アカネの配信
アカネの言葉によって私たちは失念していたことを思い出し敬語を取り払って言葉を交わした。
リリエさん――もといリリエがやたらとギクシャクしていたおかげと言うべきか、逆に私は冷静さを取り戻して最終的にリリエのリハビリに従事することに相成った。
その甲斐あってか次第に慣れてきたようでリリエは落ち着きを取り戻し、自然に話せるようになってきた。
「リリエは私と友達になったときは平気だったのに何で急にコミュ障になったのさ」
「……コミュ障って何?」
「コミュニケーションが苦手って意味」
リリエさんは呆れたようなアカネの言葉の意味を理解すると、すっと視線を逸らして「まぁ、なんか緊張しちゃって」とバツが悪そうに呟いた。
「それにアカネが話しやすいだけだと思う」
「それはそう」
私は全力でリリエに同意する。
アカネは照れた様子だったが、「話しかけづらいって言われるよりはいいかな」と誤魔化すように笑い飛ばした。
アカネのこのコミュニケーション能力はどこから生まれてくるのだろう。
生まれ持った性格と言われてしまったらそこまでだが私に欠けている部分だと思うし、これから先もイベントを行うときに交友関係が広い方がきっと有利だ。
……アカネを参考にしたいけれどどうしたらいい? どう意識したらいいんだろう。
知識のない私ではどう考えても分かりようもないので、いっそのこと直接聞いてみた。
「どうしたらアカネみたいに積極的に話しかけられる?」
「え? うーん。 なんていうか、ノリ?」
まったく参考にならなかった。
本当に何も考えていないような顔だ。
私は一気に気が抜けてガックリと肩を落とす。
そういう星のもとに生まれた天然物のコミュニケーション強者なのだろう、私と違って。
私は心の中で自分が弱者なのではなくアカネが特別なのだと言い訳して自分の心を守った。
普通に社交的に話す分には問題ないから今までどうにかなってきたけれどイベントをこなすことを考えたらこのままではいけない。
たとえ生まれ持ったものが違うにしても何も対策を講じないわけにはいかないと思う。
何かヒントが無いかアカネをじっと観察した。
今までアカネが他の人と話している中で気になることはあるだろうか。
眉間に皺を寄せて過去の記憶を必死に掘り返した。
……そういえば。
私はアカネが配信している素振りのない事に気が付いた。
「アカネ配信しなくて平気なの? 準備できたら配信するとか言ってなかった?」
「そうなんだよねぇ。やんなきゃなんだけど……」
アカネは肩を落として「なんかタイミング無くてさ。一応イベント中だし?」と言いながら口を尖らせた。
「今日中にはやりたいんだけど……どっかで時間作らないといけないね」
「イベント中だとできないの?」
「うん。どっかに書いてあったと思うけど」
……そんな時間あるのだろうか。
私はもしかしたら自分の存在が重荷になっているのではないかと不安になった。
アカネは気を使わせないように口にしたりしないだろうけれど私たちの存在に配慮して配信を行っていない部分もあると思う。
足を引っ張るのだけは嫌だった。
「ちょっと待って」
「え? うん」
メニューを開いてヘルプを開き、配信について検索してみる。
その間アカネとリリエは会話を続けていた。
「アカネってストリーマーだったんだ」
「うん、そうだよ」
「なんて名前?」
「そのまんまだよー。奈良アカネ」
「ゲーム実況ストリーマー?」
「基本的にはそうだね。面白かったらなんでもやるよ!」
「炎上したことは?」
「え、ないけど……」
「登録者は何人?」
「6万人くらい。朝にバズったから増えたんだー」
「変な配信者と関わったこととかある?」
「え、ないよ。ってかめっちゃグイグイ聞くじゃん! ……リリエ配信に興味ある?」
アカネとリリエの会話を聞きながら配信についての項目を読み続けていると、微に入り細を穿った説明が書かれていてイベント中の配信やキャラクターの表示非表示などの記載もあった。
「なんかワールドイベントは配信できるらしいよ。他のイベントは配信できないんじゃなくてイベントをやったことのない人が特殊な条件無しに見れなくなるだけみたい」
「あ、そうなんだ! 見れなくなる人が多いのに配信したら不公平だからなぁ。流星祭イベントは誰でも見られるのかな?」
「うん、流星祭はワールドイベントだから大丈夫だって」
「そっかぁ、うーん……」
頬に手を当てながら口をへの字にしながら思索に耽った。
何を考えているのかを正確につかみ取ることは出来ないけれど何かを葛藤している様子なのは見て取れる。
「どうしたの? 今やっておかないと深夜になっちゃうんじゃない?」
「まぁやるべきなのは確かなんだけども。配信を気にせずに三人で一緒に遊びたい気持ちもあってさ」
