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思考の渦

 私とリリエはアカネが魔術を作り終えるまで待つことにした。


 思えばアカネは言動的にずっと魔術を推していた気がする。取得している性質も魔術寄りで、最初に来たい場所にも魔術ギルドを挙げていて楽しみにしていた。

 わざわざ魔術をやりたくてゲームをやっているのだったら私の都合で勝手に水を差すのは協調性に欠けている行動に違いないし、あまりにも酷というものだ。


 ただアカネは権能系の特殊性質を持っているから性質取得ランダムの性質を取得している可能性もある。初めから魔術目当てでゲームを始めた訳ではなくランダムを引いた結果、魔術に関する性質が多かったせいで魔術を楽しみになった可能性も捨てきれない。


 予想しやすいアカネの言動と行動を予想して思わず笑みが零れた。


 アカネに限ってはどちらの可能性も存在していそうだ。

 鶏が先か卵か先か。


『良いのか良くないのか分からんけど、面白そうだから良し!』


 威風堂々たる様相で胸を張り渾身のしたり顔をキメているアカネが頭の中に浮かんできた。


……うわぁ、すごい言いそう。


 アカネならたとえ相性の悪い性質同士が合わさっていたとしても、たとえ意に沿わない性質の組み合わせだったとしても、それはそれで良いところを見出して楽しくゲームをしていきそうだ。


 どちらにしても今楽しそうにしているのだから魔術が目的でゲームを始めたのだとしても、そうでなかったとしても関係ない。

 私はただ待つだけだ。

 多分、やりたいことをやろうとしていたら背中を押すのが普通の……友人の関係だと思う。あまり良く分からないけれど。


 二人でカウンターを離れて木製のテーブルに近づくとリリエはしまわれている椅子を引き出して腰かけ、「ごめん。ちょっと技能で気になるところがあるからメニューいじるね」とわざわざ断りを入れてきた。

 「別に必要ないのに」と思いながらも私は莞爾と笑ってリリエが憂いなくメニューを操作できるように振る舞う。


 リリエは少し息をついて控えめに「ありがとう」と言うと真剣な表情でメニューを操作し始めた。


 小柄な体格だからか平面がリリエの胸のあたりまで来ていて机が一段と大きく見える。ゲームのアバターだから中身とは一致していないと思うけれどリリエの真剣な表情を見ていると幼い子が背伸びして頑張っているようにも見えてなんだか頬が緩んだ。


 しかし少しだけ癒されるような気持ちになっても私の胸の奥に居座り続ける焦燥感は消えない。


 落ち着こうにも胸の奥底からざわざわとしたものが込み上げて来る。

 私は座っているような気分にもなれなくてテーブルからほど近い壁へはしたなく(・・・・・)無い程度に寄りかかった。


「ふぅ……」


 私もリリエに倣って技能の確認でもしようかと思っていると、魔術のお話を聞くために一度頭の隅へと追いやっていた悩みが浮上してくる。


 どうにもならない目的達成の焦りを上書きするためにも、悩みの解決策を模索するのにちょうどいい纏まった時間だと思い至って息をついて思考へ耽溺した。


『友人との会話ばかりで話が分かんなくてトークがつまんなくなる。何喋ってるか分かれば面白いかもしれないけど。』


 あのコメントが焼き付いたように私の胸に残っている。


 私はどうすれば良かったのだろうか。

 いや、過去の行動を悔いて反省するのは後にしてこれからどう行動して対処すべきかを先に考えるべきだ。


 このまま配信に映らない透明人間として行動してアカネの足を引っ張るような真似は絶対にしたくないから私が取れる行動は二つ。

 アカネにお願いして配信に表示してもらうか、配信中はアカネと一緒に行動しないようにするかだ。


……せっかく仲良くなれてきたからもっと仲良くなりたい。このまま関わらなくなってお別れは嫌だよ。


 得体の知れない心がツンと痛くなる感覚が襲ってきて、不思議に思いながら動かない左手を胸に添える。

 込みあがってきた何か分からなくて思わず首を傾げた。


 私は今まで目的以外のことは全部捨てて邁進してきた。

 やりたいと思ったことも、興味がわいたことも、関わろうとしてくれた学校の人も。


 才能が無いことで結果をだそうとするなら甘えなんて許されないって、余計なことを考えている暇なんてないって思ったから今までずっとそうしてきた。


 けれどイベントが重要なこのゲームにおいて強さを求め大会で優勝するためには今までのやり方で達成することが出来ないことくらいすぐに分かる。


 やっぱりアカネにお願いして配信に映してもらえないかお願いすべきだろう。


 もちろん私の知らないストリーマーのルールや配信のセオリーがあるはずだからアカネにも相応のメリットを感じてもらう必要があるし、それ以外の懸念もある。


 配信に映り込むメリットだけで無くデメリットにも目を向けなければいけない。


 やはり一番のデメリットは世間にゲーム内のアバターの顔が晒されることだ。平時であれば謝罪で済むようなことも多種多様な人が見ている分、自分の行動や発言に責任を持たなければならない。


