あまりにも残酷なチュートリアル3
鯉口を切ると現実ではありえない速さで異形に接近する。
見事な刀捌きと鞘捌きで抜刀し一瞬のうちに小鬼のような異形の首を切り伏せた。同時に幻想的な光が弾け、ライゼン団長の体に吸い込まれていく。視界の下部に出現したゲージがたまっていった。
首を失った異形の胴体は切られたことに気が付かなかったように立ち尽くしながらどす黒い煙を噴き出す。
存在格が最大10のうちの9ということから強いのだろうなとは考えていたが想像以上の技術だった。
接近した時の動きは明らかにゲームのシステムが発動していたけれど、今の異形を切り捨てた抜刀の技術には一切ほかの技術が介在しない極致だ。
すごいものを見た衝撃で高揚を隠せない。
私の興奮冷めやらぬうちに首を失ったことに気が付いた胴体は倒れ伏し、溶けだしてコールタールのような液体になる。
幻想的な光が胴体だったものから弾けてライゼン団長の体へ吸い込まれて視界の下部にあるゲージにたまる。この光はなんだろう。もしかしてこれがルミエールだろうか。
案の定時間がゆっくりになって、ルカがひょっこりと顔を覗かせる。ウィンドウを取り出して光の説明をしてくれる。
線は視界下部のゲージに繋がっていた。
【気力ゲージ】
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・ルミエールは戦闘の場合、自分の攻撃を当てた時、相手の攻撃を凌いだ時、敵を倒したときなどに発生します。
・戦闘以外の場合は物を作成する、芸術的な活動をすることなどで得ることができます。
・発生したルミエールは気力に取り込むことができます。取り込める量に制限はありません。
・ルミエールは時間経過とともに減少していきます。
・ルミエールが気力に溜まっていくことで調子が上がりやすくなり、技能にも影響を与えます。
・気力ゲージは基本的に視界下部に表示されますが、設定で表示を消すこともできます。その場合『気力ゲージ閲覧』と発言することで出現させることも可能です。
・ゲージに溜まったルミエールを消費することで後述する『光輝開放』を行えます。
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やはりこの幻想的な輝きがルミエールらしい。
やる気を出すための活力の元、成功体験みたいなイメージで考えていいだろう。下のゲージは貯めていくといいことがあるようだ。今までの傾向から察するにライゼン団長がこの後『光輝開放』というシステムを発動するのだろう。
ルカにすべて読んだことを意思表示した。説明のウィンドウが消え、ルカが胸の中に舞い戻る。
時間が進みだすと刀を鞘に納めながら体が亡骸の方に向かって動き出した。
服が血で汚れることも厭わずにしゃがみ込み、開いたままだった瞳を優しく閉じた。
「すまない……」
その言葉を聞くものは私を除いて誰もいなかった。団長は死体を抱き上げてホールの隅へ横たえる。
階段の上から声が響いた。
「団長! ご無事ですか!?」
「あぁ、カイル。君も無事のようだな」
声の主は先ほど分かれた団員のカイルさんだった。階段を勢いよく駆け下りてくる。その表情は暗い。
団長の前まで来ると言いづらそうに口を開く。
「……ご報告があります。魔術隊を編成するため魔術研究所に連絡を取ったところ、ボルボロスに包囲されていて身動きが取れないようです」
「包囲だと? ……想像以上にボルボロスの数が多いようだな」
団長は急ぐように観音扉を開いてカイルの方へ振り返る。
「カイルは城を防衛している第一隊と合流しなさい。私は単身で魔術研究所に行きボルボロスを殲滅してくる」
「そんな……!? いくら団長でも研究所を包囲するような数のボルボロスを相手にするなんて無茶です!」
「だからこそだ。共に行っても存在格が5のカイルを守れる自信がない。それに私にはボルボロスに有効打を与えられる『雷刀メルカテオス』がある」
ライゼン団長が突き放すように言った。少し伏し目がちで後ろめたそうに言っているのが分かり、なんだか不器用な人だなと思った。
カイルは自身の手を赤くなるほど握りこみ悔しそうに歯を食いしばっている。
「すまないな」
「いえ……ご武運を!」
「カイルもな」
