起動モーション
メニューを開いて現在時刻を確認するとこの空間に入ってから20分を少し回ったところだった。
技術編成が終わり、ふと体感時間よりも経っているのではないかと思い当たって焦っていたけれど杞憂だったようだ。
背に走ったヒヤリとした感覚に襲われて、いつの間にか技術の編成で高揚していた心は潮が引いていくように消えていた。
つい「ふぅ」と息を漏らす。
メッセージが届いていた記憶はないけれど通知を見逃しているかもしれないので一応グラビを開いて確認すると今のところアカネとリリエからも連絡は入っていないようだった。
「早いところ起動モーションも決めないと」
けれど二人がどれくらい技術編成に時間を掛けるか分からないので安心できない。
焦りからつい独り言を漏らすと、ルカが私の顔を覗き込むようにして『起動モーション設定の説明をしますか?』と書かれたウィンドウを見せて来た。
「うん、ありがとう。お願い」
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現在の表示から起動モーション設定をするためには一度技術を保存し、技術編成を終了する必要があります。
『技術編成終了』と発声することによって編成内容を保存するか問われるウィンドウが出現します。
最初のウィンドウに戻りましたら起動モーション設定を選択してください。
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「分かった。 ……技術編成終了」
≪編成した技術を保存し、技術編成を終了しますか?≫
「はい」
ウィンドウの文字が風にさらわれるように消えて別の文章が表示される。
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〇技術編成
――複合技術枠を選択
【緑の一閃】
【星喰み】
【星穿ち】
〇起動モーション設定
――所持技術の中から選択
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一番最初に石碑に触れた時に表示されたウィンドウに戻っている。
表示は全く同じという訳ではなく技術編成の欄にはしっかりと私が作った編成技術の名前が載っていた。
私の行動がすぐさま反映されて結果が残っている。
眺めていると満たされるような気持ちと達成感とが胸に去来して、なんだかクセになってしまいそうな心地になった。
私は今まで感じたことのない、酔いしれる様な感覚に襲われた。いとも簡単に得られる達成感を求めて再び手を伸ばしたくなる甘美な誘惑。
この感覚を感じていたいとやるべきことを後回しにして、あと少し、もう少しと耽溺してしまいたくなる衝動がどこからともなく込み上げてくる。
一度瞑目して大きく息を吸う。
得体の知れない感情を客観視することで自分の心から隔離した。あまり感じたことの無い感覚に動揺しながらも、ようやく凪ぐような落ち着きを取り戻す。
自分の内から込み上げてくる欲望に蓋をして意識を逸らすように起動モーション設定を選択した。
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~起動モーション設定~
・複合技術【緑の一閃】
――《未設定》
・複合技術【星喰み】
――《未設定》
・複合技術【星穿ち】
――《未設定》
・単一技術【植物観察】
――《未設定:固定(対象に視線を合わせている状態で)》
・単一技術【人物観察】
――《未設定:固定(対象に視線を合わせている状態で)》
・単一技術【モンスター観察】
――《未設定:固定(対象に視線を合わせている状態で)》
・単一技術【都市観察】
――《未設定:固定(対象に視線を合わせている状態で)》
・単一技術【注視】
――《未設定》
・単一要素【魔力循環】
――《未設定:固定(魔力を込めている状態)》
・単一要素【魔力圧縮】
――《未設定:固定(魔力を込めている状態)》
・単一技術【魔力操作】
――《固定》力を込める。
・単一技術【衝突緩和】
――《固定》地面に衝突する際に地面を腕で叩く。
・単一技術【保護採集】
――《固定》採集道具所持で手に魔力を込める。
・単一技術【即時閲読】
――《固定》魔力を込めながら本のページを最初から最後までめくる。
・単一技術【即時摂食】
――《固定》食事を目の前にしてカトラリーを持って魔力を込める、あるいは食事に触れながら魔力を込める。-
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改めて確認してみると起動モーションが固定されているものが数多くあった。そしてやはり技術だと認識せずに使っていたものが多々ある。
「魔力操作も技術だったんだ……」
力を込めることが起動モーションとして扱われているようだ。
少し特殊な扱いをされているようで魔力操作系を含む一部の単一技術は発動していても同時に他の技術を発動することが出来るらしい。
キアラさんとアリオスさんとフリンルルディへ向かっていた途中で教わった採集も【保護採集】という技術だったし、魔力を込めながら本のページをめくることで知識を得られる技術も【即時閲読】という技術だった。
単一技術の中にはシステム的なこの世界で生きていくのに重要な技術が数多く存在するようだ。
起動モーションが固定されている技術を確認していると気になる技術を見つけた。
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単一技術【即時摂食】
起動モーション:
《固定》食事を目の前にしてカトラリーを持って魔力を込める、あるいは食事に触れながら魔力を込める。
説明:
時間を掛けずに摂食を行うことが出来る技術。
この技術で食事を摂ったとき摂食によって得られる調子の上昇が無くなり、料理の効果も大幅に低下する。
――この技術の起動モーションを設定しますか?――
≪はい/いいえ≫
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「これ結構便利かも」
食事を摂っても技能のパフォーマンスに影響する調子が上昇しないというのは少々気になるが持っている性質の影響で満腹度が減りやすい私にとってかなり有用な技術になってきそうだ。
発動も手ごろでカトラリー持って魔力を込めるか食事に触れるだけでいい。
強い効果なだけあってデメリットは大きいが覚えていて損は無いと思うので状況に合わせて適宜使っていきたい。
「固定されてるものは……あとは大体知ってるかな」
強いて挙げるとするなら技術【衝突緩和】が知らない技術だが別に技術を使わずとも勝手にやるので必要ない。