やっぱり私達の存在を気にしていた側面もあったようだ。
けれどあまり気にしすぎて活動に支障が出るようなことにはなって欲しくない。
「配信に映りこんだ人を見えなくすることもできるらしいよ? だから遊びながらでもいいと思うけど」
「あれ、本当だ」
アカネに私のことを気にしなくていいことを伝えたい。
そして正直なところ、面白いと思ったことを全力で楽しむアカネが他の人に楽しさを伝えるところを見てみたいという下心もあった。
「それに……私は配信見たことないから一回見てみたいな。リリエはどう?」
「キョウが良いなら私もいいよ」
「そっか。うーん……」
アカネは一度瞑目すると決意したように、「良し、決めた。やろう!」と鼻息荒く言った。
「二人とも平気?」
「うん、大丈夫」「もちろん、私も」
「ありがとうね二人とも」
アカネは莞爾と笑ってそう言うと、メニューを開いて配信の準備を始める。
リリエも結構配信に興味のありそうな感じだったので推し進めてしまったけれど大丈夫だろうか。
私はフォローを兼ねてリリエに声をかけた。
「リリエ、ありがとう」
「いや、私は別に問題なかったからどっちでもいいよ。けど……」
リリエは「でもどうして会ったばかりのアカネをそんなに気にするの?」と不思議そうな顔で見つめて来た。
思わぬ質問に虚を突かれて、人差し指を顎に当てて思案する。
よくよく考えてみると自分でも不思議だがどうしてか違和感がなかった。
私は今まで同じような気持ちになったことが無いからこの感情に名前を付けることが出来ない。
どうしても抽象的になってしまって伝えることは難しいけれど、思い切ってハッキリと口に出した。
「大事な気がするから、かな。多分」
「どういうこと?」
「私にも良く分からないんだけど……アカネと一緒にいたら私の足りないところを埋めてくれる気がするの」
リリエさんは黙って私の話を聞いている。
きっと急にこんな抽象的なことを言われて困っているのだと思う。
私はやっぱり素直すぎたかと反省して具体的なことに言い換える。
「抽象的でごめん。まぁもっと具体的な理由を言うと、アカネがファンの人に配信するって言っちゃってたの思い出したらさ、いま私たちと行動してるときに配信しておかないと夜遅くになるし寝不足になるよなぁって思って。心配になっちゃった」
「それに……」
ただでさえ人の足を引っ張って生きて来たからこれ以上
「誰かの足を引っ張りたくないよ」
私はアカネをじっと見つめた。メニューを覗き込むことで朱色の長い髪が前に流れていることを全く気にせずに作業に没頭している。
やはり配信をすること自体は好きなようで少しワクワクしているような雰囲気がにじみ出ていた。
アカネは準備を終えたようで「これで良し!」と言いながら顔を上げると、私たちの視線に気が付いて落ち着かない様子でこちらを見た。
「うっ……なんかいつもと違って配信関係ない友達に見られてると恥ずかしい」
「私たちのことは気にしないで!」
「もう……」
アカネは覚悟を決めたように力強い目をすると瞑目して大きく息を吐く。
雰囲気が変わった。
緊張感が伝わってゲームなのに喉が渇いたような感じがする。
面白そうだからという理由でやっているから結構勢いのままにやっているのかと思っていたけれど、私はアカネを舐めていたのかもしれない。
アカネは紛れもなく本気でやっていた。
次に目を開けるとそこには、一人の配信のプロがいた。
「こんならー!」
「みんなに楽しいをプレゼント! 奈良アカネです! みんなは楽しんでるかな?」
「……ん? えぇ!? 私告知忘れてる? うぁ、マジじゃん!」
「えーっと、えへ。ゲリラ配信でごめんね? ……ポンコツって言わないで!」
「私の初期地点のフリンルルディという場所でしたー! 多分珍しいよねー! ちなみに知り合いのストリーマーは全員別のところでした……」
「ボッチじゃないし! もう友達もできたからね! コミュ障のみんなとは違うからさー私ぃ」
「ちょっ、低評価止めてぇ! 調子に乗りました! ごめんなさい! 私が悪かったです!」
「あ、気づいた? これクランで貰った装備なんだ。和装のアカネちゃんも可愛いでしょ? もっと可愛いって言って!」
アカネがのべつ幕なしに一人で話している。しかし独り言とは決定的に違う。
どこか会話のようだったが、それでいてただの会話ではない。
表情をコロコロと変え、ボディランゲージを加え、大きな声で笑い、賑やかで弾むような楽しさを演出している。
まるで一つのショーのようだ。
私には見えないオーディエンスがいるのではないかと錯覚してアカネの見ている視線の先をじっと見つめた。
しかし当然そこには誰もいない。
「誰かと会話しているの?」
「コメ欄でしょ」
「こめらん?」
