あまりにも残酷なチュートリアル2
前話のステータスと見比べながら読んでいただけると分かりやすいかもしれません。
ゲーム設定をすべて覚える必要はありません。
ゲームの雰囲気だけ味わっていただければ大丈夫です。
ステータス欄には私にとっては暗号のようなものがずらりと並んでいてどこを見たらいいのか分からずに目を回した。
思わず「助けてルカえもん!」と恥を忍んで呼びかける。時間が再びゆっくりになってルカがひょっこりと顔を出しジトっとした目を向けてきた。
そうやらもともと説明の時間は取るつもりで予定より少し早かったらしい。
ルカはしょうがないなぁという顔をして「ちょっと待って!」というように小さな手をパーにして胸の中に引っ込んだ。
すぐにウィンドウをもって出てくる。
……それどんなシステムなんだろう。団長のお胸は四次元ポケットなの?
つい視線を下におろして皮鎧に締め付けられているお胸を見ながら「確かに豊かだけど」なんて不埒なことを考える。
はしたないと自分を律していると、ルカはすぐに飛び出してきてウィンドウを見せてきた。
ご丁寧にまた説明部分に対応して二次元的にステータスとつながっている。ルカに感謝しながら心して拝見した。
【存在格:生命の存在の格】
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・現世に存在できる最大値は10。11になると英霊となり天へ導かれる。
・後述する性質の定着度を向上させていくことなどを条件に存在格が上がる。
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最初に目に入った『存在格』という項目の説明を読んでみた。
どうやら読んでそのまま生命の格を表したもののようだ。上昇の仕方はまだ分からないけれど後述されるようなのでいったん置いておく。11で英霊になるということなので11を目指すのがゲームクリアなのかもしれない。
……9もあるライゼン団長って実はすごい存在なのでは。
考えても現段階で分かることではないので続いて別の項目も確認する。
【ルミエール:生きとし生けるものの輝きの元。】
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・何かを生み出す、イベントを達成する、技術の研鑚をするなどで得られる。
・戦闘においては相手に攻撃を与える、相手の攻撃を捌くことなどで増える。
・活用方法は後述。
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説明を聞く限りイメージ的には何かを達成した時の達成感みたいな感じだろうか。
あまりよく分からないが重要そうなので心の片隅にとどめておく。後述の説明で理解できるだろうか。
【気力:生きる上で必要不可欠なもの】
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・ルミエールがたまる場所。ルミエールのたまっている量で変動する。
・調子や後述する光輝力に影響を与える。
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気力は分かる。
言葉通りの意味なら何かをやり遂げるためのやる気なんだろうか。先ほどのルミエールが達成感みたいなイメージなら、ルミエールが増えることで気力が増えるのかもしれない。
【テネーブル:輝きを得るときに貰える影の元。】
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・特定の条件下でルミエールを取得すると同時に手に入る。
・俗にいう経験値のようなもの。消費することで後述する性質の定着効果を取得できる。
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経験値という言葉はさすがの私も知っている。貯めていくとレベルが上がって強くなるのだろう。
このテネーブルをためていくことが強くなるうえで重要のようだ。
続いて下の項目に視線を移す。
【種族:種族を示す】
この項目が存在するのであればゲームの世界には多種多様な種族が存在しているのかもしれない。ファンタジーで言えば定番なエルフとかドワーフをお目にかかることができるかもと考えると少しワクワクする。
【善業悪業傾向:善悪を示す。】
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・極善―善―中庸―悪―極悪で表示される。
・善行を行うと善業がたまり、悪行を行うと悪業がたまる。
・どちらが多いかで善か悪のどちらかに傾く。
・表示されるのは善か悪かのどちらかだが過去の行いは消えずにその身に残り続ける。
・悪業がたまりすぎるとボルボロスに変化する、正規の方法で都市に入れなくなるなどの悪影響が出る。
