魔術ギルド
魔術ギルドへ向かうまでの間、私は上の空だった。
『ロロア:友人との会話ばかりで話が分かんなくてトークがつまんなくなる。何喋ってるか分かれば面白いかもしれないけど。』
コメントを思い返すと胸が痛くなって思わず嘆息する。
……また足引っ張ってる。お荷物だ、私。
ヘルプで見た説明と寄せられたコメントからアカネの配信を見てくれている視聴者の方たちにはアカネが一人で透明人間と話しているように見えているだろう。
思い返せばアカネは前後の話のつながりがなんとなく分かるように気を使って話しているようにも見えたし、私たちの名前は出さないように工夫していたのが分かる。
配信を見た経験が余りないから正確な想像は出来ないけれどストリーマーが視聴者に向けてトークを繰り広げるでもなく、他の出演者との会話や絡みを見れるわけでもなく、話している言葉すら聞こえない透明人間と会話をしているのを見せられていたら。
配信を見ている人の気持ちになって今の状況を空想するとコメントの意見は至極真っ当だ。
少なくとも私は決して面白いとは思わないだろう。
渋っていたアカネに配信することを提案したのは私だから配信でコメントをした人を退屈させてしまったのは私のせいだ。
多少雑でも絶えず配信し続けた方が良いのか、完璧に仕上がった配信をした方が良いのか、業界に全く明るくない私には理解できようはずもないのに素人が無駄に口を挟むべきではなかったんだ。
自責の念に駆られて心が沈んでいく。
私は自分自身のことを打たれ強いと思っていたけれど案外そうでもなかったようだ。
ふと、それでも元気よくのべつ幕なしに話し続けるアカネの姿を盗み見た。
元気に跳ね回る朱色のポニーテール。
白い歯を見せて配信外のアカネよりも大きく笑うヒマワリのような笑顔。
溌溂として小気味良いトークを変わらず繰り広げている。
ネガティブなコメントも勿論視界に入っているであろうにも関わらず動揺した様子もなく一点の陰りすら見られない。
本当に、まるで快晴の日の太陽みたいだ。
思わず空を見上げて歩く。
一点の雲も存在しない青空。
この世界は昼が長いからか、そこそこ時間が経過しているにも関わらず未だ日が落ちる気配は見せない。
この世界には珍しく奇抜な特徴を持たない鳥が建物の影から飛び出して自由に大空を飛び回っていた。
何も考えずに呆けながら眺めていると鳥に陽の光が反射して目が眩んだ。
瞼の裏に緑で縁取られた白い塊が張り付いて、顔を俯かせて数回目を瞬かせてもしつこくこびりついて中々消えない。
空を見上げることも咎められたような気になって、そっと息をついて無理やり前を見た。
どこにも焦点を合わせずにただついていくように歩いていると、
「どうしたの? なんか元気ないけど」
リリエが私の顔を覗き込み、黒色でクセのある髪が肩から流れ落ちていった。
眉を八の字に下げていてアメジストのように輝く瞳は心配の色を湛えている。
「ううん、なんでもないよ」
努めて平静を装って答える。
私渾身のカラ元気でうまく隠し通していたにも関わらずリリエの愁眉は開かれることは無く、絶えず疑わし気な視線を向けていた。
いつもだったら通用するのに今日はなんだか通用しないことが多いような気がする。現実と何が違うのだろう。
これほど忠実なまでに現実を踏襲しているゲームだから表情とかも再現されていると思うけれど。
「いや、スタンプカード……」
「へ?」
技能センターと同じくイベントテントが設営されていて、係りのお兄さんが苦笑した交じりに私を見ていた。
差し出された手がどことなくところなさげに宙へ投げ出されている。
「あぁ、ごめんなさい!」
……そんな目でみられるのも仕方ない。
自分で思っていたよりも数段気が抜けて別のことに気がとられていたようだった。いつの間にか魔術ギルドの前までたどり着いている。
アカネもリリエももの言いたげな視線を向けていた。
もっと気を引き締めなくては。
父からのお願いを達成するために強くならなくてはならない。そして強くなるためには他のプレイヤーと……二人といい関係を築いてイベントを一緒にやるような間柄にならなきゃいけない。
打算的で胸が痛いけれど仕方ない、それがきっと効率的なゲームの進め方だと思うから。
私は愛想笑いをしながら「飛んでる鳥もモンスターなのかなって思って空見てたよ」と言って誤魔化す。
努めて冷静にメニューを開いてスタンプカードを取り出して手渡すとお兄さんはすぐにスタンプを押してくれて私に手渡した。
アイテム欄にしまう前にチラリと確認すると杖と本をモチーフにした紋章のスタンプが押されている。
「ありがとうございます」
お兄さんにお礼を告げて先導するアカネに「ほらほらキョウも早く行こ!」と急かされつつ観音開きの扉の中へ入っていく。