アカネは私とリリエのひそひそ声を耳ざとく聞きつけて「ちょっと相談なんだけど、一緒に行動してる友達にみんなのこと見せてもいいかな?」と虚空に向かって言いながら私に近づいて来た。
「ありがとー!」
話している所を息遣いも分かるような近い距離間で見ていると、なんだかさっきまでのアカネの雰囲気と違う気がして落ち着かない。
別の人を見ている気さえする。
メニューを操作しながら「ほら、これ見てみな?」と言いながらアカネは私に寄り添ってウィンドウを見せて来た。
数々の文字列が次から次へと上から下に流れていた。
≪いちみる:イエーイ!友人ちゃん見てるぅ?≫
≪クロケア:新キャラか?≫
≪アルファルファ:女の子?≫
「めっちゃ可愛い女の子二人だよー。二人とも私のだからあげないからね!」
名前のようなものが記載されていて横に発言とみられる文章がつづられている。
そのうちの一つの文章にアカネが返答していたことに気が付いて、アカネが先ほどまでこの文字列と会話をしていたとおのずと理解できた。
……どんどん流れていくから読む前に消えちゃうけどどうやって読んでるの。
「これがこめらんですか?」
「そうだよ。見てる人たちがコメント打って盛り上げてくれんの」
アカネは笑いながら「一部ピックアップして音声として流す機能もあるよ。今はオフにしてるけど」と言ってメニューを操作すると合成音声が『女の子キター!』と話し出した。
驚きながらコメ欄に視線を移す。
≪ロボルナ:めっちゃ一から説明してて草≫
≪サンセット:アカネの友人だしおばあちゃんやろ≫
≪エステー:友人ちゃんの姿が見えないんやが≫
「友人ちゃんは見えないようにしてるよー! 配信者じゃないからねー」
≪モス:りょ≫
≪ハイエンド:初見だけどコメ欄死語すぎて死臭がするねんけど≫
≪ミンクマン:分かる時点で君もこっち側やで≫
色んな人の意見が投げかけられて私の世界がぐんと広がる不思議な感覚がする。急な変化に思わず酔ってしまいそうな程だ。
アカネはコメ欄を凝視する私と配信する様子を見つめていたリリエの手を取って「そろそろ行こう」と引っ張り出した。
「私たちは今ちょうど流星祭のスタンプラリーやってるとこなんだ! みんなはもう個人のスタンプ順調かな?」
≪ヴィータ:モチのロン≫
≪和奏:もう個人の部分は終わった≫
≪セイバー:全体部分はともかく個人部分は終わってる人多いんじゃない?≫
≪ヴァイス:てか裏路地の雰囲気良いな≫
≪十五夜:全体はコリゼの敵強すぎて終わる気配がない≫
「へー、やっぱ終わってる人は終わってるんだね! 私達まだ全然だよー。みんなすごすぎ!」
コメント欄との会話を続けながら大通りに向かって進み続ける。
私は思わず早足になった。
ほとんどの人はもうスタンプラリーを終えている。
薄々分かっていたことだがその事実を突きつけられるとどうしても焦りを隠せない。
するとアカネに気づかれたのかコメントと会話を続けながらも励ますように何度かぎゅっと手を握られた。
一人じゃないよと教えられるように。
……うん、そうだよね。焦っても仕方ないよね。
私は冷静さを取り戻して速く回転させていた足を緩めて二人にスピードを合わせた。
もうすぐ大通りに出る。
建物によって作られていた日陰が途切れると、昼下がりの陽気に照らされたフリンルルディの街の景色が広がる。
少し先に南門らしきものが見えてピエリス通りは昼前に途中まで通ってきた道だったのが分かった。
けれど見ている方向が違うからか、時間帯が違うからか。
昼前に見ていた光景とは打って変わって街の様子は爽やかな雰囲気から落ち着いた雰囲気へと姿をかえていて、まるで似ている違う街に来たみたいだった。
フリンルルディ地理知識曰く技能センターはここより中心側にあるようだ。地図の指し示す方向をよく目を凝らしてみると寺社のような建物がある。石殿のある広場だろう。
≪いちみる:すげええええええええ≫
≪クロケア:わいブラヴリュート民、あまりの景色格差にむせび泣く≫
≪コークスキー:ベルリーズも綺麗だけどここもいいな≫
≪ゼクス:めっちゃ花だらけやん≫
どうやらフリンルルディが初期地点の人は比較的少ないようでフリンルルディの街並みに驚いているコメントが多い。新鮮で肯定的な反応が多かった。
滞在時間は全然長くないのにフリンルルディを褒められると私は何故だか誇らしい気持ちになる。
……キアラさんとアリオスさんの気持ちってこんな感じだったのかな。
「フリンルルディめっちゃいいでしょー! 映えだよねこの景色!」
≪バロン:なんて?バエ?≫
≪ベルウッド:うーん、これはVR老人ホーム≫
≪いちみる:これからどこ行くんだっけ。老人福祉センター?≫
≪ちゃも:おじいちゃんボケボケで草≫
≪ロボルナ:おじいちゃん、技能センターでしょ≫