あまりにも残酷なチュートリアル1
ルカに塞がれた視界の中で次第に喧騒が近づいて来た。
響き渡る怒号と悲鳴、そして爆発音。
余りにもなじみのない人間の闇が凝縮されたかのような音に視界を塞がれた中でも地獄絵図を想像した。
怯えているとルカが目の前から退いてくれて視界が開けた。
するとルカが生まれた一面真っ白の空間ではなく、いつの間にか建物の中にいると分かった。
先ほどの空間と同様に白いと感じる空間ではあったが建材の質感が石材であるように見える。
周囲が壁で囲まれていて窓が取り付けられていて、窓の外に黒煙が上がっていた。
「想定よりも被害が大きい? いつもの発生とは違うのか?」
凛々しい印象を感じさせる女性の声が自分から響いた。
体が勝手に動き出し始める。
急な出来事に動転して手を動かそうとしたが、動かしている感覚はあっても視界に自分の腕が入ることは無かった。どうやら今は私の意思で体を動かすことが出来ないようだ。
窓から外を見下ろすとそこには地獄絵図が広がっていた。
もとは美しかったであろう白いの石造りの街並みはスプレーのようなものが巻き散らかされて汚され、破壊された瓦礫が散らばっている。
あちらこちらから火の手が上がっているようで黒い煙の柱が無数にモクモクと天に昇っていった。
よく目を凝らすと傷口からいろんな色の煙を噴き出して倒れている人間が見える。もしかしてあれがこの世界の人間の血なのだろうか。
もう一つ異常な点がある。あまりにも醜悪でじっと観察することもできればしたくないのだが、一言で言うのなら異形としか言えないような存在が町を我が物顔で歩いていた。
ある存在は肉団子のような体を持ち、体中に無数に存在する口から炎を吐いて人間を焼く。ある存在は全身の皮膚を剥がれて筋肉がむき出しになったオオカミのような、それでいて人間にも見えるような奇怪な姿で人間を鋭い爪で引き裂く。ある存在は全身を襤褸のような皮膚に覆われた体を持ち、かろうじて指先と分かる場所から炎を放った。
……え? もしかしてあれと戦うのかな。
異形を眺めていると彼らはぴたりと動きを止めて喧騒が鳴りやんだ。
よく目を凝らしてみるとわずかに動いている。周囲の時間がスローになったようだった。
胸からひょっこりと可愛らしい顔が生えてくる。ルカだ。
彼女はウィンドウをもって私に見せびらかしてきた。どうやら説明してくれるらしい。もしかすると今はゲームシステムの説明の時間なのだろうか。私に欠けているものは明らかにゲームの知識だと思うので真剣に読んでいこうと心に決める。
よく見てみると異形から二次元的に線が生えてルカがもつウィンドウにつながっている。これの説明だよと分かりやすくしてくれているようだ。
線は怪物に繋がっていた。
【ボルボロス:この世界に出現する謎の異形。心に闇を抱え侵食度が最大まで達した人間が異形に変貌した姿といわれる。通常は変異してすぐに討伐されるが人間社会に潜み溶け込んでいるものも存在する】
こんな異形が社会に紛れているとかこのゲームの世界は物騒過ぎないだろうかと思いながら頬をひきつらせた。
見知らぬ単語である『侵食度』と書いている部分が光っていたので視線誘導で選択すると侵食度の説明が表示される。
【侵食度:世界には瘴気が満ちていて生きているうちに自然とたまるといわれる。侵食度の量に比例して得る悪業の量が多くなる。侵食度が増えることによって変わってしまう種族もいる。自身の心精の羽の透明度で確認できる。】
なんだか分かるような分からないような不思議な説明だ。要は寿命みたいなものと考えればいいのだろうか。体が自然と劣化していく、みたいな。
ひとまず説明は一応理解したので完了の意志を伝える。ルカはこくりとうなずくと小さくなって私の胸の中に飛び込んで消えた。
周囲の速度が元に戻ると同時に地獄のような喧騒が再び響きだす。
窓の外を眺めていると背後から勢いよく扉が開く音がした。
私の意志が介在することなく首が勝手に音の方向に向くと、そこにはきっちりとした軍服を着こなし、腰に帯刀している二十代前半と思わしき好青年がいる。音の主を確認してくるりと体ごと向き直った。
青年は額に汗をにじませていて体をこわばらせ、顔いっぱいに焦燥をにじませている。
「ライゼン団長、エステル様より伝言です! 先ほど報告にあった数以上のボルボロスが城下に出現しました! このままでは抑えきれません!」
「分かった。わたしが出よう」
ライゼン団長というのが体の持ち主の声だろうか。どうやらこのライゼン団長に乗り移っているか、あるいは盗み見ている状態らしい。
このまま傍観者として彼女を見ていれば良いのだろうか。
「カイル、君は魔術部隊を編成して大広場を囲うように配備してくれ。大広場にボルボロスを誘導して集め魔術で集中砲火にするぞ」
「はッ!」
カイルと呼ばれた男性はこちらに一度礼をして足早に部屋から出ていく。団長ということは騎士団か何かの長なのだろう。
声しか分からないので正確なことは何も言えないがせいぜい二十代後半のお姉さんといった印象だ。組織の長をやるには若すぎる気がする。
思索に耽っているとライゼン団長は『ステータス閲覧』とつぶやく。すると目の前にウィンドウが出現した。