手に悟られるのを避ける……というのとは少し違うと思う。ソレンカの場合は。
多分、彼女のなかで何かのスイッチが切り替わるのだろう。
所謂、戦闘モードに。別の人格に。
表情筋やその他の、戦闘に関係ない部分を動かす為のリソースは、全て戦闘に動員されるのだと思う。
だから表情が固まるのだろう。
俺はソレンカのこの顔に少し畏怖を覚えると同時に、とても美しいなと感じる。
ソレンカの静かなその姿に、俺は正直見蕩れていた。
そう、コイツは黙っているか、眠っているか、気絶していれば、綺麗だし可愛いのだ。
戦闘中にあまり見詰めているとSAN値が減ってしまうのだが、今はもう殺気も霧散しているので大丈夫だ。
やがてソレンカは静かに顔を上げ、こちらを向いてニパッと笑顔になった。
「おまたせっ♪」
あぁ、でも。 俺はこちらの方がいいかな。
「お疲れさん。さあ、外の連中を蹴散らして帰るとするか」
「うん♪……ククリ!」
「はいよ」
ストレージ内のソレンカ・コレクションから、くの字に曲がった特徴的な鉈・ククリを取り出し、ソレンカに手渡す。
ソレンカさんは両手に刃物でご満悦だ。
俺自身は刃物に関するセンスが壊滅的に欠けているので、ガンを使う。
右手にデトニクス・スコアマスター .451マグナム。
左手にルガー・スーパーレッドホーク .454カスール。
我ながら、なんという厨二チョイス。
「じゃ、行こうか」
俺は、マホガニー製の重厚なドアを一息に蹴破った。