中は技能センターとは大きく違って病院を思わせる作りではなく、数段技術レベルが違うように見えた。
内部は木造で温かみのある印象で、大人数で顔を突き合わせて談笑できるような大き目の机が並んでいる。奥にはカウンターがあり、向こう側には忙しなくお仕事をしている人たちの姿が見えた。
カウンターの上にせりだすように上の階があって人が談笑している姿が見える。左右の階段から昇っていくことが出来そうだ。
カウンターの上部には『魔術・魔法陣販売』『総合案内』と掲げられた看板が吊る下げられていて、看板の下には男女種族様々な人たちが魔術ギルドを訪れた人を対応するために席に腰かけている。
「とりあえず総合受付行ってみる?」
「そだね」
アカネは一目散に肩ひじついて暇そうにしているお姉さんのところへ行くと元気よく「すいません! 初めて魔術ギルドに来たんですけど……」と話しかけた。
お姉さんはあくびをして口元に添えていた手を指さす形に変えて、「あ、私?」と目を輝かせながら言った。
暇を持て余していたようで、瞳はやっと仕事ができることに喜びを感じているように見えた。
……意外と人いないのかな。
お姉さんはクリーム色で毛先が青色に染まっている不思議な色の髪を耳にかけながら、
「流星の子たちかな?」
「はい、そうです!」
「魔術ギルドへようこそ! 私は職員のリラと申します。魔術ギルドへの登録ですか?」
「登録、ですか?」
登録とは何だろうか?と不思議に思っていると理解だけできなかったのは私だけではなかったようでアカネとリリエからも疑問の声が漏れる。
技能センターにはそんなシステムは無かった。
「はい! ギルドは登録して貢献度を増やしてランクアップしていくことで様々な支援を受けられる職業団体のことを指しますから。ただ魔術を専門とする方から初歩を利用するだけの方まで様々ですけれど」
この世界でギルドとはそのような定義付けをされているらしい。現実の世界とは別の目的で設立したからなのか、ゲーム的な事情からなのかは私には判別がつかない。
「お金がかかったり制約が合ったりしますか?」
「そういうのは特にないですよ」
「じゃあとりあえず登録します!」
「分かりました。ではこちらの珠に触れて光輝力を込めてください」
リラさんは手元から昔に使われていたと言われるクレジットカードのようなものを取り出して、脇に置いてある布に乗せられた水晶玉のようなものをさし示した。
アカネが私たちに振り返って「先にやってもいい?」と尋ねてきて、私とリリエは揃って頷いて肯定する。
「ありがと!」
私たちに否は無く、最早アカネが興味の赴くままに先んじてやりたがることは理解していたから聞かずとも先にやるものだと思っていた。
アカネは高揚を隠せないように頬を紅潮させながらリラさんの指示通りに水晶のような珠に触れると一瞬だけ珠が瞬いた。
「はい、もう大丈夫ですよ。こちらがギルドカードになります」
「ありがとうございます!」
アカネはギルドカードを受け取って満足げな表情をして、なにかギルドカードに記載されていたのか目を眇めてじっと見つめた。
真剣な表情で眺めるものだから一体何が書かれているのだろうと不思議に思いながらアカネを見ていると、ギルドカードを羨ましがっているように見えたのかリリエが先を譲ってくれる。
私、リリエと続けて同様のことを繰り返して魔術ギルドへ登録した。
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キョウ・レイオブライト
『見習い魔術行使者』
現在貢献度:0
『使用可能魔術』
・召喚術(第一階層)
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「名前の下に表示されている『見習い魔術行使者』という肩書は貢献度を貯めていくことでランクアップします。貢献度はギルドの掲示板に張られている依頼をこなしたり、使用可能魔術が増えることで増えますよ。ランクアップするとギルドで行える支援が増えたり報酬が手に入るので是非ランクアップを目指してみてくださいね!」
「分かりました! ありがとうございます!」
リラさんとアカネはなんだか波長が合うようで二人で揃ってキャッキャと姦しく会話していた。
気になったことがあったがなんとなく会話に割って入る勇気が無くてまごついていると、たまたま私を視界に入れたアカネが気付いて「どうしたの?」と聞いてくれた。
アカネに感謝を伝えながらリラさんに気になっていたことを尋ねた。
「どのギルドも大体同じシステムですか?」
「ええ、そうですよ! 貢献度があってランクアップしていくシステムになってます」
「報酬ってどんなものでしょうか」
報酬について尋ねるとリラさんは顎に人差し指を当てながら、「そうですね……その質問にお答えするには魔術ギルドで出来ることをご説明した方が良いかもしれません」と言ってメニューを操作する素振りを見せた。
