技能センター(下)
「技の石碑とは何でしょうか」
「人間の技能の習得を補助してくれる力を持つ石碑です。ディオタールで数多く発見されていて都市には必ず一つ配置されることになっているんです」
私は急に出て来たファンタジー感満載の存在に理解が及ばず困惑して硬直した。技の石碑はどのように認識したらいいのだろう。
視線を彷徨わせてアカネを見ると私の視線に気づいたアカネは「ゲームを快適にプレイするのに必要でしょ?」とポンポンと私の頭を撫でた。
……そういう考え方もあるのか。
≪ロボルナ:見えないし聞こえないのに友人ちゃんがオロオロしてるのが分かって草≫
≪アポロ:わざわざここまで来ないと変えられないの不便≫
≪十五夜:戦闘の途中で技術変わったりイベントの途中で起動モーション変わったらゲーム性ないよ絶対面白くない≫
≪ヴィータ:だからイベント中起動モーション変えられないのか≫
≪クロケア:イベント中でもアイテムを使えば制限付きで変えられるって聞いたけどイベント査定落ちるらしい。流星祭は平気だけど≫
私の考え方がゲームから逸れているせいでついて行けていないだけのようで、コメント欄を見てもすんなりと受け入れて議論している様が見て取れた。
中にはイベント中に起動モーションを変更するのに制限がかかるという重要な情報も書かれている。玉石混合な感じは否めないが色んな人の意見が分かるというのはありがたい。
アカネはアカネで気になっていたことがあったようでマーシュさんに「私も質問良いですか?」と問いかけた。
「えっと、技術の編成はなんとなく分かるんですけど起動モーションというのは何ですか?」
「技術を使う際に発声することなく事前に登録した動作を行うことで発動できるようにすることが出来ます。この時の登録する動作のことを起動モーションと言います」
「なるほど!」「そんなのがあるんだ」
アカネとリリエはどうやら起動モーションを知らないようだった。どうやら私の身に降りかかった出来事はレアケースだったのかもしれない。
「3番は技能図書館です。当施設に併設されている技能に関する書籍を閲覧することが出来ます。ディオタールには2千を超える技能の存在を確認されていて、そのほとんどを確認することが出来ますよ」
「え? 2千もあるんですか?」
「はい。確認されているだけでもそれだけの量あります。大中小すべて含めてですけれど」
「大中小?」
私たちが声を被せながら揃って首を傾げると、マーシュさんは思わずといった感じで吹き出した。
「失礼しました」
微笑まし気な雰囲気を醸し出しながらもコホン一つ咳払いすると、頬を染めて視線をわずかに逸らし「最初におさらいですが……」と前置きして語り始めた。
「技能使用の際には必ず技能が表層記憶域の中に入ることはここまで行動してきて多少なりともお分かりになられたと思います」
「そうですね。そして使われていない技能は必然的に表層記憶域の外へ押し出されていき、表層記憶域から遠ざかれば遠ざかるほど技能は徐々にパフォーマンスが下がっていく、でしたよね」
「そうです。パフォーマンスは技能を使用する際の性能に直結します。例えば戦闘系技能であれば与えるダメージはパフォーマンスが影響しますし、生産系であれば生産物の品質に影響がありため非常に重要な値です」
マーシュさんは満足げにうなずいて、「非常によく理解できていて助かります」と喜色満面の笑みを浮かべた。
私は少し得意げになって胸を張った。
「次にこちらをご覧ください」
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『大技能』
技能体系を組み合わせて行う技能。職業技能とも呼ばれる。
例:見習い剣士
『中技能』
技能体系。細かな技能が組み合わさってできる。
例:基礎剣術、攻勢術
『小技能』
細かな技能。
例:斬撃、突き、足運び、攻撃態勢
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「技能には三種類あり大技能は中技能を、中技能は小技能を包含します。表層記憶欄への浮上を肩代わりできるのです」
「包含、肩代わりですか?」
「はい。一つの体系に絞って説明した方が分かりやすいので……そうですね。例にも挙げてあるオーソドックスな剣術技能にしましょうか」
技能『見習い剣士』:1【1/5】
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〇起動することで習得度20までの起動している該当中技能を包含する。対象技能はこの技能が表層記憶内にある間、表層記憶外にあるデメリットを受けない。
〇起動している間、該当中技能は表層記憶に浮上することが無くなる。効果内に含まれる中技能の技能タスクは達成されない。
〇該当武器を装備している間、攻撃の際に消費する体力を軽減する。
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技能『基礎剣術』:1【1/5】
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〇起動することで習得度20までの該当小技能を包含する。対象技能はこの技能が表層記憶内にある間、表層記憶外にあるデメリットを受けない。
〇起動している間、該当小技能は表層記憶に浮上することが無くなる。効果内に含まれる小技能の技能タスクは達成されない。
〇該当武器で攻撃するときのダメージを増加する。
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「技能『見習い剣士』の場合は起動している間、主に技能『基礎剣術』や技能『攻勢』、技能『見習い剣士の心得』などの技能を浮上させることなく使用できるようになります」