そう言い残して扉の外に出ると迷いなくすごい速さで駆けていく。しかし、速度に対して体に来る衝撃は少ない。
すると突如時間がゆっくりになってルカが出てきた。説明ウィンドウを出してくる。二次元的な線は右手首につながっていた。
そこで初めてライゼン団長の手首には黄色の大きな石が埋め込まれていることに気が付いた。
【体力:運動を行う際に使うエネルギー】
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・手首にある輝石から確認できる。
・オレンジ色をしているが体力を消費するにつれて無色透明になる。
・時間経過で自然回復する。
・後述する生命力と光輝力の現在値で自然回復力が変動する。
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体力を確認するときは手首の石を確認すればいいようだ。説明を読んで理解したのでルカに完了の意を示すと体の中へ戻っていった。
時間が動き出すとあっという間に周囲の風景が城下の町へ切り替わる。
画一的な白い石造りの建物が立ち並んでいた。窓から眺めていた時よりも幾分大きく感じられておそらく一棟三階分くらいの高さはある。何の往来を想定しているのかは分からないが道の幅が異様に広い。
十字路に差し掛かると道の陰から蛇のような存在がぬるりと音もなく出てきた。
いや、正確には蛇ではない。もっと冒涜的でおぞましい生き物だった。
その存在の顔が人間の男のように見えて元は人間だったことをありありと伝えてくる。腕がなく両脚は癒着していて尾のようになっていて腹は蛇腹状で醜い。
蛇も首をもたげてこちらを見ると二股に分かれた舌をチロチロと動かしている。こちらを観察しているようだ。
先に動いたのは蛇男だった。
癒着した足のような尾を薙ぎ払って攻撃してくる。ライゼン団長はそれを紙一重で回避してすれ違いざまに抜刀した。
蛇男の体に無数に刀傷が刻まれると苦し紛れに頭をふるってライゼン団長を吹き飛ばした。傷口からはどす黒い煙が吹きだしている。
幻想的な光が弾けてライゼン団長に吸い込まれていく。
「小さいくせに意外と硬い。7はあるな」
誰に向けるわけではなくひとり呟く。存在格が7あるということだろうか。想像していたよりもかなり高い。
距離が離れ両者仕切り直しになる。ライゼン団長は刀を正眼に構えた。
蛇男は大きく息を吸い込むと口から赤黒い煙を大きく吐き出してきた。団長は大きく飛びのいて躱そうとするも息の拡散が急激に早くなったことで躱しきれずに少しだけ吸い込んでしまう。
視界の右側がほんのり青く染まる。
疑問に思っているとルカが胸の中から飛び出して説明ウィンドウを差し出した。
【精神力:精神を維持する力】
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・精神力の基準値はステータスの知力値と精神強度値に依存する。
・ダメージを受けるごとに画面の右側が青く染まっていき次第に狂気に陥る。
・完全な青に染まると発狂して死亡する。
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今の赤黒い煙は精神にダメージを与える攻撃だったということだろう。
精神にダメージを与えるなんて考えるだけでも怖い。蛇男は赤黒い煙を吐き続けていて、このままではさらに広範囲に広がっていくだろう。早期決着するしかなさそうに感じる。
ルカに完了の意思を示すとルカはこくりとうなずいて説明ウィンドウを消してくれる。しかし、胸の中には戻らない。
時間が再び進み始める。
「猪口才な」
少し忌々し気につぶやくと、抜刀していた刀を納刀して、
魔術【金属性補助・斥力付与】
とつぶやく。
すると帯刀している刀を握る手に力が集まっているのを感じた。魔術? というので刀に磁力を付与したということだろうか。
次にライゼン団長は刀に手をかけて一言つぶやいた。
技術【縮地法】
技術【メルカ流抜刀術・斥刃】
鯉口を切る感覚を理解した次の瞬間、景色が切り替わった。何が起こったのかを全く理解できない。
ライゼン団長は後ろも振り返らずに刀を鞘に納めて走り出した。背後から何かが倒れ伏すような音が聞こえる。
