技の石碑
マーシュさんにお礼を告げて受付を後にする。
技の石碑とはどんなものなんだろう。石碑というからには石で出来ていて文字が刻まれているのだと思う。
何が書いてあるのだろう。
何故その石碑に技術を編成したり起動モーションを決めたりする機能がついているのだろう。
考えれば考えるほど謎が深まってワクワクしてくる。勿論情報が足りないから結局のところ何も分からずに思考を止めることになるけれど。
映像作品で見るよりもゲームの方が主観的だから臨場感があってより世界観に入り込みやすい。
ゲームにハマる人が多いのもうなずけるというものだ。
「えーっと左手側、左手側……」
「ひっだりて、ひっだりて!」
≪いちみる:かわよ≫
≪ロボルナ:ウキウキで草≫
≪ヴィータ:和む≫
マーシュさんへ教えてもらった方向に進んで二階へと上がる階段の裏側へ回ると地下に続く階段があった。
「この下っぽいね」
リリエが階下へ視線を向ける。
私とアカネもつられて視線を向けると光が漏れ出て階段が照らされているのが見えた。扉などで隔たれている訳では無く階段を下りればすぐに部屋になっているようだ。
一歩ずつ慎重に階段を下りて行く。
下りきって視線を前へ向けると灰色の石材で出来た一室へと出た。
灰色の石材で出来ている他の場所と比較して眩い光に照らされていて、思わず天井を見ると煌々と白く輝く巨大な石のようなものが埋め込まれている。
巨大な石からは石殿内部と同じように模様が伸びていてなぞるように光が走っていた。
そのまま光を辿るように視線を下ろしていくとクランの自室への入り口のように左右にいくつもの門が並んでいる。おそらくどの門から入っても部屋の場所は鍵玉の方に依存しているのだろう。
「うーん……」
先導していたアカネが首を傾げて唸っていた。不思議に思って顔を覗き込むと大層怪訝な顔をしながらおもむろに口を開いた。
「これさー……灰色の石材で作られた場所ってどう考えても今の文明で作られたものじゃないよね」
「急にどうしたの、アカネ」
「まぁそうだと思うけどさ」
「だって灰色の石材で出来てる建物って大体変な模様があるでしょ? こういう建物って大体超常的な技術があるじゃん」
指折り数えながら「石殿とか、空の門とか、社交の石柱とか、生命の塔とか」と言うと、何かを思い返すように瞑目する。
「私がやったチュートリアルだと今より文明が発達してた。道も綺麗に舗装されてたし通信器具とかも使ってたんだよ」
「私もそうだった」
「……そうだっけ?」
私は自分の記憶に自信が無くなってコメント欄を盗み見る。
≪モス:せやな≫
≪クオ:へー≫
≪ハルジオン:チュートリアル全然古代っぽかったから全然知らん≫
……そういえば私ライゼン団長の戦いの部分ばっか見ていて風景とかあんま見てなかったかも。
思い返せばチュートリアルの最初の方で直接ライゼン団長が連絡を取ったわけではないが魔術研究所に閉じ込められていた人と連絡を取っていた気がしなくもない。
他に何かあったかと思索に耽っているとアカネの熱弁する声が響いた。
「つまり一度ディオタールの文明は滅んで今の文明が出来たんだよ!」
アカネは渾身のしたり顔をしながら虚空を見つめた。私には見えないがおそらくカメラがあるのだと思う。
心底決まったと思っているだろうその顔を見ていると無性に揶揄いたくなるのは何故だろう。きっと配信の視聴者たちも同じことを思っているに違いない。
≪いちみる:ドヤ顔かわよ≫
≪ヴィータ:それはみんな分かってるんよ裏取れてるし≫
≪レジーナ:私がチュートリアルでやった時代はそんな発展してませんでした。けど本で読みましたよ≫
「え……本で読めるの?」
≪十五夜:うん≫
≪アルファルファ:草≫
≪ヴァイス:考古学系好きなら探索者ギルドか図書館に考古学の本あるから読んでみな≫
≪サンセット:めっちゃ意外そうな顔してて草≫
アカネは自信があったものが箸にも引っかからなかったようにガックシと項垂れた。
どことなくアカネの仕草がいつになく大げさな気がして配信のためにわざと道化を演じているような気がする。
演出というか、エンタメというか、配信を盛り上げるために拙い考察を披露したような外連味を感じさせた。
普段の快活で溌溂とした印象から外れる狡猾さを感じさせる一面でちょっと意外だと思ったけれど、彼女なりに配信を盛り上げようとしているのかもしれない。