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たしか悪業という言葉は前世での悪い行いという意味だったと思うが文章的には現世での行いのようだ。あまり深く考えない方が良いかもしれない。
かなりの悪影響がありそうなので悪業は決してためないように気を付けよう。いくらゲームでもボルボロスみたいな醜い見た目になりたくないし。
ボルボロスの姿を思い出して身を震わせながら次の項目を読む。
【属性:人間が持つ属性。】
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・基本的に火、土、金、水、木、風で構成される。
・イベントや技能などに影響を与える。
・また、外気に触れた時の血液の色も変わる。
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説明を読むと町が何故スプレーで汚されているような跡があったのか分かる。
やはりあれはこの世界の人間の血だったんだろう。そのままの血液を使うとあまりにもグロテスクになるから仕方ないのかもしれないがこれはこれでスプラッタな気がする。
【技能:研鑚を重ねた末に手に入れた技能。詳しくはチュートリアル説明終了後に個別で説明】
個別で説明ということはそれだけのシステムがあるのだろう。今はとりあえず前半部分だけ認識していればいいかもしれない。
一通り見終えて一息つく。
ちょっと長く時間を使ったがさわりだけでも理解することができた。分からないものはゲームをやっていくうちに自然と身につけて行けばいいだろう。
ルカに完了の意を示すと、にっこりと笑ってウィンドウを消してくれた。くるりと楽しそうに飛びまわって胸の中に戻っていく。
時間が動き出すと団長は手慣れた様子でステータスを操作し自身の性質を表示する。『性質』と書いてある文字列を選択する。
すると、また時間が止まった。胸からルカの腕だけが突き出てきて説明のウィンドウを出してくれる。
……なんでちゃんと出てこないのか。おかげですごい絵面だ。
【性質:生き物が持つ特性。】
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基本的には4つに分けられる。
同一種族すべてが持つ『種族性質』、一人一人が何に秀でているかを示す『才能性質』、個人の性格を示す『性格性質』、その他の個人の特色や趣味嗜好を示す『通常性質』
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才能、性格、趣味嗜好、どうやら性質というのは個人を個人たらしめるアイデンティティーのようだ。
ライゼン団長の性質性格が『素直』で通常性質に『不撓不屈』や『一意専心』なんかがあることを見ると、彼女の人柄がまっすぐで一生懸命な人なのかなと伺える。ライゼン団長に好感と親しみを覚えた。
説明を理解し終えて完了の旨を示すとルカはウィンドウを消すと「グッ」と親指を上に立てて胸の中に沈んでいった。
……「I'll Be Back」じゃないんですよ。
ライゼン団長は自分の胸で遊ばれていることもあずかり知らずに、焦燥感を滲ませつつも何かを吟味するように人差し指を彷徨わせて性質の中にある『不撓不屈』に触れた。
すると、星空を模した背景に樹形図のようなものが表示される。上部に『不撓不屈:99』と書かれていた。
ためらいもなく、輝いていない星の一つに触れると『性質効果+3 消費テネーブル1,000』と書かれている。団長はそれを確認すると「取得できるな……作戦成功のために神殿に立ち寄って取得した方が良いか? 現場に急行した方がいいか? どちらの方が町の仲間を救える」と団員のカイルには決して見せなかった焦燥を滲ませて思わずといった様子でつぶやく。
すると再び時間が止まり、ルカは勢いよく飛び出してきて2つの説明のウィンドウを表示した。
『不撓不屈:99』の表記に線が伸びている方のウィンドウを見る。
【定着度:性質が個人にどれほど定着したかを示す度合い。最大値は100。定着効果を取得することで上昇する。定着度を上げることが存在格上昇の条件の一つ】
どれだけその性質が自分に馴染んでいるかということだろうか。ゲームシステム的にはこれがレベルアップのカギらしい。
続けて星々の樹形図の全体を囲った四角に線が伸びている方を見る。
【定着効果:性質の効果。都市に存在する石殿と呼ばれる建物に行きテネーブルを消費することで多種多様な効果を得られる。得られる定着効果は性質によって変わる】
定着効果は取得していくことでゲームのシステム的に成長していくことができるということだろう。ただ上昇させるだけでなくどのような定着効果を取得するかを考えることも重要そうだ。
しかし石殿というのは何だろう。現実とは違ってこの世界観のゲームで仏殿を模して造られた石造文化財は出てこないと思う。
造語だろう。この世界の神殿みたいなものだろうか。
ゲームをやっていくうちに分かるだろう。