私は起動モーション設定から外して受け身を取ったときに技術が発動しないように切り替えた。別にわざわざ技術として発動しなくてもうまく受け身を取ればダメージを受けないのは戦闘を通して理解している。
……これで良し。
起動モーションのシステムの関係上、最初に決めるものほど設定しやすく後に設定するものほどネタ切れしていくと思うので制約が無く一番使用頻度の高そうなものから決めていく。
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単一技術【注視】
起動モーション:《未設定》
説明:
・起動し発動待機状態になることで第三者から見た自身の視線の対象を固定化する。発動待機状態にある間、常に魔力を消費し続ける。
・発動待機中、対象の一部に焦点を合わせ目に魔力を込めることで情報を取得することが出来る。この時情報が得られなかった場合、次に情報が得られるまで魔力消費が増える。
・キャラクターを対象として発動したことが知られた場合、対象となったキャラクターの友好度が下がることがある。
――この技術の起動モーションを設定しますか?――
≪はい/いいえ≫
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一覧を見ていくと技術【注視】を見つけた。これが技術センターに最初に来たかった理由でもある技能【目星】で取得できる技術だったはずだ。
ラウレアさんに何らかの技術を掛けられてアイヴィーさんに対策方法を教わってから欲しいと思っていたので既に手に入っていたのは僥倖だった。
しかし書かれている技術の説明にはあくまで情報を得られるということだけで技術を受けた時に対処できるとは書いていない。
話を聞いて期待していた効果とは少し違うようだ。
「ルカ、技術【注視】で相手の技術を防ぐことは出来ないの?」
眉を下げて縋るように問いかけるとルカは仕方なさそうにウィンドウを見せてくる。
『技術の発生を察知することで成功判定や精神強度判定において有利になります。』
「あぁ、そういうことね……」
ルカを頼って聞いてみるとより詳しい説明を教えてくれた。
どうやら技術【注視】事態に技術を妨害する力はないが間接的に結果として対抗手段になることはあるようだ。
つまり基本的に自分から先んじて動いて技術の発動を見つけられなければ気が付かないということらしい。
友好度が下がる場合があるという一文から技術【注視】が不快に感じさせる行動なのだと察しはつくけれど、食い物にされないように生き抜くには現実と同じように怪しい人物を探し出して疑っていかなくてはならないということだろうか。
ゲームなのに現実と同じでなかなかどうして世知辛い。
「どうしようかな……」
それなりに使う機会が多そうな技術なので咄嗟に出来て、かつ発覚されづらい仕草が起動モーションに向いていると思う。
つまりバレやすそうな顔周りはあまりよくないだろう。
思索に耽りながらウィンドウの「この技術の起動モーションを設定しますか?」と書かれている下部の「はい」を選択する。
すると技術編成で試用した時に的が出て来たとのと同じように地面から謎の物体がせりあがってきた。
私と同じくらいの高さのちょっとした小山のような得体の知れない黒い塊だった。
ギョッとして身を引きながらよく観察すると中央にかなり大きいレンズのようなものがあることが確認できる。
まるで曾おばあ様に見せてもらったことがある昔のカメラのようだった。
引きつる私の顔を見てくつくつと笑うルカがウィンドウを見せてくる。
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~起動モーション設定方法~
1:起動モーションは設定する際はカメラに向かって「設定開始」と告げてください。
2:設定開始してから数秒レンズ付近に赤いランプが点滅します。赤いランプが完全に点灯したら起動モーションにしたい行動をとってください。赤いランプが点灯している間の行動が起動モーションとして設定されます。
3:赤いランプは点灯してから5秒後に自動で消灯します。
4:起動モーションが正しいか確認し想定通りの場合はそのまま設定するかを選択してください。
※起動モーションを解除したい場合は「起動モーション解除」と発声することで登録されている起動モーションを解除することが出来ます。
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「……ありがとう」
少し口を尖らせながらお礼を告げてウィンドウを確認する。設定方法は比較的簡単だった。
起動モーションを何にしようか思索に耽りながら思案する。
どのような起動モーションが使いやすいのかさっぱり分からないので一先ず大まかに決めて実際に使っていくことで気になるところを調節していこうと思う。
簡単な仕草を一通り考えながら、「設定開始」と呟いた。
発生すると説明の通りにレンズの傍の赤いランプが点滅し始めたので、いそいそとカメラのレンズの前に立つ。
するとカメラの傍に私の身の丈よりも少しだけ大きいサイズのウィンドウが表示され女性の姿が映し出された。
角が生えていて白い髪ストレートの髪を持ち、切れ長でアイスブルーの瞳の女性だ。身長は平均的だが全体的にすらっとしていてスタイルが良く全体的に冷たく怜悧な印象を受ける。
しかし残念ながら中身は伴っていないようだ。
瞳を見開きながら艶やかな唇を割って阿呆のような表情をさらしていてどこか残念な雰囲気が漂っている。
急に現れた女性に驚いて左足を引いて後退すると女性は右足を引いて後退した。まるで鏡合わせのような――
……いやこれ私だ!
「びっくりしたあ」
早くなった鼓動を押さえつけるように胸に手を当ててホッと息をつく。
急に鏡が出現するなんて思わず、この姿の自分を客観的に見るタイミングなんてほとんどなかったから咄嗟に気が付くことが出来なかった。
よくよく見ていると普段の私の姿とは似ても似つかないほどに大人っぽくて、現実の私を知っている人はこの姿を見て私だとは思わないだろう。自分自身でも気が付かなかった。
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起動モーションを作成しました。
――右手を胸に手を当てて息をはく。
技術【注視】の起動モーションを上記の通りに設定しますか?
≪はい/いいえ≫
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「あぁ……! まって、まって!」
鏡の中に映った自分に驚いている間に起動モーションが作られてしまって、焦る必要なんて全く無いのに大慌てで「いいえ」を選択した。