あの一瞬で切り伏せたのだろうかと戦慄しているとルミエールが吸い込まれて気力ゲージがたまった。
どうやら想像通り蛇男は力尽きたようだった。
時間が再びゆっくりになる。どうやら可愛らしい解説役のお出ましらしい。どこからともなく説明ウィンドウをとりだして見せてくれる。
ウィンドウから伸びた二次元的な線がライゼン団長の左手首にある紫色の石へつながっていた。
【魔力:人がさまざまな術を使用する際に使われるエネルギー】
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・手首にある輝石から確認できる。
・紫色をしているが魔力を消費するにつれて無色透明になる。
・時間経過で回復する。
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説明的に体力と同じような認識でよさそうだ。
次に項目に目を移す。
【魔術:魔力を操り扱う術。魔力を消費して発動する。】
【技術:技能に魔力を付与して扱う術。魔力を消費して発動する。】
どうやらこの技術と魔術を使用して最速の技を使用して早期決着を狙ったようだった。
魔力を消費するというコストがかかる関係上、魔術や技術を使用することで相手により効果的な攻撃をおこなうことができるのだろう。
ルカに完了の意を示して説明ウィンドウを消してもらうと胸の中に戻っていった。
時間が再び動き出してライゼン団長が走り出す。
十字路を曲がると目線の先に数体のボルボロスがいる。姿かたちは様々だが総じて気色が悪く、冒涜的な見た目をしているという明確な共通項がある。
ライゼン団長はボルボロスたちの群れに走る勢いそのままに突っ込んでいく。
自分の力ならこの程度は敵にもならないという自信に満ち溢れているような行動だ。慢心や傲慢ともとれる行動だが、実力が自信を裏付けしていて実際そこらの有象無象は相手にもならないようだった。抜刀して次々に切り捨てていく。
たくさんのルミエールが弾けて吸い込まれてきて視界下部のゲージが光りだしたのが見るともなしに見える。しかしライゼン団長はなんの反応も示さない。
集中して遠くに視線を向けているようだった。
奥に周囲のものよりも大きな個体が確認できる。
3メートルほどのカタツムリのような見た目だった。骨のような白色の殻を背負い、溶けだした人間のような腹足を気色悪く波打たせて這うように異常ともいえる速さでこちらに向かってくる。
「強そうだな。仕方ない」
団長は目の前の小さなロバのような見た目のボルボロスを切り捨てながら覚悟を決めたようにつぶやく。
【三等光輝開放『一意専心』】
その言葉とともにライゼン団長の体が淡く輝きだす。
すると時間が遅くなってルカが飛び出してくる。いつものように説明ウィンドウを見せてくれる。
【光輝開放】
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・気力ゲージが一定以上ある状態のときに自己を強化する術。ステータス基礎値を上昇させ、与えるダメージを増加させる。
・発動中、気力に溜まったルミエールを消費していく。
・自身の持つ性質を媒介に発動する。選択した性質の定着効果によって特殊な効果が発動する。
・一等、二等、三等と段階が存在する。段階を上昇させるためにはひとつ前の光輝開放の段階で一定以上ルミエールを獲得し、一定以上のルミエールが気力ゲージに溜まっていることが条件になる。
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これが光輝開放か。
戦うときはいかに気力ゲージにルミエールをためて光輝開放を行うかがカギになってきそうだ。大会に勝利することを目標にするうえでこの要素は切っても切り離せないだろう。
私は団長の戦い方を見ておこうと心に決めた。
ライゼン団長は突進してくるカタツムリを睨みつけながら鯉口を切る。
技術【メルカ流・流刃】
カタツムリの横へ回り込むように躱しながら抜刀し三回斬撃を放つ。ルミエールが弾けた。
胴体、腹足、殻の部分に傷が入り、どす黒い煙が吹き出る。
ライゼン団長の動きがかなり鋭くなっている。