「つまり表層記憶に空きが出来てよりスムーズに他系統の技能が発動出来たり、同時に技能を発動出来たりするのでしょうか」
「はい」
「大技能さえ表層記憶にあれば該当の中技能や小技能は表層記憶になくても良いということは他の系統の技能も修めやすいということになりますか?」
「そういうことになります」
道理で。
ずっと不思議に思っていた。
チュートリアルを聞いていた段階では技能をある程度絞って成長させていくべきだと考えていたのだが、キアラさんが爪術と魔術に加えて料理などの技能を修めていたりアイヴィーさんが抜刀術の技能を修めているという割に服飾技能に長けていたり、この世界の住人は存外手広くやっていた。
どのように表層記憶周りのシステムをコントロールして技能を同時に修めているのか気になっていたのだがカラクリがあったらしい。
私は自分の解釈に漏れがないか確かめるために二人に視線を移すとアカネは何が何だか分かっていないような顔をしていて、リリエは説明を反芻するように瞑目して、「技術を一定以上修めてもいないうちから他のことに手を出してもどっちつかずになるということですか」とブツブツ呟いている。
この件ではあまり頼れなさそうなアカネと、思考に水を差すわけにはいかないリリエの様子を見てコメント欄に視線を移す。
≪ミンクマン:はぇ~聞いたけど知らなかったンゴ≫
≪モス:まぁやってるうちに覚えるだろ≫
≪ヴァイス:ワイもそんな感じで流した≫
≪クロケア:技能タスク埋めハマってるけど成長が実感できて面白いで≫
≪十五夜:表層記憶周りのシステムは体で覚えた方が分かりやすい≫
……うん、あんま参考にならなそう。
「大技能や中技能は一定の習得度ごとに上限があって技能タスクをこなすことで技能がランクアップして上限が解放されます。また、大技能の取得は条件が厳しい場合が多いので技能カウンセリングや技能図書館を利用して予め条件を調べておくといいでしょう」
「はい、分かりました」
マーシュさんはそこまで言い切るとやり切ったように息をついて笑みを浮かべ、「ここまででなにか質問はございますか?」と柔らかな声色で問いかけて来た。
「いいえ、ございません。ご丁寧な説明ありがとうございました」
「大丈夫です! ありがとうございました」
「私も。ありがとうございます」
私たちがお礼を言うと、「お気になさらないでください。職員として当然のことをしたまでです」と柔和な表情はそのままに胸を張った。
彼女の表情からは仕事をこなしたことへの達成感と仕事への誇りが見て取れた。
そして何やらメニューを操作し始めると机の上に本が出現した。
「最後に流星の方に初めて技能センターにお越し頂いた特典としてこちらを差し上げています」
マーシュさんは私たち三人にそれぞれ三冊ずつ、わざわざ丁寧に表紙が読める向きに合わせて手渡される。
それぞれ表紙に
『人間観察のすすめ』
『フリンルルディ・モンスター図鑑』
『フリンルルディ観光案内』
と書かれている。
「こんなに頂いていいんですか?」
「もちろんです」
続いて一冊ずつどんな本なのか丁寧に説明してくれた。
「『人間観察のすすめ』は技能『人物知識』を得ることが出来る本です。技能『人物知識』は技術【人物観察】を入手でき、相手の名前や素性を閲覧出来ますがあまり目の前で大っぴらに使う技能でもないので起動モーション登録してこっそり使いましょう」
「『フリンルルディ・モンスター図鑑』は技能『モンスター知識』を得ることが出来る本です。知識欄からフリンルルディの街道で出現するモンスターの知識を閲覧することが出来るようになりますよ。また技能『モンスター知識』は技術【モンスター観察】を取得することが出来ます」
「『フリンルルディ観光案内』は技能【フリンルルディ地理知識】を得ることが出来る本です。また、知識欄からフリンルルディの観光名所を閲覧することが出来るようになります。そして技能『フリンルルディ地理知識』は技術【都市観察】を得ることが出来ます」
「差し上げた本で得られる3つの技能は初期から技術を得られます。ぜひ技術編成をする前に読んでみてください」
「はい、そのように致します。ありがとうございます」
本を受け取っていったんアイテム欄の中へしまい込む。
曾祖母の時代は紙の本が主流だったらしいけど今の時代には珍しいものだからただ本を貰う以上の喜びがあった。装丁も可愛らしいしインテリア代わりに飾ってみるのもいいかもしれない。
内容もこのゲームの世界で非常に有用そうな技能が取得できると聞いて私は飛び上がるほどの喜びを感じたが、はしたないと思い返して胸の奥にしまい込んだ。
「これで説明は以上になります。何かご質問はございますか?」
「もう大丈夫です。ありがとうございます」
「では、さっそく当施設をご利用になりますか?」
技術をかけられる可能性があると知った手前どうしても自衛の手段を分かっていながら取得もせずに放置している状態を避けたい。
私は施設を使うことを提案されて二人と行動中で配信をしているにも関わらず技術編成をしたくてたまらなくなった。
私は手を合わせて二人へ懇願した。
「ごめん二人とも。技術編集だけでもしてきていいかな」
「うん、もちろん!」
「私も先にやりたかったからちょうどいい」
アカネとリリエも同じ考えだったようで快く同意してくれる。
私たちは魔術ギルドへと赴く前に技術編集を行うことに決めた。
「技術編成を行いたいので施設の鍵をお借りしたいです」
「では、こちらの鍵玉をご利用ください。扉は左手にある階段を下って頂いた先のホールにあります。利用が終わりましたら出入り口付近にいる係員に鍵玉をお返しください」
「分かりました、ありがとうございます」