「では、こちらをご覧ください」
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~魔術ギルドについて~
魔術ギルドは登録することで主に以下の魔術に関する事柄を行うことが出来ます。
・魔術の購入
・魔法陣の購入
・魔術の作成
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「魔術ギルドで行えることは基本的にウィンドウに書いてある3つになります」
「ランクアップ報酬は基本的に魔術や魔法陣の購入の制限が解放になってます。また、魔法陣が手に入ったりもしますよ」
「はいはい、質問です! 魔術と魔法陣って何が違うんですかー?」
リラさんは思いもよらない質問をだったのか緑の瞳を瞬かせて虚を突かれた表情をした。少し考え込むように視線を彷徨わせるようにしたあとハッと何かに気が付いたような表情を見せた。
「あ、そうですね。流星ですもんね」
とても張り切った様子で「ではさらっと魔術について最初からお話しますね!」と言ってメニューを操作して再び私たちにウィンドウを見せて来た。
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~魔術について~
魔術は魔法陣が集まって作られ、大きく4つの種類に分類されます。
魔術を扱う場合は対応した魔術技能の習得度が一定以上を超える必要があります。
『破壊魔術』
物体を破壊するための攻撃的な魔術。
生命力ダメージや地形破壊、物質破壊を行う魔術を指す。
『補助魔術』
生活で役立つ魔術。
実際に生活で扱う魔術の他に回復や防御、人間や道具に効果を付与する魔術も補助魔術を指す。
『幻惑魔術』
幻惑を見せる魔術。
特殊な状態異常をかける他、精神力ダメージを与える魔術を指す。
『召喚魔術』
物体、あるいは霊的な存在を召喚する魔術。
登録したアイテムや装備をアイテム欄から直接呼び出す、霊獣などの生物ならざる存在を呼び出す魔術を指す。
~魔法陣~
魔法陣とは魔術を構成する要素です。
魔術作成台を利用して魔法陣を組み込み、魔術作成を行うことで魔術を獲得することが出来ます。
魔法陣にはそれぞれに様々な効果があり、同じ効果のものであっても形が異なる場合があります。
作成した魔術は輝石に登録され魔術リストから確認することが出来ます。
~魔術階層~
魔術は魔法陣を円形に組み込み、階層を織りなすようにして出来ています。この階層を一般的に魔術階層と呼び魔術の難度の指標とします。
階層は1から5まであり、それぞれ難度の低い順から
『第一階層魔術』『第二階層魔術』『第三階層魔術』『舞四階層魔術』『第五階層魔術』
と呼びます。
階層が増えるにつれて組み込むことが出来る魔法陣が多くなり、魔術の効果が増えて詠唱時間が長くなります。
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「魔術が大きく分けて四つで構成されていることは既知だと思いますが、魔術は所持する技能の習得度によって扱えるか否か決まっているんです。その指標となるのが魔術階層です」
「魔術階層?」
揃って首を傾げるとリラさんは「現物を見た方が速いかな。試しに使ってみますね」と言って魔術を発動して見せた。
魔術【金属性補助・安らぎの鈴】
「こんな感じで中心部の円の周りを覆うように円環があるの分かります? これは中心の円の周りに二つ円環が覆っているのでこの魔術は第三階層って感じです」
「分かりやすいです! ありがとうございます!」
「この周りを覆う円環の分だけ魔法陣を入れられるスペースが増えるのでその分効果が強くなるって感じですね」
思い返してみるとアリオスさんが使っていた魔術は私が使う魔術と違って円環がたくさんついていた気がする。
確かに効果も強大でその分詠唱時間も長かかった。
「次は魔法陣の説明ですね!」
「魔法陣は魔術を構成する要素のことです。魔法陣にはいろいろ効果があって、例えば放射系、狙撃系、範囲攻撃などの攻撃方法を決めるものから、属性を決めるもの、形体を決めるもの、数を増加させるものなど多種多様なものがありますよ」
「へぇ……じゃあつまり魔法陣を色々組み合わせて魔術を作るんですね?」
「はい、そうです」
リラさんがそこまで言うとウィンドウが切り替わる。
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魔法陣の取得方法
・魔術ギルドや商店での購入
・魔術ギルドのランクアップ報酬
・イベントの達成報酬
・『魔法陣作成』系統技能の技能タスク消費
・フィールド、ダンジョン、都市の探索