アカネは「こほん」とわざとらしく咳ばらいをすると懲りずに話を続けた。
「問題はこれほどの物を作れる文明が何故滅んだのかってことだよね! アカネちゃんのチュートリアルをやっての考察的にボルボロスだと思うんだけど」
≪クロケア:いやむしろそれしかないと思うけど≫
≪いちみる:いつから人間が作ったと錯覚していた……?≫
≪十五夜:なんかしらの神が作った可能性もある気がするが≫
……本当にそうだろうか。
そもそも神が想像して人間に与えただけで昔の人間の技術力が高い訳ではなかったと仮定しても今の時代よりは発展していたことは覆らない。
リヒトという謎の存在を覆う建物、一瞬で空間を超えることのできる門、モンスターが入ってこないようにする石柱、生命を生み出す塔。
ここまでの技術を持っている文明がそう簡単に一部の痕跡だけ残して滅びるだろうか。
ライゼン団長がいくら強かったといっても人間一人で大立ち回り出来た存在相手に世界全体がここまで崩壊するとはとても思えない。
ボルボロスが原因で滅んだという仮説に疑問が残る。
可能性があるとしたら一つ。
エステルがどのような存在だったのか分からないということが鍵のような気がする。
ボルボロスを操り、ボルボロスとは違って切断面から赤熱した溶岩のようなものを垂れ流していた。ボルボロスには見られなかった特徴だ。
きっとボルボロスより上位の存在のはずだ。調べてみなければ分からないけれど現代には影も形も存在感が無く、語られている気配もないので滅ぼされたとみていいと思うがそれはそれでボルボロスだけが残っている意味が分からない。
ストーリーが進むにつれて復活してディオタールが窮地に陥ったりするのだろうか。
これから先に繰り広げられる展開を想像して高揚感を抱いた。
世界が危機に瀕してプレイヤーとキャラクターが力を合わせて危機に挑むとかだったら王道で面白そうだと思う。その状況になったときに私が混ざれていたら!
それに……!
それに……
そうだ。
違った。
私がやるべきことはこの世界のストーリーを考察して楽しむことじゃない。
流星祭で優勝することだけだ。
楽しむことが許されるのは責務を果たしているものだけだ。
……何をやってるんだろうな私。
力強く拳を握る。
高揚していた心を無理やり押さえつけて技術編成に意識を向けた。早いところ終わらせて強くならなくてはいけない。
火照っていた体が急速に冷めていく。
意思を強く固めていると視界の片隅でリリエがアカネの裾をクイクイと引っ張った。
「技術編成しなくていいの?」
「あ。そうだった、そうだった」
ヒートアップしてここに来た目的を見失いつつあったアカネを止めて、リリエは眉を八の字にして私の様子を流し目で盗み見るように窺った。
「みんなごめん! 起動モーション設定してる時だけ配信切るからちょっとだけ待ってて!」
アカネが視聴者に向かって身振り手振り自分自身の起動モーションを登録するために一度配信を切ることを伝えていた。
確かに起動モーションが他人にバレるのは良くない気がする。配信を見返して起動モーションが発覚される可能性もあるだろうし。
しかし急に配信を止めて大丈夫だろうか。
視聴者の反応が不安になってコメント欄の視線を向ける。
≪ロボルナ:行ってらっしゃい≫
≪ガリバー:TCoLやって待ってるわ≫
≪ベルウッド:楽しんできてねー≫
心の片隅で配信を止めることに反感があるのではないかと思っていたので内心ほっとする。心の広い人が多いようだ。
胸をなでおろしていると一つのコメントが目に入った。
≪十五夜:先に本読んで技能とった方が良いよ≫
「あ……先に本読んでおいた方が良いんじゃないかってコメントで言われてる」
「そうだった! えっと……十五夜さんありがとうー!」
失念していたのでコメントでの指摘に助けられた。
もし他の人の出入りがあったら邪魔なので他の人の邪魔にならないように壁際に避けてメニューを操作する。
アカネは配信をいったん終了するための挨拶をしてから合流してきた。
「どうやるんだっけ?」
「確か……」
キアラさんにフリンルルディの地図を貰ったときのことを思い出す。たしか魔力を込めながらページをめくることで得られるはずだ。私はおさらいするように思い出しながら三人でやり方を共有して各々に読み始める。
最初に人間観察のすすめをアイテム欄から取り出して魔力を込めながらページをめくる。
≪技能『人物知識』を取得しました≫