 本音を言うと怖かった。

 あまりコミュニケーションに自信が無いし、ストリーマー界隈の常識も分からないからどのようなことで反感を買ってしまうか考えるだけでも恐ろしい。


 私の目的は大会の決勝戦で優勝することだが父はゲームの宣伝に使うと言っていた。


 配信を通して私が反感を買ってしまったら。

 たとえ大会で優勝したとしてもゲームのイメージダウンにつながるために宣伝に起用できないなんてこともあるのではないだろうか。


 けれど逆にメリットにもなりうる。

 配信を通して名を売ることが出来ればさらに宣伝効果が見込めることにもなるだろう。チャンスがあるならば本当は自分を売り込んででも飛びつくべきだと思う。


……配信に出る選択をして本当にアカネに迷惑かからないかな。


 悩みのタネである判断ミスから自分の決断がこれでいいのかあまり自信が持てなかった。


「キョウ」


 突如意識に飛び込んできた、リリエの幼げで柔らかいがどこか鋭さもある声に思わず肩を震わせた。


 軽く握りこんだ拳を口元に当てて、人差し指を軽く唇で挟んでいた手を誤魔化すようにおろす。


 眠たげなアメジストの瞳は何故だか私を責めるように眇められていて、その様に動揺しながらも努めて何事も無いように笑いかける。


「どうしたのリリエ」

「……何を悩んでるの?」


 隠している心情を、確信を持ったように言い当てられて心臓が跳ねた。


 何故気が付かれたのか皆目見当もつかずに動揺して、その動揺をひた隠すのに精いっぱいになる。

 頭の中は夢見の悪い日の悪夢のように情報がとっ散らかっていて混沌とした様相を呈していたけれど、弱みや違和感のもとになるようなものは全て隠して努めて冷静に振舞った。


「え、なんのこと?」


 顎に指を当てて渾身の素知らぬフリをした。

 けれどリリエの疑いの視線は晴れることは無く、さらにいっそうの疑いを深めるばかりだった。


……ポーカーフェイス返上しようかな、私。


「……私ってそんなに分かりやすい?」

「いや? 普通だったら分からないと思うし割と隠すのうまい方だと思うよ。野生動物みたい」

「え、なにそのたとえ……」

「ホラ、猫とかって体調が悪いと身を守るために隠れるっていうでしょ。そんな感じ」


 唐突に示された比喩表現に図らずも乾いた笑いが出た。


 リリエの言葉に嘘偽りがなければそれなりに隠せていたことになる。アカネといいリリエといい、たまたま鋭い人たちと関わって見抜かれてきただけらしい。

 それが二人だったから良かったけれど弱みに付け込んでくるような相手だったらどんなことになるか思い返したくも考えたくもなかった。


「吐いた方が楽になるって絶対。キョウって一人で考えても解決せずにどんどんドツボに嵌りそうだし」


 そう言って机に伏せるようにしてテーブルに肘をついた。頬に手を当てていて柔らかそうな頬が歪んでいる。

 眠たげなアメジストに似た瞳は私を逃がさないようにじっと捉えていて、追及を逃れられなさそうなことを悟った。


 腹をくくって視線を逸らしつつ考えていた悩みを打ち明ける。

 

「いえ、配信のコメントで『姿も声も見えないから何をしているのか分からなくてつまらない』と書かれているのを見ちゃって……」

「それがどうしたの?」

「私たちと行動中に配信をするように薦めたのは私だから」

「……なるほど。それで責任感じてるわけね」


 リリエは何かを考え込むように顎に手を添えると「……うーん?」と可愛らしく不可解そうに唸りながら思索に耽る。

 見た目は愛らしいことこの上ないが出てくる言葉は大人っぽく理路整然としていて、そして辛辣だった。


「でもアカネはそんなこと最初から分かってたハズだよ。あくまでもキョウは提案しただけであって配信主のアカネが良いって決めたんだから。配信への反応も評価もアカネの物であってキョウの物じゃない。その悩みはお門違い」

「でも最初は渋っていたし私が提案したのがきっかけな訳で……」

「難儀な性格だなぁ」


 リリエの声色には明確に呆れが混ざっていた。

 私だってこんなにも責任を感じて一つのことに拘泥するのが異常でおかしいことくらい分かってる。

 けれど私の今までの人生と経験がどうしても、まるで呪いのようにしみついて私の頭から出て行かない。


 切っても切り離せない理由は分かってる。

 私の人生は責任と共にあって、責任と共に生きて来たから。

 畢竟、私の人生そのものが呪いなんだ。


……私のことなんて知らないクセに。どんな思いでいるのかも知らないで。私のことバカにして。


 感情が高ぶって体が勝手にリリエに食ってかかろうとする。

 そして初めて今のやり取りの中でリリエがどんな表情をしていたか知った。


 思わずハッとして息を飲む。


 仕方なさそうな、微笑ましそうな、辛そうな。それでいて慈愛に満ちていそうな。

 そんな様々な感情がない交ぜになった複雑な表情で私のことをじっと見つめていた。


 リリエがどんな気持ちで私のことを見ているのか、そのひと欠片も察することが出来なくてむっつりと押し黙る。

 なぜそんな複雑な表情をするのかまるで理解できない。そしてリリエの抱く感情が何か、いくら思索に耽ったところで決して分かることは無いと悟った。


 ゆっくりと年輪の刻まれたテーブルの木目に視線を落とした。


 察することは出来なかったけれど私に悪い感情を向けているのではないことだけは分かったから。申し訳ない気持ちになりながらも自分の意思を伝えることにした。


「わたし、アカネに配信に表示してらえるように頼んでみる」

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