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「そして魔法陣の取得方法は多岐に渡りますが取得方法は以下の物になります」
「へぇ……結構色んな方法で手に入るんですね!」
「まぁ、そうですねぇ」
リラさんは何故だか歯切れの悪い返事をした後、気を取り直すように咳ばらいをして声のトーンを上げた。
「説明は大体このくらいですかね。何か他に質問はありますか?」
「いえ、あとは大丈夫です。二人も平気?」
こちらを振り返ったアカネに「大丈夫」とだけ返事をする。
「ではこれで魔術ギルドの説明は終わりです! 登録してくださったお礼にこちらの魔法陣をプレゼントしています。どうぞ」
リラさんは私たち三人に一つずつ白い球を手渡して「魔力を込めながら起動って言ってください」と言った。
その言葉に従って各々「起動」と口にした。
次の瞬間、球が全て消え失せて光を放つと視界の端に文章がズラリと表示されていった。
≪魔法陣・破壊『放射』を取得しました≫
≪魔法陣・補助『障壁』を取得しました≫
≪魔法陣・幻惑『視覚干渉』を取得しました≫
≪魔法陣・召喚『人型霊獣』を取得しました≫
≪魔法陣・属性『衝撃』を取得しました≫
≪魔法陣・効果『ダメージ増加』を取得しました≫
≪魔法陣・形体『球』を取得しました≫
「わぁ、魔法陣がいっぱい! ありがとうございます!」
「どういたしまして! といってもこれだけの魔法陣しか持っていないとロクな魔術作れないんですよねぇ……初期から所持している魔術と同じのしかできませんから。基礎中の基礎の魔法陣だと思ってください」
リラさんは眉を下げて「魔法陣作成の技能を最初から持っていれば初期からもらえるのと合わせて出来そうだけど……」と小さな声でつぶやいた。
アカネは耳ざとく声を聞き取ったようでカウンターに身を乗り出す。
「はいはい! 魔法陣作成の技能持ってて魔法陣一緒に手に入りました!」
「あら、では少しは作れるかもしれないですね。もし作りたい場合は階段を上がってもらったところにある扉の前でギルドカードをかざしてもらえれば魔術作成室に入れますよ」
リラさんは階段を指さしながらニッコリと笑った。
「リラさん、ありがとうございました!」
アカネは手を体の前で組んで指をモジモジといじって、少し言いづらそうにしながら、
「ごめん、少しだけ見てきてもいい?」
「私は別にいいよ。キョウは?」
「もちろん、私もいいよ。楽しみにしてたもんね」
強くなるためには先を急いだほうが良いかもしれないが私は別行動をすることを選択しなかった。
流石の私もここで断ったら協調性が無いと烙印を押されて馴染めなくなって距離を取られるだろうということは分かる。
それにアカネが持っている魔法陣の数はさほど多くないだろう。おそらく技術を編成した時よりも所要時間は短いと思う。
自分自身の感情的にもアカネが何故か魔術にご執心なのは知っているし取り上げてしまったら可哀そうだ。
アカネは花開くように喜色満面の笑みを浮かべて「ありがと! 良い魔術を作ってくるよ!」と鼻息荒く心底張り切って言った。
背を向けて一目散に階段へと向かって行く背を見つめる。アカネが階段を上るために折り返すと私たちが見ていることに気が付いたのか手を振りながら階段を駆け上ってカウンターの上部の階層へと消えて行った。
アカネが見えなくなって視線を下すとリリエがアメジストの瞳を呆れたように細めながら私を見ていた。
なんとなくやましいものを見とがめられて追及されているような気分になって逃れるように視線を彷徨わせる。
話題となるものを探しているとカウンターの上部にある看板が目に映った。
「アカネが返ってくるまでどんな魔術があるか見ない?」
「まぁ、良いけど……」
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~使用・購入可能魔術~
・召喚魔術【狼型霊獣召喚】
――15000スコル
・召喚魔術【鳥型霊獣召喚】
――15000スコル
・召喚魔術【武器召喚】
――10000スコル
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「あれ、これだけ?」
「購入できる魔術は基本的に所持技能とギルドランクに依存するので最初はどうしてもこのくらいの品ぞろえになってしまいます」
購入できる魔術の少なさに愕然としているとリリエがこめかみを抑えるようにしてそっと息をついた。
「たか。というか、そもそもお金持ってないでしょ……」
リリエの言葉でこれまで一文無しであったことに初めて思い至った。
リリエはそっと一息つくと心配そうな表情をして言った。
「悩みがあるときに無理やり活動的になろうとするとから回るよ。ちょっと一休みして落ち着こう」