続いて人間観察のすすめをしまってフリンルルディ・モンスター図鑑を取り出す。
≪技能『モンスター知識』を取得しました≫
最後にフリンルルディ観光案内と大きな文字で記された本を手に取る。
この本で得ることが出来る技能は既に所持しているフリンルルディ地理知識だとマーシュさんは言っていた。
今読む必要もないかもしれないけれど部屋で読んだ本とはまた違ったもので、知識欄にある知識が増えると言っていたので試しにこのタイミングで読んでおく。
「これで良し」
与えられた本すべて読み終えた。
一つ息をつくとアカネとリリエもちょうど技能を取得し終えたようだった。
アカネは「じゃあ、さっそく行こうか!」とテンション高めに門の方向を指さす。
溌溂とした振る舞いからは楽しみなことがありありと伝わって来て、思わず表情が緩んでしまう。
「一応今回は早めに出てくるようにするけど遅かったら連絡してね」
「はーい! ……私も遅かったら連絡してね」
「……アカネは楽しくなると周り見えなくなる」
リリエがジトっとした目でアカネを見つめる。
自覚があるのかアカネは朱色のポニーテールを揺らして顔を背けると、チラチラと私とリリエを見ながら追及を逃れるようにしていた。
「うぐ……い、行ってきます!」
「あ、逃げた」
脱兎のごとく門に向かうと、間髪入れずに門に触れて部屋の中に入るアカネの姿を見つめる。
「キョウ、私達も行こうか」
「うん」
私とリリエはそれぞれ別々の門の前に立ち、鍵玉を右手で握りこんだまま握りこぶしを門に当てた。
視界いっぱいに光が溢れたように白み始める。
空の門を通り抜けてフリンルルディに入ったときと同じ感覚が私を襲った。
「わぁ……!」
光でぼやけた世界が切り替わると神秘的な世界が広がった。私はこのゲームを通して何度感動させられるのだろうか。
他の場所も幻想的だがこの空間のそれも筆舌に尽くしがたいものがあった。
つなぎ目のない灰色の石材で作られたと思われる空間。
上を見上げれば天井は限りなく空の彼方まで続いているのか、そもそも存在するのかしないのかすら分からない。
それでもまるで昼下がりの木漏れ日のような温かい光が差し込んでいる。
今までの灰色の石材で作られた場所と同様に地面や壁面にも幾何学模様が描かれていてなぞるように光が走っていた。
幾何学模様は中央へ続いている。
広い円形にくりぬかれた空間の中心に、神秘性と長大な歴史を感じさせる木の幹のような円柱状でありながら凹凸があり前衛芸術のような形の石が異様な存在感を放ちながら屹立としていた。
どこからともなく主張し続けない程度に神秘的かつ厳かな音楽が聞こえて来た。笛と琴のような音色だ。
……何だろうこの音楽。不思議な場所だなぁ。
どこから奏でられているのか分からないけれどこの空間にとても合っていて心が濯がれるような心地にさせる。
瞑目して深呼吸すると落ち着いてきて心穏やかになるようだった。
空間の中心に鎮座ましましている石碑に近づいていくと私の胸からルカが飛び出してきた。
「ルカ、どうしたの? また説明してくれるの?」
ルカは紫色の瞳を細め喜色満面の笑みを浮かべて何度も首肯すると私の目の前にウィンドウを呼び出した。
『技の石碑に触れてみましょう』
「うん、分かった」
ルカが出してくれたウィンドウに従って石碑に近づいた。
近づくと遠くで見ていたよりもその石碑の巨大さをありありと感じてしまう。よく見ると石碑には夥しい数の文字のようなものがびっしりと刻まれていた。
地球上で用いられるあらゆる言語とは異なっていて何が書いてあるか全く読み取ることが出来ない。そして表意文字というよりも表音文字のように見えた。
……そう言えば本とか全部普通に読めるな。
ゲームシステム的な問題だと思うがすべて日本語として読める。この文字列は過去の文明の文字列なのかもしれない。
ただし文字列に規則性は無く、文章ではなく単語の羅列のように感じる。
好奇心に思考を割かれながら石碑に触れてみるとゲージのルミエールが消費され、私に呼応するように淡い光が石碑を包み込んだ。
一瞬石碑自体が発光しているのかと錯覚したがそうではなく、石碑の内部が空洞になっているようで凹凸の隙間から光が漏れ出して照らされているようだ。
光が鼓動するように脈動している以外は何も起こらない。
困惑しながらルカに視線を送ると優しく微笑みながら、しなやかな動きで石碑を指さした。
次の瞬間、柔らかい光の奔流が私に襲い掛かった。