この変化が光輝開放の効果だとすると光輝開放していない状態で光輝開放している人を相手取るのは無理難題ではなさそうだが厳しくなりそうだと思った。少なくとも力が拮抗している状態で片方だけが光輝開放しているとき、光輝開放していない方は防戦一方にならざるを得ないだろう。
じっと戦闘を観察してカタツムリの体に傷が入ったことでこのまま切り続ければ簡単に打ち倒せるのではと思っていると腹足と胴体の切り傷が見る見るうちに再生していく。
「弱点は殻の中身の方だな。しかし、斬撃は効きづらいと見える」
私はハッとした。
確かに殻は再生していない。柔らかそうな体の方が切りやすそうだと考えて殻の方に攻撃することなんて一切考えていなかった。
斬撃が殻を攻撃した時も狙いが逸れてしまったのかと決めつけていたがライゼン団長にとって狙い通りの攻撃だったらしい。目からうろこが落ちる思いだった。
ライゼン団長は刀を鞘に納め、
魔術【金属性・引力付与】
魔術を発動したと思うと下緒を解いて鞘をベルトから外して、鞘に刀を納めたまま正眼に構えた。
そんなことをしてしまえば鞘は壊れてしまうと思うのだけれど世界が違うから技術もちがうのかもしれない。そもそも先ほどから刀が折れる気配もない。
カタツムリは激昂したように低くおぞましい咆哮をあげる。すると首を振り回して粘液の塊を放ってきた。
弾速自体は速くないため容易によけることができるだろう。しかしながら着弾地点は大きく溶けだして大穴が開き腐臭を放ち始めた。もし当たればひとたまりもない。
ライゼン団長は恐れずにカタツムリに接近し、大上段で鞘ごと刀を振り下ろす。
大きな打撃音が響き渡って殻にひびが入った。
カタツムリはおぞましくも悲痛な声をあげ、体を高速に一回転させてライゼン団長を弾き飛ばすと視界の上部が少し赤く染まる。
ここで時間が遅くなりルカが胸から飛び出してくる。二次元的な線は視界上部のほんのり赤くなった部分を指している。
【生命力:生命活動を維持するための力。】
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・生命力の基準値はステータスの筋力値と耐久値に依存する。
・ダメージを受けるごとにと視界の上部が赤く染まっていき、完全な赤に染まると死亡する。
______________
視界の上部が真っ赤に染まると生命活動が停止してゲームオーバーらしい。
ルカに完了の意を示すとルカは胸に戻っていく。
時間が再び動き出した。
「やってくれるじゃないか。だが……」
技術【縮地法】
技術を使って高速で移動すると首を叩きつけてこようとするカタツムリの頭を切り上げでかちあげる。
技術【稲妻歩法】
カタツムリが怯んでいるすきに殻の側面につけて、先ほど罅を入れたところをめがけて突きの構えをとった。
技術【メルカ流・雷撃】
鐺を強く罅に突き立てて殻を打ち破った。
殻の中からは半分皮膚がはがされたような巨大な男の顔が出てくる。男の顔は赤子のような甲高い声で泣きわめき始めた。あまりにもおぞましい光景だ。
鳴き声は精神へのダメージのようで視界の右側がうっすら青色に染まっていく。
ライゼン団長も耐えかねたのかすぐさま抜刀の体勢に入る。
技術【メルカ流・神閃】
男の顔の上半分を切りつけると骨がないようにあっさりと切り捨てられた。
どうやら殻と同じほどはおろか、他の部位ほども耐久力はないようだった。ルミエールが弾けて体に吸い込まれてくる。
どす黒い煙をまき散らしてカタツムリの体は粘性のあるコールタールのような液体に姿をかえた。
団長は勝利の余韻に浸るまでもなく走り出す。
「……思ったより数が少ないな。嫌な予感がする」
思わずといった感じで虚空に呟いた。十分に多いように感じていたがライゼン団長は少ないと感じているらしい。
少し進むと中心に大きな建物がある開けた場所に出た。あれが研究所だろうか。
「なぜこんなに研究所だけにこれほど群がっている」
大量のボルボロスがいる。
熊の形をしたもの、牛の形をしたもの、犬のようなもの。形はそれぞれ違うが人間を溶かして型にはめて固めたようだ。その数、数十体はくだらないようにみえる。
「なんだこれは。ボルボロスが組織的に行動している可能性……? 集まれば仲間割れを起こすような奴らだぞ……」
団長は自分の経験則から
「……指揮官となりうる個体がいるのかもしれないな。聞いたこともないが」
不吉な予測を立てたのだった。