説明を読みある程度理解して完了の意を示すとルカはにこりと笑った。また時間が動き出す。しかし、ルカは胸の中に引っ込まずに愛らしい笑顔を崩さないままその場でふわふわと浮いた。なんでだろうと思っているとライゼン団長は次に『アイテム欄』と書いてある文字に触れる。すると、
『回復』『戦闘用』『道具』『刀』『防具』『イベント用』『その他』
という文字列が並んだ。『刀』と書いてある文字に触れると一番上に存在した雷刀メルカテオスという表記に触れる。
ここで再び時間が止まる。ルカがウィンドウを見せてきた線は【アイテム欄】につながっている。
……あぁ、すぐに出番が来るから待機していたのね。
【アイテム欄:アイテムを保持しておける量】
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・メニューから選択することで呼び出すことができる。
・意思を示しながら『収納』と告げることでアイテム欄に収納される。
・存在格と魔力の基準値に応じて収納できる重量が多くなり、荷物の重さは筋力値によって軽くなる。
・好きな言葉を入力して自由に整理整頓できる。
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文字を読んでいくとわざわざバッグなどを手にもって歩いたりしなくてもいいということだと理解して歓喜した。
このゲームの世界はなんて発展しているのだろうか。制限はあるようだが流通とかもとても楽になりそうだ。
理解を示すと再び時間が進みだす。
ルカはまたもや胸の中に戻らなかった。どうやらまたすぐに出番があるらしい。
雷刀メルカテオスという文字列に触れた瞬間ウィンドウの文字が光りだして浮き出てくる。すると次第に光は刀の形になった。
ライゼン団長はその光の刀を握ると光は霧散して素朴だが美しいと感じる刀が手の中に収まる。触った感覚が私にも伝わるが見た目は金属のように見えるのに肌触りが少しゴムのようだ。どうやら鞘は観賞用に作られたわけではないようで装飾は最低限で華美ではないが上品で頑丈そうという印象を受けた。
覚悟を決めるように瞑目しながら一拍おくとライゼン団長は軍服のベルトに通して帯刀した。
ライゼン団長は走り始めた。
すると、視界の下に小さく文字列が出現した。
表層記憶域|1【持久走行】2【メルカテオス地理知識】3【人物共感】4【作戦立案】5【メルカ流抜刀術師】|
次の瞬間時間がゆっくりになる。
説明の時間かな? と思ったのもつかの間、ルカが「ちょっとまったぁ!」とでも言うように飛び出してきて、視界の下の文字列に線がつながったウィンドウを見せてくる。
【表層記憶域:技能が記憶の表層にある状態。使用する時間が長いほど表層に浮上し、長らく使用していない技術は表層記憶外に追いやられる。設定で視界表示をなくすことが可能。】
確かに先ほど見ていたときと順番が変わっている気がする。走り出したから【持久走行】という技術が記憶の表層に浮上したということだろうか。
完了を意思表示するとルカは私の胸の中に飛び込んできた。
部屋を飛び出して廊下に出る。
長い廊下に惜しげもなく豪奢な赤色の絨毯が敷かれていた。走っても足に沈み込むように柔らかで図書館のように音があまり発生しない。等間隔に高そうな調度品や絵画が飾られていて今までいた場所が想像以上に地位の高い存在が住む場所なのではないかと察しがついた。
廊下を中ほどまで進むと吹き抜けの荘厳な空間があった。
創作物で見るような幅が広い階段がある。天井には見事なシャンデリアがつり下げられていて、踊り場の中央には私の背丈の二倍ほどもたて幅がある肖像画が飾られていた。威厳のある厳めしい髭のおじいさんが描かれている。
吹き抜けの階段を駆け下り踊り場で折り返して、階段をさらに下りるために視界を階下に向ける。するとそこには目も覆いたくなるような惨状が広がっていた。
周囲に青黒いシミがまき散らかされている。階段を少しだけ下りながら視線を徐々に上げていくと中心に青黒い煙を吐き出す死体が転がされていた。軍服を着ていて胸の部分が抉り取られている。
死体のそばに人影がある。
傍にただれたような皮膚を襤褸のように垂らし、小さな角を二本額からはやしている小鬼のような異形がいた。
小鬼は瞳孔の開ききった瞳を炯々と輝かせてこちらを見た。
ライゼン団長の体を間借りしている分際でその瞳に射抜かれた瞬間に生物的な恐怖を感じ、早くその視線から身を隠して逃れたい欲求にかられる。
しかしながら、ライゼン団長は慣れているのか恐怖など感じていないようで憤りで身を震わせた。
「貴様……! 私の仲間を喰らったのか!?」
ライゼン団長の言葉を聞いて初めて気が付いた。確かに小鬼の醜い顔の口の周りには周囲に飛び散っているのと同色の青黒いものが付着していて、よく観察するとくちゃりくちゃりと咀嚼しているのが見える。手には青黒く染まった何かが握られていて、手から青黒い煙が地を這うように噴き出していた。
小鬼は聞くに堪えないようなしゃがれ声で汚いつばを吐き散らしながら言葉を発した。
「オ゛デッ、ヅヨ゛イ゛。モ゛ッドニ゛ン゛ゲン゛、クウ」
「……ッ抜かせ!」
団長はものすごい勢いで階段を駆け下りて鯉口を切った。